06話 見習い陰陽師
「主様、朝ご飯が出来ましたよ」
山姥を撃退した一樹は、式神にした山姫・蒼依の家に引っ越した。
式神にした蒼依は、霊的な存在では無く、生者だ。
式神術には、3大系が存在する。
1つ、鬼神・神霊を、呪力と術で使役する陰陽道系。
2つ、異界より喚び出す護法神系。(神社の稲荷、寺の金剛力士など)
3つ、紙や木片に、自分や誰かの呪力を籠める道教呪術系。
故に本来であれば、生者を式神には出来ない。
だが蒼依は、女神イザナミの分体である山の女神で、陰陽道系で使役できる『神』に含まれる。
そのため一樹は、蒼依を式神として使役できた。
蒼依は生者であり、常時顕現している。
そのため使役者である一樹は、気を与え続けなければならない。
あらかじめ大量の気を与えて節制させれば、消費し切るまでは保つだろう。霊的な質の高い護符や装飾具に気を封じて渡せば、期間も伸びると思われる。
だが気を消費するごとに会いに行く手間や旅費、呪具の購入費といった切実な問題が立ちはだかるので、遠距離で保つのは一樹には不可能だった。
そのような事情もあって、一樹は多少の心理的な抵抗を抑え込みながら、開き直って一緒に居るという結論に至った。
『俺と一緒に暮らしてくれ』
まるでプロポーズである。
はたして蒼依は、開き直った一樹に上目遣いで目を合わせながら、微笑んで答えた。
『はい、分かりました』
かくして一樹は、蒼依と一緒に住む事になった訳だが、住居は蒼依の住んでいた家になった。
賀茂親子が住んでいたのは、築40年は経っている家賃4万円台の激安アパートだ。対する蒼依は、山姥が所有するリフォーム済みの立派な日本家屋に住んでいた。
蒼依を和則の激安アパートに同居させるわけにはいかない。かくして一樹は、自分が半独立して住民票を移し、中学校も転校した次第であった。
実態は、式神の家に居候であるが。
(許すまじき、閻魔大王)
裁定者を罵った一樹は、人生で初めて手に入れた自室を出て、リビングへと向かった。
2階建ての日本家屋は、1階部分が6LDKで、その他に応接間などもある。2階部分は4LDKで、ようするに広い田舎の住宅だ。かつて山姥が1階に住み、蒼依と両親は2階に住んでいた。
応接間には鷹の剥製や絵画が飾られており、庭には大きな納屋や作業場もあって、人を解体できそうな道具も沢山置かれていた。
家の駐車場は車8台が同時に駐車できる広さで、一樹は人を招き入れて喰う山姥の家らしい造りだと、妙に納得した。
現在は一樹と蒼依が2階で暮らしており、1階は手付かずとなっている。
朝食は、一汁三菜の和食だった。
ご飯に汁物、主菜となる焼き魚、副菜が茄子南蛮で、副々菜がほうれん草のお浸しだ。それが一樹と蒼依の2人分、並べられている。
なお和則は、激安アパートで自炊している。
(まあ、母さんに離婚された父さんが悪いと言う事で)
父親の哀れな姿を見た息子が自戒する中、未だ感情が冷え込んでいない蒼依は、一樹に作った朝食を見せながら尋ねた。
「もっと多い方が良かったですか。ちょっと分からなくて」
「いや、全然大丈夫だ。朝は焼いた食パンにバターを塗って終わりとかだったからな。ありがとう。美味しそうだ」
一樹が感謝の言葉を述べると、蒼依は機嫌良さそうに答えた。
「おかわりも、有りますから」
「いただきます」
一樹は新しく用意された箸を使って朝食を摂り始めた。
なお一樹が相川家に住む名目は、相川家の山に住み着いた妖怪から、相川家を守るためという事にした。
その依頼は、依頼主の老婆からC級陰陽師の賀茂和則に対して、正式に行われている。
