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53話 赤城山の小沼

「先ずは、柚葉の母親である蛇神に、柚葉の解放条件を聞く」


 一樹が考えたのは、『子供を増やして戦いを補助させよう』とする母親の蛇神が、柚葉に求める貢献度だった。

 せっかく獲得した同好会員が、ムカデとの戦いで減っては困る。

 柚葉はD級上位で、『強いリザードマン』程度の力しか持たない。

 自分の力の10倍貢献しろというのであれば、一樹が鳩の式神を飛ばして、D級上位のムカデ10体を倒すなり、C級上位のムカデ1体を倒すなりしてしまえば良い。

 小太郎と共に同好会を立ち上げた一樹としては、その程度で同好会のメンバー維持が確定するのであれば、全く労苦でも無い。

 貢献の方法は様々にあって、強い陰陽師を連れて来て代わりに戦わせるのも手段の1つだ。

 そう話せば、蛇神も納得するのではないかと期待した次第であった。


「同好会員を戦場に引っ張り出されて、戦死させられると困る。だから手伝うが、どの程度で解放されるのかは、先に決めておきたい。予め決めずにA級の力を見せて、大元のムカデ神を倒せと要求されても困るからな」

「解放ですか。考えた事も無かったです。ただ単に、どうやって、あたしに課せられた役目を達成しようかと思っていました」


 まるでブラック企業の戦士のような立派な発言に、柚葉本人を除く5名は、どん引きした。


「逃げたら駄目なのですか?」


 蒼依が尋ねると、柚葉は首を横に振った。


「母とは気で繋がっていますから、分体みたいなものです。反抗すると、大量の気を送られて自我を曖昧にされると思います。その後は、身体を操られて、おそらく特攻になるでしょうか」


 祖母の山姥から、人を喰う醜い山姥にされようとしていた蒼依と比べてすら、どちらが不幸なのか迷うほどに酷い話だった。

 神々の視点では、人間などの下々を顧みない事が往々にしてあるが、柚葉の母親も典型的な神であるらしい。

 神を相手に、人間の倫理観を求めるのが間違いなのかも知れないが。


「戦力には、どのくらいの差があるのですか」


 関わるにあたって重要な問題について、沙羅が問い掛けると、柚葉は困った笑みを浮かべた。


「1年に生まれる子供の数は、蛇が5で、ムカデが50。強さは、蛇が2でムカデが1。差し引きで5倍くらいの差が、結構昔から続いています」

「それは圧倒的だな。ムカデ側が」


 小太郎が断じたとおり、絶望的な差であった。

 互角の力を持つ人間が、1対5で戦った場合、1人の側が一方的に殴られる。

 蛇神とムカデ神の場合には規模が大きくなるが、ランチェスターの法則では、『戦闘力=武器効率×兵力数の2乗』とされる。

 2倍差でも敗北は必至だが、5倍差では端から勝負になっていない。

 それが続くと、戦力が残るムカデ側との差は開き続ける。未だ勝敗が決して居ないのが不思議なほどだった。


「蛇神とムカデ神の力は、決着が付かないほど釣り合っていたんだろう。どうして子供を増やす部分で、そんなに差が出たんだ」


 争って決着が付かない両神は、呪力量では概ね互角だと考えられる。

 子供を産めば呪力は減じるが、蛇神は力の消費を嫌って、子供を産む数を抑制しているのか。

 そのように想像した一樹に対して、柚葉はパソコンの検索画面に『ニシキヘビ 単為生殖』と打ち込んで、全く異なる答えを返した。


「これを見て下さい」


 一樹達が覗き込んだ画面には、アメリカの動物園の記事が出ていた。

 曰く、体長6メートルのアミメニシキヘビが、オスと接触していないにも拘わらず、単為生殖で6匹の子供を産んだそうである。

 単為生殖とは、メス単体で卵を産む事だ。

 続いてモニターに示されたのは、アミメニシキヘビが通常産む卵の数だった。大きな個体では30個以上で、60個を超える事もあるらしい。それらを見比べるに、蛇の単為生殖の効率は、5分の1から10分の1程度となる。


