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【8巻4/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第10巻 打ち出の小槌

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283話 地下の都

 巨大なクジャクの翼が広がり、一樹と香苗の身体を宙に浮かせる。

 香苗を抱き抱えた一樹は、自分達を助けた式神を褒めた。


「千幸、よくやった」

「恐縮です」


 最初に随分と脅したからか、千幸の声色には若干の怯えが混ざっている。

 そのおかげか従順で、飛翔しながら、ゆるやかに降下していく。

 一樹達の真下には、目を疑う光景が広がっていた。

 そこは、打出小槌町の全域にも匹敵する、広大な地下空間だった。


「本当に在りましたね」


 淡い燐光のような光が、地下の各所に浮かんでいた。

 光を発生させているのは数多の灯籠で、炎の明かりではなく、灯籠自体が光っている。

 それらに照らされたのは、平安時代の町だった。

 まず目を引くのは、空間の中央部を占める、巨大な建築物だった。

 平安時代、貴族の中でも最高位の家格を誇った藤原氏が暮らしていたような、寝殿造と呼ばれる様式の邸宅である。


「あれは火行の世界で、見たことがある」

「そういえば、急報を届ける飛駅使にもなっていましたね」


 豪勢な母屋からは、長い廊下が東西南北に伸びている。

 それぞれの先には、対屋たいのやと呼ばれる副建物が配置されていた。

 建物同士は、渡殿という屋根付きの回廊で結ばれ、全体が一つの巨大な複合建築を成している。その規模は、一万平方メートルを優に超えるだろう。


 しかも寝殿造の建築群は、通常は木材と白壁で作られるが、ここにあるものは違っていた。

 柱は漆黒の黒檀で、その表面には金粉で複雑な文様が描かれている。

 壁は純白の大理石らしく、月光のように白く輝いている。

 屋根を葺く檜皮ひわだは、本来であれば茶色なのだが、真下の建物は金色だった。

 おそらく本物の金だ。


「アホか」


 あまりにも成金趣味な光景に、一樹はツッコミを入れずには居られなかった。

 小槌から物を出すためには、神力や地脈などからの充填が必要なはずだ。

 時間を掛けて溜めた力で出したであろう物が、目の前の光景である。

 見栄のほかに、優先するものは何も無かったかと、一樹は呆れた。


「金閣寺でも参考にしたのでしょうか」

「こっちが先なんじゃないか。しかし、酷いな」


 打ち出の小槌で何でも出せたからこそ実現した、途方もない贅沢であろう。

 建物の前には、池もあった。

 平安貴族の邸宅には必ず設けられた、寝殿造に欠かせない庭園の池だ。

 持ち主が死んだ今は知らないが、かつては鯉なども、泳がせていたのではないだろうか。


 池の周囲には、庭園が広がっている。

 築山と呼ばれる人工の小山があり、その上には松や桜が植えられていた。

 植物は豊かなようで、酸素という言葉が脳裏を過ぎった一樹は、安堵を覚えた。

 さらに地下水が湧き出て、大阪湾にでも流れ出ているのだろうか。川も流れている。


「あなた、良いことを思い付きました」


 一樹に抱き抱えられた香苗が、軽く一樹の胸元を引っ張る。


「何だ?」

「小槌を手に入れたら、鹿野に入って、立派な家を建てて、庭の神に作物を作らせて、のんびりと暮らしましょう。とりあえず50年ほど」

「真顔で言うな」

「本気ですから」

「陰陽師として働く意欲が無くなるから、却下だ」


 一樹にとって最大の目的は、自身の魂にこびり付いた穢れを祓うことだ。

 獅子鬼の調伏で半分ほどは浄化できたが、未だに道半ばである。

 毅然と拒否すると、観察を再開した。


 主邸の周囲には、いくつもの別邸が点在していた。

