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12 まじないのもたらした災厄

「さあ、月国術院最高の美女をそなえよ」

 突然に後宣明帝が立ち上がって大声を上げた。それに呼応するようにクラウディアを乗せた神輿が後宣明帝と群衆との間のスペースに固定された。すると、みこしを担いでいたいかつい男たちがクラウディアに巫覡の服を着せ、大の字に縛り付けていた。それとともに、国術院の師範や教官たちが音頭をとるとに、学生たちを含めた全員が歓声を上げた。

「おお、ここに来たる若き者は、良きかな。よきかな。彼女は奇跡。彼女は儀式の初めを示すにふさわしい若さを持った者」

「さあ、美女たる巫覡が、ここに選ばれたぞ。さあ、彼女をそなえる時ぞ! さあ、神殿にお連れしよう」

 クラウディアを乗せた神輿は、演武場の特別エリアから後宣明帝の座する最上階の神殿へと運ばれた。後宣明帝の座する貴賓席のまえには祭壇が設けられ、その周囲には司式者と、師範や教官、そして学生たちが3~4人程度の男女の組となって数十組が体を互いに絡ませていた。

 この時、ナサナエルは会場内で発せられる念波が相互に強め合い、共鳴して非常に強くなっていることを感じた。そして、多くの男女たちが快感の中に浸っていることに、衝撃を受けた。

「さあ、共鳴を! 共鳴をお捧げしましょう」

「さあ、煬帝国の導き手よ、おいでください」

 その言葉が語られると、祭壇前の空間がゆらりと陽炎のように揺らめいた。その揺らめきは、次第にうっすらと人間が立っている姿になっていった。その姿こそが、この儀式で崇められる守護者だった。

 この儀式では、国術院で教えている呪詛と詛読術とが活用されていた。儀式における呪詛では、全ての住民が、目の前の他人の心と精神、意識に対して働きかけ、その人間が術者に向けて心と体を解放し、喜んで奉仕し尽くすように仕向けることが出来た。儀式における詛読術では、参加者の彼らはまた、互いに呪詛を掛け合うと同時に、互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ、同時に互いに快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたっていた。これら呪詛と詛読術とで目の前の儀式が構成され、それによって彼らの快感がさらに守護者との一体感へと発展しているように見えた。すると、その快感中の複数の心に共鳴が生じ、それを守護者がむさぼることになる。守護者はその代わりに、貪欲な住民たちの願いを達成するのだった。

「われこそはビルシャナぞ。煬帝国を再び偉大にさせたのは、われぞ」

 声は小さいはずだった。だが、その声は疑似声音のように会場にいるすべての人間たちの心に響いた。

「今こそ、火炎族の学びを見せよ。いでよオロチ・コアムイ」

 その呼びかけに出てきたのは、アドナーンたちとともに国術を学んでいたオロチ・コアムイだった。

「オロチ・コアムイよ。クラウディアに施術せよ」

 オロチは神輿上の巫覡を凝視すると、彼は詛読術によってクラウディアの心を快感で支配した。陶酔しきったクラウディアを確認すると、オロチは彼女の縄目をほどき、接触奉仕術によってさらに陶酔の深みの中へといざなった。明らかにクラウディアは詛読術によって諦観と寂静の中に快感と高揚の渦に巻かれ、国術として学んでいた舞踊をはじめていた。その姿はなまめかしく、堕落したものになりつつあった。そして、クラウディアを中心にして、会場の全員が陶酔の中に落ちつつあった。

「さあ、あんたはその陶酔のまま高揚のまま快感のままに、私を崇め、私の依り代となれ。さすればこれから発展する煬帝国、いや世界の母と呼ばれ、権力を握り、一生の間の栄達はのぞみのままぞ」

 ビルシャナの言葉は、クラウディアの耳に優しくささやいた。いや会場全体に優しく響き、アドナーンさえ魅了されるところだった。だが、ことはそれ以上に進まなかった。


「オロチ、どうしたのだ。共鳴が微弱すぎるぞ」

 ビルシャナが首を傾げつぶやくと、後宣明帝はつぶっていた目を見開いてオロチを睨みつけた。その様子を見ていたアドナーンは、自らの観察と分析を確認するように、独り言を言った。

「彼女の舞踊は私が共に居なければ、用をなさない。共鳴などまだ先の先じゃないか。不完全なるゆえにこの儀式は失敗している」

 アドナーンは「今だ!」とつぶやくと、陶酔しきっている群衆の間を駆け抜け、その勢いのままオロチを蹴落とした。

「ディア、目を覚ませ!」

 アドナーンはそう言うと、クラウディアの拘束を解いて手を取った。アドナーンの大声に、クラウディアはまだ夢のなかだった。その代わりに蹴落とされたオロチが怒りの声をあげた。その声に触発されたようにビルシャナ、そして後宣明帝が慌てたように大声を上げた。

