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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻 山の女神

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33話 混浴温泉

「寝かせておけば、回復するだろう。起きるまで、水仙が見ていてくれ」

「えー、面倒だなぁ」


 倒れた晴也を旅館の部屋に運び込んだ一樹は、腹に手を当てて陽気を注いだ。症状は気の欠乏であるため、気を補充して休めば回復する。

 念のために水仙を残すと、自分達の部屋に向かった。


 妻と娘を助けるからであろうが、一樹達には特別室が宛がわれている。

 特別室には、ツインベッドルーム、1デイベッド、ダイニングルーム、洋リビング、そして部屋付きの温泉露天風呂が備わっている。

 温泉露天風呂には洗い場もあって、大風呂に行かなくても済む。

 蒼依と沙羅がツインベッドルームに視線を送ったため、一樹は早々にそちらへ2人を押し込んだ。


「女子2人は、そっちの部屋な。俺は、隣のデイベッドで寝るから」


 どちらかと2人で温泉旅行に来たのであれば、何かを間違えたかも知れない。一樹が邪念を持ったのは、晴也の欲望に触発されてである。

 首を横に振って邪念を振り払った一樹は、沙羅に指示した。


「沙羅、霊符作成は頼んだぞ」

「はい。それについてなのですが……」


 言いかけた沙羅が、蒼依を見て言い淀んだ。


「何か問題でもあるのか」

「私の気を溜めなければなりません。一樹さんに補って頂けたら、早くなります。手を繋いで送って頂く形で大丈夫なのですが」

「ああ、そういう事か。分かった。数日は早まるだろうからな」


 一樹は蒼依に言い聞かせるように、数日間の短縮が可能だと説明した。

 費用対効果で妥当性を見出したのか、蒼依は否定せずに話題を変えた。


「夕氷さん、綺麗な方でしたね」


 反対意見が出なかったので、手を握って気を送る件は受け入れたらしくあった。


「人を惑わして気を吸う妖怪は、それが出来るだけの容姿を持つんだ。晴也は、やり方を間違わなければ式神化できたはずだけど、見事に失敗したなぁ」

「主様は、夕氷さんを式神にするのですか?」


 問われた一樹は、蒼依の不安を理解した。

 晴也が夕氷に行おうとした契約に類する事は、一樹が蒼依に行っている。

 式神の括りであれば、牛鬼1体、八咫烏5羽、絡新婦1体、鎌鼬3柱を持つが、いずれも式神として扱っており、それ以外の関係ではない。

 蒼依は唯一の特別扱いで、一樹は家族が居なくなった相川家に、新たな家族として入ったような形だ。

「おはよう」や「お休み」を言い合い、一緒に食事を摂り、テレビを見て雑談し、他の式神と戯れたり、今回のように出かけたりもする。

 蒼依の空虚は、その世界に入り込んだ一樹が埋めて塗り替えた。

 だが戦闘を目的としない女性の妖怪が、永遠に蒼依だけである保証は無い。

 夕氷と契約を結ぼうと思えば、一樹の呪力的には簡単に出来る。


「呪力だけであれば、出来ない事は無い」


 夕氷と氷菜の姉妹は、A級どころか、B級でも無い。

 春日家が渡していた呪符から逆算すると、強くてもC級程度だ。

 他方、一樹は膨大な呪力を持っている。

 自衛隊が確認しただけでも、A級下位2体分は確実にあると判明している。

 それは絡新婦との戦いで、C級下位の力を持つ式神の鳩200羽を飛ばしたからだ。C級下位200体分の呪力は、B級下位20体分、あるいはA級下位2体分に相当する。

 一樹は氷柱女の姉妹に対して、完全な式神化が可能だ。本人達が契約を拒まないのであれば、失敗のリスクも無い。

 もしも一樹が氷柱女の姉妹に目移りしたら、蒼依はどうなるのか。

 仮に目移りしたところで、一樹が蒼依に気を渡さなくなる性格でも、足りなくなる呪力量でも無い事は分かっている。

 だが相川家から出て行ったら、蒼依はどうなるだろう。

 そんな蒼依の不安に対して、一樹は明確に断言した。


「だけど俺は、夕氷さん達とは式神契約をしない。そんな事をしたら、今回の仕事に誘ってくれた晴也に悪いだろう」


 蒼依の不安を取り除くべく、一樹は契約しない理由を述べた。

 夕氷は美人で間違いない。そして母と妹にも気を与えるように求めた事から、家族思いの性格も垣間見える。

 もしも晴也が条件に応じられたならば、夕氷は晴也の恋人にでも婚約者にでもなって、誠実に愛情を返しただろう。

 そのような妖怪であれば、使役すれば一樹の事務所で働けるし、他にも色々と助けてくれるだろうと思われる。

 戸籍を持ち、学校に通っており、運転免許も取れて、様々な手続きも行える。

 人材としては非常に惜しいが、そもそも依頼人に対して不義理になるため、一樹が使役する選択肢は有り得なかった。


「仕事で不義理を働けば、信用されなくなる。だから、式神契約は無しだ」

「それなら契約できませんね」

「信義は大切です。霊符が必要でしたら、今後も私が作りますので」


 蒼依は安堵し、沙羅も異口同音に賛同して、氷柱女の式神化は廃案となった。

 蒼依の不安を解消した一樹は、デイベッドがある和室に入って荷物を放り出し、冷たい畳の上をゴロゴロと転がった。


(だけど晴也は、対応できないんだよな)


