95話 怪鳥退治の後始末
「風切羽を回収しよう。沙羅は本部と支部に連絡して、回収班を呼んでくれ」
「分かりました」
一樹に向かって穏やかに微笑み返した沙羅は、スマホで本部と支部に連絡を取り始めた。
一樹が集める風切羽は、本部が半分、支部が残り半分を運ぶ予定になっている。
2系統で運ぶのは、運搬時のリスクを分散するためだ。
風切羽は、羽団扇の素材だけではなく、呪術などにも使える高価な素材だ。地脈の力を宿す怪鳥の羽根であれば、儀式に使えば次の怪鳥を任意に選択できるかもしれない。
――任意に作れば、怪鳥の誕生と討伐のタイミングは、制御できるかな。
その他にも様々に使えて、羽根1枚の価値は、世間一般の想像を遙かに上回る。
そして飛行可能な五鬼童を強化できる羽団扇は、魔王が現れたタイミングの協会にとっては、1本100億円くらい支払ってでも欲しい品だ。
一樹や宇賀の手元にあれば、誰も奪うことなど出来ない。
だが一樹と宇賀の間を移動する間は、隙が出来る。
交通事故、単純な持ち逃げ、五鬼童家が優遇されることへの不満からの妨害、魔王の配下による襲撃など、想定されるリスクは様々にある。
絶対の安全など保証できないために、本部と支部の2系統で運搬するのだ。
さらに念には念を入れて、本部から派遣する人員には、豊川稲荷の狐霊という絶対に裏切らない存在を含めている。
それら人員と運搬用の車は、鹿角市に待機させていた。
調伏のタイミングが不明であり、B級以上の怪鳥との戦闘にも巻き込めないためだ。
「今から1時間ほどで到着するそうです」
「分かった。それと怪鳥の素材を儀式に使えば、次の怪鳥を任意に作れるかもしれない」
「任意に作るのですか?」
「新しい鳥に地脈の力を流し込めば、それが次の怪鳥になるだろう。B級に育つから倒せないのであって、D級くらいで潰していけば、楽に抑えられるんじゃないか」
その場合は、新しい羽団扇を作るための妖怪も1種類減る。
だが百年単位で先の話だろうと思い直した一樹は、制御を提案することにした。
「春日家に連絡して、羽根以外の回収も提案してくれ。詳細は、後ほど直接話す」
「結月さんに連絡しますね」
沙羅に指示した一樹は、回収班が到着するまでに、式神で怪鳥の解体を行うことにした。
ニワトリから変化した怪鳥は、片翼の主翼羽が、初列風切羽10枚。副翼羽が、次列風切羽10枚と三列風切羽4枚。
天狗の羽団扇に関して、羽根を選べるのであれば、初列風切羽が好ましいと一樹は聞いた。
羽団扇で術を放つのであれば、飛ばせる羽根のほうが向いているのは道理だ。すなわち初列風切羽を20枚確保して、本部と支部に半分ずつ持たせれば良い。
そして余裕があれば、羽団扇の作成費に充てるために、残りの羽根も切り取る。他の素材に関しては、春日家に回収させて、第三者の悪用も防ぐ。
だが怪鳥は、身体の部分が牛鬼に匹敵する大きさだ。風切羽も人間の背丈ほどの大きさで、回収班に作業を丸投げするのは、流石に気が引けた。
なお羽根のサイズが大きすぎる件は、事前に問題ない旨を宇賀に確認済みである。
「牛太郎、怪鳥を仰向けにしろ。信君殿、羽の付け根を斬って下さい。水仙、切断を手伝ってくれ。肉は食べても良い」
「承知」
「おっけー。でも質は、あまり良く無さそうだけれどね」
式神達が指示に応じて、作業に取り掛かった。
怪鳥は巨大だが、牛鬼も同様に大きくて力も強い。人間が、倒れている別の人間を引っ繰り返して、両手を広げさせるくらいの労力で済む。
信君はA級で刀を使うため、怪鳥の羽根の付け根を斬るくらいは容易い。
それに水仙も切断が得意であるため、3体が協力すれば、作業は早々に終わる。
作業に必要な人員を手配した一樹は、水仙が口にした件を尋ねた。
「怪鳥は、質が悪いのか」
一樹は羽団扇を作成するために、B級以上の鳥の妖怪の風切羽を集めている。
集める羽根の質が低いと、完成品に影響するかもしれない。
不安を抱いた一樹に対して、水仙は私見を述べた。
「ムカデが肉なら、こっちは単なる脂肪分。地脈の力は、まったく使えていない感じ」
「だったら、無理に食べなくても良いぞ」
「……じゃあ、パスで」
水仙は若干迷いを見せた後、食べない選択をした。
肉に宿る力が低いのであれば、同様に羽根のほうも低いと察せられる。
力自体はA級下位だったが、しっかりと身体に宿っていないのであれば、風切羽の価値は1段階ほど低く見積もって、B級上位だろうか。
一樹は瞳に、失望の色を浮かべた。
「ノルマは1つクリアしたが、苦労には見合わなかったかな」
地脈の流れを変えて、暑い思いをしながら待ち構えていた。戦闘自体も、A級下位の飛行できる妖怪を相手取るものだった。
それでリターンが、八咫烏1羽の抜け落ちた羽根と等価だ。しかも一樹の場合、タダで5羽分を手に入れられる。