 対してムカデが産む卵の数は、50個ほどだった。

 検索結果が示した答えは明らかで、両神の違いは、単為生殖と有性生殖の差異であるらしかった。


「つまり蛇神は、非効率なことをやっている訳か」


 一樹は身も蓋もなく断じた。

 かつて倒した絡新婦の場合は、人間のオスを捕らえていた。ムカデ神も雌雄は定かでは無いが、必要な相手を捕らえているのかもしれない。

 だが蛇神は、それをしていないらしくある。

 蛇神は面食いなのか、かつて夫でも居て、操を立てているのか。いずれにせよ、蛇陣営が不利な理由は判明した。




 一樹が群馬県に赴いたのは、同好会の結成後、最初の金曜日の夕方だった。

 同行者は柚葉だけだったが、それは蛇神と交渉するにあたって、弱点と成り得る他のメンバーを同行させたくなかったからだ。

 蛇神の性格を知らないために、蒼依や沙羅を人質に取られて、ムカデ神と戦えと要求される可能性は否定できない。

 その点、一樹と柚葉だけであれば、殺したりはしないだろう。

 牛鬼等を擁する一樹と戦えば相応に傷を負うし、殺してしまってはムカデ神と戦わせられない。

 そして柚葉は蛇神がコントロール出来る娘であり、殺すくらいであればムカデ陣営に特攻させるし、それならば一樹との交渉に使う方が遥かに良い。

 斯くして柚葉を連れた一樹は、前橋市で一泊した後、翌朝に予めA級陰陽師だと伝えて1日単位で予約したタクシーを用いて、赤城山に向かった。


「人の領域外なのに、道は整備されているんだな」

「はい。昔から赤堀村が支援してくれていて、人との繋がりはありました。そのために道もあります。あたしの苗字の赤堀も、村名が命名の由来です。赤堀道元の娘っていう伝承も、随分昔の姉の1人です」


 赤堀道元の娘とは、群馬県佐波郡赤堀村の大尽だった赤堀道元という者が、赤城の神から娘を授かり、娘が16歳になった時に赤城の小沼へ入水して、母の元へ帰ったという話だ。

 人里に行く事は許されるが、16歳になると帰って、ムカデと戦わなければならない。そんな風に推察できる逸話である。


 柚葉に導かれた一樹は、赤城山の小沼まで無事に辿り着いた。

 赤城山は、蛇神の領域。

 男体山は、ムカデ神の領域。

 負けている蛇陣営だが、赤城山には蛇神自身が居るため安全だった。両神の子供達による殺し合いが頻発するのは、中間にある皇海山周辺である。

 タクシーを降りて小沼まで歩いて行くと、手付かずの自然が視界いっぱいに広がる美しい湖が広がっていた。

 その湖畔に神社が建てられており、神社の前にはベンチがあって、柚葉に3回りくらい歳を取らせ、強大な気を纏わせたような女性が座っていた。


(神と称されるに充分な呪力だな)


 蛇神はA級中位の幽霊巡視船と比べてすら、遥かに強い力を感じ取れる。一樹は蛇神の力について、一先ずS級下位と見積もった。

 そして同じベンチに座るような不遜な真似はせず、名乗りを上げた。


「陰陽師の賀茂一樹と申します。人の世界において、こちらの赤堀柚葉さんと同じ学校に通っています」


 視線で続きを促した蛇神に対して、一樹は用件を述べた。


「この度、罷り越しましたのは、柚葉さんに課せられた分のムカデを私が倒し、身請けによる解放を認めて頂きたく思ったが故です」

「身、身請けですかっ!?」


 驚いた柚葉が、素っ頓狂な声を上げた。


 身請けとは、『客が遊郭で働く遊女の借金を払い、仕事を辞めさせる事』だ。

 江戸時代、吉原の遊郭で働く女達は、飢饉などで生活できなくなった農村の娘などが親に売られて、最長10年の年季を働く内容だった。

 だが年季が明けても、着物代や道具代、自分に付けられた妹分の禿などの費用も負っており、借金の完済は出来ないようにされている。そして歳を取れば、下の見世で働くか、遊女を監督する遣手婆として働く事になる。


