52話 赤堀の依頼
「賀茂、俺も入会できるか」
「陰陽同好会に興味があるんだけど」
部活動と同好会の紹介後、入会希望者達から問い合わせが立て続いた。
一樹は、同好会に先輩を入会させる気は無い。
陰陽の素人である先輩に、先輩だからと言って、あれこれと指図されたくないからだ。
また、呪力が無い同級生の世話をする気も無い。
砂漠に水を撒く時間があれば、小太郎や柚葉、香苗らを国家試験に受からせる方が良いからだ。
一方で、来年であれば、下級生が入会しても良いと思っている。
せっかく立ち上げた同好会が、自分たちの代だけで潰れたというのは、あまり風聞がよろしくないためだ。
来年度以降のために、同好会の立ち上げ周知を目的とした紹介動画だった。
そして撮影と編集に凝った結果、アピールしすぎてしまったらしくあった。
「すまん。新設の今年は、色々な準備と、実績作りを計画している。会員は、来年から集めようと考えている」
「少しくらい、余裕があるんじゃないか」
「俺達には無いけど、同好会を立ち上げるのは誰でも自由らしい。俺達の代わりに、誰でも入れる同好会を作ってくれ」
そこまで話すと、流石に相手も引き下がるしかない。
辛うじて入会希望者を凌いだ一樹は、新入学テストと入会攻勢で疲れた身体を引きずりながら、隣接するR棟の同好会室へと逃げ込んだのであった。
同好会室の物品は、昨日と比べて若干増えていた。
それは校長からで、学校で使わなくなった古いパソコン2台とプリンタ2台を払い下げられたのである。
伝達した担任によれば、既にR棟管理室の職員が設置済みとの事であった。
「同好会室にはLAN回線があるから、パソコンがあればインターネットを使える。机と椅子は、多目的会議室に元々置かれていた10人用の物を使って、あとは自分たちで考えろ」
同好会の顧問にさせられた担任自身は、テストの採点作業である。
かくしてパソコン前に集った一樹達は、部屋の広さを測り直しつつ、同好会室に入れ替える物品をネットで調べ始めた。
「縦が8メートルで、横幅が4メートル……」
「同好会室と、保管室は、同じ広さですね。仕切りの壁を外せば、縦横8メートルで教室の広さになります」
一樹と一緒にメジャーで長さを測った蒼依が、同好会室の仕切りを見ながら訴えた。
仕切りの壁を取り外せば、同好会室は2倍の広さになる。
縦横8メートルは教室サイズで、会員6名で使うなら相当広い。
「でも仕切りは、ロックが掛けられていますし、勝手に外せなさそうです」
そう指摘した沙羅は、許可を得れば外せると、言外に告げたのだろう。
理事長に要望すれば通るだろうが、一樹は2部屋として使う事にした。
「まあ6人なら充分な広さだし、2部屋も悪くないかもしれない。小太郎、よろしく頼む」
小太郎は、主にネットで物品を検索する係だ。
出資者である理事長の息子であるため、小太郎自身に選ばせて、親に説明させるのが、一番手っ取り早い。
その間に香苗が、エクセルで縦横80ずつのマスを作り、1辺を10センチメートルとして、小太郎が提案した物品を順番に打ち込んでいった。
一樹がデータを覗き込むと、既に形が整っていた。
「ちゃんと測って入れた方が、感覚で詰め込むよりも良いな」
同好会室には、オフィス机と椅子10人分、そして棚5つが配置されている。
保管室には、作業可能な6人用テーブル1台と椅子6脚、男女のロッカーが各8人分、それぞれを仕切るパーテーション、サイドテーブル2台ずつ、女子用には鏡も配置してある。
「これで良いと思う。増やすための空間も、ちゃんと計算してあるし」
同好会室の配置を変えれば、机は増やせる。
同様に、保管室のサイドテーブルを減らせば、ロッカーを増やせる。
同好会員20人くらいまでは対応できそうで、会員数が増大するなら大きな部屋を要求すれば良い。これで問題ないと、一樹は判断した。
「とても良いと思います。香苗さん、パソコン得意なんですね」
「凄いですよね。あたしもロッカーを使わせて貰えて、嬉しいです」
一樹に続いて蒼依が口々に褒めると、物品担当の小太郎達や香苗も満足そうに頷いた。
「ならば決まりだな」
「皆も賛同してくれて良かったです」
なお沙羅は、一樹が満足したのを見て頷いただけで、特に口に出しては何も言わなかった。
「小太郎、パソコンは人数分が必要だ。それと椅子は、ゲーミングチェアとかが良いんじゃないか」
「パソコンは兎も角として、ゲーミングチェアは流石に駄目だろう」
小太郎は問答無用で却下したが、一樹は何故駄目なのかと考えてみた。
教師よりも立派なイスに座るのは、けしからん……という考え方があるのかもしれない。確かに単なる生徒には、教師よりも立派な椅子には、座らせられないだろう。
