75話 足切りの一次試験
「国家試験の一次試験は、呪力測定だ。これは協会の都道府県支部で、無料で受験できる」
7月に入って2度目の土曜日。
期末テストが終わった一樹は、国家試験の受験生である柚葉と香苗、補助に沙羅を連れて、一次試験の会場である陰陽師協会の支部にやってきた。
陰陽師国家試験の一次試験は、毎年7月1日から23日の間に行われている。中学3年生以上であれば誰でも受験出来て、受験料も掛からないために、受験者数は多い。
なお小太郎に関しては、一次試験の免除対象者である。
「どうして無料にしているのですか」
陰陽師の知識に未だ疎い香苗が、当然の疑問を口にした。
試験をするには、試験官と立会人が必要だ。
試験官は引退陰陽師で、立会人は支部の職員だが、前者に対しても日当や交通費は出すし、後者にも固定給や残業代が発生する。
受験者が自身の呪力を調べたいだけの場合もあるため、受験にかかる経費を受験料で補うのは、何らおかしな事では無い。
それでも無料にしているのは、陰陽師協会に相応のメリットがあるからだ。
「一般人には、自分の呪力が高い事を自覚していない人が居る。受験料が無料なのは、受験者の裾野を広げて、高呪力者を見つけるためだ」
一般人に高呪力者が居る理由は、祖先の隔世遺伝、幼い頃に死にかけて呪力が上がった、知らぬ間に加護を得ていたなど様々だ。
学ばなければ守護護符を作れないので、高い呪力だけでは陰陽師には成れない。
だが呪力が高ければ、支部が引退陰陽師を師匠に斡旋できる。そこで霊符の作り方を覚えれば、数年後には試験に合格出来るかもしれない。
「協会は、人員補充が適う。引退陰陽師も、育成で支援金が入り、技術の継承も適う。受験生も、将来の選択肢が増える」
「皆が得をするのですね」
「そうなる。国も使える土地を広げられて、国民も安全性が高まり、誰もが得をする」
現役陰陽師は1万人ほどで、医師と比べて30分の1、弁護士とでは4分の1。
正しい金銭感覚を維持し、身の程にあった調伏を徹底すれば、それなりに豊かに暮らしていける。
そのため陰陽師になるか否かは別として、受験者数だけは多い。
昨年の一次試験は、受験者数が11万6732人に上った。
その大多数は落ちているが、呪力が高ければ協会から師匠を斡旋されて、応じれば2年後には一次試験の免除者枠に入る。
そして高校生のうちに、陰陽師の資格を得られるかもしれない。
かくして徒弟制である陰陽師の技術継承は、途切れずに続いている。
「但し受験者が捌けないから、各支部で時間を掛けて、選り分けている」
昨年の受験者数を47都道府県と23日間で割れば、1つの支部に1日平均で100人以上の受験者が来ていた計算になる。
都会と田舎では受験者数が異なるが、支部の規模は人口に比しており、全ての都道府県で相応に忙しくなる。
ましてや土日ともなれば、受験者数が増えるのは避けがたい。
支部の窓口に来た一樹は、窓口の前で自動発行の整理券を2枚取った。
そのうちC16番と印字された整理券を柚葉に渡し、D16番と書かれた整理券を香苗に渡した一樹は、沙羅に指示する。
「俺は柚葉に付くから、沙羅は香苗に付いてくれ。そして万が一にも試験で落ちるような事があれば、その結果は間違っているから、俺を呼んでくれ」
「分かりました。お呼びするまでも無く、解決すると思いますけれど」
沙羅は保証した後、香苗を連れてDの窓口へと向かった
窓口はAからEまでの5つが設けられており、試験官と受験生が対面式で座る形になっている。
窓口の後ろには立会人が立っており、受験生側も後ろに立会人が立てるようになっている。
仕切りは設けられておらず、後ろに並ぶ人間も、試験を観察する事が可能だ。
さらに試験は録画されており、トラブルの発生時には再生しての確認も可能だ。
キョトンとしている柚葉に対して、一樹は説明した。
