表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【8巻4/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第10巻 打ち出の小槌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

290/294

277話 鳥取藩の狐達

「土行は継承していないので、木行の記憶でしか知りません。小出の姫松は、どのような妖狐だったのですか」


 鳥取藩の狐狸騒動に巻き込まれた香苗は、渋々と良房に尋ねた。

 視線を軽く上げ、やや困惑の色を滲ませながら、机の上で両手を組み直す。

 開けている襖の外からは初夏の風が吹き込み、伊代の長い銀髪を僅かに揺らしていた。


「木行は、萩藩だったね」

「はい。一尾の頃は各地を巡りましたが、鹿野に腰を据えてからは、殆ど出ていません」


 萩藩と鳥取藩は、島根県あるいは広島県を挟んでいる。

 江戸時代に複数の藩を跨ぐのは大変で、情報もあまり入ってこない。

 同じ時代に生きたとしても、関わりを持たないであろう距離だ。


 沈黙した良房は、懐から煙管を取り出した。

 袖口から滑らせるように手を動かし、年代物の煙管を指先で軽く回す。

 火皿に狐火を落とし、煙を立ち上らせて、それを白面越しに眺める。

 紫煙が静かに天井へと昇り、堂内の空気にゆっくりと溶けていく。

 やがて、徐ろに語り出した。


「姫松は、狐らしからぬ妖狐だね」

「どのように狐らしくないのですか?」


 香苗は身を乗り出すようにして尋ねた。

 自身に宿る土行護法神の話だからか、その目には興味が宿っている。


「騙しは好まず、明朗快活な善狐だったよ。毛並みは典型的な狐色で、術も巧みだったけれどね」


 良房は煙管を口から離し、ゆっくりと煙を吐き出した。

 その言葉には、懐かしむような響きが含まれていた。


 小出の姫松は、鳥取県東伯郡三朝町などに伝わる女狐だ。

 通りがかった人に芝居を見せて楽しませる趣味があり、手土産に持たせる料理も馬糞ではなく、本物の御馳走だった。

 交友関係も幅広くて、余戸小山の小狐、出合の亀太郎狐、上井藪のおさん狐、丸山の孫太郎狐、上井河原の俊徳丸などが、よく名前を挙げられる仲間だ。

 数狐が集まれば、竹田川の水を逆さに流すくらいは、楽々とやってみせた。

 また、いかなる千両役者にも劣らぬ歌舞伎をみせたといわれる。


「仲間達も、みんな周辺の妖狐なのですか?」


 一樹が口を挟んだ。手元の湯飲みを片手で支えながら、良房の表情を窺う。


「そうだね。ほかの仲間達も、周辺で活動していた妖狐だね」

「他所から呼ばずとも、仲間内にも強い妖狐が居るのですね。川を逆流させたり、千両役者に負けない変化の術も使えたりするみたいですが」


 藩内の妖狐で解決しなければならないとしても、候補の妖狐は、沢山居るのではないか。

 土行を継承させる目的もあるのだろうから、依頼を受けないわけではない。

 だが依頼人である伊代が狙われているのだから、守りには万全を期す必要がある。

 ほかの手勢は応援に来ないのかという意味で、一樹は尋ねた。


「姫松の仲間達も、ほとんど鬼籍に入っているかな」


 良房は煙管を横に軽く振って、タバコではない何らかの煙を消しながら答えた。


「そうなのですか?」

「余戸小山の小狐などは、力の強い妖狐だったが……」


 余戸小山の小狐は、鳥取県倉吉市の余戸地域に伝わる妖狐だ。

 余戸の小山には、古くから狐の大親分が棲んでいた。

 歌や踊りが得意で、亀太郎狐、俊徳丸狐、おさん狐など、周辺の名だたる妖狐達を集めて、小出の姫松が叩く太鼓に合わせて、夜もすがら踊り騒いだ。

 踊り飽きると河原で「わしは余戸小山の狐、囃子なけらにゃ小山に帰る」と歌うこともあった。

 狐憑きを落とす呪法も心得ており、あるときそれを油揚げと引き替えに村の法師に教えた。

 その後、小狐自身が海田村の者に憑いたとき、狐落としの法に掛かり、落命したと伝わる。

 人々は哀れに思い、妖狐を古巣に葬り、祠を建てた。


「自分で教えた呪法で、自分が祓われたのですか?」


 一樹の声色に、理解と困惑が入り混じった。

 術に長じていれば、効果的な呪法を教えられるだろう。

 守護護符に、八咫烏を描けと教えるようなものだ。

 八咫烏を神使とする熊野の神が妙見菩薩であり、72種の護符を司る鎮宅霊符神と習合されると知らずとも、描けば効果がある。

 それと同様に、狐落としの呪法を教えれば、呪法の理屈を知らずとも、狐落としは叶う。

 だが、教える意味は分からない。

 落命した理由は理解できても、なぜ教えたのかという困惑があった。


