49話 同好会設立
「A級の賀茂陰陽師、C級の五鬼童陰陽師と、陰陽同好会を作る事にした。設立メンバーに同級生6人を集めたから、顧問と部室が欲しい」
メンバーを確保した小太郎は、教室の一画に陣取ったまま、学園の理事長を兼ねる父親に直接電話を掛けた。
簡潔だが、要点がまとめられており、強烈な印象を与える要請だ。
同級生も、担任すらも、小太郎の行動を唖然と見守っている。
小太郎の第一声は、A級の賀茂陰陽師だ。
先だって一樹は、A級6位だった小太郎の父親を7位に下げている。自分より上位の人間の名前を出されれば、普通に考えて無視できない。
さらに続くのが、五鬼童である。
そちらはA級4位の五鬼童義一郎では無いが、姪であり、何かあれば五鬼童家に報告を上げられる。
そんな2人と共に、花咲の名を持つ小太郎が、陰陽同好会を作る。
A級の3家で協力関係を結ぶようなもので、それに花咲だけが反対すれば、2家と非協力的な道を進むと捉えられかねない。
果たして理事長は、息子に指示した。
『賀茂陰陽師に、電話を代わりなさい』
息子以上に端的に告げた理事長は、電話を代わった一樹に意図を問うた。
『2週間ぶりですね。小太郎から、陰陽同好会を設立すると聞きましたが』
「はい。高校生活を送るにあたり、小太郎君の提案に乗って、同好会を作ろうと考えました。普通の部活に入ると、周りに迷惑が掛かりますし」
一樹は自身の事情について説明した。
A級陰陽師であり、急な要請で大会に出られなくなる事が起こり得る。
社会的な優先順位は人命だろうが、部員達は不利益を被るし、A級陰陽師が部員の前例など無いであろうから、不利益の救済も行われない。すると不利益を蒙った部員が不満を持ち、周囲の人間関係も悪化する。
だが陰陽同好会であれば、陰陽師の活動は理解される。一樹は大会なども気にせず、高校生活を謳歌できる。
活動内容については、一樹が柚葉に説明した内容を伝えた。
霊符作成や陰陽師国家試験は、安全が保証されている。受験生同士の対戦は有るが、それも霊符で守られる。同好会は安全で、一樹達の卒業後も存続可能だ。
それらを説明したところ、理事長は理解を示した。
『同好会を設立する場合、同好会の目的に沿うために必要な資金は、理事長である私が個人的に出します』
同好会が、実績目標に掲げた『陰陽師国家試験で合格者を出す』対象には、花咲小太郎が含まれる。
そもそも花咲家は、花咲かじいさんの子孫である。
幽霊船で大金を稼いだ一樹と比べても、3桁くらいは大きな資産を持っている。
花咲グループも経営しており、陰陽師として活動しなくても、呆れるほどの収入が入る資産家が花咲家だ。
了解した一樹は、順当な判断だと理解した。
「ありがとうございます。それでは理事長にお願いします」
話の流れから、既に設立は認められていたらしかった。
設立要件のメンバー5人を集め終えており、部活と同好会の数よりも教師の数が多く、広い花咲学園に活動場所が足りないはずもない。
そして陰陽師は、公益性も高い。
『これから校長に連絡した後、もう一度電話します。そうしたら、校長室に行って下さい』
結論を省略した理事長は、一樹に手順を告げた。
それに対して一樹が了解の旨を返すと、話は決着した。
(理事長が生徒の俺に丁寧だったのは、陰陽師の序列だろうな)
陰陽師には、古来より多大な犠牲を出しながら生まれた不文律がある。
それは『名家や大家の子弟であろうと、下位者には指揮を任せられない』というものだ。
修行や能力不足の陰陽師に指揮されて、犠牲を出せば、目も当てられない。
『対妖怪で共働するに際しては、最も優れた陰陽師が指揮する』
『自分より上の陰陽師には従え。然もなくば引っ込んでいろ』
数多の犠牲を積み重ねて生まれた不文律は、相応に影響力がある。
6位と7位では大差ないが、7位(下位)が6位(上位)に偉ぶるのは、陰陽師の世界では愚かしい行為だ。
花咲家が陰陽大家であればこそ、将来に自分の首を絞めないために、範を示さなければならない。