 一樹達は応援で来ており、沙羅の対応は応急的なものだ。

 霊符作成のために逗留する数日で、今後の解決手段も考える必要がある。

 手が届く位置に座布団があったので手繰り寄せた一樹は、容易には思い浮かばない対策に頭を悩ませながら、座布団を枕に目を瞑った。


 床で眠っていた一樹は、不意に目を覚ました。

 目覚めたのは、蒼依と沙羅が部屋付きの露天風呂に入る物音がしたからだ。

 2時間ほど経ったようで、2人は寝ていた一樹を起こさないように気を使ったらしくある。


(どうせなら、ベッドで寝れば良かったな)


 一樹が起きて室内を彷徨いたところ、既に夕食の時間に入っており、夕食がダイニングルームに運んであった。

 特別室だからか、サービスされているのか、山海の幸が豪勢に並んでいる。

 料理を下げる時間もあるかと考えた一樹が食事を平らげ、テレビで秋田県の地方番組を見ていると、蒼依と沙羅が温泉から上がって、一樹にも勧めてきた。


「内線電話で連絡すると、料理を下げてくれるそうです。そちらは連絡しておきますので、主様は次に温泉にどうぞ」

「部屋のお風呂なのに、結構広かったですよ」


 浴衣に着替えた2人に言われるが儘に、一樹は露天風呂へと向かった。




 客室の奥には、引き戸で仕切られた流し場がある。そして奥には、大きな石で囲われた露天風呂が設置されていた。

 湯が流れる音が、一樹の心を安らげる。

 温泉専用として開発して貰ったであろうシャンプーやコンディショナーを使い、一樹は流し場で大雑把に髪を洗った。


 一樹が今世で温泉に入るのは、今日が初である。

 父親の和則は、家族を温泉旅行に連れて行く甲斐性が無かった。

 一樹が絡新婦の依頼料を半分渡したので、今は借金の清算も済んでいるだろう。だが一樹が小さい頃であれば、余裕が出来ても呪具に使ったであろうから、結局温泉には行けなかった。

 和則が稼げたのは一樹の甲斐性であって、母親から離婚された和則の問題が解決された訳でも無い。


「再婚は、無理だな」


 両親の離婚は、父親だけが悪いわけでも無いと一樹は考える。

 父親の甲斐性に問題があるのは明らかだが、母親も父親の職業や性格を知った上で結婚したのだ。

 喩えるなら、晴也に甲斐性が無いと分かった上で、夕氷が晴也と結婚したようなものだ。夕氷には断る選択肢もあったのだから、2人の子供から見れば、母親も単なる被害者ではないだろう。


 一樹としては、両親の問題は両親が決めれば良いと考える。

 だが血の繋がった妹だけは、兄として気がかりだった。

 そんな風に思いながら、良い香りのするボディーソープで身体を洗って、いよいよ温泉に足を踏み入れた時だった。

 引き戸が開かれて、身体にタオルを巻いた蒼依と沙羅が入ってきた。


「…………はっ?」


 数秒ほど固まった一樹は、混乱状態で発声した。

 そもそも2人は、先程まで温泉に入っていなかったか。

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情の一樹が、腰にタオルを巻きながら温泉に沈み込んでいく中、蒼依が取って付けたような説明をした。


「せっかくの温泉ですから、1度だけだと勿体ないですよね」


 蒼依が嘘を吐いている事は、一樹にも理解できた。

 2度風呂が悪い訳では無いが、2度目の入浴があまりにも早過ぎる。しかも、一樹が入っているタイミングである。

 一樹が素早く2人の表情を伺うと、蒼依は顔を真っ赤にして緊張しきっており、沙羅は恥ずかしそうにしつつも微笑を浮かべていた。


(犯人は、9割方は沙羅だな)


