表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/272

84話 逢魔時

『御殿場市に侵入した蜃は、自衛隊の砲撃により進路を変更。現在、東富士演習場を西進中』


 緊急の常任理事会から8時間後の午後五時。

 山梨県にある山中湖上に、幽霊巡視船が陣取っていた。

 巡視船の戦闘指揮所には、ヘリコプターテレビ伝送デジタル船上受信装置によって、自衛隊が撮影する標的の映像が入っている。

 テレビ中継や無線通信も入っており、それらを合わせた情報の精度は極めて高い。

 一樹は概ねの状況を把握しながら、湖上で待機状態にあった。


 山中湖は、富士山の東、蜃が出現した小山町の北側にある湖だ。

 山中湖と小山町の間には、神奈川県、山梨県、静岡県を隔てる三国山が聳え立っている。

 山が射線を遮るために、山中湖上から御殿場市には、砲撃は出来ない。そのため本作戦では、蜃を北富士演習場まで誘導してから、撃とうとしている。


 ――幽霊巡視船は、最大火力だからな。


 幽霊巡視船の燃費ならぬ呪力消費は、尋常ならざる激しさだ。

 だが射程は10キロメートル、毎分330発が連射可能で、時速3675キロでありながら命中精度も極めて高い。

 しかも一樹の呪力も、尋常ではなく高い。

 一樹が協会長や自衛隊であれば、これほど理不尽な陰陽師と式神を使わない手は無い。

 そのため一樹は、砲台役よろしく湖上に配置された次第である。

 蜃の誘導役は、他のA級陰陽師と自衛隊が担っている。


『目標は、北上を開始しました』


 誘い込む富士演習場は、陸上自衛隊にとっては庭先も同然だ。

 演習を繰り返してきたために地形を熟知している。

 駐屯地には装備も揃っており、他のどこに誘い込むよりも、上手く誘導が出来たはずだ。

 攻撃用の呪符を積んだヘリコプターを飛ばして、物理に霊的な攻撃も混ぜながら、強引に蜃を引き寄せている。

 攻撃用の呪符は、各都道府県支部から運び込んだ。

 協会が出し惜しみをしなかったのは、蜃の特性に危機感を抱いたからだ。


『蜃の半径数百メートルに入った人は、死亡しています。小山町から東に移動すれば、東京都です。進路上には横浜市、川崎市、目黒区、世田谷区、杉並区……』


 放置した場合の被害は、計り知れない。

 協会が民間組織であろうとも、国民からの非難は絶大だろう。

 そのため協会は、A級4位から7位までの4名を投じて対応にあたっている。

 五鬼童は飛行と鬼火、協会長は式神術、花咲は犬神を出して、誘導に参加していた。


 だが五鬼童と花咲は、近距離型の陰陽師だ。

 協会長の向井も万能型であって、遠距離には特化していない。

 A級であればこそ遠距離で戦えなくもないが、不得手な戦い方で同格のA級妖怪を倒すのは、不可能だろう。

 蜃は、殺した人間の気を吸い込んでいるのか、受けたダメージは回復している。

 このまま三者が遠距離攻撃を続けても、倒せる見込みはない。


「あれで倒すのは無理だな。ところで良房様、なぜこちらに」


 巡視船の戦闘指揮所には、なぜか白面の三尾が居座っていた。

 一樹が現地に到着したところ、協会長と共に来た良房が、一樹のほうに来たのだ。


「先だっての奉納品が多かった。その分、利益りやくが返ってきたと思えば良い」

「……はぁ」


 先だっての奉納品とは、香苗を強化するに際して、一樹が豊川稲荷に納めた品々だ。

 泰山府君の秘符10枚、鎮札10枚、紙の人形の撫物10体。

 それらと香苗自身の歌唱奉納によって、香苗は成仏する狐の魂の欠片を5つ受け取った。

 呪力はE級上位から、C級中位へと上がっており、一樹は奉納に見合う結果が出たと考えている。

 だが狐側から見れば、お釣りが出たらしい。


 ――香苗の歌唱奉納も良かったし、奉納品も本物の泰山府君の神気で作ったからなぁ。


 泰山府君は、陰陽道の最高神霊であり、生命と魂を司る。

 その力を籠めた奉納品を使えば、人間でも病気快癒や延命長生が容易に可能だ。仙術を使える三尾の狐であれば、並々ならぬ祭祀を行えるだろう。

 不充分と見なされると恥であるために、たくさん奉納したが、やり過ぎたらしい。


「私も万能ではない故、気休め程度に考えておきたまえ」

「畏まりました。御守り頂き、有り難く存じます」


 かつて豊川に守られたことがある一樹は、三尾の強さを体験済みだ。

 幾許か安心して礼を述べた後、映像の確認に戻った。


 蜃は鬼火に炙られ、犬神に噛まれながら、術者がいる方向へと北上している。

 協会長の術であるらしき式神の狸達も、一樹が飛ばす鳩のように、蜃に触れては爆発していた。


「協会長の術は、初めて見ました」


 狐と狸の仲は、あまり良くない。

 四国では、弘法大師(空海)が、「鉄の大橋が架かるまで戻ってくるな」と狐を追い出している。そして昔話にも、両者の争いはたくさん載っている。


「彼は、僧侶・守鶴の子孫であるらしいね」

「守鶴ですか」


 守鶴とは、江戸時代後期に平戸藩主(長崎県)の松浦静山が著した『甲子夜話』に記録される大妖怪だ。

 室町時代、群馬県にある茂林寺の10代住職に仕えた優秀な僧侶がいた。

