51話 同好会紹介動画
「学生の本分は、勉強だ。これから新入学テストをする」
「「「ええぇーっ」」」
入学2日目、担任が放った言葉に、生徒達から不満の声が上がった。
学力テストとは、現在の学力を測る目的で行われるものだ。そして現在の学力を測りたければ、入試の点数を見れば良い。
なぜなら高校入学2日目の一樹達は、高校入試後に、中学と高校のいずれも、新たな範囲の授業は受けていない。
であれば現在の学力は、入試の結果と殆ど同じであろう。
そんな生徒達の言い分など全く通用せず、担任は有無を言わせずにテストを配布した。
「今日の1限から5限までは、5教科のテストだ。その後、新入生への部活動紹介がある。若干6名、自分達で同好会を作った奴等も居るが、母校にある部活くらいは知っておけ。それでは、楽しいテストだ」
抜き打ちテストを出す側は楽しくても、受ける側はあまり楽しくない。
立場の違いから生じる認識不足が、人間同士の諍いを引き起こす……等と哲学的な事を妄想した一樹は、テストの秘技を発動した。
(水仙、頼むぞ)
(はいはい、仕方が無いなぁ)
式神使いにとって、式神は自らの力の内である。従って水仙を使うのは、陰陽師の一樹にとっては実力なのだ。
医者になるのだったら知識を付けろと言われるだろうが、将来は陰陽師になるのだから、一樹の場合は全く問題ない。
マニュアル運転では無く、オートマチックでテストに補助を受けながら、一樹は入学2日目の抜き打ちテストに対応した。
1限から4限までのテストが終わり、蒼依と沙羅のために昼食時間を短縮すべく、高校側の学食で食事を摂る。
同好会に入った柚葉と香苗は弁当持参だったが、校舎の中庭にあるオープンテラスに食器のトレイを持ち出しても良いので、全員で食堂側に向かった。
中高生の女子は、必ずと言って良いほどグループを作る。
男女合わせて30名のクラスで、蒼依、沙羅、柚葉、香苗が4人でグループを作れば、女子の4分の1を占めて、クラス内で孤立しない。彼女達は、早速グループを作ったらしくあった。
もっとも男子の小太郎は、大学側で食べてみたかったらしく、女子のグループには構わずに大学側のカフェへと向かって行ったが。
「どうして、こんなに安いんだろう」
オープンテラスでカツ丼を頬張る一樹は、値段に対して首を傾げた。
一樹達が注文したメニューは、一樹がカツ丼、蒼依がカレー、沙羅が日替わり定食Bだ。
カツ丼には、味噌汁とお新香が付いており、価格は380円である。
これをチェーン店で食べれば、100円くらいは高くなるだろう。
味はチェーン店に及ばないが、不味い訳では無く、ボリュームが少ない訳でも無い。
「昨日先生が、食堂は高校の直営だと言っていました。だから安いのでしょうか」
蒼依も380円のカレーを食べながら、やはり安いと評価した。
カレーにはお新香も付いており、ボリュームも普通だ。
花咲市の大型スーパーには、同じ値段でカレーを売るところもある。
だがスーパーの場合は、売れ残りの食材を捨てるのが勿体ないので、弁当や総菜に変えて売っている。食堂が食材を仕入れて作る場合、380円では採算が合わないだろう。
「そうかもしれませんね。人件費も考えると、採算は合わないと思います」
蒼依に賛同した沙羅の定食Bも、ご飯、汁物、小鉢、サワラの塩焼きで350円とリーズナブルだった。
一樹は魚の相場までは知らないが、焼き魚定食を350円で提供する食堂があったら、真っ先に経営を心配する。
おそらく花咲サイドから、相応に補助が出ている。
だが1食あたり100円を補助したとして、生徒の半数にあたる450人が毎月20日間利用して、年間の補助額は1080万円程度だ。
そのくらいなら慈善事業の感覚でやれるだろうし、生徒や保護者に花咲グループを宣伝する効果があって、将来の従業員の獲得にも繋がる。
そう考えると、回収の見込みがある投資にも思われた。
「お弁当を作るより、安いかも知れませんね。でもメニューの種類が少ないし、好きな物を入れられないし、どうしようかなぁ」
沙羅の魚定食を見た柚葉が、自分の弁当と見比べながら、手作り弁当と食堂の価格を比較し始めた。
そんな様子を見た沙羅が、柚葉に尋ねる。
「もしかして柚葉さんは、ご自分で作っているのですか」
柚葉が人間に化けている何らかの物の怪である事は、一樹が昨日のうちに、蒼依と沙羅にも共有済みだ。
人間社会に溶け込む妖怪も居て、妖怪だからといって調伏するつもりは無いが、どのような家庭環境なのかについては、一樹も気になる。
注目を浴びた柚葉は、呆気なく答えた。
「柚葉で良いですよ。わたし、群馬県から花咲高校に来て、1人暮らしなんです」
