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45話 A級陰陽師への昇格

「この幽霊船の式神、神気を帯びているわね」


 そう評したのは、一樹の格付けにやってきた、やんごとなき御方だ。

 やんごとなき御方は、黒髪を結い、明るい花柄の着物を纏った女性で、他のA級陰陽師からは『姫様』と呼ばれている。

 見た目は一樹より年長だが、高く見積もっても20代後半には達していない。但し、実年齢は不明だ。

 何しろ姫様と呼んだ1人であるA級陰陽師の3位が気狐だ。

 気狐とは、御年500歳以上の仙術を修行している狐である。そんな御年500歳以上の気狐が、ただの人間を姫様呼ばわりするはずが無い。

 故に御方は人ならざる存在だと、一樹は概ね確信した。


「生み出された食べ物は、神に捧げる神饌しんせんになった後、神と共に食べる直会なおらいとして戻されているわ。だから神気を帯びていて、食べると、ほんの少しだけ呪力が上がるわよ」


 神気を言い当てた御方は、幽霊船員に出されたレアチーズケーキを自ら食べて見せた。


「味も良いんじゃないかしら」


 御方が告げると、A級陰陽師達はレアチーズケーキを食べ始めた。

 いまさら僅かな呪力上昇など気にしないであろう面々で、普段から良い物も食べているだろう。だが御方の手前であるからか、本当に味が良いからか、不満そうな表情は見られなかった。


「おかわりを貰おうかしら。3皿くらい」


 A級2位の宇賀が、一樹に堂々と要求した。

 実のところ、かなり気に入っていたらしい。

 宇賀は世間的には、蛇神の娘あるいは孫娘と考えられている女性だ。細身の女性だが、デザートは好きであるらしい。


「直ぐに、お出ししてくれ」


 一樹が給仕をしていた幽霊船員に指示すると、彼は頷いて厨房に向かった。

 PL200は回頭して帰港の最中であり、御方とA級陰陽師6名、陰陽長官と一樹の合計9名だけが、第一公室に入っている。

 その他の部外者は除外した上で、やがて御方による講評が行われた。


「A級は確定として、呪力は高いけれど、肉体は普通の人間なのよねぇ」


 レアチーズケーキを平らげた御方は、暫く考える素振りを見せた。

 そして4位の義一郎、5位の協会会長、6位の花咲を一樹と見比べる。

 見渡された面々は、自身が御方から、一樹の力と比べられているのだと察した。すなわち一樹の力は、彼らに届き、あるいは上回るかもしれない。

 4位の義一郎はA級中位で、6位の花咲はA級下位と評価されている。

 一樹の評価は単純にはいかないらしく、御方は時間を掛けて比較した。


 A級陰陽師達が評価するとしても、一樹はA級中位から下位だろう。

 式神のPL200がA級中位の妖力を持ち、それに相応しい攻撃力、命中精度、索敵能力、速力を有している。

 故にA級陰陽師達は、一樹の力を『水の上ではA級中位』と見なした。

 そして一樹の力は、PL200だけではない。

 他にも式神がおり、鳩の式神などを飛ばして支援も出来る。それが白神山地では、A級の絡新婦を撃破する決定打ともなった。

 陸でもそれなりに戦えるので、『陸の上ではA級下位』と見なせる。


 一樹が妖怪であれば、『水の上でA級中位』の評価で終わっただろう。

 だが一樹は、妖怪を調伏しなければならない陰陽師だ。


『A級中位と評価して、陸の上でA級中位の活躍が出来ないのは困る』


 格付けが容易ではないのは、そのような理由からだ。

 A級の絡新婦を共同撃破した実績があるため、全く役に立たないわけでは無い。鳩の式神は飛べるし、地上も攻撃できるので、陸と空でもA級下位相当の活躍は期待出来る。

 だが式神を飛ばしての援護であり、近接戦闘になれば極端に脆い。

 アンバランスな一樹の格付けに御方が迷ったのも、致し方が無い話だった。


(俺が『A級中位にしてくれ』と、頼んでいる訳じゃないけどな)


 一樹自身は、分不相応な評価が欲しいわけでは無い。

 今回の一樹が欲しかったのは、幽霊巡視船の使役を政府に公認される方だ。

 幽霊巡視船には、42名が月単位で暮らせる環境が整っている。

 会議室や食堂を兼ねた複数の公室、乗員分の食事を作れる調理室、食器室、休憩室、寝室、手術も可能な医務室、個室、浴室、脱衣所、トイレ、救難準備室、装備保管庫など、操船以外に用いる部屋も多い。

 船底には、仕切られた別々の区画に発電機4基があって、船内には電源が引かれており、電化製品も使える。そして厨房システム、テレビや冷蔵庫、洗濯機や乾燥機なども据え付けられている。

