41話 幽霊船除霊作戦
「本庁から派遣された、五鬼童義一郎一等海上保安監、以下6名だ。これより、悪霊化したキャッチャーボートの除霊を行い、子竜を解放する」
幽霊巡視船のヘリコプター甲板に降り立った一樹は、義一郎が幽霊巡視船長と向き合って答礼する後ろで、整列しながら敬礼した。並びは右から、B級陰陽師の義友、風花、一樹、C級陰陽師の沙羅、紫苑となる。
乗船した幽霊巡視船は、幽霊船員の統制は取れているように見えた。
(生前の行動に準じているのかな)
幽霊海上保安官達は、幽霊巡視船に付随する地縛霊となっている。
そのため味方と認識する海上保安庁の巡視船や、海上保安官には攻撃しない。
だが彼らの基準で、何処かに向かって70口径40ミリ機関砲を撃っている。攻撃力はA級の怨霊であり、海域に陣取る危ない存在と化していた。
霊的な攻撃であろうとも、人間は霊的なダメージで簡単に死ぬ。
42名の幽霊巡視船員も、巡視船に配備されていた20式5.56ミリ小銃で、人間を銃撃できる。
武装した幽霊巡視船員の強さは、E級中位の小魔程度だろうか。
人数が多く、船が無事なら復活するので、D級陰陽師でも調伏は危険だ。
彼らは、海上保安庁に出向している陰陽師は、受け入れられるらしい。
キャッチャーボートが子竜に銛を撃ち込んで沈没したのは、幽霊巡視船員達も生前に知るところだ。そのため、国家所属の陰陽師が、階級を与えられてやってくるのは、彼らにも理解が及ぶ行動だ。
素直に受け入れてくれている間に、素早く問題を解決したかった。
「作戦行動を開始する。船長、本船を捕鯨船に接舷させてくれ」
『了解しました』
挨拶を終えた義一郎は、幽霊巡視船を幽霊捕鯨船に近付けさせ、乗り移った。すると幽霊捕鯨船の船員達は、義一郎達に向かって、一斉に叫び出した。
『野郎共、敵が攻めてきたぞ!』
『『『いぇあっ、敵だぁ、敵だぁ!』』』
彼らの同意を得ずに船へ乗り込んだからか。
それとも生者から見た悪霊が恐ろしい存在に見えるように、悪霊から見た生者は、忌々しい存在に見えるのだろうか。
銛などを手にした幽霊捕鯨船員達は、乗り込んだ陰陽師達に襲い掛かった。
「幽霊捕鯨船員が、海上保安官に襲い掛かってきた事を確認した!」
キャッチャーボートの船員達が襲い掛かる姿は、接舷した幽霊巡視船からも見えている。
先に手を出したのは、キャッチャーボートの船員達である。
それを幽霊巡視船の船員達に知らしめて、幽霊捕鯨船員を庇う動きを制した義一郎は、殲滅を号令した。
「調伏、開始っ!」
五鬼童の陰陽師達が、肉食獣が飛びかかるが如き俊敏さで襲い掛かった。
真っ先に吹き飛んだのは、幽霊捕鯨船長だった。
義一郎に薙ぎ払われた船長は、高速で吹き飛んで、船体に叩き付けられた。船長の身体は、硬い地面に叩き付けられたトマトのように、船上で爆ぜ散った。
だが爆散した船長は、幽霊捕鯨船が放つ妖気で瞬時に復活して、再び襲い掛かって来た。
『てめぇ、老い先短い老人に何てことしやがるっ!』
「お前はもう死んでいる」
戯言を切って捨てた義一郎は、再び迫る幽霊船長の腹を右足で蹴り飛ばし、サッカーボールのように海面へと蹴り落した。
すると今度は爆散しなかった幽霊船長は、波飛沫を立てながら海面に沈んだ後、浮かび上がって幽霊捕鯨船に泳いできた。
『てめぇ、やりやがったな。ぶっ殺してやる』
元気な幽霊船長が戻る間、義一郎はキャッチャーボートの船体を蹴り飛ばして、霊体を損壊させていった。
開始された船上での戦いは、幽霊捕鯨船に乗り移った他の4人と、残る幽霊捕鯨船員達との間でも繰り広げられている。
義友は、先に一声だけ掛けた。
「大人しく成仏しろ」
『『いぇあっ、獲物だぁ、巻き上げろ!』』
「そうか。もう良い」
呪力を乗せた殴打が放たれ、幽霊捕鯨船員の霊体に拳大の穴を穿つ。
幽霊捕鯨船員が有する妖力を遥かに超えた力は、霊体を軽々と吹き飛ばした。
一撃で霊体を掻き消した義友は、小さな蹴りで2体目を消し飛ばし、左手で3体目を握り潰し、右手の裏拳で4体目を破壊した。
幽霊捕鯨船員達は、消されるたびに幽霊捕鯨船の妖気で復活して、あたかもゾンビのように立ち向かって来る。
幽霊捕鯨船の妖気はA級下位で、非武装の一般人だった幽霊捕鯨船員の力は、小鬼のF級中位程度。
