15 帝国軍の第一次攻撃 空挺部隊の来襲
「ロッキーからアンデスにかけて、上空に大量の帝国爆撃艦を確認。その数6000」
コロンビア大陸の太平洋沿岸上空には、多くの銀色の艦体が群れを成していた。それらは、大物量で来襲した煬帝国巡航爆撃艦艦隊だった。その空の下、コロンビア連邦軍の太平洋岸一帯の要塞群では、上空に次々に現れる帝国軍爆撃艦の姿を認め、あわただしく迎撃態勢を整えつつあった。
「爆撃艦はおそらく、この要塞に向けての爆撃をするものと考えられます」
「いや、様子がおかしい。彼らは衛星軌道から離脱、降下してきます」
「それなら対流圏に至った時点で対空砲を打ち始めろ」
要塞からは、無数の砲弾が高度一万メートルへと打ち上げられていた。その無数の炎と爆風によって、その高度に沿った成層圏下辺一面が一面の火の海となっているように見えた。だが、帝国軍爆撃艦はそのはるか上空で降下を止めて遊弋し始めるとともに、爆艙から無数の巨人たちが降下し始めていた。それは、連邦軍が見る初めての五行鬼大部隊だった。
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「これよりコロンビア連邦残党の立てこもるロッキー、アンデス山脈一帯に対して、五行鬼戦闘部隊による降下強襲作戦を発動する」
五行鬼たち上陸強襲軍を指揮するのは、帝国戦士戦隊上陸強襲軍司令官 美姫アーレスだった。彼女の声は、その厳しい姿勢とともに、地球静止軌道上に集結した帝国軍準用爆撃艦の艦船内全てに響きわたっていた。
「今まで帝国のアサシンと呼ばれた国術院の先達者たちや神邇たちが、旅団やその味方である連邦軍を攻めたててきた。だが、コロンビア連邦軍は、旅団の技術から生み出した颪鎌と呼ばれる小さなデバイスによって渦動結界を粉砕することを覚え、神邇たちを一掃する力を有した。それゆえ、今まで彼らとの戦いで我々帝国側はほとんど勝利を得ることが無かった。永くそのことに苦しんだ帝国は、身体能力と身体保持機能の優れたお前たちを生み出した。そこで、五行鬼の兵士たちよ、よくきけ。爆撃艦によって大気圏内に突入後、高度2万メートルにいたったところで、空挺降下作戦を行う。現生人類たちにとってみれば、この高度で耐えられる生物はいないと考えるはずだ。だが、新人類のお前達であれば、真空に近いこの高度であっても平気で耐えられる。また、この高度であれば、コロンビア連邦軍の対空攻撃は届かない。よって、この高度に達し次第、降下空挺強襲を行う」
彼女は、言葉を切り、深呼吸をしてから再び言葉をつづけた。
「それから、五行鬼のお前たちが戦闘できる時間についての注意だ。お前たちは非常に優れているが、その前提にお前たちの特殊なミトコンドリアがある。この特殊さゆえ、お前たちが活躍できるのは、月が空にある間だけだ。お前たちは月から、正確には月の南極基地に座っている念波供給者から力を得ている。だから、月が沈んだら動けなくなる。それゆえ、行動は月が沈む前に迅速に終えよ。そして休憩は、動けなくなった身を守れる施設の中に籠ること。いいか、身を守るための注意事項だ。必ず実践しろよ」
美姫司令はこれを兵士全体に徹底させるよう、指揮官たちに告げると、指揮官たちが留意すべき事項を伝え始めた。
「帝国戦士の指揮官たちへの指示を伝える。この一戦は、月で生み出された五行鬼の初陣だ。帝国戦士であるとはいえ、あんたらは彼らの展開の速さに十分ついていけるよう、十分な準備をする必要があるぞ。心しておけ!」
6000もの帝国軍爆撃艦は、陣形を崩すことなく、一気に降下した。だが、対流圏に達することもなく、はるか上空で空挺降下が始まっていた。対空砲火を準備していた連邦軍の要塞群は、対艦攻撃の機会を持つことなく、五行鬼たちの強襲を受けることになった。
「報告、帝国軍艦船から無数のものが散布されています。......いや、散布物ではなく、人間のようです」
「人間だと。成層圏から空挺攻撃だと? アサシンと神邇たちではないのか」
「訂正です。人間の3倍ほどの大きさの怪物たちが多数降下してきます。ひとつの艦から100人ほどの数です。帝国軍艦船はおよそ6000ですから、その総数は.......」
「それならすべてを打ち落とせ。急げ」
五行鬼たち100人に対して帝国戦士の指揮官が一人という部隊を1単位として、6000もの部隊が一気に降下を始めた。従来知られていた爆撃艦やアサシンと神邇による攻撃とは異なる動きに、連邦軍は戸惑いを隠せないでいた。そのせいで、降下部隊に対する防行体制構築が大きく遅れた。その遅れを活用するかのように、降下部隊は全て連邦軍要塞部近くへと集中的に降下してきていた。
「要塞司令に報告。要塞周辺に大量の怪物が出現しました」
「なんだ、何が起こっている。何が攻めて来たんだ?」
連邦軍を構成する現人類にとって、五行鬼は初めて見る鬼たちだった。
「か、怪物です。身長はおよそ3.5メートル。すべて化け物ばかりの兵士たちです」
「それなら降下してくる敵に対して、対空砲火を始めろ」
要塞群ではどこも大騒ぎとなり、急いで対空砲火を始めたものの、上空2万メートルから一気に降下してくる空挺部隊に対して、対空砲火はほとんど意味がなかった。そして、あっという間に要塞の周囲は五行鬼たちの大部隊で包囲されていた。
