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55話 男体山のムカデ神

「全砲門、巨大ムカデに向けて砲撃を開始しろ。最優先だ」


 怒りに満ちたムカデ神を目の当たりにした一樹は、直ちに砲撃命令を出した。

 40ミリ機関砲の有効射程は、10キロメートルに及ぶ。

 中禅寺湖の中央湖上にある2門の砲塔が砲撃を開始し、男体山の中腹に現れたムカデ神の硬い甲殻に、全力で霊弾を叩き付け始めた。

 ムカデ神が全長117メートルの幽霊巡視船に匹敵する大型目標であるためか、霊弾は殆ど外れる事無く、ムカデ神の頭部を中心とした全身に命中していく。


『着弾を確認』

「砲弾に籠められる呪力が、倒すには足りていない。倒れるまで撃ち続けろ!」


 巡視船が撃ち出す霊弾には、巡視船ひいては一樹の呪力が籠められている。

 砲弾のサイズは大きいため、籠められる呪力は相応だ。

 だがS級の巨大ムカデを倒すためには、同等の呪力をぶつける必要がある。

 A級の巡視船では、弾丸にS級の呪力など篭められるはずも無い。

 また一樹が直接行う術に比べると、巡視船を経由する分だけ効率が悪い。

 砲弾に籠める呪力効率は低いし、時速3675キロ以上で撃ち出す呪力消費は大きすぎる。巡視船は呪力消費が激し過ぎて、燃費が悪いのだ。

 一樹は、自身が直接的に術を行使すべきだと判断した。


「俺が鳩の式神で火力を補う。巡視船に接近するムカデは、他の式神で迎撃する。式神を抜けて来るムカデには、機関銃で応戦しろ」

『総員、直ちに武装せよ』


 巡視船に武装を命じた一樹は、戦闘指揮所を出ると走り出した。

 蒼依達を引き連れて船外に出た一樹は、真っ先に八咫烏達に指示を出した。


「青龍、朱雀、白虎、玄武、黄竜。船に迫るムカデを倒せ。船と巨大ムカデとの間には入るなよ。行け!」

「「「「「カァアアアッ!」」」」」


 八咫烏達は誕生から1年が経とうとしており、鳥類では成鳥に達している。普段から連携して鬼を狩るなど、戦いにも成熟してきた。

 立派に成長した神鳥達は、力強く天空へと舞い上がっていった。

 そんな天翔あまかける八咫烏達に向かって、一樹は呪力を送る。


『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。汝等を陰陽の陰と為し、我が気を対たる陽と為さん。然らば汝等、我が陽気を悉く汝等の力と変え、疾く天駆け、我が敵を征討せよ。急急如律令』


