96話 断れる日本人
「お帰りなさい、お婿さん」
「違います」
大森山の怪鳥を調伏した後、一樹達は秋田市の春日邸まで戻ってきた。
最大の目的は、結月から教えられた『金文の霊鳥』と『白鷹』について、再確認するためだ。
2日前に聞いたときは、如来や菩薩の名前が出てきたために、倒すのは論外と断念した。だが、羽根を得るだけならば、倒す必要はない。
拾い集めても良いし、地蔵菩薩の神気を持つ一樹が事情を話して譲って貰うのも手だ。
――楽をして集めよう。
その様な発想に至ったのは、一樹は6種類の羽根を集めなければならず、現段階では1種類を達成したに過ぎないからだ。
残りは5種類だが、現段階では他の怪鳥について、何ら情報を得られていない。
――そもそも鳥の妖怪は、基本的にはB級以上の強さにならない。
生物は、種として存続するために、身体の大きさが最適化されている。
飛ぶという行為は、基礎代謝が大きい。それでも飛ぶのは、獲物を獲得するためと、天敵から逃げるためだ。
もしも鳥類にB級以上の強さがあれば、飛ばなくても地上で好きなだけ獲物を狩れるし、天敵に襲われる心配もなくなる。
すると恐竜が絶滅して天敵が居なくなったダチョウのように、鳥類は飛行しなくなる。
したがって風切羽を持ち、飛んでいる鳥類は、B級以上ではない。
その例外が、特別な事情を有する種や個体だ。
だがそれらも、大抵は出現した時代の武将、陰陽師、神仏などが倒している。
怪鳥を探すのは困難であるため、一樹は『金文の霊鳥』と『白鷹』を候補に戻した。
一樹はトラウマが強すぎるために、如来や菩薩に関わるのは極力避けたいと思っている。
だが一樹であれば、仏の力を利用できる。
そのため情報を再入手すべく、春日家を再訪問したのであった。
「任意の怪鳥作りについて、ご説明をしようと思いまして。それと宿泊もお願いしたく」
そのように名目を立てたところ、秋田県の統括である結月は、当然ながら要請を受け入れた。
「あたしの部屋、鍵は掛かっていないから」
「違います」
蒼依と沙羅が何かを言い出す前に、一樹は率先してツッコミを入れた。
そして再び迎え入れられた一樹達は、荷解きをした後、結月を交えて応接室で話をした。
昼下がりの応接室には、ケーキと紅茶が運ばれてきた。一樹達と結月で4人しか居ないにも拘わらず、ケーキは8種類も出されている。
「ありがとうございます」
結月に礼を述べた一樹は、大森山の怪鳥に関する制御について切り出した。
「地脈の力を宿した怪鳥の素材は、新たに地脈の力を流す際の目印に使えます。それで新たな怪鳥を任意に作れば、弱い間に倒せて、制御可能です」
「声良鶏とか?」
「あるいは、もっと無害な鳥でも良いと思います」
どのような鳥が良いのかについて、一樹は候補を考えていない。
実際に怪鳥の誕生を管理する場合、管理する春日家が、自己責任で選定すべきだからだ。
声良鶏の怪鳥は、ニワトリでありながら空を飛んでいた。
これなら弱いと思った鳥が、予想外に強くなるかもしれない。そのため一樹も、断言や保証までは出来なかった。
「声良鶏は、強かったの?」
結月は一樹に対してではなく、沙羅に向かって尋ねた。
一樹に尋ねなかったのは、強さが相対的なもので、一樹の力を推し量れないからだ。一樹が「怪鳥は弱い」と言ったところで、結月にとって弱いとは限らない。
それに対して従姉妹の沙羅であれば、力は概ね把握している。沙羅はB級認定されたが、結月もB級であり、同レベルの五鬼童一族とは共闘もしている。
沙羅の主観は、結月にとって最も理解し易かった。
沙羅から視線で問われた一樹は、答えて構わないとの意志を籠めて、軽く頷き返した。
すると沙羅は、結月の問いに答える。
「前に倒した、東側の絡新婦の母体くらいの強さだと思います」
沙羅が挙げた例に、結月は驚きで目を見開いた。
その妖怪は、かつて沙羅の右手の肘から先と、左足の膝から先を失わせた個体だ。
結月の母と兄も妖毒を受け、気の廻りを阻害されて、陰陽師を引退に追い込まれている。
――警告するために、敢えて出したのか。
沙羅は、B級陰陽師でA級妖怪と戦う無謀を訴えたかったのだろう。
格上と戦うことが、如何なる結果をもたらすのか。それは絡新婦の母体と戦った結果で、沙羅と結月は思い知っている。
一樹もS級の獅子鬼との戦いで、敗退を経験している。
蜃で呪力を消費させられた後の不意打ちだったが、獲物を襲う野生動物は、基本的に不意打ちをする。
妖怪とは、交戦協定を結んでいるわけではない。
作戦を立てる知能も、強さのうちであり、一樹達は敗北した。
だからこそ、敗北する可能性の高い同格以上の相手とは、戦ってはならない。
そんな協会の方針、かつ真っ当な警告を受けた結月は、沙羅の意を汲んだ。
「管理するけれど、怪鳥が弱いうちに入れ替えることにするわ」
「それが良いと思います」
方針が定まった後、結月は一樹に尋ねた。
「怪鳥は使役しないの?」
「そうですね。大きくて、乗って飛べそうな点には惹かれますが、恨みを買いすぎました」
一樹は怪鳥に対して、地脈を封じて誘き寄せ、殺して、羽根も抜き取っている。
恨みは大きいであろうし、それを縛るのであれば友好的な妖怪よりも消費は大きい。
消費量は、おそらくA級中位ほどになる。
それで戦力的には牛鬼より低くなりそうなのだから、非効率の度が過ぎる。
メリットがあるとすれば、飛行能力だ。
大抵の陰陽師は、車に霊具などを積んで、現場に向かっている。
だが一樹は、車の免許を取れる年齢ではない。バイクであれば免許を取れるが、荷物の積載量は小さいし、二輪車で走行中に怨霊に襲われれば事故も必至だ。
飛べる怪鳥には利点もあるが、弱くて消費が大きい点が、一樹に使役を断念させた。
「鳥が駄目なら、馬はどうかしら」
「馬ですか」
「東北には、龍馬という飛べる馬も居るわ」
龍馬とは、龍の頭に馬の身体を持った霊獣だ。
霊獣であるため霊力を持っており、人を乗せて空も飛べる。
栃木県にある日光東照宮の陽明門に彫られているが、山形県最上郡金山町有屋の龍馬山には、本物が姿を現わす。
毛並みは白色で、山頂や岩場を渡り歩く姿が確認されている。
およそ60年に1度の周期で現れるそうだが、日露戦争の頃に目撃された記録があるため、そろそろ出ても良い頃合いだ。
――でも生きているなら、霊体として影から出し入れ出来ないから、逆に不便か。
馬に乗り歩きながら仕事をするのは、非常に難しい。
駐車場に馬を停めれば、奇異な視線を向けられるだろう。
飼葉と水を与えておいてくれなどと、誰に頼めようか。そして犬の散歩をするように、道路に落ちた馬糞は拾わなければならないのか。
一樹が難しい表情を浮かべていると、蒼依が微笑んで宣う。
「馬を飼ったら、名前は馬太郎でしょうか」
「……馬は、結構です」
断れる日本人である一樹は、仏頂面で答えた。
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・新年のご挨拶
あけましておめでとうございます。
旧年中は、大変お世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。


