 僧侶は千数百年を生きた化け狸で、インドで釈迦の説法を受け、中国を経由して日本に渡ったという。

 釈迦が居た時代は、紀元前7世紀から紀元前5世紀頃と伝えられる。

 釈迦に会った者が、現代まで生きていれば、2500歳から2700歳になる。

 室町時代(1336年から1573年)の初期に1900歳だったならば、現代では2500歳を超えており、釈迦に会ったという守鶴の年齢は計算が合う。


 その守鶴が愛用していた茶釜は、いくら汲んでも湯が尽きず、人々に福を与える意味から『分福茶釜』と呼ばれていた。

 分福茶釜は守鶴の化身であり、夜中には茶釜に尾が生えたり、手足が伸びたりした。

 その伝説を元に、絵本の『分福茶釜』も作られている。

 ある日、守鶴が昼寝をしていたときに別の僧が覗いたところ、守鶴の股から狸の尾が生えていた。正体を知られた守鶴は恥じて、茶釜を残したまま去ってしまった。

 只人に正体を見られたことで、よほど恥じたのだろう。

 狐と狸が同等の存在だと考えた場合、当時の守鶴の年齢であれば、狐の七尾から八尾に達する。現代まで生きていれば、確実に九尾以上だ。


「大妖怪である守鶴の子孫ならば、呪力がA級にも届きますね」


 呪力の高さは、遺伝要因と環境要因に影響される。

 何代前が守鶴なのか、途中でどのような血が混ざったのかは知らないが、守鶴の子孫であれば、A級になっても不思議はない。

 納得した一樹に対して、狸とは不仲な狐の良房は、つまらなそうに鼻を鳴らした。


 その間にも蜃は、着実に北富士演習場へと誘導されていた。

 山中湖から、西側の北富士演習場に向けては、三国山のような障害物がない。

 だが蜃の巨体が幽霊巡視船の射程に入った後も、直ぐの砲撃は要請されなかった。

 容易には逃げられない位置まで引き寄せてから、ようやく幽霊巡視船に砲撃の指示が出る。


『フェーズ2終了。誘導部隊は、射程内から退避した。これよりフェーズ3に移行せよ』

「こちらフェーズ3担当、賀茂一樹。PL200、砲撃を開始します。撃て!」


 発令の直後、巡視船の40ミリ機関砲2門が霊弾を撃ち出した。

 時速3675キロ以上もの速度で撃ち出された霊弾は、巨龍の腹に叩き込まれて、蜃をのたうち回らせた。

 腹から白煙を上げた蜃は、白い気を吐きながら、腹の底に響くような低音で呻り声を上げる。


「グォオオオオオォォッ」


 気を吐き出した蜃は、半径1キロメートルほどの地上を白く染め上げた。

 その範囲に入った人間は、吐き出された妖気を浴びて、軒並み殺されている。

 だが巡視船もA級の力を持っており、4キロメートルから5キロメートルほど離れた位置から砲撃している。蜃の反撃は届かないし、届いてもA級の巡視船は倒せない。


 射程外から一方的に撃たれた蜃は、吐く気も届かず、苦しみながらのたうち回った。

 巡視船で情報収集のために点けているテレビの中継では、大盛り上がりだ。

 戦場にカメラが入ると気を使わなければならないが、協会の活躍を見せなければならないので、一樹は渋い表情を浮かべつつ受け入れる。

 全弾が命中しているわけではないが、一樹の呪力は尋常ではなく高い。

 かつてムカデ神と戦った時のように砲弾を撃ちまくったところ、蜃は動きを弱めていった。


『蛇は、存外にしぶとい。油断しないことだ』

「数ヵ月漬けた蛇酒の蛇が生きていて、人を噛んだ話を聞いたことがあります。妖怪の蛇などは、死んでも復活しそうですね」


 良房から忠告を受けた一樹は、呪力の8割を消費するまで、砲撃を続けた。

 TVを見守っている人々も、ここまでやるのかと呆れているだろう。それくらいまで撃ち続け、完全に蜃が動かなくなったところで、ようやく砲撃を止めた。


「こちらPL200。呪力の大部分を消費。砲撃を完了した」

『フェーズ3終了。繰り返す、フェーズ3終了。これより、フェーズ4に移行する』


 一樹の報告後、A級3人がトドメを刺すために、横たわる蜃へと向かった。

 義一郎が空から降下し、協会長は鬼神大王が鍛えた日本刀を携えて走り、花咲は犬神を向かわせる。

 対する蜃は、倒れたまま完全に動かない。


「勝ったな」


 宇賀の予知は、外れたのだろう。

 そう判断した一樹は、安心しながら、A級の三者が向かう様子を眺めた。


 すると突然、蜃の身体から、白煙が激しく立ち上り始めた。

 怪訝そうに眉を顰めた一樹がモニターを見守ると、白煙が晴れて、怪物が姿を現していた。

 それは身の丈が五丈(約15メートル)もあり、獅子のような鬣を持つ怪物だった。巨大な獅子鬼は、身の丈に見合う巨大な斧を手にしながら、威風堂々と佇んでいる。

 その傍らには、牛鬼に匹敵する大きさの醜陋な黒鬼も、畏まって控えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
空海「鉄の大橋が架かるまで帰ってくるな」 瀬戸大橋達「あっども」 狐たち「野郎共かかれ〜!!」 って感じで狸達と戦争中なのかな?これで2尾たちが沢山霊体になってることの辻褄が合いそうだけど。
[一言] それフラグぅぅぅ
[一言] 「勝ったな」 戦いでこれ言うと、必ずまだ勝負終わってない状況になりますよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