「過去に、合格できるレベルの受験者を、わざと不合格にしていた試験官が居たんだ」
「どうしてそんな事をしたのですか」
「陰陽大家の一族で、家門に不満があったらしい」
一般人でも、親の遺産相続で兄弟姉妹と裁判になる事はある。
そして陰陽師も人間なので、継承や遺産相続でトラブルになる場合もある。決定を許し難いと思えば、家門ごと道連れにしようと考える事も有り得る。
つまり家門ごと道連れにしようと、試験官が不正を行ったのだ。
不正によって、本来は合格するはずだった者達が落ちた。
一次試験は誰でも自由に受けられる代わりに、受験者を細かく調べていない。協会は、落とした不合格者の身元を遡れなかった。
実害があり、被害の回復が出来なかったのである。
おかげで協会に対する信用は失墜し、陰陽大家の名も相応に貶められた。
陰陽大家が潰れると困る地元の県によって、家が取り潰される事こそ無かったが、実行犯の復讐は成ったであろう。
「試験官は簡単に不正が出来る。だから社会問題になって、様々な対策が採られるようになった」
その1つとして、申し込みはウェブで行われるようになった。
住所、氏名、電話番号、メールアドレスなどを登録して申し込み、記録を残す。
さらに発行されたバーコードを一次試験会場で立会人が読み取り、受験日や一次試験の試験官、試験結果と紐付けする。
他の陰陽師からの物言いや、翌年の再受験で、受験生の呪力が明らかな合格レベルであった場合、原因が判明するまで当該試験官による試験の停止と、他の不合格者への調査も行われる。
『前例踏襲主義で、自発的に改善せず、何か重大な問題があって外部の圧力を受けてから改める』
これは、お国柄や国民性と言われる部分だ。
災害が多い島国で、協調性が無ければ生き残れなかった事など原因は様々で、必然が齎した部分もあるのだろうが、利点と欠点を併せ持っている。
欠点の部分に関して一樹は残念に思うが、それならば人任せにせず、常任理事となった自分がより良い改善案を出せば良い。
一樹の場合、提案が通る可能性は高い。
それは一樹が、将来の会長候補だからだ。
A級の人外は、人間との共存のためか、人間に会長を任せる方針を採っている。
そしてA級が居る協会では、B級は会長に成れない。陰陽師の不文律である『名家や大家の子弟であろうと、下位者には指揮を任せられない』が影響しているのだ。
『対妖怪で共働するに際しては、最も優れた陰陽師が指揮する』
『自分より上の陰陽師には従え。然もなくば引っ込んでいろ』
B級が協会長になり、「A級の槐の邪神と、虎狼狸を倒しに行け」と指示しても、A級側は「A級の力を測れない奴に、指示される謂われは無い」との感情を持たざるを得ない。
一樹の場合、豊川が居なければ槐の邪神に殺されていた可能性すらあるが、それをB級の会長が指示していたのであれば、会長を信頼できなくなっていただろう。
都道府県を統括するB級で陰陽大家の当主達も、自分達よりも格上のA級が会長であればこそ、素直に従っている。従わなければ、C級以下が自分達に従う謂われも無くなるので、従って当然なのだ。
会長職は、B級では侮られるので務まらない。
現在の対象者は、4位の五鬼童、5位の現会長、6位の一樹、7位の花咲。
A級の最年少かつ高呪力者の一樹は、将来的に会長になる可能性が高い。であればこそ協会の体質や業務に対する改善の提案は、現会長からも無視され難い。
なぜなら一樹が最終決定権を持つ会長になれば、どうせ変えてしまえるからだ。
現会長としても、退任後に改善されて、「前会長は却下していたが、やはり変えた方が良かった」と言われたい訳が無いので、一樹から提案されれば真面目に検討せざるを得ない。
一樹の場合、現行に疑義があるならば、改善の提案をしなければならない。
――とりあえず現行で良いんじゃないか。