その差は5万倍とも考えられ、彼らを潰して幽霊船の妖力を失わせるのであれば、5万体を倒さなければならない。
とても付き合いきれない義友は、義一郎と同じく、殲滅の合間に船体を蹴り始めた。
その反対側では、風花がモグラ叩きのゲームでもするかのように、神気を帯びた金剛杖で幽霊捕鯨船員と甲板を小突いていく。
右手で金剛杖を振るい、左手で近寄る幽霊船員を殴り飛ばし、あたかもダンスを踊るようにクルクルと回りながら、怨霊と幽霊船を祓っていく。
風花は義友のように、幽霊捕鯨船員に声を掛けたりはしなかった。
悪霊化した幽霊達が説得に応じない事は、分かり切っている。彼女はわざわざ無駄な問答は行わず、黙々と除霊を果たした。
そんな彼女が除霊中に考えたのは、悪霊達に関してでは無かった。
「混浴より凄い事って、何?」
彼氏が居ない女子大生の風花には、15歳の双子が言い合った『凄い事』が、全く想像できなかった。そのため圧倒的に足りない『そっち方面』の経験を補う、少女漫画の展開を考える。
「頭がフットーしちゃう……とか」
とんでもない光景を妄想した風花は、恥ずかしさのあまり金剛杖を振り回して、周囲の幽霊捕鯨船員達を薙ぎ払った。
『ぐわあっ、コイツ急に暴れ始めたぞ』
『駄目だ、防ぎ切れない、増援をくれっ』
風花の暴走は留まるところを知らず、怨霊達は豪快に吹き飛ばされていった。
他方、妄想された側である双子は、極真っ当に除霊していた。
5歳年下で分家の沙羅は、風花に匹敵する力を持っている。
絡新婦との戦い後に身体の12%を再生された際、元々持っていた呪力を2倍も上回る神気を注がれて身体に馴染み、本家で年長の風花に並んだのだ。
だが無理をせず、余力を残しながら程々に戦っていた。
「私の資格と報酬はC級だから、働きもC級で良いよね」
沙羅の優先順位は、幽霊捕鯨船員の調伏では無く、一樹の生命にある。
飛べない一樹は、水仙の妖糸をヘリに結び付けている。だがヘリが墜落するような場合には、沙羅が一樹を抱えて飛ぶつもりでいた。
C級で、マンティコアやグリフォンと互角とされる。
そんなC級を1ランク上回るB級の呪力を持ち、天狗の翼と神通力で飛べる沙羅は、一樹を抱えて空を飛べる。
沙羅は注意力の大半を一樹に向けながら、緩やかに攻撃を続けた。
そんな沙羅と比べて、紫苑には余裕が無かった。
小鬼の如き幽霊捕鯨船員は歯牙にも掛けないが、船体に与えるダメージ量は、沙羅の手抜きと紫苑の本気とが、釣り合っていた。
なまじ結果が近いだけに、紫苑は無理をして、戦果を合わせようとする。
内心に複雑な感情が渦巻いた紫苑は、それを一言に集約して吐露した。
「ズルいし」
五鬼童が各々で戦う最中、作戦に参加した一樹は、2つの作業をしていた。
1つは、顕現させた牛鬼に、幽霊捕鯨船の艦橋を棍棒で殴らせていた。
もう1つは、幽霊巡視船の甲板に式神術の陣を作っていた。
これはキャッチャーボートに呪力をぶつけて消滅させる作戦だ。
それによって、繋がれる子竜を解き放ち、周辺海域で暴れる母竜も去らせる。
B級上位の牛太郎に攻撃させれば、一樹の働きはB級陰陽師に相当する。
それで役割は達成だが、キャッチャーボートと子竜を消しても、別個体である幽霊巡視船は残る。
キャッチャーボートが消えれば、護るべき対象を失った幽霊巡視船は、海を彷徨うだろう。
もしも対処できるならば、逃さない方が良い。そのために一樹は、幽霊巡視船の式神化を考えていた。
式神化すれば、幽霊巡視船が民間船を襲う事態を避けられる。義一郎からは、出来るのであればやっても良いと許可も得ている。
一樹の呪力が足りると見なされたのは、絡新婦との戦いで飛ばした鳩の式神200羽が、A級下位2体に相当していたからだ。
『幽霊巡視船の式神は、海か湖でしか使えないぞ』
幽霊巡視船を使役する問題点は、義一郎が指摘したとおりだ。
海での仕事は、殆ど無い。
なぜなら海に出なければ安全で、海に出ても危険海域を避けたり、脅威を発見すれば逃げたりすれば良いので、依頼には至らない。
それでも一樹は、式神として幽霊巡視船を欲した。
70口径40ミリ機関砲は、有効射程10キロ、毎分330発。陸海空と水中に対応できる射撃統制システムで、命中精度は非常に高い。
数百メートルの至近から70口径40ミリ機関砲を撃ち込めば、戦車すら数十発で破壊できる。C級妖怪程度は、相手の射程外から一方的に殲滅できる。
