メインキャラのいるクラス
<主な登場人物>
赤木 焔・・・浅黄高校1年A組。明るく活発な少年。超常現象研究会所属(サッカー部と兼部)。実は異能戦隊チョーケンジャーのリーダー、炎熱を振るう異能戦士チョーケンレッドである。本篇の主人公。
青木 玲二・・・浅黄高校1年A組。冷静沈着な知性派。超常現象研究会所属。実は氷冷を武器とする異能戦士チョーケンブルー。赤木のライバルにして盟友。
桃木 風香・・・浅黄高校1年A組。高校デビューを成功させたにわか美少女。超常現象研究会会長代行。実は風を自在に操る異能戦士チョーケンピンク。本篇のヒロイン。
黄木きりん・・・浅黄高校1年A組。一見茶髪ミニスカヤンキーギャルだが、その筋では有名な格闘少女。超常現象研究会所属。実は鉄筋コンクリートの壁を素手で打ち抜く物理特化型異能戦士チョーケンイエロー。ナイスバディだが本人は背が高いことがコンプレックス。カレー大好き。本篇のパンチラ要員。
御堂 理季弥・・・同上。チビ。超常現象研究会所属。周囲を凍り付かせる冷え冷えなギャグの遣い手。自称チョーケングリーン。クラスに「緑木」という名前の生徒が居なかったため、語感の似たコイツが選ばれたらしい。体格的にはショタ枠だが、可愛気の無い顔がそれを裏切っている。性別とか全く気にしていない友人の体でチョーケンイエローに接近しては、関節技を教わるという口実で身体を密着させ、感触を記憶に刻んで家に持ち帰り悪用している。
中学時代はこれといった特徴も無いクラスのモブだったのに、猫耳に見える寝ぐせでキャラ付けしてまんまとメインキャラの一角に潜り込んだ裏切り者。
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「…という落書きが僕の現文ノートにありました」
頭をつんつん、とつつかれて起きると、開かれたノートがひらひらと俺の目の前を舞っていた。
「んん?」
反応すると、ノートが下がり、邪悪そうなケット・シーの顔が現れた。
いや、こいつは邪悪なケット・シーではない。邪悪な人間だ。
御堂理季弥、俺の元同級生にして現同級生。
俺の机の前の席に逆向きに腰掛け、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべている。
もっとも、冷たく光る邪悪な瞳はその重い前髪に隠されて見えないが。
ざわつく教室、カーテンを揺らす風、窓の外には眩しい5月の光が溢れている。
残念なことに、浅黄市立浅黄高校では1年生の教室は1階と決められているため、ここはアニメ映えする3階の窓ではない。
それに俺の席は主人公席といわれる窓際最後列でもない。
しかし、それが何だというのだ。
今目の前に展開する光景は、学園モノのオープニングに相応しい、賑やかな新入生達の昼休みそのものだった。
そう、まさに物語は始まろうとしている。
…俺抜きで。
「これは一体何でしょう?」
ケット・シー擬いが、ねとつく声で訊いてきた。
起き抜けに妙な物を見せられた俺は、ノートの文字に目を凝らす振りをする。
「んー、あれだろ?小説の扉と本文の間にあるやつ」
「そう。いや、じゃなくて、いったい何のためにこんなものを僕の現文ノートに書いたのか?ってこと」
「誰が、何のために、だろ…」
御堂はきょとんとした顔で俺を見返す。
「何だよ、俺が犯人だとでも?」
「え~、そういうノリ~?」
俺は沈黙を守る。
はぁ、と御堂が溜息を漏らす。
「これを書いたのが誰かは、内容を見れば明らかでしょー」
「そうかあ?誰でも書きそうな内容だと思うけど?」
