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【6巻5/20発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介
第1巻 転生陰陽師
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03話 牛鬼と山姥 中編

 小鳥達の囀りが高らかに響き渡り、川のせせらぎが、微かに聞こえる。

 山と主張するには、小ぢんまりとした、私有地の小山。

 そんな小山に林立する杉林を分け入って、時にはナタで藪を打ち払いながら、一樹達は奥へと進んでいった。

 見渡す限り広がる杉林は、かつて日本の電柱が木製だった時代に『お上のお達し』で大規模に植えられた、田舎にはよくある杉山の1つだ。

 細長い杖を持ちながら、しっかりとした足取りで進む老婆は、自らが所有する山の由来を語り始めた。


「昔の電柱は、コールタールを塗った杉が主流だったんだよ。あんたは、知っているかい?」

「そうだったのですか、私は木製の電柱は、見た事がありません」


 依頼人に丁寧な口調で答えながら、白髪の老婆は何歳なのだろうか、と、一樹は女性に対して失礼な疑問を抱いた。


「当時の日本は、電柱が杉だったんだよ。それで国中に電柱を立てて交換するためには、杉が沢山必要だって言われて、杉山を増やしたのさ」


 それだけが、理由の全てだとは限らないだろう。

 だが当事者ないし子孫の証言がある以上、杉林を増やした理由の1つであるには違いない。

 杉を電柱用の長さに育てるためには、数十年の歳月が必要だ。

 杉の電柱としての耐用年数は15年であるため、日本中の電柱を取り替え続けるためには、杉を育てる期間を計算に入れて、電柱の倍以上の杉が必要となる。

 電柱が杉だった時代であれば、杉の需要を見込んで増やすのは、むしろ自然な流れだ。


「だけど、コンクリート製の電柱が登場して、杉は不要になったのさ。植えさせておいて、買い取れませんと来たものさ。全く、迷惑な話さね」

「それは大変ですね」


 それは確かに困るだろう、と、一樹も理解を示した。

 コンクリート製の電柱は、耐用年数が40年以上もあり、杉よりも管理が楽だ。何しろ育てなくて良いし、街中でも作れる。

 すると国中の電柱がコンクリート製に変わって、杉は不要となる。

 需要と供給が逆転して、不要となった杉が、日本中に溢れかえる。

 古代から日本中に杉が溢れ返っていたのであれば、環境適応しているはずの日本人が、これほどスギ花粉で苦しむはずも無い。

 国策で大規模に増やして、手に負えなくなったのが、現在の大量にある杉林なのだろうかと一樹は考えた。


 土地は、所有するだけでも税金が掛かる。

 かといって土地を活用するために杉を売ろうにも、誰も要らないので、ろくに売れず、伐採するだけでも大赤字だ。

 そのような土地は、負債と不動産を掛け合わせて、負動産とも呼ばれる。そうした話を聞きながら歩くうちに、一樹達は牛鬼の下へと辿り着いた。


(やはり、ツバキの神霊だな)


 山の片隅で、静かに咲く赤いツバキの花。

 そのツバキから、一樹は自身にも宿る神気を感じ取れた。

 気を感じ取る力に関して、一樹は他の追随を許さないと自負する。

 何しろ大焦熱地獄で、無限に続くかと思われるほどの長きに渡り、膨大な陰気の存在に触れてきたのだ。


(こいつ自身に穢れは無い。暴れ回る凶暴な奴ではない)


 一樹自身の経験を信じるか、初対面の老婆の主張を信じるか。

 答えは、言わずもがなであった。


「父さん、俺が調伏してみる。凄く力の強い牛鬼で、勝てるとは限らないけれど、無理をしてでも倒さないと、依頼人さんが危ないからね。父さんには、式神の鳩を2羽付けるよ。最悪の場合、足止めにはなると思う。気を付けて」


 一樹は、危険な相手に無理をする性格では無い。

 現場でイレギュラーは発生するが、戦う前に勝てないかも知れないと分かっているならば、素直にそう言って一度逃げる。そして万全の準備を整えてから、再挑戦すれば良いと考える。


 また一樹が生み出した式神の鳩は、足止め程度の存在でも無い。

 あからさまに、おかしな事を言う一樹の意図を酌み取った和則は、しばしの間を置いて答えた。


「うむ、分かった」


 和則と頷きあった一樹は、次いで依頼人に呼び掛けた。


「相川さんは、危ないので少し離れていて下さい。牛鬼を倒してみます」

「そうかい。それじゃあ頼むよ」


 老婆と孫娘を下がらせた一樹は、陣を作成して準備を整えた。

 但し作ったのは、調伏ではなく、式神として使役するための陣だ。


 式神の使役には、大別して3種類がある。

 1つ目、鬼神・神霊を、呪力と術で使役する陰陽道系。

 2つ目、異界より喚び出す護法神。(神社の稲荷、寺の金剛力士等)