 それぞれが数千平方メートルの規模を持つ、寝殿造を簡略化したような建物である。

 来客を迎える客殿、女房達が暮らす対屋、書物を保管する文庫、楽器や調度品を収める蔵など。それらは、すべて贅を尽くした素材で作られていた。


「ここを作った長者は、誰か呼んだのかな」


 居住区の周辺には、使用人達が暮らす区画が見えた。

 板葺き屋根の建物が並ぶが、柱や梁は上質で、火行の世界とは比べ物にならない造りだった。

 そして空間の一角には、広場があった。

 板敷きの大きな舞台が設けられ、その周囲を低い塀が囲んでいる。


 そこは、明らかに宴会をするための場所だ。

 舞台には、しょう篳篥かがく、琵琶、琴といった雅楽の楽器が置かれている。

 それらは遠目にも豪華に見えた。


「確か伝承では、『静かな夜中に地面に耳を付けると、地下の遠くからは、宴会の音が聞こえた』そうですね」

「こんな空間に、呼べる人間が居たのか。屋根の金なんて、剥いで持って行かれるぞ」


 少なくとも今は、人の姿が見当たらない。

 だが一樹達が降下していくに連れて、鬼達の霊が浮かび上がってきた。

 姿を現した鬼達は、まるで住人のように、地下の町を闊歩している。


「あれが原因で、打ち出の小槌を回収できなかったのかな」

「長者が町の護衛として、小槌を使って使役していたのでしょうか?」

「そうかもしれないし、後から入り込んだのかもしれない。鬼は、どこにでも居るからな」


 鬼達の数は、ざっと見て百体ほど。

 町の規模を考えれば、千体ほど居てもおかしくはない。

 呪力は、中鬼ほどだろうか。


「A級が複数居れば、突破できそうですが?」

「一寸法師を大きくした小槌なら、鬼を大きくしたり、逆に侵入者を小さくしたりもできそうだ」


 一寸は、およそ3センチメートル。

 一寸法師が、仮に身長150センチメートルになれば、身長は50倍になる。

 だが腕力などは、二乗三乗の法則(平方・立方則)で、2500倍になる。

 巨大化すれば強くなるし、逆に小さくされると弱くなるわけだ。

 術も同様だと考えれば、中鬼は鬼神並になって、逆にA級陰陽師は中鬼並に落ちる。


「それは厄介ですね。あなた、絵馬を出して下さい」

「どうする気だ」

「持ち手にヒモを結んだハンドベルを出して、私達や式神の腰に下げます。そうすれば鐘の音で、打ち出の小槌の効果を打ち消せます」

「分かった。頼む」


 一樹が絵馬を出すと、香苗がハンドベルを思い描いて、取り出した。

 着地すると、周囲の鬼達が注目する中、一樹は呪力を籠めて式神を喚んだ。


『信君殿、牛太郎、水仙、神転、神斬、神治』


 一樹の周囲に、槐の邪神、牛鬼、絡新婦、鎌鼬三柱が次々と現れた。

 信君と水仙は自ら受け取り、牛太郎の腰には香苗がハンドベルを結び付ける。

 そして一樹は、神治に薬壺ではなく、ハンドベルを持たせた。


「今日は薬を塗るんじゃなくて、鐘を鳴らし回ってくれ」

「キュイィ」


 神治は眉間に皺を寄せて、不満そうな表情で一樹を見返した。

 神治という名で括ったのは、一体誰だという不満であろう。

 地下の鬼達が迫る中、一樹は慌てて言い訳を並べ立てる。


「よく考えてみろ。やらかす兄達の後始末をしなくて良いんだぞ」

「キュイッ!?」


 それは盲点だったと言わんばかりに、神治の目は大きく見開いた。


「キュイキュイッ!」

「キッキッキ!」


 兄神と弟神は、不本意の極みといった表情で、抗議の鳴き声を上げた。

 一樹は聞こえない振りをしながら、妹神の手に小さなハンドベルを握らせる。


「よし、ここの鬼達を殲滅しろ」


 鎌鼬の兄弟が鳴き続ける中、最初に信君が動いた。

 風神雷神の力が宿った鳴神兼定が、抜き放たれる。

 黒檀の床を踏み抜くと同時に、信君は稲妻を放つ暴風と化して、前方へと駆け出した。


『鳴神』


 伸びた雷光が、鬼の群れを、家屋ごと薙ぎ払う。