充分にチェックされるようになった現行には、目立った問題は無い。
一樹が妄想する間に柚葉の順番が来て、柚葉は対面式の席に座った。その後ろに一樹が付いて、A級の資格証を提示しながら名乗る。
「A級陰陽師で、常任理事の賀茂一樹です。不正防止のために定められた要綱に基づき、私の弟子が行う試験の立会人となります」
名乗りの効果は絶大だった。
試験官として座っていた元D級の引退陰陽師は、呆然としながら提示された資格証の顔写真と、一樹の顔に何度も視線を行き来させた。
試験官側の立会人である支部職員は、手にしたバーコードリーダーを握りながら固まった。
窓口Cの背後に並ぶ他の受験生達も、おそらくは呆然としているであろう。
そんな周囲の空気を吹き飛ばすように、柚葉がスマホに表示した受験のバーコードを提示した。
「よろしくお願いしまーす」
暢気な柚葉の声に促されるように、支部の職員がバーコードリーダーでスマホの画面を読み取った。機械音がピッと鳴って、職員のノートパソコンに情報が表示される。
条件反射的に画面を見た職員が、確認を行った。
「ええと、赤堀柚葉さんでよろしいですね」
「はい、合っています」
「それでは試験を行って下さい」
職員に促された試験官は頷くと、古めかしい着物姿の女の式神を浮かび上がらせた。女の容姿は醜く、髪は乱れており、身体は痩せてガリガリだった。
一樹は最近の霊では無さそうだと想像して、江戸時代から大正時代を思い浮かべた。
――F級よりも弱いな。敢えて格付けするなら、G級中位くらいか。
隠形を行えず、G級の呪力があれば見える程度の力で、戦力としての価値は皆無に近い。最下位のF級陰陽師でも、式神術を正しく学んでいれば使役できる程度の存在だ。
そんな雑霊であればこそ、最低限の力を測るのに向いている。霊を浮かび上がらせた試験官は、柚葉に指示した。
「これから式神が、3度手を挙げる。挙げた方を指差すように」
「はい、分かりました」
「それでは開始する。『3度、手を挙げろ』」
試験官に指示された女の幽霊が左手、左手、右手の順番で手を挙げると、柚葉は挙げられた手に向かって的確に指差しを行った。
試験官は頷くと、「丸、丸、丸」と声に出した。すると職員が、パソコンに結果を入力する。
「次に触れられるかのテストを行う。右手を軽く押してみろ。『右手を出せ』」
試験官に指示された女の幽霊が、右手を差し出した。
柚葉が手を伸ばし、幽霊の右手に触れて押したところ、幽霊の右手はボロボロと崩れた。その結果に試験官側が目を見張り、柚葉ではなく一樹に向かって問うた。
「何故、崩れたのですか」
問われた一樹自身も驚いたが、所見を述べた。
「彼女は、S級評価されている龍神の娘で、龍気を持っています。詳細に関しては、協会長に報告書を挙げており、閲覧資格はB級以上です。その龍気に耐えられなかったのでしょう」
「……『戻れ』、『現れろ』」
幽霊を自身の影に戻して、再び顕現させた試験官は、呪力と引き替えに右手が戻っている姿を確認して、安堵の溜息を吐いた。
もしかすると一樹が居なければ、多少は揉めたかも知れない。あるいは嫌味でも言われたか。
だが柚葉に落ち度は無いので、文句を言ってきたら一樹は堂々と言い返せるし、試験結果を不当に扱えば、上のレベルから結果を覆せる。
一樹は試験に立ち会って良かったと安堵した。
「丸。合格だ」
試験官が淡々と告げると、職員が入力したデータを送信して、結果を印刷した。
「こちらが試験結果になります。登録されているメールアドレスにも、結果は送信されています。二次試験は8月1日に東京で行われます。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
程なく合格した香苗と合流して、陰陽同好会の一次試験は無事に終了した。
























