88話 6種の風切羽
「八咫烏達の風切羽を提供する対価として、沙羅の羽団扇も作成して頂きたいです。沙羅の羽団扇を作成するために必要な風切羽は、こちらで集めますので」
一樹は八咫烏の風切羽を渡す条件として、沙羅の羽団扇も作るように求めた。
八咫烏5羽は、何れもB級下位の力を持っている。
しかも羽団扇を作るに際して、一樹が呪力を注ぐように指示すれば協力するので、B級中位並の風切羽の価値がある。
現在の沙羅や凪紗、次の分家の当主である五鬼童本家の次男などがB級中位で、それら天狗5人分の力を損なわずに、材料を集められる。
その分の料金は、如何ほどになるのか。
――金を要求したら、協会の内部留保から、100億円くらいは出すだろうけど。
あるいは200億円でも、300億円でも出すだろうと一樹は予想する。
何しろ魔王が現れた時代、1兆円以上もある協会の内部留保から、数パーセントを出すだけで、協会のA級陰陽師を増やせるのだ。
支払う金も消え失せるわけではなく、A級の一樹が呪具を揃えるための投資になる。
ここで使わずに、一体どこで内部留保金を使うのか。
魔王が現れ、A級2名が欠けた現状であれば、一樹は200億円よりも安全が欲しい。
だが自身の魂に染み込んだ汚れを祓うためには、強力な妖怪を調伏せねばならず、魔王が現れたからといって、陰陽師を辞めて逃げるわけにもいかない。そのため戦力強化は、急務である。
現在の沙羅は、B級中位と上位の中間辺りにいる。
羽団扇を持たせれば、B級上位に上がるだろう。そして沙羅の強化が一樹の安全に繋がるのは、いまさら疑う余地はない。
一樹は、風切羽が集まっても、技術や伝手が無い。
そのため収集の対価として、材料持ち込みでの作成を求めたのだ。
「抜けてから数年以内の風切羽でなければ、呪力が抜けてしまって、加工が出来ないわよ」
「これから鳥の妖怪を倒して集めるので、大丈夫です」
「だったら作成料として、羽団扇10本分の八咫烏の風切羽でも提供して頂戴。作成してくれる職人への支払いがあるのだけれど、がめつい狸婆なのよ。素材を作成の対価にするわ」
B級下位の八咫烏達は、高天原ではいざ知らず、地上の自然界には存在しない神鳥だ。
飼い主である一樹は容易に手に入るが、他人は手に入れようがない。
用途は様々に考えられるが、八咫烏は霊符神の使いであるため、作成した守護護符に風切羽を封じれば、1ランク上の守護効果を得られる。
相応の価値がある風切羽を大量に提供するのは、高いのではないか。
そう考えた一樹だったが、『製造技術が失伝した勾玉を作らせるようなものだ』と、思い直した。
作成する羽団扇は、一部だが、風切羽に使った妖怪の力を引き出せる。
使用者は天狗に限定されるが、勾玉よりも高度なことをしており、技術料が高くても当然だ。
もっとも一樹にとっては、すでに集め終わっている八咫烏達の抜けた風切羽であり、出費はゼロだ。宇賀もそれを聞いたからこそ、提案したのだろう。
それらを総合的に鑑みた一樹は、宇賀の条件に応じた。
「分かりました。よろしくお願いします」
義経への意見聴取は無かったが、羽団扇を渡されるらしき当人が反対するはずもない。
もっとも義経は、これから精神的に大変な労苦が控えている。
足りない分の羽団扇に必要な風切羽は、義経が一族の引退者達を訪ねて、呪力を削って羽根を提供してくれと頼まなければならないのだ。
相手の一人は義一郎で、否が応でも引退を突き付けることになる。
義経に同情した一樹は、彼が無言で考え込んでいることに理解を示した。
「風切羽が11種類2枚ずつ集まれば、予備も渡すわ。だからB級以上の鳥の妖怪を倒したら、10枚ずつを目標に、可能な限り集めて頂戴。五鬼童も楽になるし、羽団扇の数も増やせるわ」
宇賀は、義経と沙羅以外の羽団扇も、作りたいようであった。
鳥は沢山の風切羽を持っており、1羽を倒せば10枚以上が同時に手に入る。
沙羅が予備の羽団扇を持てば、呪力に余裕が生まれて、一樹の安全性が高まる。
そして五鬼童一族も羽団扇を持てば、各地で活躍して、一樹の負担も軽減する。
――反対する内容では、無いか。