 死ぬか、病気や老いで捨てられる以外で遊郭から出られる方法が、『身請け』だ。身請けは、客が妓楼に金を払って証文を破棄させ、年季途中の遊女の身柄を貰い受ける形となる。

 一樹は『柚葉のムカデ退治ノルマを達成する代わりに、解放してもらいたい』と考えている。

 そして古い存在である蛇神には、身請けが伝わりやすいと考えた。「金を払うから嫁に寄越せ」でも何でも良いが、親から男に所有権を渡せであれば、少なくとも数百歳以上であろう蛇神の倫理観でも、理解できるだろう。


「如何ほどで、御認め頂けますでしょうか」


 身請けの相場は、遊女が残りの年季の間に稼ぐであろう金額だ。

 寛政(1789年から1801年)に、身請料金500両以内と制限されており、身請けの目安は500両となったが、500両を現在の貨幣価値に直すのは難しい。

 日本銀行は、18世紀の1両について、大工の手間賃で換算すると35万円、米価で換算すると6万円としている。間を取って1両が20万円とするならば、身請けの500両は1億円となる。


 もちろん客は、吹っ掛けられている。

 だが遊郭も、客へ売り渡す事自体に否はない。

 何故なら売れた金で、若くて新しい娘を沢山仕入れられるからだ。

 文化13年(1816年)に書かれた『世事見聞録』によれば、女衒が農村から娘を仕入れる値段は、3両から5両程度だった。

 遊郭の感覚で使い古した娘を1人身請けさせれば、100倍の新しい娘を手に入れられるのだから、評判のためにも身請けはきちんと行う。


 遊女にとっても、身請けは最良の話だ。

 辛くて終わりの無い仕事をしており、身請けは救いと同義だ。

 身請け以外で出られるのは、死んだ時か、使えなくなってから借金完済と称して捨てられるだけなのだ。


「わたし、身請けされちゃうんですか!?」


 身請けされた者は、大抵は身請けした者の妻か妾になる。タダで解放して、「はい、さようなら」という者は居ない。

 但し一樹の場合は、同好会員の維持が目的であるが。

 あたふたと焦り出した柚葉を無視して、一樹は蛇神の答えを待った。

 すると蛇神は、D級上位の柚葉と、陰陽師の一樹を見比べた後に告げた。


「そこな娘の300倍のムカデ退治で、どうじゃ」

「畏まりました。7日後、中禅寺湖から皇海山と男体山に向けて攻撃を行い、柚葉さんの力の300倍分のムカデを倒して、柚葉さんを身請けさせて頂きます。姉妹が居るようでしたら引き上げさせて、戦いを御観覧下さい」

「娘が見る光景は、妾も見える。連れて行くが良い」


 D級上位の300倍は、B級上位3体分、あるいは蛇神の力の1割強にあたる。酷い吹っ掛けに思えるが、江戸時代の遊郭も、100倍を吹っ掛けていた。

 納得した一樹は、蛇神が示した数に応じて、契約を成立させた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 柚葉へのサプライズか( ・∇・) いや・・・親に娘さんを下さいと挨拶するのは,当然結婚を前提としたお付き合い・・・。沙羅の両親に挨拶する練習か? [気になる点] 人類の敵の可能性と卵・・・…
[一言] 300倍。まぁ、ふっかけられてるが許容範囲ですかね。流石に親玉倒せはされなくて良かった。
[一言] つい勢い余ってムカデが全滅しなければいいが… 虫特性持ってるなら殺虫剤がよく効きそう
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