「クラウディアを逃がすな。あの男を捕らえろ」

 クラウディアはまだ夢の中だったが、アドナーンの顔を見ると、おもむろに起き上がった。アドナーンはクラウディアを起き上がらせると、会場の講堂から外へ向けて走り出した。その時、やっとクラウディアは正気を取り戻した。

「私とアドがどうか逃げられますように」

 クラウディアは、押し寄せてくる大勢の者たちの姿を見て、思わずまじないのような言葉を発した。だが、この時、ビルシャナは祭壇から飛び上がって二人の前に立ちはだかった。彼は薄笑いを浮かべながらクラウディアを見つめた。

「お前は、以前にお前たちの地元のハイスクールにいた時、その様なまじない言葉を発していたな。そうだ、それを聞き届けたのはわれぞ。それゆえ、お前はこのようにして国術院に編入し、こうして最高の美女として私に捧げられるようになった。すべては私がそのように仕組んでこのように仕上げたのだ。そして今もそうやってまじないの言葉を口にした。それゆえその希望を聞き届けてやろうぞ。さあ、そのまじないの言葉を聞き届ける代わりに、もうお前はわれのものぞ」

 その言葉とともにクラウディアに帰せられていた巫覡服が消え去り、アドナーンに手を引かれて走っていたクラウディアの髪と柔肌に、ビルシャナのごつい手が伸びようとした。

 その時、大音響とともに演武場の建物を覆うドーム屋根が突然爆発し、空気が真空の外へ漏れ始め、猛烈な風が巻き起こった。それと同時にビルシャナの背中に一本の剣が突き刺さった。群衆の中に隠れていたナサナエルが、周囲の念波に悩まされながらも投げた短剣だった。


 会場は大混乱となった。

「もうすぐ、このエリアは閉鎖されます。隔壁が作動します。全員避難、全員避難」

 機械音声が鳴り響く中、警備兵たちが大騒ぎをしていた。

「守護者への冒涜が行われたぞ」

「誰だ」

「クラウディア。そしてあの男は?」

「あいつはアドナーンだぞ」

「とらえろ!」

「どこへいった?」

 二人を捕らえようとした衛兵たちだったが、逃げだそうとする大群衆には為すすべが無かった。こうして、クラウディアとアドナーンは、出口で待っていたナサナエルに導かれて外に逃げていった。

___________________________________


 三人は、演武場の最上階から下へと走り抜けた。備え付けの一部に設けられた、耐圧ガラスではない屋内用の窓ガラスは簡単に割れた。そこから下へ飛び降りると、ナサナエルたち三人は演武場の屋根の一部に設けられた非常出入り口に入り込むことができた。そこからナサナエルが二人を引っ張って走り抜けたのは、まるで迷路のような通路や部屋だった。

 ナサナエルは、以前から演武場に出入りしており、彼が二人を連れて走り抜けたのは彼が事前に調べ上げていた通路だった。非常出入り口は、そのまま最上階の武器展示室へ通じ、その先には小さな道場があった。それを通りすぎて降りて行くと、控室、更衣室、事務室となった。さらに下へ向かうと、レストランと調理場、廃棄物処理場を通り過ぎると、そこは下水溝、そしてさらに進むと下水処理施設に至った。そこから斜めになった壁を伝え登っていくとそこは国術院の大展望室だった。このようにして迷路のようなところを過ぎて、国術院の外に出るまでに半日ほどの時間を要していた。

 既に、三人の引き起こした騒ぎは収まっていた。だが、警戒はまだ緩んでおらず、彼らが人目を避けながらたどり着いたのは古い輸送業務管理事務所の跡だった。だいぶ昔に放置されたと思われる戸棚はガタついており、それを動かした背後にはさび付いたままで放置されていたドアがあった。

 三人は恐る恐るその先に進むと、さらにその先には、国術院から宇宙空港へ通じる旧式のエアドック式物流路があった。

「この搬送路の先に見えるのは、おそらく使われていない物流施設だろうね。使われなくなった自動倉庫だろうな。衣食はそこで足りるだろうし、そこに紛れ込めば見つかることはないとおもう。さあ、逃げなさい。ほとぼりが冷めるまで潜むことを覚悟して.......ええと、ここから先は照明が無いな」

