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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻 山の女神

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35話 新たな式神を求めて

「使役できる式神、探しに行くで」


 一樹が晴也と一緒に旅館で陣を作っている最中、晴也は宣った。

 夕氷を手に入れる事を断念せざるを得なかった晴也は、どうしようもない過去は割り切って、新たな式神の獲得に希望を託したらしくある。

 一緒に式神を探しに行くのであれば、一樹に対する依頼にもならない。

 戦闘では式神を切り捨てたり、損失を割り切ったりもしなければならない式神使いとして、間違った判断ではない。

 その様な判断は、夕氷との交渉で示すべきだった。

 不慣れかつ魅了状態では、十全には振る舞えなかったのだろうが。


「学校は休みだから構わないけど、アテはあるのか」


 前向きになったのであれば、良いことだ。

 その様に判断した一樹は、「リザードマンを探しに行くのか」と、からかったりはせず、晴也が求める夕氷のような綺麗どころの妖怪のアテを尋ねた。


 綺麗な妖怪であれば、一樹は妖狐などが思い浮かぶ。

 有名どころは、白面金毛九尾の狐、安倍晴明の母親、現在のA級3位など。妖狐は幅広く存在するため、格下であれば、晴也でも使役できると思われる。

 弱いと戦闘の役には立たないが、晴也が求めるのは屈強な戦闘員ではない。


「妖狐は定番だよな。あるいは狸も化けられるか。問題は、場所だが」


 狐に限らず狸の一部も、美しいのかはさておき、変化は可能だ。

 そんな変化能力があるが故に、それらの集団は人間に狙われ続けてきた。

 自衛能力の低い集団が淘汰された結果、現在残るのは人里に来ないか、逆に人間社会に食い込んでいるかとなった。

 自衛能力の高い集団は、D級陰陽師の晴也では容易に獲得できない。

 一樹の疑問に対して、晴也は自信に満ちた不敵な笑みを浮かべた。


「アテはある。和歌山県に出る、猩々(しょうじょう)を考えとる」

「猩々って、昔は七福神の1柱にも数えられた種族か」


 猩々とは、北は岩手県から南は山口県までの各地に生息し、隣国では中国にも存在する妖怪だ。

 七福神が明確化される以前の江戸時代には、吉祥天と共に、七福神の1柱に数えられた事もある。

 外見には地域差があるが、それは変化できるからだと判明している。

 日本では概ね緋色あるいは紅色の長い毛を持ち、人の言葉を理解して、会話も出来る。化けていない時の姿はオランウータンに近いとも言われるが、猩々は「自分達は猩々だ」と話す。


『人間が猿に近いと言われれば、「自分達は、猿ではなく人間だ」と言うだろう。我らも同様に、猩々だ』


 彼ら彼女らは、オランウータンではなく。猩々であるらしい。

 和歌山県の猩々は、昔から田辺市にある天神崎に住処を構え、田辺湾などで魚を獲って暮らして来たとされる。

 日本における人間と妖怪との領域は、1対2。

 妖怪の方が、人間よりも倍ほど広い領域を持ち、天神崎は昔から猩々の住処であった。

 地元では、天神崎に近い浜辺で若い男が笛を吹くと、若く美しい女の姿をした猩々が現れて、曲を催促する。

 そこで男が笛を吹くと、猩々の娘はお礼をしたり、余程気に入れば付いて来たりもする。猩々側も人里に来て交易をしたり、人間の女性を誑かしたりもするが、目的は血の交配だ。