 青、赤、黄、白、黒。

 陰陽5行の光に包まれた八咫烏達は、眩く輝きながら、水中や湖畔のムカデ達を五行の術で攻撃し始めた。

 呪力で具現化した木の矢が降り注ぎ、火の雨が打ち据える。

 金属の礫が薙ぎ払い、水の槍が貫き、石の弾丸が叩き付けられた。

 ムカデ達は怒り、酸のようなものを飛ばす個体もあったが、八咫烏達が高らかに舞い上がれば、酸も届かなくなる。

 そして上空から地上への攻撃は、高度が上がろうとも地上に届く。

 八咫烏達は、天空を縦横無尽に飛び交いながら、空から地上の妖気に向けて、一方的な撃滅を繰り広げていった。

 上空からの蹂躙戦を開始した八咫烏に続き、一樹は新たな式神を喚び出す。


『神転、神斬、神治。3柱の鎌鼬達、出でよ』


 続いて一樹が召喚したのは、3柱の鎌鼬達だ。

 鎌鼬達は、八咫烏達よりも高いB級下位の力を持っている。

 それは一樹が、片手片足を失った沙羅を治癒すべく、式神化の際に神の名を付けて、莫大な神気を与えたからだ。

 一樹は好戦的な兄神と弟神には戦闘を、妹神には治癒を命じた。


「つむじ風に乗り、八咫烏達の迎撃を抜けたムカデ達を湖上で撃退しろ。それと神治は、味方の負傷者も治癒してくれ」

『『『キッキッキッ!』』』


 解き放たれた鎌鼬達は、湖上を駆けながら、八咫烏達の攻撃を抜けたムカデ達に襲い掛かっていった。

 身体は小さいが、力は大鬼に分類されるB級下位だ。

 その力で殴り飛ばせば、巡視船の砲弾を浴びたよりも激しい衝撃を受けて吹き飛ばされる。あるいは斬り裂かれれば、胴体を真っ二つにされる。妹神が蹴とばしても、大打撃を負う。

 普段は歯止めを掛ける妹神が抑えないので、兄神達を止める者は居ない。鎌鼬達に襲われたムカデ達は、次々と湖に屍を曝していった。

 鎌鼬を放った一樹が次いで出したのは、水仙だった。


「水仙は船の防衛を頼む。船内に糸を張り巡らせて、甲板から船内に入ろうとするムカデを妨害して、狩ってくれ」

「はーい」


 一樹と水仙が話す間、砲撃音は鳴り続け、ムカデ神の全身を攻撃し続けている。

 砲撃は燃費が悪くて呪力消費が大きいため、一樹は急いで次の指示を出した。


「蒼依と沙羅も、乗船するムカデを排除してくれ。船から脱出が必要な時は、俺が蒼依を連れて飛ぶから、沙羅は柚葉を掴んで飛んでくれ。柚葉は、大人しくしていろ」

「分かりました、主様」

「はい、その通りにしますね」

「……わたしだけ、扱いが雑な気がします」


 なぜ不要な時だけ察しが良くなるのか。そんな風に内心で思いながらも、一樹はムカデ神の状態を確認した。


 A級中位の巡視船が行う砲撃は、S級のムカデ神に効果が無い訳ではない。

 砲塔2門による砲撃は、ムカデ神の頭部に狙いを集中している。弾丸を当て続ける事で、接近を阻害しようとしているのだ。弾丸はムカデの頭部を中心とした甲殻を傷付け、一部を損壊させて、体液も流させていた。

 だが両者の戦いは、結局のところ巡視船を介した一樹の呪力と、ムカデ神との呪力の戦いだ。


(呪力の変換効率が悪い巡視船で砲撃を続けても、ムカデ神には勝てない)