 ナサナエルに案内されて入り込んだ施設は、かつての搬出入ターミナルだった。長い間使われていない搬送路端部には、暗黒空間の中に五行鬼用一人乗りの搬送カプセルが発射部に放置されていた。

「これはカプセルだな。断熱構造を有している。多分、外界の冷えた空間にさらされていても、中は保温される仕組みだろう」

 ナサナエルは手探りで狭い乗り口を探り当てると、慌てたように二人を奥へと押し込んだ。

「さあ、ここから、急いで」

「あ、待って! 服が引っ掛かって奥へ進めない」

「お、おい。前がつかえて......。あ」

 カプセルの奥からびりびりと服が引き裂かれる音とともに、バタバタと人が重なって転がる音がした。だがナサナエルは中の二人の様子を確認する間もなくハッチを閉め、カプセルを送り出してしまった。

「よし、発射」

 カプセルの中では無理に押し込まれた結果、押し込まれたアドナーンは、後ろから容赦なく押し込まれてくるクラウディアを頭と背中で受け止めた姿勢のままであり、クラウディアは押し込まれたままの姿勢だった。しかも、もぐりこんだ際にハッチの取っ手に二人の服が引っ掛かって引き裂かれており、二人は肌が露出したまま倒れこんだままだった。

「おーい、ナサナエル。僕たちは服が脱落しだんだよ。こんな状態で重ね合わせて閉じ込めやがって。これはダメだ。おーい、ハッチをもう一度開けてくれ」

「ナ、ナサナエル。もう一度開けて!。ここ、身動きができないのよ」

 すでにカプセルは、二人は姿勢を直す暇もなく、激しい振動とともに動き始めていた。

「ディア、僕の髪の上であまり動くなよ。もう少ししっかりと自分の体を固定してくれないか」

「アド、どうやって踏ん張ればいいのよ。私、そんなに力が無いから動いちゃうわよ」

「僕は自分の体を固定するだけで精一杯なんだよ。あんたの胸と腹を頭で受け止めるだけで精一杯なんだ。あんたを動かないように保持するなんてできないんだぜ」

「こんなに状態になるなんて! こんなの耐えられない!」

 カプセルは急な加速と急な減速、そして上下の振動、カーブの際の加速度のすべてが加わり、カプセルの中でうつ伏せ倒しとなっている二人をほんろうし続けた。

「あ、滑る。前に行っちゃう」

「お、おい、太ももが耳に当たっているぞ」

「絶対。上を見ないでよ」

「目の前に何かぶらぶらしている......あ、こっ、これは......」

「あ、こら、目を開けるな。あ、頭を動かさないで」

 クラウディアの露出した股間がそのままアドナーンの頭にかぶさり、クラウディアはその姿勢のまま、アドナーンの目の前で四つん這いになっていた。その体制が与える視覚的な衝撃と物理的刺激によって、二人は悲鳴を上げ続けた。そんな時間がどのくらい続いただろうか。ようやく突然振動が終わり、カプセルを覆っていた上蓋のような大きな開閉ハッチが突然開いた。その時、中の二人は外気の非常な冷たさに驚かされた。

「さ、寒いわ」

 クラウディアは寒さを避けるために、ふたたびハッチを閉めた。彼女は寒さに身をすくめるようにして座りなおし、アドナーンの背中の上に身を寄せて、思わず声を上げた。

「アド、あんたの背中、あったかい。それに大きいのね」

 クラウディアは、下敷きにしているアドナーンに話しかけながら、彼の背中と肩に自分の頬を重ね、静かに口づけをした。アドナーンはそんな彼女の動きを背中に感じながら、つぶやいた。

「髪が少し伸びたのか?」

「そうね。しばらく髪を切ることも忘れていたわ」

「僕たちは、結局二人だけになってしまったな」

「でも、二人でここまで逃げられたわ」

「これからどうしたものかな......。ところで、ここは確か、自動倉庫なんだろうな」

「そうね、星明りに大きい棚がいくつも見えたわ」

 そこは確かに自動倉庫の跡だった。そのためか、先ほどカプセルは自動倉庫に着くなりハッチが開いた。今までは、二人は真っ暗で狭いながら保温された場所に納まっていたために、まだ過ごしやすかった。だが、二人がカプセル内から顔を出したところ、外は全く照明の無い漆黒の空間であり、かつ非常に冷え、空気の動きも一切感じられない場所だった。

 二人は、顔を出しながらしばらく周囲を観察した。だが、二人に聞こえてくるのは、自らの、そしてもう一人の異性の身じろぎする音だけだった。照明が無いために視角的には認識できなかったが、感じる温かみはほとんど布地を身に着けていないゆえの相手の肌のぬくもりだけだった。

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