 3つ目、紙や木片に、自分や誰かの呪力を籠める道教呪術系。


 鳩の式神は3つ目で、今回牛鬼に使うのは1つ目だ。

 1つ目や2つ目の式神を使役するには、術者が式神に、自らの呪力を与え続けなければならない。また式神が戦闘で力を消費すれば、その補充も行わなければならない。

 そのため呪力の低い術者は、式神に力を与えるだけで、自らの呪力の大半を失ってしまう。すると式神の維持と運用に掛かりきりとなり、式神を扱う以外の活動はまともに出来ない。

 そんなデメリットがあるために、式神契約は好まれない。

 そのため式神使いではない陰陽師は、3つ目である使い捨ての式神を多用している。

 だが一樹は、強大な牛鬼であろうとも、使役するには充分な呪力を持っている。


「それでは調伏します」


 正しくは、調伏では無く、使役である。

 一樹は印を結び、老婆には聞こえないように、小声で呪を唱えた。


『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。我は陰陽の理に則り、霊たる汝を陰陽の陰と為し、生者たる我が気を対の陽とする契約を結ばん。然らば汝、この理に従いて我が式神と成り、顕現して我に力を貸せ。急急如律令』


 一樹が唱えながら陣に気を注ぎ込んでいくと、やがてツバキの根がある中心付近に霊力の渦が発生し、恐ろしくも厳格な顔付きの巨大な牛鬼の顔が現れた。


「おおっ、なんと強大な!?」


 おののいた和則が見上げる牛鬼は、二階の屋根に届きそうな巨躯だった。

 牛鬼の姿形は、「名は体を表す」の言葉通りに『牛の頭に鬼の身体』であり、凄まじく筋肉質だ。

 ゴリラやチンパンジーの筋肉の質が、人間とは異なるように、鬼の筋肉も人間とは異なるのだろう。単なるマッチョな人間では有り得ない筋肉だった。

 全身はツバキのように赤色で、腰蓑を巻き付けており、右手には巨大な棍棒を掴んでいる。


『民家ほどの大きさのゴリラが、巨大な棍棒を掴んで見下ろしている』


 それに等しい光景であり、和則は思わず後退あとずさった。

 これほど強大な牛鬼であれば、アフリカ象を倒すどころでは無く、ティラノサウルスにも勝ち得るかも知れない。

 ベテラン陰陽師の和則を怖じ気づかせた牛鬼は、流し込まれる陽気が契約に見合った時点で、一樹の影に飛び込んでいった。

 刹那、呪力を流し込む対象を見失った陣が、強烈な突風と共に霧散した。


「きゃっ」


 突風に煽られた蒼依が悲鳴を上げて蹌踉めき、思わず座り込んだ。

 それから僅かな沈黙が流れた後、小鳥の囀りと小川の潺が戻った。

 突風が吹き荒れた周囲からは、ツバキの花が消えている。一樹は依頼人の老婆に視線を合わせながら、報告を口にした。


「私の気と、我が家に伝わる秘術を以て、なんとか封印しました。私の気は尽きましたが、後日、牛鬼の記憶を見て、なぜ暴れていたのかを確認します」

「そんな事が出来るのかい?」


 驚く老婆に向かって、嘘吐きの一樹は、力強く頷いてみせた。


「数日ほど気を溜めれば、確認出来ます。念のためですが、2体目は居ないですよね。私は、既に気が尽きて、父もC級陰陽師です。2体目が出ると……勝てません」


 不安げな表情を垣間見せながら一樹が訴えると、老婆は口元を小さく歪ませながら答えた。


「そうかい。だけど安心して良いよ。牛鬼は、もう出ないからねぇ」

「それは良かったです。実は、もう歩くのも限界で」


 そう言った一樹は、覚束無おぼつかない足取りで老婆に背を向け、和則の方を向いた。


「父さん、封印がおわ……」


 一樹が発した言葉は、鈍い衝撃音が鳴り響いて掻き消された。

 咄嗟に飛び退いた一樹が振り返ると、老婆が持つ巨大な包丁が、一樹の影から現れた牛鬼の棍棒と打ち合い、激しい火花を散らせていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本の牛鬼は牛に角が生えまくったやつでは? これだとミノタウロスのイメージ
[良い点] 面白い [気になる点] 杉の話既視感あると思ったら別作品ダンジョンの作品の作者だったのか
[良い点] リメイクありがとうございます!好きな作品だったから嬉しい! [一言] 土地を活用するために杉を売ろうにも、誰も要らないので、ろくに売れず、伐採するだけでも大赤字だ。 伐採して運んだりしやす…
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