 人間と猩々は、交配できる。

 和歌山県の猩々は、長らく人と交流してきた歴史があって、地元とは概ね折り合える形に落ち着いていた。


「和歌山県の猩々は、人化したら『若く美しい娘』らしいな」

「流石は賀茂家や、よう知っとる」


 語り出すと長時間になる父親を思い浮かべて、一樹は渋面を浮かべた。

 一樹が習った猩々は、成人した雄がD級、成人した雌がE級だ。晴也であれば、式神として猩々の雌を使役できる。

 男が呪力を籠めて吹き、活力や呪力を示せば、猩々の気を惹ける。

 雄の晴也が力を示して、雌の猩々が自発的に付いていくのであれば、それは猩々にとって伝統の範囲内でもあった。


「猩々は笛で誘えるそうだが、晴也は笛を吹けるのか」


 一樹も縦笛と横笛を吹いてみた事はある。

 だが吹けるようになったのは、息を吹けば誰でも音が出るタイプの縦笛だけだ。太鼓も叩けるが、儀式に必要な必要最低限であり、才能はなかった。

 一樹の技量であれば、猩々からは大きなマイナス査定をされるだろう。


「うちにとったら、初歩の技術や。当然、それなりに吹けるで」

「流石は安倍家。だったら、好みの猩々が来ると良いな」


 晴也が彼女を作るのであれば、普通にナンパした方が早いかもしれない。

 何しろ陰陽師は、医師や弁護士よりも希少な人材で、普通に働けば高給取りである。全職業で一番死に易いという欠点も抱えているが。

 そんな風に思いつつ、一樹は少しだけ式神探しに付き合う事にした。




 旅館での仕事が終わった一樹と晴也は、和歌山県田辺市に向かった。

 秋田県湯沢市からは、妖怪の支配地域を避けて東京、大阪を経由しながら移動する。移動時間は、丸一日となる。

 蒼依の家の1階に引っ越しの荷物を入れる沙羅と、それに立ち会う蒼依は、連れて来なかった。


『夕氷さんに振られた晴也が、美人の式神を探したいと言っている。だから移動を含めて4日ほど、男の付き合いで行ってくる』


 一樹が全てを詳らかにしたのは、これが報酬を貰う仕事ではないからだ。

 相手が客ではないので、顧客情報に対する守秘義務などは、発生しない。

 であれば蒼依や沙羅との信頼関係を損なってまで、晴也を庇い立てする義理も無かった。


「念を押すが、今回の俺は式神を増やさない。どんなに良い奴が居てもだ」


 一樹は全てを包み隠さず、正直に説明した。

 すると蒼依と沙羅は、その場に居ない晴也には呆れた表情を浮かべたが、一樹の行動には理解を示した。

 一樹は行ってらっしゃいませと見送られて、和歌山県に赴いた。


 宿泊したのは、田辺市の駅前にある一般的なホテルだった。

 簡素な夕食を食べて休み、簡素な朝食を食べてから出立する。安いホテルでは、移動の疲れは大して取れなかった。

 前日までの温泉旅館と比較しては、いけないのだろう。

 調伏前に宿泊場所を節約するのは、やはり駄目なのだと思い知らされる。

 その反省から、翌日以降の宿は高いところを予約する。

 他方、晴也は活力が漲っていた。


「よっしゃあ、気合を入れて捕まえるで!」


 活力では無く、ギラギラとした精力だろうか。

 狙っている女性が、妖怪の猩々ではなく人間であれば、通報案件だろう。

 浜辺に着いた一樹と晴也は、妖怪を捕縛する陣を次々と作ってはシートで隠し、雑霊の侵入を弾く陣も作り、必要な陣を次々と整えた。

 コンビニで買った昼食で休憩を挟み、昼下がりまで作業を続ける。

 これが2月下旬ではなく夏の作業であれば、とても続けられなかった。

 夕方に入って海辺の陣を揃えた2人は、ようやく準備を整えた。


「まずは俺の式神からや。3体以上釣れたら、そっちにも回すからな」

「別に要らないから、さっさと始めるぞ」


 いきなり2体を得ようとするのは、再び失敗する原因になりかねない。

 そんな風に思いつつも、笛の音に満足して付いてくるのは猩々側の勝手だと思い直した一樹は、晴也に開始を促した。

 すると赤い夕日に染まる浜辺に、笛の音色が高らかに響き始めた。


 笛の音は、単に高いだけではなく、きちんとした曲になっている。

 10以上の曲が滑らかに繋げられていき、波が押し寄せる音と調和して、周囲へと広がっていく。

 曲には呪力が籠められており、陣の作成で疲れていた一樹は、心穏やかになって、溜息を吐いて浜辺に寝ころんだ。

 やがて曲がループし始めた頃、陣に妖気を持つ何かが、引き寄せられる反応があった。


(何か、誘われて来たな)