「伝統的な『ジャー』付き戦隊もの。典型的戦隊カラーとそれに『木』を付けた安易なキャラネーミング。カラーイメージに合わせた安易な能力」
そこで猫人間は言葉を切って、俺をじっと見つめる。
もっとも、挑むような光を秘めたその目は重い前髪に隠れて見えないが。
「なぜこんなベタな設定にしたんでしょう?」
「そりゃ、まあ…」俺は教室を見渡しながら答える。「実際そんな感じだからじゃん?」
そう、1年A組にはメインキャラ達がいるのだ。
入学して早々のある日、俺達の教室に謎の美少女上級生が現れて、赤木、青木、黄木、桃木、御堂理季弥の5人を超常現象研究会にスカウトした。
まるで…古き良き学園異能バトルラノベの開幕のように…。
「そう、ここに書いてある人物は全て実在する。従って犯人は彼らを知る人物。…この高校の生徒に限られる」
「そこは無条件に仮定していいよ。学外の誰かが教室に侵入してお前のノートに落書きしてたら怖いだろ」
「クボチン、君は名探偵の…」
「おい!」俺は思わず口を挟んだ。「クボチン言うな!」
つい強い口調になってしまった。
一瞬、御堂の目に怯えの色が浮かぶ。
もっとも、瞳孔が針穴のように縮んだその黒目は、重い前髪に隠れて見えないが。
「え、えっと、ク、久保君は、名探偵の条件って何だと思う?」
思いのほか早く立ち直った模様。
「名探偵の条件?…そりゃ、どれだけ事件を解決するかだろう。…効率的に。速やかに。」
「ブッブー」
言いながら人差し指を俺の目の前で振る。
「分かってないなあ、いいかい、名探偵の条件っていうのは…」
「ちょっと待て、そういう『自説をのたまう前振りの勝手なクイズ』に俺は前々から異論があるんだ。
名探偵の条件なんて作家の数、読み手の数だけあるだろう?まず俺の回答が間違いだと断言できる根拠を簡潔に示してくれ」
「…」
御堂は薄く微笑んだまま聞き流す。
「名探偵の条件っていうのはね」
こういう奴だ。
「目に見える証拠の陰に隠された見えないロジックを解きほぐし、誰も気付かない真犯人をズバリ指摘してみせる。…とかそういうことじゃあない」
ないのかよ。
「大団円を迎えた後に、心に沁みる深い一言を投げかけて犯人を涙の海にひざまずかせる。
そういうことができる者が、名探偵を名乗れるのだよ」
納得できない。
「そのクソ定義の可否はひとまず置くとして、つまり名探偵御堂はこの落書き犯を涙の海にひざまずかせる算段なんだな?手伝おうか?」
「ありがたい申し出だがクボチン、君からは自白の言葉以外を望まないよ。そしてそれもまだ時期尚早だ」
言い終わってから御堂は気付いて手で口をふさぐ素振りをした。
「もういいよ、でも大声で言うなよ」
御堂が俺の古い渾名を嫌がらせで呼んでるんじゃないのは分かった。
だが、高校の3年間、そんな渾名で呼ばれるのはごめんだった。
「え、えーと、じゃあこの文の内容を細かく見ていこう」
ノートを俺の机に広げる。
「まず、犯人は浅中出身者であることが分かる」
「なんでだよ」
「赤木君と青木君については通り一遍のことしか書いていない。赤木君は久米中、青木君は北中出身だ。
それに対して僕と中嶋さんは浅中出身。犯人は僕らのことを特にイジってる」
「黄木のこともイジってるだろ?」
俺は一応反論を試みる。
「黄木さんはまあ、有名人だからね。それに、僕との関係性でイジられてるってこともある」
「関係性?」
「…」
「…」
「…なんだよ」
御堂が似合わず耳まで真っ赤になった。
もっとも、寝癖の擬似耳とかぶる生身の耳は、重いサイドに隠れて見えないが。
「ともかく!