 金の屋根と黒檀の柱が、空中で粉砕されながら吹き飛んだ。

 激しい嵐の中で、鬼達の霊体は引き裂かれ、霧と化して消えていく。

 暴風が町を蹂躙する横では、地響きを立てて別の災厄が走り出した。


「ウモオオオオオッ!」


 八メートルの巨体が、全力で地面を蹴り、怒り狂った水牛のように突進する。

 行く手に立ちはだかった邸宅が、A級妖怪の体当たりで吹き飛ばされた。

 豪勢な邸宅が宙を舞い、粉砕された瓦礫、柱、屋根が、鬼達と後方の家屋に叩き付けられる。


 B級の大鬼がティラノサウルス並であるならば、A級は一体何に匹敵するのか。

 映画の怪獣のような天災が荒れ狂い、逃げ惑う鬼達を踏み潰し、蹴散らしていった。


「派手だねぇ」


 少し遅れて水仙が、建物の屋根に跳び上がった。

 そこから妖毒が塗られた妖糸を撒き散らして、一樹に迫る鬼の霊を狩っていく。

 糸に触れた鬼達は、毒を受け、霊体が耐えられずに崩れていった。


「ギイイイッ!」

「あー、逃げちゃ駄目だよ」


 水仙に背を向けた鬼の身体に、妖糸が巻き付く。

 そのまま逃げようとした鬼の身体は、鋭い妖糸で切断された。

 そのすぐ脇を、見えない刃の奔流が駆け抜ける。


 神転、神斬、神治の3体は、突風のように大通りを一直線に疾走していた。

 大通りに居た鬼達が纏めて倒れ、首や身体が切り裂かれていく。

 その後ろから、神治が鳴らす鐘の音が響いた。

 すると金の屋根が輪郭を失い、白壁は薄く透け、雪が溶けるように消えていった。


「灯籠の灯りまで消えるのは、困りますね」


 鐘の音が響く戦場を眺めながら、香苗が一歩前に出る。

 一樹しか居ないからか、三尾を出している。

 右手には、火行護法神が神勅で作刀した、小狐丸。

 纏う呪力には、同じく火行護法神から継承した、二神の御利益が宿っている。


「灯りを足しましょう」


 香苗が小狐丸を振り上げると、狐火が次々と生まれ、上空へと昇っていった。

 火球が無数に浮かび、地下の天井一面を埋め尽くす光景は、まるで夜空の星のようだった。

 そして香苗が、静かに小狐丸を振り下ろす。

 すると狐火が、一斉に落下を始めた。


「おいおい」


 豪雨となった無数の狐火が、町と鬼の群れに降り注いだ。

 着弾と同時に爆ぜ、炎を撒き散らしながら、鬼と家屋を焼き払っていく。

 しかも狐火は、逃げ惑う鬼達を正確に追い回した。


「あれは、意志を持たせて、追わせているのか」

「良房様の大名行列に比べれば、ずっと単純ですよ」


 それは二大宗家で木行に特化した一樹が、鳩の式神を大量に飛ばすのにも匹敵する攻撃だった。

 しかも香苗は、式神契約を交わしている一樹から呪力を引き出していない。


「呪力は足りているのか?」

「あまり呪力を籠めなくても良いと、良房様が仰っておられましたので」


 香苗が携える小狐丸は、火行の力を帯びて、刀身が赤く輝いている。

 宿る御利益は、製鉄と鍛冶の神である天目一箇神と、狐を神使とする稲荷神。

 それなら狐火を放っても、呪力の消費は極小で済むだろう。

 一樹の背後では、これらの式神達を使役する主に対して、千幸が本気で引いていた。


「……これで脅威は、消えたな」


 爆音と熱風が収まった時、そこにあった地下の都は、跡形もなくなっていた。

 残ったのは、燃え続ける瓦礫の山だけであった。

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― 新着の感想 ―
一樹の寿命が延びてること知られたら五十年じゃなくて五百年とか言い出しそうw 隠してはいるけど、良房様と宇賀様にはなんとなくバレてそうな気もする。
香苗の(多分)護法神の意識が強くなると始まる嫁ムーブが強過ぎる...
ハンドベルとかセコイ事言ってないで大鐘楼出して牛太郎に叩かせればいいのに
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