だが年少者で、接近戦では負けると言われている一樹は、渋面を浮かべた。
どんな状況でも一樹の方が花咲よりも強ければ、一樹も気持ちの切り替え様がある。
だが接近戦では花咲に負けると、一樹は御方から評価されている。そのため自分が花咲よりも上の実力者だとは思っていなかった。
(水仙をA級にして、近接戦闘も担わせるかな)
十二分な呪力を与え続ければ、式神も成長する。
小鬼がA級になったりはしないが、親がA級の絡新婦だった水仙であれば、A級に至る可能性は充分にある。
問題があるとすれば、一樹の死後だ。
水仙は一樹に従うが、それは一樹が契約を履行できる呪力を持った術者だからで、水仙の倫理観が高い訳ではない。
はたして『水仙は水辺に育ち、長く清らかに在る』との話は、何処へ消えたのだろうと思い馳せた一樹は、ゆっくりと首を横に振った。
そうした妄想を続けていると、理事長から小太郎のスマホに連絡が入った。
「父親から連絡が来たが、『手配した。メンバーと担任の先生と一緒に、校長室へ行きなさい』だそうだ」
一樹達の視線が、様子を窺っていた担任へ、一斉に向けられた。
「俺は、歴史研究会の顧問だぞ」
同級生達の哀れむ視線が、担任へと突き刺さった。
同級生6人で同好会を作ったと報告したため、顧問の候補として、最も話が早い担任に白羽の矢が立てられたのだとは、社会経験のない高校生達にも容易に想像が付いた。
「まだ先生が呼ばれた理由は、分かりませんよ」
とりあえず何か言わなければならないと思った一樹が、僅かに間を置いてフォローすると、担任はあきらめ顔で立ち上がった。
「はぁ、お前ら行くぞ。校長室の場所なんて知らないだろ」
渋々と動き出した担任に続いて立ち上がった一樹達は、ゾロゾロと付いて校舎内の校長室に向かった。
ネズミ園ほどの敷地がある花咲学園だが、校長室は高校の校舎内にある。
ノックして先に入った担任に続いて踏み入ったところ、校長室はネットで公開される市長室のように立派な部屋だった。
土地が広くて予算も潤沢な学校らしく、オフィス家具が高価で、有力者と打ち合せできる机や椅子が置かれており、間取りも陰陽同好会の活動場所に出来るくらいに広い。
そんな校長にとって脅威な妄想を企む生徒を招き入れた校長は、早速担任に指示した。
「佐竹先生、陰陽同好会の顧問を兼任して下さい。今担当していらっしゃる同好会には、副顧問を付けます」
「はい、分かりました」
即座に応じた担任の背中に、一樹達はサラリーマンの悲しき性を見た。
「同好会の部屋は、高校の校舎と繋がるR棟の7階、多目的会議室Dです。広さは教室の半分で、同じ広さの保管室が繋がっています。管理室に、部員分のIDを作りに行って下さい。理事長が連絡済みです」
「分かりました。後で連れて行きます」
大学の施設を使わせるのは、セキュリティの問題だろうか。
氷柱女に渡す3枚で1000万円の護符などは、確かに管理を要するだろう。
元々の資金を出す花咲家の小太郎と、一樹の事務所メンバーだけであれば、自由に使い放題にして、霊符が無くなれば一樹が自前で補充すれば済む。有り余る呪力を用いれば、全く労苦もない。
だが高校のセキュリティが甘い部屋に1000万円の護符が転がっているのは、よろしくないかも知れないと、一樹は思い直した。
「活動に必要な物品は、花咲君から理事長に報告と聞いています。それと明日は、部活動と同好会の紹介日です。各部2分以内の紹介動画を作って流しますが、君達も活動紹介をしますか?」
校長から問われた一樹と小太郎は、互いに顔を見合わせた。
「賀茂は、動画チャンネルを持っているよな。適当に作ってくれ」
「手っ取り早く、瀬戸内海の幽霊船を蹴散らす動画に、声と字幕を入れても良いか?」
「それは派手で良いな」
盛り上がる2人に対して、校長は釘を刺した。
「紹介動画は、君達以外の生徒が出来る内容にして下さい」
指摘された2人が担任の顔色を窺うと、担任が強力な目力で、『お前ら自重しろ』と訴えていた。
























