282話 長者の隠れ家
本日~4月15日(水)まで、毎日投稿になります。
7月1日、陰陽師国家試験が始まった。
多くの後輩達が、一次試験を受けに行っている。
だが一樹と香苗は、まったくのマイペースで、他所へと遠征していた。
目的は、もちろん打ち出の小槌である。
「この地に、打ち出の小槌があるのですか?」
「良房様は、そう仰っておられたな。地名も、まさに打出だし」
一樹が降り立ったホームには、『打出駅』と掲示されていた。
駅の所在地は、兵庫県芦屋市打出小槌町。
この地には、打ち出の小槌の伝承がある。
昔、芦屋の沖に棲む竜神が人に化けて、聖武天皇(在位724年~749年)に打ち出の小槌を献上した。
それを振ると願い事が何でも叶うが、鐘の音を聞くと、小槌から出た物はすべて消えた。
時代は下り、都で大きな手柄を立てた男が、朝廷から小槌を賜る。
だが失脚して、地方に隠遁した。
その者は小槌を使い、鐘の音が届かない地下で、贅沢な暮らしを始めた。
静かな夜中に地面に耳を付けると、地下の遠くからは、宴会の音が聞こえたという。
「朝廷は、どうして褒美として与えたのでしょう」
「小槌が複数あって、その中で欠陥品だったからじゃないか。寺の鐘が鳴るたびに、消えるものと消えないものがあったら、紛らわしいと思う」
一寸法師が手に入れた打ち出の小槌は、鐘の音が届いても、効果が消えていない。
なぜなら小槌で大きくなった一寸法師が、元の大きさに戻らなかったからだ。
そして中納言まで出世した一寸法師の小槌は、朝廷側にあったであろう。
それに比べると、打出小槌町の男が賜った小槌は、かなり劣っている。
そうして欠陥品を賜った男が、失脚して辿り着いたのが、現在の打出小槌町である。
「それでも打ち出の小槌を与えるのは、おかしいと思いますけれど」
「だったら、小槌を賜ったのは一寸法師の子孫で、大きな手柄とは、先祖の小槌を献上したこと。実際には、先祖の良品を差し出させられて、代わりに欠陥品を与えられて、追放されたとか」
朝廷が権力を笠に着て、良い物を奪い、代わりに悪い物を押し付けた。
それならば実行してもおかしくはない。
「取り上げるだけにしなかったのは、なぜでしょう」
「神授の宝だから、権力だけでの名義変更は、出来なかったとか」
「それならあるかもしれませんね。時系列は、少し気になりますけれど」
「一寸法師の話が、御伽草子で書かれるよりも大昔だったのかもしれない」
香苗は納得したのか、口を閉じた。
2人がホームを出ると、駅の入口前にも、打出駅と掲示されている。
北側は、一方通行の狭い道、レンガ風のお洒落な建物、両側に生えた街路樹が続く。
南側は、打出商店街と記されたアーケード街が、奥まで伸びていた。
「打出小槌町というのは、とても分かり易い地名ですね」
「まったくだ。ここに打ち出の小槌がありますという地名で、よく無事だったな」
「無事というのは。どういうことですか」
「鐘の音で消えるとしても、使い道は山ほどある。色んな人が、欲しがったはずだ」
例えば、金銀財宝を出して、それを元手に寒村で人買いをする。
金銀財宝が消える前に村を去り、買った娘を遊郭に売り払う。
すると遊郭から、消えない小判が手に入る。
人買いは、二度とその村に行かなければ良いだけだ。
あるいは、戦場で使い捨ての弓や弾薬、食べ物を出すのはどうだろうか。
一夜どころか一瞬で、城を建てることも出来る。
だから持ち主が地下で過ごしたのは、安全のために必然だったのかもしれない。
「北側に、目的の場所があるらしい」
一樹が北に向かって歩き始めると、香苗は隣に並んだ。
打出小槌町の第一印象は、洒落た街並みだった。
面積は10万平方メートルで、小学校の校庭20個分、あるいはサッカーコート14個分。
国勢調査によれば、736世帯、1697人が暮らしている。
「綺麗で、落ち着いた雰囲気の街ですね」
「そうだな。芦屋市は、高級住宅街だと聞いたことがあるけど、これなら納得かな」
兵庫県芦屋市は、日本に9ヵ所ある国際観光文化都市に指定されている。
北の六甲山地から、緩やかに傾斜して、南の大阪湾へと至る美しい地形。
穏やかな気候と相俟って、『庭園都市という名が相応しい街』だとされている。
全国で、もっとも厳しい屋外広告物条例が定められており、景観も守られている。