一樹と宇賀の双方にメリットがあって、作業の手間は大して増えない。
納得した一樹は、宇賀に応じた。
「分かりました。よろしくお願い致します」
「ええ。強そうな鳥の妖怪については、各支部にも問い合わせてみるわ」
「畏まりました」
宇賀の要求に一樹が応じて、風切羽探しが行われることになった。
◇◇◇◇◇◇
「結納金ですよね。分かります」
協会本部からの帰宅後、事情を説明した一樹に対して、沙羅は得意げな表情で答えた。
沙羅の羽団扇と五鬼童の話であるため、蒼依を抜きに話したところ、果敢に踏み込んできた次第である。
対する一樹は、即座に否定した。
「戦力強化だ。魔王っぽいのも、現れたからな」
ハッキリと否定しておかないと、沙羅は嫁入りの準備を始めかねない。
現状、推定・荒ラ獅子魔王が復活して、配下も現れている。
かつて貪多利魔王は、数万体の悪魔・邪神を率いていた。
そんな貪多利魔王には、烈風魔王、荒ラ獅子魔王、天竜魔王らが加勢した。
阿弥陀如来が向かわせた菩薩、明王、天部の割り当てから考えれば、烈風魔王が1つ格下、荒ラ獅子魔王と天竜魔王が2つ格下と考えられる。
だが数万体を率いた貪多利魔王の2つ下の格でも、配下は最低でも数百体は集まるだろう。
A級が側近や大幹部だとすれば、その下にはB級以下が現れる。
日本中にB級の悪魔・邪神が現れれば、たまったものではない。
悪魔の孫である水仙は、絡新婦と戦った当時はC級上位の力だったが、妖糸で一樹を引き摺り倒した。
沙羅がB級中位のままか、B級上位に上がるかは、一樹の生存率に影響する。
そして五鬼童一族が強くなって、C級の悪魔を削ってくれても、一樹の安全性は向上する。
「沙羅が強くなるのは、俺のためにもなる。だから遠慮なく貰ってくれ」
「でも高いですよ。昔話だと、恩を感じた妖怪が、嫁入りすると思います」
恩義が大きくなると考えたのか、沙羅は微笑して冗談を装いつつ、高額だと訴えた。
「俺が、自分の安全性を高めるために渡すのだから、気にするな。宇賀様とは物々交換だから、俺は実質無料だ。もっとも、宇賀様から羽団扇を貰う五鬼童一族は、扱き使われそうだけどな」
一樹の予想は、当事者である五鬼童家も理解していた。
そして座視するのではなく、五鬼童でも鳥の妖怪を探して、捕まえることにしたらしい。
一樹が残り6種類を集められず、6種類目を五鬼童が集めたのであれば、宇賀への負債は軽減されるだろう。何しろ11枚が揃わなければ、真の羽団扇は作れず、羽団扇に価値が生まれない。
風切羽1枚と、完成品の羽団扇1本が釣り合うはずもないが、タダで貰い受けるよりも遙かにマシだ。
一樹としても、自身が集め切れなかった場合の保険になってくれるのは、有り難い話だった。
「沙羅の2本を除いて8本作れるとして、配る対象は、本家と分家の3人ずつ。他は、誰だ」
「義経さんには、1歳になる子供がいます。それと、予備にするかもしれません」
「なるほど」
羽団扇は、使い手の呪力を混ぜて作る。
そして呪力を混ぜるだけならば、血でも混ぜれば良い。
将来のために作っておくのは良い選択だろう。そうしておけば、義経の次代も、安定して強い力を得られる。
「五鬼童本家は、紫苑よりも本家の子供達に回したいかもしれないな」
五鬼童本家は、分家で将来的には縁も遠くなる紫苑よりも、本家の子供達こそ優遇したいはずだ。選択肢があるのであれば、2番目や3番目の子供にも渡したかったに違いない。
だが今回の場合、依頼主は宇賀で、最大の協力者が一樹だ。
宇賀は今の対策が欲しいし、一樹は沙羅を強化するために協力する。
宇賀に対して次の子供達が生まれるまで待ってくれとは言えないし、一樹も勝手に風切羽を集めて、宇賀と交渉して沙羅を強くするだろう。
そのため五鬼童家は、今の流れに乗るしかない。
もっとも一樹は、数年後に依頼で風切羽を集めてくれと頼まれれば、報酬に見合う限りは応じるに吝かではないが。
「それじゃあ夏休みが続いている間に、風切羽を探しに行くか」
かくして一樹達は、鳥の妖怪を探し回ることとなった。


























