47話 高校入学
4月に入り、一樹達は高校生になった。
高校は義務教育では無いので、陰陽師として稼いだ一樹は高校に通わなくても生きていける。
だが日本における高校進学率は97%で、高校に通うのは常識だ。
高校で身に付けた知識を前提とした行政サービスも多々あって、通わなければ社会生活を送る上で不都合がある。
通う事に忌避感が無く、通わないデメリットは大きすぎる。
それらに鑑みた一樹は、順当に進学したのである。
「家から学校までは、ちょっと遠いな。景色は良いけど」
蒼依の家から高校までは、自転車で片道40分ほどだ。
山から下って海沿いを進むルートで、横道が少ないので信号は殆ど無い。
朝の時間帯に、職場も学校も無い山側へ向かう人は殆どおらず、徒歩で山を下る人も居ないので、すれ違う車も、追い抜く歩行者も殆ど無い。
朝8時30分が登校時間であるため、余裕を以て50分前の7時40分に家を出た一樹達は、海風が心地良い海沿いの道を自転車で走っていった。
すると一樹の隣を併走する蒼依が、困惑した表情で声を掛けた。
「主様。幽霊船員さん達に、うちの家事をさせて、大丈夫なのですか」
蒼依の家に住んでいるのは、蒼依自身の他に、一樹と沙羅だけだ。
以前には祖母の山姥も住んでいたが、襲われた一樹が正当防衛の末、陰陽師として追い払っている。
山姥の追放後、式神契約をした一樹と蒼依は一緒に住むようになったが、家事に関しては主に蒼依が行って来た。
男女平等が訴えられて久しい社会であるが、一樹が掲げる建前としては、一樹の呪力供与と、蒼依の生活環境提供の対等な関係となる。
家事を蒼依に任せる現状について、一樹はやむを得ないと受け入れていた。
料理は、蒼依であれば普通に作れる。何しろ祖母と二人暮らしだった。
そして一樹は、炊飯器は使えるが、味噌汁を作る際の味噌の量が分からない。実際に二人が食べるのだから、どちらが作るのが正解かは自明の理だ。
洗濯は、一樹が行うのを年頃の蒼依は嫌がるだろう。
掃除は、一樹が蒼依の部屋を掃除するのは嫌では無いだろうか。
かくして家事は蒼依が大半を担っていたが、高校進学で通学時間が早まった事から、朝の時間的な余裕が少なくなった。
そこで料理、買い物、蒼依の部屋以外の掃除、八咫烏達の世話、蒼依達が不在時の留守番などは、一樹が使役する式神……幽霊船員の一部に任せた。
幽霊船員達は、同じ式神の蒼依や八咫烏とは一樹の呪力で繋がっているので、意思疎通が図れる。
問題は世間の評価だが、一樹は厳かに、幽霊船員を使う建前を主張した。
「我々は、政府の依頼を受けて、瀬戸内海の異常時に対応する任務を継続中です。A級陰陽師として海上保安庁にも出向し、兼務で一等海上保安監(乙)とされる私の指揮下で待機状態の集団ですので、特に問題は御座いません」
政府から便利に使われてしまった一樹だが、引き替えに幽霊巡視船を好きに使えるお墨付きも得た。
本件に関して政府と一樹は、互いに『win-win』で、双方に利益がある関係だ。
本来は必要な細かい手続きなども、陰陽師による除霊継続中の名目と共に、海上保安庁が請け負ってくれている。
「良いのでしょうか」
「瀬戸内海の掃除を手伝う限り、政府が何とかしてくれるだろうさ」
疑わしげな蒼依の意見を押し切った一樹は、併走する蒼依と、後ろから和やかに付いてくる沙羅を連れて、花咲高校に登校した。
田舎には、土地が有り余っている。
切り拓くには多額の費用が掛かるが、開拓すれば広々と使える。
田舎を切り開いた花咲学園は、高校、大学、幼稚園、保育士専門学校を合わせた校地面積が、約50万平方メートルもあった。
日本の大学では、新潟大学と岐阜大学が51万平方メートルで、15位と16位。千葉にあるネズミ園の面積も、51万平方メートルだ。
花咲学園の敷地内にある建物は、およそ50個。
そのうち1つが花咲高校の校舎で、別の1つが高校用の総合体育館。
一樹達は、立派な体育館で始業式を行った後、海を眺められる素敵な校舎の1年3組に入った。