だが残念な事に、陰陽師が来る前に老婆は孫娘に対して、「もう一度だけ森を見てくる」と言って姿を消した。そして到着した陰陽師が孫娘の話を聞いて森に入ったところ、何かが戦った痕跡があった。
……という形で、老婆に対しては蒼依が特別失踪届を出した。
他の陰陽師も入って現場検証が行われ、確かに妖気は確認された。
正式に依頼が出された記録があり、初対面の国家資格を持つ陰陽師と、当事者の家の孫娘の証言とが一致しており、現場検証でも確認されたので、これ以上は疑う余地が無い。
「もしも山姥がノコノコと出てくれば、『これは依頼主を喰った山姥だ』と主張するから、その時は口裏合わせを頼む」
食事時にする話では無いが、早めに伝えておくべき事であろう。
一樹が対処方法を話すと、蒼依は疑問を尋ねた。
「もしも祖母が全てを話したら、どうしましょうか」
すなわち蒼依が山姥の孫であり、山姥になりかねないという事だ。
なにしろ山姥は、夫に振られて「1日1000人殺す」と宣うような相手の分体である。自暴自棄になって、周囲を巻き添えにする可能性は、無いとは言えない。
一樹は箸で焼き魚の身をほぐしながら、山姥の捨て身に対する方法を語った。
「その時は、蒼依が山姥ではなく、神気を備えた山姫だと説明する」
陰陽師には、妖気と神気の判別くらいは出来る。
輪廻転生時、一樹の気を倍加させた裁定者……本人は閻魔大王とは名乗っていなかったが、閻魔大王は地蔵菩薩の化身だ。地蔵菩薩は疫病や悪霊を防ぐ神であり、その気は神気である。
それを送り込まれる蒼依は、まさに神気を備えている。
神気を備える山の女神は、陰陽師協会の討伐対象には指定されない。
人を守る神を討伐するなど不遜であり、陰陽師の方が人の敵になってしまうからだ。
「俺が気を送る限り、人を喰わなくて良い。そして神気を備えていけば、神性を得て山姥では無く、山の女神に至る。まあ、俺の式神だけどな」
「別に、良いですよ」
蒼依の返答に対する解釈に迷った一樹は、沈黙して箸を進めた。
なお山姥が抱え込んでいた財産は、1年ほどで蒼依に相続される予定だ。
蒼依は既に両親の財産を相続しており、死んだ祖父から相続した母の預金があったため、生活に困る事は無い。
それに対して一樹は、名目は兎も角として、実態は居候である。威厳の無さにも程があった。
「今後の事だが、俺は正式な陰陽師になろうと思う」
「正式な陰陽師ですか?」
聞き返された一樹は、厳かに頷いた。
陰陽師は、試験を受けて合格すると与えられる国家資格である。
日本のライセンスは国際基準にも沿っており、上はS級から、下はF級まで7段階で統一されている。
そして一樹は見習いで、未だ正式な資格を持っていなかった。
「合格者は毎年500人以上で、収入は上に上がるほど稼げる」
実入りが良い分だけ、命の危険もあって、一定の殉職者も出ている。
高齢になった陰陽師が現場に出られなくなり、資格が人数外の退役陰陽師に切り替わる時期は、60歳が目安とされている。
16歳で合格して60歳まで活動すれば44年間で、毎年500人を受からせれば2万2000人の陰陽師がいるはずだが、日本には1万人しか陰陽師が居ない。つまり半数以上の陰陽師は、定年を迎えられずに引退ないし殉職する。
それでも父親の姿を見ている一樹は、陰陽師を志望する。
父親の和則は、稼ぎが少なくて、離婚されている。そして一樹が最も稼げそうなのが、陰陽師だった。
「試験は夏にある。それまでに試験用の式神を使役して、準備を整える。だから済まないが……金を貸してくれないか」
貧乏な転生先に送り込んだ裁定者に向かって、一樹は呪詛を送った。