 このままでは負けると判断した一樹は、懐から式神符の束を5つ、次々と取り出した。

 そして式神符の束を掴んで呪力を送りながら、順番に空へと放っていく。


『臨兵闘者皆陣列前行……木より流転し無の陰、我が陽気にて、生へと流転せよ。我が敵は、巨大なる大百足。汝らは風の如く駆け、敵を貫き、焼き払え。急急如律令』


 放たれた100枚の式神符は、100羽の鳩の群れに変化し、白雲のように上空へと舞い上がっていった。

 それが5度行われて、5つの群れが生み出される。鳩の群れは、砲撃を避けるように高く舞い上がりながら、ムカデ神へと迫っていった。


『襲い掛かれ』


 一樹が念じると、鳩達は火鳥と化して、機関砲の砲弾が破壊した巨大ムカデの甲殻から体内に飛び込んでいった。

 やがてムカデの頭部を中心とした全身に、続々と爆炎が発生していく。


『攻撃命中しています』


 ムカデ神の頭が激しく振り回されて、幽霊巡視船員の報告が一樹に届いた。

 声帯が無いムカデは声を上げず、甲殻を打ち鳴らしてギチギチと威嚇音のようなものを放っている。

 その動きによって機関砲の砲弾が外れるが、2門は直ぐに胴体への砲撃に切り替えて、ムカデ神の前進速度を落とさせた。


 ムカデ神が苦しむ間に、第二陣となる鳩の群れが次々と飛び込んでいった。

 ムカデの頭部を中心とした身体が、再び爆炎に包まれる。

 鳩の群れは、1束がA級下位、幽霊捕鯨船に匹敵する呪力だ。

 それを次々と体内に叩き込まれたムカデ神は、暴れ回り、藻掻き苦しんだ。


「まだ呪力が足りないか」


 一樹がムカデ神に与えたダメージは、S級下位の3割に達する。さらに第三陣以降の鳩達も、向かっている最中だ。

 だがムカデ神は、それでも怒りながら前進しようとしていた。

 呪力を練り込んだ式神符を大量に持参すれば良かったが、1枚を書くのにも時間が掛かるし、式神符に籠めた気は抜けて効力が落ちていくために、事前作成には限界がある。

 このままでは湖畔に辿り着かれて、湖に潜られながら接近されるだろう。S級のムカデ神に絡み付かれれば、巡視船が転覆させられて、一樹達も危険だ。

 戦闘の継続が困難と判断した一樹は、柚葉を介して蛇神に申告した。


「恐れながら申し上げます。ムカデの子供達の大半と、巨大ムカデの力を5割ほど削るところまでが、私の限界のようです」


 はたして蛇神の答えは、一樹の期待したものとは異なった。


『妾の本体が、此処に向かっておる。暫し時間を稼げ。対価の加護は与える』

「……は、分かりました」


 一樹の戦果に対して、蛇神は絶好の機会と捉えたようだ。

 赤城山から男体山までは、道路であれば74.6キロメートル。

 車で飛ばして来てくれないか……等と不遜な事を考えながら、一樹は第三陣の鳩達がムカデ神の頭部を焼く光景を眺めた。


 一樹の呪力は、使用可能な量の半ば以上を消費していた。

 一番消費が激しいのは幽霊巡視船で、一樹の呪力を盛大に削っている。

 それに比べると遥かに少ないが、八咫烏達も5つの嵐と化して呪力を消費して、一樹から流れ込む呪力で回復していた。

 消費が少ないのは鎌鼬達だが、ムカデ達を必要以上の力で殴り飛ばし、無駄に斬りまくっているため、効率を考えているのかは疑わしい。

 水仙は大人しくしているが、それは良い子である事を意味しない。


「ねぇダーリン、ムカデ達を倒した後って、食べに行って良いよね」

「ムカデの妖気は、好きなだけ喰って良いぞ」


 水仙は、自身の利を虎視眈々と狙っていた。

 近接戦闘が可能な式神が強くなる事については、一樹も否は無いが。


 第三陣の鳩達が襲い掛かり、それから暫くして第四陣の鳩達が襲い掛かって、それぞれが籠められた呪力相応にムカデ神を苦しめた。

 だがムカデ神は怒りに満ち溢れており、引く様子は全く無い。

 ムカデの子供達を蹂躙した幽霊巡視船は、意図せずして、蛇神が到着するまでの囮役と化した。

 ムカデ神が男体山の中腹から山裾の湖畔にまで降りて来ると、次第に近距離になって、砲撃も威力を増していく。

 第五陣の鳩達がムカデ神を苦しめたところで、ようやく待望の報告が入った。


『本船の北側より、超大型の呪力反応が接近中。規模、S級です』


 ムカデ神すら上回る巨大な白蛇が、北の戦場ヶ原に頭を覗かせていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本体さん:分体作りまくってたらなんかヤベエの来た。なんかムカデ本体半分削るらしい。チャンスじゃん!急がな!
[良い点] 子ムカデの大半とムカデ神に大ダメージ。確りとした加護を貰わないとですね! (次いでにムカデ神の死骸も貰えたら、牛太郎や水仙に上げて加護にプラスして強化出来そう。 流石に怨敵は自分で喰らうか…
[一言] 柚葉さん、親の蛇神にも存在を忘れられてそうな気がする
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