まだ入学早々の5月に、浅中出身者の事だけをよく知る様子なら、犯人は浅中出身者で間違いないだろう」
「まあ、そうだとしよう。でも浅中出身者つっても何人もいるよな?」
「クボチン、僕、中嶋さん、山田くん。このクラスだと4人だね」
山田って誰だよ。
「もちろん犯人がこのクラスの人間とは限らない」
俺は一応釘を刺す。
「ぞれはそう。このクラスの人間とは限らない。学年では確か浅中出身者は14人いる」
「ちょっと暖炉の前に集めるには多すぎる人数だな」
「そうだね。でも、もちろんもっと絞り込めるよ」
御堂は人物紹介の『桃木』の項目を指差す。
「『高校デビューを成功させた』とあるよね」
「うん…え?そうだろ?中学の頃はほら、小っちゃくて地味で、眼鏡かけてたし…おさげだったし…」
御堂はじっと俺の顔を見て何も言わない。
「いや、何だよその墓穴を掘りましたね♪みたいな顔。やめろって。浅中出身者なら誰だってそう思うだろ?」
「思わないんですよ」
「え?」
「今のゆるふわ美少女の中嶋さんを見て『高校デビュー』と思う人は、浅中出身者にはいない」
「は?」
「クボチンのように、2年の夏休みに転校したのでなければね」
浅黄市立浅黄中学校、略して浅中。
浅黄市の中心部、もと城下町の旧い街並みの外れにある、おっとりとした校風の平和な学校だった。
そこで俺は桃木風香と出会った。
中学1年生の桃木は小柄で、俯きがちで、眼鏡で、おさげ髪で、声の小さい、一言でいうと目立たない女子だった。
俺たちは趣味の分野で意気投合し、ちょっとしたサークル活動みたいなものを共にした。
異性として意識していたわけじゃないが、友達だった。
…いや、正直言うと俺は桃木が俺のことが好きなんじゃないか、と思っていた…。
2年生2学期を前に転校する羽目になったが、もしかすると高校で再会してまた仲良くなれるんじゃないかと期待もしていた。
なんなら、『付き合ってやってもいいな』とか思っていた。
「再会した君は驚いたよね」
猫耳の悪魔が顔を寄せ囁く。
「桃木さんの名字が『中嶋』に変わっていて、性格が明るくなっていて、眼鏡じゃなくなって、ゆるふわウェーブになっていて」
「うう、正直、最初は分からなかったよ」
俺は認めた。
「クククッ。というか、未だにまともに話しかけられないでいるよね、クボチン♥」
「そんなことはない」
こいつ、自分には懇ろにしている女子が居るからって、純真な男子高校生に対してマウントとってきやがる…。
「だから、あれが高校デビューじゃなけりゃ何だっていうんだよ!」
「だって、僕たち浅中出身者の記憶にある桃木さんは、元々あれだから」
どういう意味だ?
「桃木さんが変わったのは卒業後じゃなく、君が居なくなった2年の夏休み明けからだったから…」
御堂によると、2年の夏休み明け、それまで何かに怯えるかのように肩をすぼめ、伏し目がちに過ごしていた桃木の様子が変わっていたという。
表情が明るくなり、よく笑うようになった。
それだけで印象はガラッと変わり、『目立たない小さい子』は徐々にクラスの人気者になっていった。
「コンタクトにして、髪型を変えて…、3年になる頃にはもう学年のアイドル的存在になっていたよ」
知らなかった。
「中学時代は『桃木』で通していたけど、僕たちだけには3年の初めには、両親が離婚したことや高校からは名字が中嶋に変わることを話してくれていたよ」
夏休み明けには変わっていただって?
俺はそこに引っかかっていた。
こいつの知らないはずの事だが、実は2年の夏休み中に、俺は彼女と会っていたのだ。
その時、俺が最後に見た彼女は、『明るくなる』どころか、泣いていたのに…
「したがって、彼女のことを『高校デビュー』と言うのは、元浅中生の中でも2年の2学期までに転校した者のみである」
呆然とする俺に御堂が言い放つ。
「今年鳴高に進学した者の中では、クボチン、それは君だけなんだよ!」