だが世の中には、『費用対効果』という言葉がある。
もしも『野球部の予算を2倍に増やせば、甲子園で優勝できる』ならば、学校の宣伝効果に鑑みて、予算を倍化する私立高校は沢山ある。
他の競技や、文化部の活動でも、同様だ。
世間への宣伝効果を得られて、受験生が増加し、投資以上の受験料を回収できるならば、投資に見合う効果がある。
私立学校であれば、経営を考えなければならないため、費用対効果が高いと分かっているならば反対する理由は無いのだ。
それを陰陽同好会で考えた場合、一体どのような効果があるのか。
差し当って、会員が陰陽師国家試験に受かれば、宣伝効果が得られる。
昨年度は、陰陽師国家試験の合格者が558人で、東大合格者の5分の1以下、あるいは司法試験合格者の半分以下だった。
陰陽師国家試験に1人合格すれば、東大に5人合格、あるいは司法試験に2人合格したのと同程度の希少価値がある。
そのような宣伝効果を得られるのであれば、学校側は実績を公表する引き換えに、同好会員分のゲーミングチェアくらい喜んで負担するだろう。
(だけど、まだ実績が伴っていないんだよなぁ)
一樹や沙羅が国家資格を得たのは中学の時点で、花咲高校とは無関係だ。高校の実績では無いため、宣伝効果は無い。
また小太郎が合格しても、家で学んだと考えられるであろう。
だが柚葉や香苗など、高校まで陰陽師と無関係だった生徒が合格すれば、陰陽同好会と関わった事で合格したという実績になる。
そのような同好会の設立を認め、生徒が躍進する環境を提供した高校は、評価されて然るべきとなる。
「仕方が無い。陰陽師国家試験に皆を合格させて、ゲーミングチェアくらい買って貰える実績を作ろう。だけど、その前に赤堀さんの問題を解決しておこうか」
一先ずの目標を定めた一樹は、それ以前の会員の問題に向き合った。
勧誘時、相手を人間では無いと見破った上で、陰陽関係での困り事があれば手伝うと伝えており、約束を守ろうとした次第である。
柚葉は昼食時、ちょっと困っていて、放課後に説明すると述べた。
但し、わざわざ他県に転校して来るくらいに困っているのだから、『ちょっと』で済まないとは容易に想像できる。
どの程度の困り事なのだろうかと思いつつも、中級陰陽師程度を想像した一樹に対して、柚葉は意を決して告げた。
「群馬県の赤城山に陣取る蛇神と、栃木県の男体山、別名で二荒山に陣取るムカデ神との争いは、ご存じでしょうか。パソコンを使ってご説明します」
柚葉はインターネットで『赤城山』『男体山』の地図を表示させた。
赤城山は、標高1827メートル。
中央部のカルデラ湖に、1周約4キロメートルの大沼、1周約1キロメートルの小沼を抱える。
男体山は、標高2486メートル。
山裾には、かつて男体山の噴火で生まれた1周約25キロメートルの中禅寺湖を抱える。
それら2つの山は、国道120号を経由で2時間弱、中間にある皇海山を迂回する道を経由して74.6キロメートルの距離にある。3つの山々は、いずれも妖怪や魔物の支配する土地だ。
山の裾野へ降りれば、赤城山の南には前橋市が広がり、男体山の東には日光市が広がり、人間のエリアに入る。
「わたしは蛇神の娘の1体で、赤城山の小沼が出身地です」
そう語る柚葉は、蛇神とムカデ神との争いについて、端的に説明した。
要するに、人間から神と分類されるほど力を持った蛇とムカデが、生存圏を巡って行う縄張り争いであると。
「人間の伝承では、両神の山が入れ違う事もありますが、それだけ長く、激しく争っているからです。現時点で蛇神は赤城山の小沼、ムカデ神は男体山の中禅寺湖に居を構えていますから、赤城山の蛇神と、男体山のムカデ神との縄張り争いとしますね」
「……蛇とムカデの縄張り争いなのか」
なんとも分かり易くて単純な構図に、一樹は大いに納得した。
どちらかが折れれば済む話だが、人間も他国に『この土地を使うから、お前達は出ていけ』と言われて、出ていったりはしない。
大集団であれば様々な意見が出るだろうし、世代交代にも期待できる。
だが強大な2つの個体が、互いを憎しみながら、寿命も尽きずに争い合う場合、いつになったら終わりが来るのだろうか。
「両神が直接戦っても、互いに重傷を負うだけで、決着がつきません。そこで両神は、子供を増やして戦いを補助させて、決着を付けようとしました。困っているのは、その件に関してです」
妖怪の世界にも、子供への虐待があるらしい。
そんな風に呆れた、一樹であった。
