「それでは私も、沙羅と呼んで下さい。群馬県は、ちょっと遠いですね」
花咲高校は、生徒が使える設備こそ国内最高峰だが、偏差値が各都道府県のトップ校に比べて高い訳では無く、アスリート養成校である訳でも無く、大学に医学部が有って内部進学できる訳でも無く、保護者受けはしない。
県内の生徒は喜んで来るが、他県の生徒が目指す高校とは言い難い。
なぜ花咲高校に来たのか、と、言外に尋ねた沙羅に対して、柚葉は一樹に視線を飛ばしながら、笑みを浮かべた。
「昨日、賀茂さんから『陰陽関係で困ったら手伝える』と言って頂けましたので、放課後にご説明させて下さい。簡単に言いますと、ちょっと困っていて、何とかならないかなと思って入学したんです」
「つまり、一樹さんと同じ高校に通おうと思われたのですか」
目が笑っていない沙羅からの問いに、柚葉は助けを求めるような視線を一樹に飛ばしながら答えた。
「はい。動画チャンネルで、花咲高校の進学コースを受験される事は、話しておられましたから。同じクラスになれないかなぁと思っていただけで、一樹さんの方から誘って下さったのは、偶然ですよ」
あたふたと焦る柚葉と、沈黙しながら微笑する沙羅の様子に居たたまれなくなった一樹は、柚葉のフォローに入った。
「俺も赤堀さんの力を知った上で同好会に誘ったから、互いの利害が一致したと言う事だな。詳しい話は、放課後に聞く」
「あ、はい。そう言って頂けて良かったです」
沙羅の無言の圧力から解放された柚葉は、慌てて言い募った。
そんな緊迫の雰囲気を一度流すべく、蒼依が香苗に質問した。
「祈理さんは、県内の中学出身ですか」
「香苗で良いよ。あたしは市内で、家が10分くらいの場所だから」
「私の事も、名前で呼んで下さい。家、凄く近いんですね。お昼に家に帰って食事できそう」
それは素晴らしい考えだ、と、一樹は感心した。
同級生達が教室で屯する中、1人だけ自室でアイスを片手にネットサーフィンをする。まさに貴族の生活である。
もっとも一度ネットサーフィンを始めると、もう学校に戻りたくなくなるだろうが。
「高校は外出したら駄目だけど、大学は出来るらしいよ。でも、大学のランチも良さそうだよね」
確かにR棟の食事処は充実していた。
だが、それとこれとは話が別だ……と妄想しながら、一樹はカツ丼を平らげた。
抜き打ちテストは、水仙を使った一樹の勝利に終わった。
「お前ら、安心しろ。6限目の部活動と同好会紹介は、教室内のテレビで動画を見るだけだ」
担任からの有り難い言葉があって、5教科のテストで疲れていた同級生達は、グッタリとしながら紹介動画を見る事になった。
花咲高校の部活動は21種類、同好会は5種類。
一樹達の陰陽同好会を加えて26種類の紹介だが、持ち時間の2分を使い切らない部も多く、繋ぎ合わせた合計時間は、授業時間の50分以内に収まった。
運動部は、野球、サッカー、陸上、水泳、卓球、バスケ、ハンドボール、テニス、女子バレー、チアリーディング、柔道、剣道、弓道の13種類。
文化部は、吹奏楽、書道、茶道、美術、英会話、電気工作、コンピュータ、放送新聞の8種類。
同好会は、料理、ダンス、演劇、歴史、陰陽の5種類。
「賀茂、動画は何分で作ったんだ」
校長からは各部2分以内の制限を設けられている。
「1分で作って、先生に朝提出した。ちなみに自重した」
「なんだ、つまらん」
同好会の会長となった小太郎が尋ねたので、副会長となったらしき一樹が報告したところ、あんまりな評価であった。
各部の立派な紹介が続き、やがて最後に陰陽同好会の映像が始まった。
最初の20秒ほどは、沙羅と蒼依が霊符を作る姿が流れた。蒼依は作り方を知らないので、一樹が作り方を教える姿も映る。
次の10秒は、日が落ちていく山を眺める女子生徒の後ろ姿で、もの悲しい曲が流れ続けた。彼女は最後に翼を生やして、夕焼けの空に飛び立っていく。
動画の半分を過ぎてからの20秒は、鬼火に照らされた薄暗い森の中だった。3匹の小鬼が、撮影している木の下を取り囲み、小刀を振るいながら叫んでいる。
そこに最初の映像で作られた霊符が向けられ、急急如律令の掛け声と共に籠められた力が放たれて、小鬼達が揃って倒れ伏した。そして映像が真っ暗になり、刀で切り捨てたような効果音が3度流れた。
最後の10秒は、何事も無く朝日が昇り始めた山である。テロップが付けられて、『花咲高校 陰陽同好会 設立』のテロップが流れて終わった。
映像が流れた後、前の席から振り返った小太郎は、所感を述べた。
「お前は同好会に、どれだけの会員を入れるつもりだ」
ちょっとだけ凝ったかも知れない。
そう思わなくも無い、一樹であった。
























