281話 変化の宝物
「総泉寺の狸が怒っている理由は、よく分かった」
絵馬の中から豊川稲荷のお堂に戻った一樹は、呆れ顔でぼやいた。
先ほどまでの世界は、土行護法神である姫松が描いた過去だ。
一樹が小山の小狐、香苗は姫松、良房は亀太郎、伊代はおとん女郎になっていた。
そして藤内、総泉寺の狸達、大名行列は、いずれも土行護法神の記憶の再現だ。
一樹が体験した通りの過去があったのなら、妖狸が化けて出たのも道理だろう。
あのような死に様で、納得しているわけがない。
もっとも、一緒に絵馬の世界に入っていた三狐は、一樹の予想とは異なる反応を示した。
「お父様が、立派な妖狐で、良かったですわ」
「うむ。天晴れな化かし方だったね」
おとんを体験していた伊代が亡き父を讃えると、亀太郎だった良房も藤内を褒めた。
狐のほうは、まったく反省していない。
「藤内狐は、妖狸に対して嘘は吐いていませんでしたね」
姫松だった香苗も、澄まし顔である。
これでは狐狸の大戦争は、不可避である。
もっとも良房の説明では、すでに勃発して、相当の犠牲を出した後のようであるが。
小山の小狐や藤内は狸と無関係に落命しているが、姫松や亀太郎は、それが原因かもしれない。
なんとか気を取り直した一樹は、依頼の話に戻った。
「仔細は、承知しました。総泉寺の妖狸が無念を抱えており、妖狐が大名行列に化けてみせれば、多少は無念が晴れるということでございますね」
「そういうことになるね」
良房は、手元で煙管を弄びながら頷いた。
「争いの火を付けるのは容易いが、鎮火は手間だ。妖狐が化けて、納得させるのが穏当だろうね」
「良房様の方針は、分かりました。それで、香苗が化けてみせるという話ですが」
一樹が目をやると、香苗は困ったように眉尻を下げた。
「姫松の過去は見ましたが、それほど変化が得意ではありませんでした」
「そうだな。地脈の力は使っていたが、変化はしていなかったな」
香苗の説明に、一樹も同意した。
姫松は力のある二尾だったが、陽気で気安く、妖狐らしからぬ真っ直ぐな性格だった。
神域や地脈の力を使い、神性が高い反面、変化は不向きな印象を受ける。
木行のように土行を継承したところで、立派な変化の術は、身に付きそうにない。
「あの中で変化が得意なのは、おとんでしたよね」
音羽が滝のおとんじょろは、滝に来た長兵衛という男を騙して、母子、叔父と叔父の家、僧の幻を見せて、髪を剃り落としたと伝わる。
そこまで変幻自在な術を使えるのなら、大名行列に化けることもできるだろう。
おとんを体験していた伊代に視線が向かうと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「わたくしには、とても再現できませんでした。そもそもわたくし、一尾でございますので」
伊代は堂々とした態度で、自分には無理だと開き直った。
そもそも父親の藤内が、一尾であった。
血筋、教育、江戸時代に一尾だった藤内の娘という推定年齢。
いずれの条件でも、二尾には届かなそうである。
「そういえば、おとんは変化を使っていませんでしたね」
「狸との戦いでも、誤魔化しました。わたくしには、分不相応だったようですわ」
絵馬に描いたおとんには、二尾相当の力が与えられていた。
だが、いきなり楽器を渡されたところで、演奏などできない。
それと同様に、いきなり呪力を与えられても、巧みな変化の術など使えないのかもしれない。
それに、おとんの過去を体験したといっても、姫松の記憶にあったごく一部だ。
総泉寺の狸に狙われた伊代自身が、大名行列に化けることは、不可能であろう。
「そもそも妖狐の変化は、どのように行うのですか?」
一樹は興味本位で、三尾の良房に尋ねた。
すると良房は、手元に狐火を浮かばせる。
それが一つ、また一つと増えていき、やがて蛍火のように、座敷の中を漂い始めた。
「それでは、先ほどの大名行列を再現してみようか」
赤かった狐火が、五行の五色に輝いた。