 30階建てのホテルより、内部は充実しているかも知れない。

 建造費は、1隻あたり約144億円。

 そんな船に一樹が求めたのは、避難場所としての機能である。


『もしも世界が、ゾンビに支配されたら』


 これから高校生になる一樹は、そんな妄想をした事が有る。

 人間の生活圏がゾンビに支配されたら、各自は何処へ逃げるだろうか。


 物資が豊富で生活に困らない、商業施設やホームセンター。

 ゾンビが上に上がっていけない、高層マンションの高層階。

 集団で立て籠もれる、広くて校門が頑丈な造りの私立高校。

 川や井戸水があり、田畑が広がって食糧が得られる山間部。


 それら全ての楽園は、いずれ他人が辿り着いて崩壊する。

 陸路で辿り着けるのであれば、いつか誰かが辿り着かない訳が無い。

 ゾンビに噛まれた人間が来て、直接的に崩壊する。あるいは主導権争いや物資配分の争いになって、内部崩壊する。

 アメリカでは対策として、外部から侵入できない核シェルターが流行った。

 だが日本では、その様な施設は建築許可が下りない。

 それでは日本で生き延びるためには、一体どうすれば良いのか。その答えが、一樹の眼前に現れた幽霊巡視船であった。


(幽霊巡視船は、内部の物品も揃っている)


 幽霊巡視船が実体化する際、船内の物品も呪力で実体化する。

 一樹の呪力さえ有れば、船内の食糧、燃料、弾薬、消耗品なども、補充できる。食べ物は神に捧げる神饌となるようだが、普通に食べられた。

 呪力と引き替えに、状態回復する幽霊巡視船があれば、船上で長期滞在できる。すなわちゾンビに支配された陸で補給を受けなくて済むのだ。

 侵入してくるゾンビも、武装グループも居ない。

 やがて陸のゾンビが駆除されれば再上陸し、ゾンビが蔓延り続けるなら、インフラが整った小さな島に拠点でも作る。

 そんな生存計画に完璧な幽霊巡視船は、一樹にとって魅力的だった。


(ゾンビウイルスが世界に蔓延する可能性が高いとは思っていないけれど、凄く欲しかった。全く後悔はしていない)


 幽霊巡視船の使役は、一樹の自己満足であり、男の夢であった。

 そんな誰もが想像し得ない理由でPL200を使役した一樹にとって、PL200を獲得した事によるA級陰陽師としての格付けなどは、二の次であった。

 そんな考えなど思いもよらず、御方は悩んだ後、結論を下した。


「賀茂は、A級中位で6位にしましょう。花咲が7位。2人が陸で戦えば、今は花咲が勝つけれど、対妖怪で考えると賀茂ね。呪力が大きいから、これからも式神は成長するか増えるし、最初から中位で良いわ」


 御方が見立てを告げると、A級5位の陰陽師協会会長が恭しく頷いた。


「畏まりました。賀茂陰陽師のA級認定と序列6位を通達します」


 どうやらA級6位になったようだと自覚した一樹は、自身の昇格と同時に、8位だったA級陰陽師が引退する事も理解した。

 喜びを露わにするのも、辞退するのも、相手の尊厳を傷つける。

 一樹が険しい表情を浮かべたところ、元8位は御方に一礼して感謝を述べた。


「これまで我が身に余る栄誉を与えて頂きました事、まこと感謝申し上げます。本日をもちまして後進に席を空け、お役目を終えさせて頂きたく存じます」

「ええ、あなたも役に立ったわよ。お疲れさま」

「まこと光栄にございます」


 御方と元8位との会話は、それで終わった。

 それから帰港した一樹は、協会長からA級の仕事について説明を受けた。


 A級陰陽師への昇格については、記者会見などの派手な発表は無い。

 国家試験では、相応の効果がある霊符を作成出来る者だけが合格していると示す目的があるので、わざわざ中継している。

 だが陰陽師は、対妖怪の兵器だ。記者会見で手の内を明かす謂われは無い。

 幸いにして陰陽師協会は、官公庁ではなく、税金も投じられておらず、独立採算制の組織だ。従って、昇格基準などを情報公開する義務も無い。

 一樹に取材が来た場合、「協会を通して下さい」と答えて、あとは警察に任せて終わりだ。ごねるメディアは、協会への取材が禁止となる。


『本部の常任理事は、真のA級だけだ。先程、臨時の常任理事会が行われ、君の昇格が正式に定まった形となる。通常の常任理事会は毎年5月と11月だ。欠席する場合は、委任状を出したまえ』


 かくして一樹は、A級陰陽師に昇格したのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてやんごとなき御方レベルでも地獄の閻魔大王由来とは分からないのか?分かっててなんで人間のまま持ってんだ?なのか 閻魔大王の地獄側と地上の神なりかけみたいなのだと管理者側の方が格が高す…
[気になる点] (船太郎...)
[一言] 呪力が微増する食べ物を夫に食べさせたい蛇妻さんをご招待という話にはさすがになりませんよね…
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