溜息を吐いた一樹は、不意に思い付いて八咫烏達に声を掛けた。
「お前達は、この辺の鬼達を狩ってきてくれ」
「「「「「カァッ?」」」」」
怪鳥の風切羽を抜く作業は繊細で、嘴で毟り取りそうな八咫烏達は参加させられない。
だが待機させていても、八咫烏達は飽きるだろう。
そのため一樹は、外出先で大人しくしていられない子供をキッズスペースに送り込む感覚で、解き放つことにしたのだ。
――怪鳥が居なくなったことで、これから人への被害が増えるかもしれないからな。
怪鳥は巨大で、小鬼などは餌の対象外だったはずだ。
それでも怪鳥が生息していただけで、現地の小鬼は隠れ潜みながら住んでいたであろうし、他所から移り住んで来なかったり、生息数が抑制されたりしたかもしれない。
だから、怪鳥の死によって増える前に鬼を駆除しておくのだと、適当に理由をでっち上げた一樹は、八咫烏達を嗾けた。
「鬼を退治したら、この辺の子供達も喜ぶだろう」
「「「「「クワッ!」」」」」
「人が居るところには、鬼を放り投げないようにな」
最低限の注意を受けた八咫烏達は、大空へと飛び立ちはじめた。
鹿角市周辺の鬼達にとって、過酷なリアル鬼ごっこの始まりである。
「…………さて」
ある意味で八咫烏達を追い払った一樹に対して、八咫烏達の母親代わりである蒼依は、無言でジッと見詰めてきた。
後ろめたさを感じた一樹は、作業をして誤魔化そうと、地脈を封じていた陣を消し始めた。
回収班が到着したのは、それから50分ほど後であった。
◇◇◇◇◇◇
先に到着したのは、支部の回収班だった。
霊具輸送用のワンボックスのワゴンから降りてきたのは、人当たりの良さそうな三十路男性と、両手の指の本数くらいは人を殺していそうな強面の青年だった。
どちらも陰陽師であり、小鬼であれば、それなりに殺しているだろうが。
呪力がD級とE級に感じられた一樹は、彼らを襲撃して羽根を奪う場合、イリエワニとゴリラを同時に相手取る難易度だと見積もった。
ベテランの陰陽師であれば、直接戦闘の他に、銃弾程度から身を守る霊符や、反撃用の呪符、警戒用の式神なども使う。武装した強盗が数人程度であれば、確実に盛大な返り討ちに遭う。
彼らのうち、イリエワニに匹敵する三十路の陰陽師が、怪鳥に視線を飛ばしながら挨拶した。
「お疲れ様です。首尾は、上々のようですね」
羽根の質が落ちていた件について伏せた一樹は、軽く首肯する。
「予定通りに獲得できました。お手数ですが、本部の宇賀様のところに、運んで下さい」
依頼した一樹は、青年に守護護符2枚と、鳩を描いた式神符10枚を差し出す。
視線で問う三十路の陰陽師に向かって、一樹は補足した。
「輸送時にお使い下さい。式神符は、1枚でC級下位程度です。余れば、ご自由に」
「かしこまりました。頂戴します」
一樹が渡した守護護符と式神符は、怪鳥退治で使わなかった霊符だ。
式神符10枚を使っても怪鳥は倒せないが、出会った当時の水仙くらいであれば殺せる。大鬼であろうとも、半殺しには出来るだろう。
守護護符は、それらを行う間、敵の攻撃に耐えられる程度のものだ。
協会は輸送時の安全対策を練っているが、一樹は補強を兼ねて、独自に符を渡した。
受け取った三十路の陰陽師は、半分を強面の陰陽師に渡すと、一礼して解体中の怪鳥の下へと向かった。
「大盤振る舞いですか」
「いや、自重との折衷案だぞ。簡易な使い捨てしか渡していない」
傍に控える蒼依に問われた一樹は、つまらなそうに答えた。
一樹の手元には、怪鳥との戦いに持ち込んだ200枚もの式神符がある。
襲撃者が居れば、それがA級妖怪であろうとも、文字通り死ぬほど後悔することになるだろう。最初からS級を投じるはずも無く、誰が相手であろうとも、確実に守りきれる。
だがそれは、流石に渡し過ぎだ。
紙に呪力を籠めて作成する式神符や霊符は、籠めた気が抜けるために使用期限がある。
それでも、一時的にはA級妖怪すら倒しかねないD級陰陽師や、E級陰陽師が誕生するわけで、運搬係に選ばれなかった陰陽師が不満を持つし、人員を差配した春日家も困るだろう。
故に一樹は、自重したのである。
ただし守護護符2枚と式神符10枚は、調伏料が1億円のC級妖怪を2体倒せる程度だ。
これが世間的に自重していると見なされるのかについては、議論の余地がある。
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・年の瀬のご挨拶
今話にて、2022年の投稿は完了致しました。
今年は本作にお付き合い頂き、
まことにありがとうございました。
2023年も頑張ってまいりますので
何卒よろしくお願い申し上げます。
