 引き寄せられる相手は逃げようとせず、逃亡を防ぐ陣も作動しない。

 晴也は慌てず、演奏を中断せず、招かれた存在にゆっくりと歩み寄っていく。一樹も静かに身体を起こして、招かれた存在を遠目に眺めた。


「……白髪の少女?」


 陣に招かれた存在は、想定していた緋色や紅色の髪ではなかった。

 それは白髪で、人間では有り得ないほどに整った愛らしい顔立ち、非人間的な美しさの肌、怪しく魅惑的な雰囲気を兼ね備えている。

 氷柱女の半妖である夕氷と、どちらが美人かと問われたならば、一樹は迷った上で、「白髪の少女は4年ほど経てば、夕氷のようになる」と答えるだろう。

 つまり招かれた存在は、少女であった。

 晴也にとって明らかに残念な点があるとすれば、少女が霊体である事だ。

 招かれた存在は、既に死んでいるらしかった。


 いつの間にか演奏を止めていた晴也は、少女の元に歩み寄り、片膝を突いて話し掛けた。


「君に一目惚れした。式神契約してくれ」


 なぜそれを、夕氷の時に言わなかったのか。

 そして猩々を式神にする話は、一体何処へ行ったのか。

 さらには少女が何の妖怪かも、どれだけの気を喰うのかも分からずに契約して、失敗したらどうするのか。

 一樹が脳内で大量のツッコミを入れるのを他所に、少女は晴也に答えた。


「でも、あたし、結婚してくれるって約束してくれた人に嘘を吐かれて、待っていたのに置き去りにされて、探し回って怨霊になったんです。本体は、その人を見つけたけど逃げられて、もう死んじゃいましたけど」


 霊の証言から、一樹は疑問を持った。

 どうして相手は結婚すると嘘を吐き、少女を置き去りに逃げたのか。

 少女の容姿は、非常に優れている。年齢が若いにしても、4年ほど待てば良いのだ。

 陰陽師としての一樹は、妖怪ないし半妖である白髪の少女の本性に、逃げざるを得なかった何らかの理由が有るのかも知れないと想像した。

 前回の依頼であれば、結婚した亭主は寿命を大きく削っている。

 自分が生きる事を優先したければ、結婚しないで逃げる選択肢も有り得るし、逃亡の判断も間違っていない。

 だが晴也は陰陽師で、それなりの呪力を持っている。そして夕氷のように、家族3人分を求められたわけでもない。

 白髪の少女に対して、晴也は即答した。


「君みたいに美しい娘を捨てるなんて、阿呆な男や。そんな男なんて忘れて、俺と契約してくれ。俺は大切にするで」


 正体を確認しなくて良いのだろうか、と、一樹は不安を抱いた。

 先物買いのメリットは様々にある。

 気落ちしている相手に、条件を付けずに受け入れると言えば、本来は靡かない相手でも契約に応じる可能性が高まる。

 あるいは積極的に応じてくれる結果として、契約に必要な呪力を少なくしてくれて、格上妖怪を使役する事も叶う。自分より強力な妖怪を使役する式神使いには、そのような人生の賭けに勝った者も存在する。

 従って晴也の手法は、現段階で間違いだとは断定できない。

 一樹が不安を抱きながら見守る中、少女が質した。


「あたしを捨てませんか?」

「捨てる訳ないやろ。代々受け継いでいる鷹の式神は1体いるけど、そいつと仲良くしてな」

「はい、代々受け継いでいる鷹の式神でしたら、大切にして下さい。でも、あたしにも酷い事はしないで下さい」

「当たり前や。酷い扱いなんてしないし、俺は大切にするで」


 一樹の不安を他所に、晴也と白髪の少女は条件を詰めていった。

 そして立会人が不安視する中、2人は式神契約を行った。

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前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[一言] ・・・草生やす準備するべき?
[一言] 嘘付いたのはどこの安珍様かな?
[一言] 田辺辺りで白髪少女のお清よって名前で男に逃げられた幽霊って地元の有名な逸話知ってりゃ「あっ」ってなるんだがなぁ(和歌山県民感) 帰りに足伸ばして留守番二人呼んで龍神温泉とかどうでっしゃろ、美…
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