そんな美しい街並みが、一樹と香苗の眼前に広がっていた。
「打ち出の小槌から出した財物で、それだけ発展したのかな」
7世紀後半以降の律令時代は、山陽道の途上にあって、12頭の駅馬が置かれた葦屋駅家が設けられていたと、『延喜式』(927年)に記録されている。
また江戸時代の西国街道の途上にあって、大いに栄えていた。
現代でも、東が大阪、西が神戸に挟まれており、大都市へのアクセスが容易だ。
「小槌を賜った人は、鐘の音が届かないように、地下に籠もっていたのですよね?」
「地上の村人とは、取引したんじゃないか。消えるにしても、消耗品は使い放題だし、出した食べ物も食べられる」
「飢饉でも食べ物があるのなら、否応なく栄えますね」
「それが最重要だな」
飢え死にしそうなら、食べ物がある場所へ行くしかない。
故郷へ持ち帰ろうにも、鐘の音が届くと消えるのなら、そこで食べるしかない。
食べ物のために何でもする人々が集い、尽きない労働力が確保できて、発展するだろう。
二人は交差点を渡り、さらに進んでから左に曲がった。
すると打出公園と掲示された公園が、見えてくる。
平日の公園には、未就学児を連れた母親が数組、のんびりとくつろいでいた。
一樹は目が合ったが、香苗と一緒に歩いていたからか、不審な目は向けられなかった。
二人が踏み入った公園の隣には、大きな建物が見える。
「あれが最初の目的地、芦屋市立図書館打出分室だ」
そこには花崗岩を重厚に積み上げた二階建ての建物が、緑の蔦に覆われながら建っていた。
壁面を伝う蔦は、幾重にも重なっており、色褪せた花崗岩と同化している。
「古風な建物ですね」
「国の登録有形文化財になっているらしいな」
芦屋市立図書館打出分室は、明治の建築物だ。
最初は東京貯蔵銀行大阪支店として、花崗岩をルスティカ様式風に積みあげて建てられた。
昭和5年、道路建設のため撤去となる建物を金庫商が買い取り、現在の場所へ移転させた。
昭和27年に芦屋市が建物を買い取り、平成21年に登録有形文化財に登録されている。
今は、図書館を併設する打出教育文化センターとなっており、隣接する打出公園と一体化させ、交流が可能な市の公共施設としている。
「こんなところに、地下への入口があるのですね」
「分厚い花崗岩に囲まれた、銀行の建物。しかも買ったのは、金庫商。二重、三重に囲まれたら、鐘の音は聞こえないだろう」
「そうかもしれません」
なぜ入口を隠したのかといえば、危ないからだ。
打ち出の小槌を狙う者は、いくらでも居たと考えられる。
それでも奪えなかったのは、地下の守りが強固だったからだろう。
今回の依頼では、打ち出の小槌の回収まで必要になった。
豊川稲荷の依頼で回収するため、宝の所有権は豊川稲荷となる。
だが『香苗が豊川稲荷に属する限り、打ち出の小槌を貸与する』という条件が付けられた。
依頼内容と報酬を見比べれば、明らかに一樹達のほうが得をしている。
良房には、いずれ仙狐になりそうな豊川りんの後継者を確保する目的があるのだろう。
泰山府君の神気を籠めた奉納品を持ち込む一樹に対しても、いくらか貸しを作れる。
だからこそ成立した話だ。
「兵庫県支部の名前で、地下の調査依頼は出されている。それじゃあ、入るか」
打出公園を通り抜けた一樹と香苗は、日本庭園の前を横切って、屋内に入った。
そこからキッズスペースや図書室前を横切って、奥へと進んでいく。
エントランス、カフェを通り抜けていくと、最奥に男性用、女性用、多目的トイレがあった。
多目的トイレが使用されておらず、誰も見ていないことを確認して、素早く入る。
「水仙、妖糸で塞いでくれ」
一樹の影から妖糸が飛び、閉めたドアの隙間を埋めていく。
それによって多目的トイレのドアは、壁よりも固くなった。
「ここを塞ぐと、車椅子の人が困りませんか?」
「良房様が、ここだと言ったんだ。それに、これは妖狸戦争を防ぐためでもある」
真顔でツッコミを入れる香苗を言いくるめて、一樹はハンドベルを取り出した。
そしてベルを振り、鐘の音を鳴らす。
カランカランと音が鳴った瞬間、一樹の足元が大きく沈み込んだ。
「うおっ、千幸っ」
香苗を引き寄せた一樹が、式神に呼び掛けた次の瞬間。
立っていた床が崩れ落ちて、二人は地下へと呑み込まれていった。




