お堂の中が、幻想的な色に染め上げられていく。
最初に現れたのは、人の姿だった。
「絵馬の世界で道案内を務めていた男か」
その後ろには、瞬く間に大名行列が浮かび上がる。
槍組の者達が、槍を肩に担いで歩いている。
弓を携えた弓組、火縄銃を抱えた鉄砲組が、周囲を見渡しながら後に続く。
犬追者が率いる犬達も、尾を振りながら主人の傍を歩いていく。
とても幻とは思えないほど、精緻な動きだった。
しかも従者達の着物の柄、刀の拵え、足袋の色など、細部まで完全に再現されている。
「さっきと遜色ありませんね」
注視した香苗の視線の先では、狐火の行列が、座敷の中を警戒しながら進んでいく。
草鞋が地面を踏みしめる音、馬の蹄の音、金属が触れ合う音までもが聞こえてくる。
それらが重なり合って、強烈な存在感を生み出していた。
やがて馬に乗った殿の姿が現れた。
立派な陣笠を被り、腰に刀を差している。
続く馬の背には、狩りで仕留めた鹿が積まれていた。
殿の表情満足げで、狩りの成果に上機嫌な様子まで伝わってくる。
先ほどよりも堂々としていて、大名行列らしかった。
「脇差、立派になっていませんか」
伊代が注目した殿の刀は、総泉寺の妖狸がケチを付けた物よりも上等だった。
「ああ、そこは変えてみたよ。狸が偉そうだったのでね」
変幻自在な術を見せつけた良房は、軽く煙管を振った。
すると大名行列を生み出していた狐火が、霧のように消え失せていった。
「こういう感じだね。呪力は、あまり必要ない。どちらかといえば、術の巧緻だね」
「できません」
造作もなくやってのけた良房に対して、香苗が即答した。
「音楽に練達した香苗君であれば、すぐに身に付くよ」
「今回は、変化の術に長けた妖狸が相手なのですよね。付け焼き刃は、見破られませんか?」
「そこは、補助の道具で解決しよう」
意外な提案に、香苗は困惑した。
妖狸を騙した藤内も、七福神に化けられる七変化の玉を持っていた。
だが七変化の玉は壊されており、鳥取藩内の妖狐が別の道具を持っていた覚えもない。
「打ち出の小槌という宝物は、聞いたことがあるかな」
「七福神の大黒天が持っている小槌のことですか?」
「ほかに、一寸法師なども持っていたね」
一寸法師とは、『御伽草子』などに伝わる男の伝承だ。
書物によって内容が若干異なるが、身丈一寸ほどの男が、その身体を活かして鬼の身体に入り、内側から攻撃して退治するという話である。
逃げ出した赤鬼は、打ち出の小槌を落としていった。
その小槌を姫に振ってもらった一寸法師は、身体が大きくなり、都で中納言まで出世した。
御伽草子では、金銀を出したり、飯を出したりして、幅広く使った記述がある。
「打ち出の小槌は、いくつもある神授の道具だ」
「そうなのですか?」
「高知県や鹿児島県には、立派な薪木を海に捨てた者達が、何か勘違いした竜宮から礼品として、打ち出の小槌をもらった話も伝わる」
「竜宮ですか」
香苗は困惑しつつも、納得した。
その理由について一樹は、真っ先に柚葉を思い浮かべた。
龍神は、人と妖狐以上に感覚がズレている。
そのため龍神の娘である柚葉は、わりと勘違いをする。
また犬神継承に用いられた『干珠』も、神功皇后が龍神に返すつもりで海に沈めたと伝わるが、意思疎通がままならなかったようで、花咲家の元に渡っている。
龍神が何かを勘違いするのは、今に始まったことではない。
「打ち出の小槌は、様々な物を自在に生み出せて、一寸法師のように姿も変えられる」
「それを使って、大名行列を出すのですか?」
「狐火で出した行列に、小槌で出した装備を持たせて姿も変えれば、立派になると思うよ」
香苗に問われた良房が、太鼓判を押した。
「それは立派になりそうですが、道具を使っても大丈夫なのでしょうか」
「道具を使わないなんて、狸と約束していないからね」
良房は、堂々と言い放った。
こうして現代の狐は、道具で狸を化かすことになった。




