彼らは地表に着くと同時に、一気に要塞へ押し寄せた。要塞の外側に配置されていた砲撃陣地は粉砕され、連邦側の兵士たちは要塞へと逃げ込むようにして立て込むしかなかった。こうして、全ての連邦軍側要塞群では効果的な反撃もできなかった。それでも連邦軍側は要塞に立てこもることで、一時的には態勢立て直しを図ることができた。
ナサナエルは、この時月南極の基地の最上階ドームの中央に設けられた、専用席に縛り付けられていた。彼は、そこでいわば生きた念波投射装置と化していた。彼の体内には、人体実験で埋め込まれたアカバガーネット宝珠が埋め込まれており、その機能によって、彼の念波が大きく増幅され、地球表面に向けて投射されていた。
もちろん、彼が縛り付けられている投射席のドームには、ロッキー一帯空挺攻略作戦の一部始終が戦況戦略空間に表示され、康煕アーレス総督が無言ながら微笑みをたたえながら様子を見ていた。ナサナエルから見ても、連邦軍の壊滅は時間の問題だった。
「ナサナエル、お前の仲間たちがもうすぐ壊滅、いや全滅しそうだな」
皮肉を込めた康煕の言葉は、身動きの取れないナサナエルに、悔しさと絶望とをもたらしていた。
「そうか、悔しいか。そうだろうな。我々帝国軍が空挺部隊として初めて派遣した五行鬼たちは、お前の念波が存在することで活動可能となっているのだ。いわば、お前が連邦軍の要塞基地軍を攻撃しているようなものだ」
実際、ナサナエルの念波が増幅されて地球へ投射されていた。それも、ナサナエルの意志とは関係なく、ナサナエルの敵であるはずの五行鬼たちが、ナサナエルの念波によって活動可能になっていた。ナサナエルはこの時に自らの念波の強さを呪った。
「ああ、僕は念波を止めることができず、そのままに時が流れる。それは連邦軍の壊滅へとつながっている。呪われよ、私の生まれた日、私を宿した胎」
「そうだ、ナサナエル。お前は自らを呪うしかできないだろう。こうして、もうすぐ連邦軍は壊滅し、コロンビア連邦の国民を強制労働者として月へ送り込むこともできるようになる。すべての国民をな......。これで、地球上で帝国に抵抗する者たちはもうすぐいなくなるだろうよ」
こう言うと、康煕アーレス総督は、笑いながらその部屋を後にした。
この時、細い涙滴型の小さな宇宙艇がドームのエアドックに静かに接舷した。音を立てずに忍び込んできたのは、タイガーとカミラだった。
「静かに。まだ誰も気づいていないな。接舷する前に外から観察した限りでは、中央の管制司令席に隣接した固定席がある。そこにナサナエルが縛られている。僕が見張りの帝国戦士を殺る」
タイガーがそう言うと、カミラの目の前で、彼は何やら古い伝承のような詠唱を口にした。
「霊は精神なり。霊刀とは空真未分の刀にして渾渾沌沌たる所の唯一気也。理曰闇と淵の水の面を聖霊動ずるところに、光を生じ一気発動し闇に勝て万物を生ず。......」
彼はそう詠唱しつつ、静かに懐から片手に刀を取り出して構えた。その細身の金属の剣は、レイピアのように細身であるはずなのだが、それほど柔らかではなく、それでいて弾力と金剛の強靭さを持つ片刃の剣・・・・日本刀と呼ばれる細身の一刀だった。それと同時に彼はもう一つの片手にさも刀があるように構える…。いや、それは『空刀』と呼ばれるものだった。そして、構えて両手から、一刀撃破。一刀息吹、一刀裂破と小さく発しつつ、次々と技のようなものを繰り出した。そのようにして詠唱を終えた時、見張っていたはずの帝国戦士は持っていたはずの武器を足元に落とし、一瞬にして脱力したように床面に転がった。
「おい、ナサナエル。無事か? ......ナサナエルはなぜ地球に向けて体を向けているんだ?」
タイガーを名乗ってきたヤザンは不思議そうに、縛り付けられているナサナエルを眺めていた。
「僕が五行鬼に生きる力を与えているんだとさ」
「生きる力? それはあんたの念波だろうか。確かにあんたは強い念波をしかも増幅してまき散らしているね。とすると、五行鬼を全滅させることができる......か?」
タイガーことヤザンは、手元の颪鎌で検出している念波の大きさに驚いていた。それを一瞥したナサナエルは驚いたように言葉を返した。
「へえ、わかるんだ?」
「そうさ、僕が持っているこの小さな颪鎌でね」
ヤザンはそう言うと、カミラと協力しながらナサナエルを起こした
「さあ、縛られているナサナエルを解放してやろう」
二人はナサナエルを立たせると、ナサナエルは嫌みの一つでも行ってやろうと考え、帝国戦士の立っていた場所へ行くと、すでにその帝国戦士は息絶えていた。しかも、彼の体では細胞が崩壊し始めていた。
「タイガー、あんた、何をしたんだ?」
「ああ、それは帝国に知られてはいけないいにしえの業、名を『霊刀操』という」
「帝国以外での業なのか? つまり旅団......とすると、あんたは?」
ナサナエルは改めてタイガーを見つめた。
「あんたは誰なんだ?」
「今は言えない。ただ、あんたの仲間だ、とだけ言っておこう」
その時、カミラがドームに駆け込もうとする物音に気付いた。
「誰かが来るよ。さあ、ここから早く脱出しなければ」
三人は急ぎ宇宙艇に乗り込むと、快速艇はしずかにドームを離れて宇宙空間に飛び上がっていった。こうしてナサナエルは帝国から姿を消した。