「入学おめでとう。進学コースは1年3組から1年6組までの4クラスで、君達は進学コースの上位30名だ。2年になってクラスが落ちないように、これからも努力を続けるように」
進学コースの上には特別進学コース、下には普通コースがあって、受験時に併願も出来た。
特進は、授業数が1日1時間多くて、放課後にも居残りがある。
現時点では、特進の最下位よりも、進学の最上位の学力が上だろうが、3年後には特進の方が上になる。そんな勉強漬けの特進コースは、難関国立大学や、医学部に進学する集団だ。
普通は、授業数は進学と変わらないが、要求水準は低くなる。
普通であろうと、花咲高校の場合は偏差値が相応に高いのだが、進路には専門学校や短大、高卒での就職なども入る。
一樹、蒼依、沙羅は特進を併願しておらず、同じ3組で一緒に、勉強漬けでは無い普通の高校生活を送るつもりだった。
「まずは全員の自己紹介だ。俺は、お前達の担任で佐竹忠之。三十路で、教科は社会科。花咲高校を卒業して、他所の大学で教員免許を取って、教師になって戻ってきた。だから大先輩でもある。言う事を聞けよ」
自身の名前を白板に書き込んだ担任は、次に『1.氏名』、『2.特技(習い事や得意な事など)』、『3.入ってみたい部活』、『4.今の目標』と書き込んで、生徒達に自己紹介を促した。
「それじゃあ、廊下側の前から順に自己紹介しろ。白板に書いた1から4までを言え。一番後ろまで行ったら、次は隣の列の前から順だ。最初の奴、立て」
指名された生徒が立ち上がって、自己紹介を始めた。
自己紹介で挙げられた習い事には、男子は柔道や剣道、水泳や卓球などのスポーツ系が多く、女子にはピアノや習字、絵画やバレエなどが多いようで、部活も習い事に関係する希望が多かった。
目標に関しては、「高校生活に馴染む」や、「大学に内部進学する」という謙虚で順当な内容が多かった。
そんな生徒達の中で派手に目立ったのは、少し大人びた雰囲気を持つ、1人の男子だった。
「花咲小太郎。父がA級陰陽師で、俺も学んでいる。陰陽師に関する部活に入りたいが、無いから作りたいと思っている。陰陽師国家試験を受験する予定で、まずは合格が目標だ」
他の生徒の自己紹介が全て吹き飛ぶ、衝撃的な自己紹介だった。
小太郎は、先だって一樹が会った花咲家当主の息子であるらしい。すなわち、花咲グループ会長にして学園理事長の息子である。
花咲家は、犬神が憑いた子が次代当主となる一子相伝のため、息子でも犬神が憑かなければ後を継げないが、グループ子会社の社長などには成れる。
権力者だ、と、同級生達が認識した後、一樹の順番が回ってきた。
(ここは対抗するべきか)
一樹は権力者を打倒すべき存在だとは思っていないが、ごまをする相手だとも思っていない。
差し当って一樹は、折衷案を取った。
「賀茂一樹。A級陰陽師の1人です。入ってみたい部活は、今のところ未定です。花咲君が部活を作るなら、関心があります。目標は、普通の高校生活を送る事。以上です」
花咲当主と同じA級陰陽師だと名乗りつつ、順位で上だとまでは威圧しない。そして部活を作るなら関心がある、と、歩み寄る姿勢も見せる。
一樹が考えた折衷案であった。
普通の高校生活を送る事が目標で、普通の体験が出来れば嬉しいと、一般の同級生との学生生活にも配慮する。
自重したつもりの一樹の自己紹介は、小太郎には伝わったが、A級の肩書きは周囲をしっかりと威圧した。
点数付けをするなら、決して高くない評価になるであろう一樹の自己紹介の後、何人かを挟んで蒼依と沙羅が挨拶した。
「相川蒼依です。特技は、手芸でしょうか。賀茂さんの陰陽師事務所に所属していますので、部活は賀茂さんと同じところに入ります。今の目標は、家族の平穏無事、無病息災です」
「五鬼童沙羅です。習い事は、色々していました。それとC級陰陽師で、一樹さんの事務所に所属していますので、部活も同じにします。目標は、内緒です」
沙羅が一樹を見詰めて微笑んだところで、同級生の一部が色々と察した。
それに対して担任は、「良し、次!」と流して、直感的に危険を回避した。
