この幽霊巡視船を『買い』だと思った一樹は、甲板に描き込んだ陣から呪力を流し込み、呪術を唱えた。
『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。我は陰陽の理に則り、霊たる汝を陰陽の陰と為し、生者たる我が気を対の陽とする契約を結ばん。然らば汝、この理に従いて我が式神と成り、顕現して我に力を貸せ。急急如律令』
一樹が有する膨大な呪力が、幽霊巡視船に流し込まれていく。
そして最後に一樹は、トドメの言葉を発した。
『今回の調伏は、政府と海上保安庁の指示だ。巡視船の役割を思い出せ』
それが抵抗を奪う決定打となったのだろうか。眩い光を放った幽霊巡視船は、やがてA級中位の力を持つ式神として再誕した。
式神契約を行う一樹は、全く値切らない契約者だ。
燃料や弾薬は常に満タンで、僅かに傷付いても即座に回復し、最大スペックで活動し続けられる呪力を払い続けている。
巡視船はA級下位からA級中位に引き上げられて、42名の幽霊巡視船員も、E級中位からE級上位に強化された。
A級の妖怪を使役した一樹は、流石に疲労感から甲板に座り込んだ。
一樹の体感では、A級中位に上がった幽霊巡視船を使役した事で、自由に使える呪力の2割ほどが流れていった。
(俺が持っている呪力は、追加で得た神気でS級下位くらいか)
大焦熱地獄で魂に染み込んだ穢れを完全に抑え込むには、S級下位の陽気が必要であるらしい。
地獄には、『等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱、無間』の8つがあって、1つ下に行くと苦しみが10倍になるとされる。
等活地獄をF級として、1つ下の地獄へ行く毎にE、D、Cと耐えられるランクを上げていけば、大焦熱地獄ではS級に届くようであった。
(余程酷い目に遭っていたのだな)
F級下位の呪力を1とすれば、S級下位は100万の値になる。
追加で得た神気も同量のS級下位なので、一樹は合計200万、S級中位の呪力を持っている事になる。
もっとも200万のうち、100万は穢れを押さえ込むために使われている。そのため一樹が自由に使えるのは、残り100万だ。
式神契約の維持には、3分の1にあたる33万ほどが使われている。そのうち巡視船に使われているのは、20万ほどだ。
一樹は寝転がりながら右手を挙げて、呪力の一端を籠めて振り下ろした。
『キャッチャーボートを制圧しろ』
莫大な呪力で従えられた幽霊巡視船員達は、キャッチャーボートに突入を開始した。E級上位の42名が、F級中位の20名に飛び掛かっていく。
両陣営の人数は2倍差、個々の力は20倍差、戦力で40倍差。
40対1で戦えば、結果は火を見るより明らかだ。
キャッチャーボートの船長以下20名は、圧倒的な戦力差で、甲板に押さえ付けられていった。消し飛ばしていないので復活も出来ず、押さえ込まれた幽霊捕鯨船員は、無駄に藻掻いた。
『ええいっ、離せ、離さんかぁっ!』
「離す訳が無いだろう」
幽霊巡視船員に2人掛かりで取り押さえられた幽霊捕鯨船長は、往生際も悪くジタバタと暴れた。
そんな船長に構わず、一樹は牛太郎に命じた。
『キャッチャーボートを壊せ』
棍棒を振り上げた牛鬼が、幽霊捕鯨船を容赦なく叩き始めた。
そんな様子を見た五鬼童の陰陽師達は呆れながら、攻撃の手を止めた。
「ねぇ紫苑。今の一樹さんなら、お父さんを倒せそうじゃないかな」
2人の父である義輔は、B級上位の力を持つ陰陽師だ。
空も飛べるため、牛鬼1体で勝つには厳しいが、一樹は新たな式神を得た。
勝てそうだと沙羅に告げられた紫苑は、幽霊巡視船の機関砲を指差しながら、毅然と反論した。
「アレって、倒すだけで済まないと思うんだけど」
指差された40ミリ機関砲は、至近過ぎるためか、砲撃はしていない。
だが撃ち始めれば、幽霊捕鯨船を穴だらけにする事は、容易に想像できる。
A級下位の幽霊捕鯨船を穴だらけに出来るのであれば、B級上位の義輔も耐えられない。
やがて牛鬼が捕鯨砲を破壊すると、解き放たれた子竜の霊が「ピギャアアアッ」と鳴きながら、大慌てで大海原に逃げていった。
























