65話 打ち上げの慣習
『槐の邪神排除と虎狼狸退治、ご苦労だった』
狸狩りを豊川に任せた一樹達が、花咲市に戻ってから数日が経った。
ゴールデンウィークが終わった一樹達は、日常生活に戻っている。虎狼狸を片付けた一樹にとって、当面の強敵は中間テストとなった。
1学期の中間テストは、2週間後の5月下旬に予定されている。
水仙の利便性について一樹が思い馳せていたところ、陰陽師協会長の向井から一樹に連絡が入った。
インターネットを用いた、会議アプリによる連絡である。
事務所で連絡を受けた一樹は、モニターに映る向井に頭を下げた。
「ありがとうございます。豊川様との役割分担でしたが、私は随分と楽をさせて頂けました」
通行妨害していた槐の邪神は、一樹が式神としての使役で排除した。
A級下位の力を持つ侍の怨霊であり、山中を駆け回って虎狼狸を探す場合、横合いから斬り掛かられる危険があった。
槐の邪神を放置したままであった場合、豊川が召喚した狐達の霊魂も斬り掛かられて、いくらかの犠牲を出しただろう。そのため一樹の使役は、狐達の霊魂を出した豊川にとっても必要だった。
もっとも全体の貢献度で考えれば、豊川の方が大きくなる。
槐の邪神を使役するにあたっては、投げ付けられた脇差を豊川が叩き落としており、一樹単独での仕事では無い。
そして虎狼狸退治は、豊川に委ねた。
今回助けられた一樹は、豊川の力が自分を超えていると思い知った。
A級上位の豊川と、A級中位の一樹が戦えば、陸では確実に一樹が殺される。
遠距離からの戦いであろうとも、豊川が虎狼狸退治で召喚した大量の狐の霊魂を呼び出せば、一樹が行う鳩の式神の物量にも対抗できる。
海で戦う事は無いであろうから、海戦の仮定は無意味だ。
特別な経緯で、非常識な呪力を持つ一樹から見ても、豊川は格上だった。
『虎狼狸退治は完了したそうだ。むしろ獲物が足りないと言われて、周辺の山々に住む鬼達まで、狩り尽くされてしまったが』
「……それは何とも、大胆な話ですね」
豊川が呼び出したのは、齢100歳を超えて付喪神と化した狐達の霊魂だ。
狐の100歳は、碧霞元君が主催する試験を受けて、仙術を修行し始める地狐。あるいは、地狐に匹敵する力を持つ野狐達だ。そして霊達の中には、豊川と同格の三尾すら存在した。
虎狼狸がどれだけ増えていようと、それらが増えたのは最近の話で、100歳を超える狐達には到底及ばない。そして妖気で感染させる虎狼狸のコレラも、より高い呪力を持つ狐達には感染させられない。
虎狼狸達が山々に響かせた、断末魔の叫び声を聞いた一樹は、味方の勝利を確信して豊川に仕上げを委ねた。そして狐達の力は、想定以上だった。
「生態系は、大丈夫でしょうか」
『人間や妖怪は、自然の一部だ。我々の活動で生態系が変化しようとも、不都合が生じて再構築しようとも、なるようになる。気にする必要はない』
「承知しました」
『よろしい。仕事の確認は終わりだ。次に報酬についてだが、管玉と勾玉の件は、豊川様からも伺った。なかなか良い品だったようだな』
役職的には上の協会長も、常任理事の豊川を様付けで呼んだ。
A級の1位から3位は、4位以下から見ても別格の扱いになっている。
御方と共に協会を設立した3者であり、実力も4位以下とは格が違うと考えれば、一樹も納得であったが。
「はい、失伝した製法で作られた霊物の勾玉は、思わぬ収穫でした」
『それは何よりだ。追加報酬は、不要だろうと考えて良いかな』
「充分に頂きましたので」
勾玉は、一樹が手に入れる事は困難だ。
発掘によって世に現れる勾玉は、発掘者がオークションでの換金を考える。そしてオークションは、高額になる海外を利用するのが常だ。
海外流出を避けるためには、日本が法律で禁止しなければならない。
だがバブル期の日本は、資金力に物を言わせて、海外の霊物を買い漁っていた。そのような経緯があり、発掘自体も稀であるため、流出する側になってからも、法律での禁止に踏み切れないでいる。
翡翠製の勾玉は希少で、滑石製の勾玉は長持ちしない。
翡翠製は、容易には壊れずに、効果が減衰していく。目算を立てられるので信頼性は高いが、そもそも数が少ない。
滑石製は、使っていると突然、劇的に力が落ちて切れる。目算を立てられないので信頼性は低く、消耗品で長持ちさせられない。
個々の性能が異なり、オークションの参加者次第で金額が変動する勾玉の価格は、金額の算出が困難だが、翡翠製は一樹が入手できる金額にはならない。
欲張りすぎると碌な事が無いので、勾玉を認めて貰うだけで充分だと一樹は考えた。
『よろしい。報酬の確認も終わりだ。本当は打ち上げもあるそうだが、狐の霊魂達の遊びに君を加えるのは、気が引けるそうだ』
「打ち上げなんて、有るんですか」
豊川は、慰労会などを企画するような性格には見えなかった。
驚いた一樹に対して、協会長は慣習だと告げた。
『絶対では無いが、大規模な共同作戦後には、指揮した陰陽師が、下の陰陽師を労う目的で行う事もある』
「ホテル会場を貸し切る慰労会などでしょうか」
『いや、お姉さんがお酒を注いでくれる店などだ。参加した陰陽師次第では、ホストクラブや、ゲイバーもある』
「……ぶはっ!?」
真面目な顔から出された言葉に、一樹は思わず噴き出した。
『未成年者に言うのは気が引けるが、本来は知っておく知識だ。D級になれば、C級に従って参加し、作戦後に労われる。そしてC級になれば、自分が連れて行く側になる。君はA級まで、一気に上がったが』
「そのような慣習があるのですね」
一樹がD級陰陽師だった父親の調伏に付き合っていた時は、そのような体験は無かった。
父親の和則はプライドが高く、使用する道具も高額だった。そのため他のC級陰陽師が、経費を分担しながら使うのには、全く適さない陰陽師だった。
C級に上がった後の和則は、一樹だけを連れて仕事をしていた。弟子扱いの実子で、未成年の一樹は、当然ながら連れて行かれていない。
相応の知識を得たと思い込んでいた一樹には、若干偏りがあったらしい。
『上級陰陽師も、協会支部に会場の手配を行わせたりはする。そのレベルになると指示だけ出して、経費も協会持ちだが』
「なるほど、勉強になります」
理解を口にした一樹に対して、協会長はモニター越しに頷いた。
『豊川様は、狐の霊魂達に対して、報酬とは別に打ち上げも用意された。そして狐達の悪ふざけに未成年の君は誘えないからと、個別に30万円を出された。適当に飲み食いで、使って欲しいそうだ』
「……はぁ、ありがとうございます」
断わるのも悪いだろうかと考えた一樹は、30万円を受け取る事にした。
協会からの依頼は一樹と豊川に対してだけ行われており、豊川が指揮した陰陽師は、正式には一樹だけとなる。
そのため豊川は、労うとしても後輩で序列も下の一樹と、私的に召喚した狐達だけを対象とすれば良い。
だが30万円という中途半端な数字は、蒼依と沙羅の分も含めた金額だろう。であれば一樹の独断で断わるのも気が引けた。
『ホストクラブやゲイバーには、行かないように』
「行きません!」
協会長に念を押された一樹は、心の底から力強く答えた。
























