50話 海の見える同好会室
「R棟は大学所有の建物だが、高校も色々と使わせて貰っている」
校長室を出た後、『お前ら自重しろよ』との有り難いご指導を賜った一樹達は、活動場所である大学側のR棟に案内された。
花咲大学は、学園敷地内に50もの建物を持っている。
高校の校舎や体育館、教員棟などが1個に数えられるので、相応に大きくて資金も投じられている。
それらの中で、アルファベットの名前が付けられた建物は19個ある。R棟は、高校の校舎と連絡通路で繋がった大学の建物だ。
高校の校舎は4階建て、R棟は7階建て。
R棟の方が新しくて、立派な造りになっている。
「R棟は、俺が高校生の頃は建設中だった。1階はレストラン街、カフェ、売店、休憩スペース。2階が大講義室と管理室。3階から5階は、講義室や教室。6階と7階が会議室などだ。お前らが、羨ましいぞ」
顧問を兼ねる事になった担任は、隣接するR棟を絶賛した。
「どうして高校の校舎よりも、大学に沢山ある建物の1つであるR棟の方が、立派なんですか」
使用頻度や外部への広報を考えれば、高校の校舎が立派である方が良いのでは無いか。
高校生側の立場で考えた一樹に対して、担任は端的に告げた。
「築年数が、新しいからだ」
大いに納得した一樹は、古い校舎の2階からガラス張りの渡り廊下を抜け、新しいR棟に向かった。
渡り廊下の片側は、高校のグラウンドが見えており、その先には海が広がる。
反対側は敷地内の並木道で、左右には大学の建物が並んでいた。
「高校の校舎にも、学生食堂がありませんでしたっけ?」
柚葉が尋ねると、担任は苦笑しながら説明した。
「うちの学食は高校の直営で、早くて安いが、メニューも少ない。日替わり定食は2種類で、Aが肉、Bが魚。その他には、カレー、丼物、おにぎり、焼き飯しか無い。一番高くて380円のお手頃価格だが、必要最低限だ」
大学のレストラン街やお洒落なカフェと比べると、落差が甚だしかった。
生徒数が少なく、懐具合も察せられ、売り上げが期待できない高校の学食は、簡単に作れてコスパも良いメニューにならざるを得ないのだろう。
「大学の方は、立派なんですか」
「勿論だ。メニューが豊富な学生食堂、洋食屋、パスタ専門店、大手カレー専門店、コーヒーチェーン店、クレープ屋もある」
渡り廊下からR棟に入ると、2階の吹き抜けから1階のレストラン街や休憩スペースが視界に入ってきた。
大学生らしき私服の人達の姿が多数見られる中に、花咲高校の学生服を着た生徒が何人も混ざっている。
上からざっと眺めただけで複数居るのだから、それなりに来ているのだと思われた。
「高校の生徒も、大学の建物を使っても良いんですね」
1階を見下ろした香苗が尋ねると、担任は鷹揚に頷いた。
「うちの高校は、昼休みが12時30分から13時35分までの1時間5分だ。R棟に行って、注文して、食べて戻ってくる時間も考えて、昼休みを延長している。本当に、良い環境になったな」
羨む担任の言い分に、一樹は納得した。
尤も、教師として戻って来た担任であれば、その恩恵を享受できる。
どちらかと言えば、高校で3年間、大学まで通っても7年間しか使えない一樹達よりも、定年まで長らく使える担任の方が、便利かも知れない。30年も経てば、流石に相当古いだろうが。
「昼食に大学生も来たら、場所が足りなくなりませんか」
一樹も思い付いた疑問を担任に尋ねた。
高校は1学年300人で、3学年で合計900人。それに対して大学は、4年制で全学部を合わせて、合計7000人。
注文の殺到や、席の取り合いになると、昼休みが足りなくなるかもしれないと思ったのだ。
「大学生は、他にも4ヵ所ほど食べる場所がある。それにうちの生徒も、大多数が高校の学食に行く。大学のレストランは、高校より高いからな」
高校生の昼食代と小遣いでは、毎食大学側は厳しいらしい。
小遣いの用途は多々あって、昼食だけに費やす訳にも行かないのだ。
昼食の知識に限り、先輩並に詳しくなった面々を引き連れた担任は、そのまま2階にある管理室に立ち寄った。
そちらには大学の職員が居て、一樹達のIDカードを発行してくれた。
その場で6人の顔写真を次々と撮られ、パソコンで一斉に写真の取り込みが行われ、発行機で手際よくIDカードが作られていく。
「許可の範囲は、R棟と高校との連絡通路、R棟時間外出入り口、7階多目的会議室Dです。扉にあるバーコードの読み取り機に、カードのバーコードを翳して、読み取らせます」
カードを作りながら説明する職員は、非常に手際が良かった。
あっと言う間にIDカードを渡された一樹は、両面をしげしげと眺めた。
IDカードの表には、番号、顔写真、氏名、所属、バーコードが入っている。そして裏には、おそらく誰も読んでいなさそうな注意事項が、細かい文字で沢山印字されていた。
カードを渡した職員は、印字されていないであろう注意事項を告げた。
「通行者と通行時間は、記録されます。扉を閉めると自動ロックされます。部外者を入館させる際は、管理室に寄り、名前と所属を記載して下さい」
なお大学生の場合、学内ではクレジットカードと連動した学生証になる。教員の場合は、給与から天引きされる身分証明証となるそうだ。
高校生の場合は買い物に使えず、通行用の鍵であるに過ぎない。
カードを無くした場合は、管理室に届け出れば、落としたIDを無効化した上で再発行してもらえる。
一通りの説明を聞き終えた一樹は、財布のカード入れにIDを仕舞い込んで、担任らと共に管理室を後にした。
陰陽同好会に与えられる多目的会議室は、R棟の最上階となる7階だ。
7階には、D室以外にも多目的会議室がA室からC室まであって、他にも扉の上のプレートに倉庫と書かれた部屋が複数あり、非常扉があって、その先には広いベランダが広がっていた。
7階は半分くらいベランダであるが、火災が発生した時、屋上から逃げるためだろうか。
一樹が幽霊巡視船の大きさについて調べた時、オフィスビルは1階が4メートルだった。
6階の屋上にあたる高さであれば、24メートル。
消防のはしご車は30メートルに届くので、とりあえず助けて貰えるらしいと思いながら、一樹はD室に入った。
「窓から海が見えるな」
小太郎が満足そうに評した窓からは、高校のグラウンド、その先にある浜辺、そして大海原が一望できた。
D室内には、3人掛けの白い長机2つが縦に並べられ、その両端に2人掛けの白い机が置かれて、机に合わせて椅子10脚が置かれていた。
その他にはホワイトボードが1台あって、壁には時計が掛けられている。天井からはスクリーンを引き出せて、コンセントやLAN回線もあったが、パソコンは置かれていなかった。
同じ広さの保管室には、プロジェクターがポツンと置いてあったが、差し当って使う予定は無い。
「保管室には呪具を置いて、霊符の作成室にするか。後は、調べ物とか作業のためにも、6人分のオフィス机とパソコンが欲しいな。後は鍵付きの戸棚。保管室にはロッカーも。小太郎、理事長への連絡は頼んだ」
理事長と同名で呼び難いと感じた一樹は、小太郎を下の名前で呼び捨てつつ、様々な物品を要求した。
「伝えておく」
あっさりと応じる小太郎に対して、一樹は謙虚に安い物で良いと補足するか、大富豪の花咲家なので遠慮せずに集るかを悩んだ。
そして結局、開き掛けた口を閉ざしたのであった。


