 冤罪が嫌いな一樹は、確信しつつも断定は避けた。

 おそらく誘導されたのであろう蒼依は、着物が似合いそうな首の細いなで肩で、腰が低くて幼く見え、体の凹凸が少ない純日本人体系だ。

 現代の高1女子の平均的なバストサイズは、81センチメートル程で、カップはAからB。純和風の蒼依は、ごく標準的な日本人の体型である。

 そして誘導したであろう沙羅は、大天狗の血を引き、多少は空も飛べるためにスレンダーな体型である。平均よりも小柄で、やや小さい。


 そんな2人が入って来たのは、如何なる意図からか。

 機先を制された一樹が守勢に回る中、身体にバスタオル1枚を巻いただけの沙羅から、大義名分が示された。


「部屋風呂は、混浴も大丈夫なんですよ」

「なん……だと……」


 日本に混浴の文化が存在する事実に、一樹は反論の術を失った。

 かつて八咫烏を使役した際、一樹は八咫烏の親が子犬を食べる光景に、西アジアでは肯定的である点を思い起こした。

 日本では捕鯨文化があり、他国からは否定的な意見も寄せられるが、文化の否定はいけないと思った。


『捕鯨文化の否定が良くないならば、混浴文化の否定も良くない』

『あの文化は良いが、この文化は駄目だと言うのは、二重規範になる』


 咄嗟に論理的な反論が出来なくなった一樹は、硬直状態に陥った。

 その間、一樹から制止されなかった2人は、堂々と温泉に入ってきた。


 部屋付きの温泉は、ベッド2つ分に満たない大きさだ。

 一樹が混乱する中、温泉の中で蒼依が右隣に、沙羅が左隣に寄ってきて、一樹は肩が触れ合う距離で左右を包囲された。

 蒼依は長い髪を結っており、沙羅もおさげで、うなじまでハッキリと見えている。もしも一樹が、どうなっても知らないぞと言えば、本当になりかねない。

 不意に一樹は、踏み込めば入り口が閉まる檻の中にぶら下がる肉を見つけた、若い狼の後姿が思い浮かんだ。


(これは罠だ)


 一樹は、迷える子羊ならぬ狼となった。

 2人が罠を仕掛けた目的は、何だろうか。

 夕氷を式神化できたのだと知った蒼依は、危機感を抱いていた。

 今回の夕氷は式神化しないが、これからも永遠に増えない保証はないし、今後の話は一樹も否定していない。

 そして根が正直な蒼依は、心に迷いを見せたところを沙羅に突かれたのかもしれない。

 ライバルを増やさないように共同戦線を張りましょう……等と持ち掛けられれば、今の蒼依であれば簡単に釣られるかも知れない。


 蒼依に関して想像できた一樹は、次に沙羅の意図を想像しようとしたが、それは考えるまでも無かった。

 一樹は好感度のパラメーターなど見えないが、A級妖怪から救い出して手足も治した沙羅の一樹に対する好感度は、確実に振り切れている。

 命を救われた事、歩ける事、両手を使える事は、人生の殆どを占める。

 逆の立場で一樹自身が助けられた場合を考えれば、一樹も可能な限り沙羅の望むようにするだろう。そして、1300年以上も義理を果たして来た五鬼童家の娘であれば、一樹が想像する以上に恩義を返すに決まっている。

 昔話における最大の恩返しは嫁入りだ。

 沙羅がそういう事も考えているのだろうとは、女心が全く分からない一樹でも簡単に想像が及ぶ。


「まさか蒼依も誘ってくるとは思わなかった」


 出し抜けたのではないかと一樹が問うと、沙羅は小さく苦笑した。


「私を治して下さった時、蒼依さんが病院に先行して、一樹さんに位置を伝えて下さったと聞いています。その点は、非常に恩を感じておりまして、いきなり抜け駆けは出来なかったんです」

「はぁ、なるほど」


 流石は五鬼童だと、一樹は納得した。

 沙羅から「私は行きますけど、蒼依さんはどうされますか」と問われれば、蒼依も行ってらっしゃいとは言えないだろう。

 かくして現状に至ったわけである。

 2人の行動を理解した一樹は、右隣に居る蒼依に視線を向けた。

 すると蒼依は顔を真っ赤にしながら、あからさまに視線を逸らした。


(逃げられると追いたくなるのは、何故だろうな)


 人間が狩猟を行っていた時代の本能を刺激されるのだろうか。そっぽを向かれた一樹は、蒼依の肩に右手を回した。

 すると蒼依の身体はビクッと小さく震えたが、拒絶したりはしなかった。

 これが罠だからと言って、それが何なのだろうか。温泉の温度と湿度で、思考が廻らなくなった一樹は、蒼依を優しく引き寄せた。

 そして自身の顔を蒼依の正面に回り込ませて、ゆっくりと近付けていき……。


「ダーリン、晴也が目を覚ましたよーって、あれぇ、何してるのー?」


 水仙の乱入に驚いた一樹は、咄嗟に顔を上げて、慌てて蒼依から離れた。

 一度冷静に戻った一樹の行動は、そこまでであった。



 愚かで、哀れな絡新婦の末路は、一樹を除く3人のみぞ知る。

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[良い点] 良い結末を迎える昔話をほとんど知らないけれど 嘘か真か、人外の者との婚姻は人気があったとか何とか。 [一言] 天獄に垂らされた蜘蛛の糸。差し伸べたのはお釈迦さまか閻魔さまか。
[良い点] 義理堅い一同、ヨシ! NTRは悪い文明
[一言] 目を覚ました晴也が悪いのか、空気読まないクモ子が悪いのか(ノ∀`) 危うく温泉3P組んず解れつに…オシイ
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