「陽気に騒いで、酒にでも飲まれて、うっかりと口を滑らせたのかもしれないね」

「はあ」

「わりとある話だよ。妖狐だけではなく、人間も、酒を飲んで騒ぐだろう」


 江戸時代なら、よくある話かもしれない。

 落命の理由に納得した一樹は、余戸小山の小狐は喚べないと判断した。

 豊川稲荷の霊狐塚に宿る霊狐達は、戦いで命を落とした者達だ。

 狐落としの法に掛かって落命した場合、霊狐塚に宿れるだろうか。

 一樹には宿っていないように思えたし、仮に存在しても、きっと居たたまれないだろう。

 力は強いかもしれないが、依頼人を守る増援としては、不安が拭えない。


「余戸の狐の次に名前が挙がった、亀太郎狐は、どうなのですか?」

「ああ、彼は賑やかしだね」

「賑やかしですか?」

「くだらない変化で騙すのが、好きな妖狐だったそうだよ」


 亀太郎狐は、よく人を化かした妖狐だった。

 ある男が夕暮れに峠を通ると、手ぬぐいを被った綺麗な女と出会った。

 目的地が同じと分かり、手を繋いで一緒に歩いていると、女は「小用がしたいけえ、手を離いてごしなはい」と言った。

 男は反対の手を握って用を足し終わるのを待ったが、いつまでも途切れる様子がない

 ふと気が付くと、男は水がちょろちょろ出てくる竹の筒を握っていた。

 それは亀太郎狐の仕業だと伝わる。


「確かに、くだらないですね」

「そのとおり、やることが小さい妖狐だったようだ」


 仲間達と一緒に竹田川の水を逆さに流すことに比べて、個人ではスケールダウンが甚だしい。

 もっとも農作業に迷惑を掛けないので、川を逆流させることに比べれば、マシかもしれない。

 そんな亀太郎狐の話を聞くに、一樹はあまり頼りたいとは思えなかった。


「鳥取藩で変化が得意といえば、音羽が滝のおとんが居たかな」


 煙の消えた煙管を振りながら、良房は懐古する。


「どのような妖狐なのですか?」

「人の基準では、あまり善狐寄りではないね」


 音羽が滝のおとんじょろは、おとん女郎などと呼ばれる化け狐だ。

 鳥取県八頭郡智頭町波多の立見峠では、音羽が滝に出ると伝えられる。

 人を騙す術に長けており、誰でも化かして髪を剃り、坊主頭にしてしまった。

 あるとき、長兵衛という男が正体を見破ろうと滝へ出かけ、そこで狐の姿を見つけた。

 狐は子を生み、人間の母子に化け、その姿で長兵衛の叔父の家を訪ねる。叔父は、狐を娘と孫だと信じ込んだので、長兵衛は正体を暴こうとして、赤子に熱湯を浴びせて殺した。

 ところが死体は人の子のままで、今度は長兵衛が叔父に殺されそうになった。

 そこへ通り掛かった僧に諭され、長兵衛は出家を決意し、剃髪してもらったところで我に返る。

 そこまでの出来事は、全ておとん女郎が見せた幻であった。

 長兵衛は音羽が滝に居たままで、まんまと騙されて、髪を剃り落とされてしまったのであった。


「どうして壮大な幻術を掛けてまで、人間を坊主頭にしたのでしょうか」

「おとんの趣味だね」

「趣味ですか」

「妖狐が人で遊ぶのは、よくある話だよ」


 くだらないことに注力する狐達の話を聞いて、一樹は思わず頭を抱えたくなった。

 小出の姫松の仲間達は、頼れるか頼れないかで言えば、頼れそうにない。


「おとんは、暗い夜道で難儀している旅人を見て、狐火を灯して導いたこともあるそうだよ」

「不良が道端で子猫に出会って、1回餌をあげるくらいの善行でしょうか」


 人を坊主頭にした悪行が、それ1回で清算できるとは思えなかった。

 もっとも先方は、清算したいなどとは思っていないだろうが。

 一樹は、塗り潰しの絵馬・大根を顕現させて、それを香苗に見せた。


「与力するにしても、土行護法神と藤内狐のことを知らないと、立ち回りが分からない」

「そうですね。見てみましょうか」


 こうして一樹達は、土行の世界に赴くこととなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第8巻2026年4月15日(水)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻 書籍7巻 書籍8巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第8巻=『霞谷の妖物』 『獅鬼』 『馬入川の大スズキ』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
お買い上げ、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報 7巻情報  8巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
蒼依⇒事務所兼自宅の主(土地権利者) 香苗⇒別宅(絵馬内鹿野)の主 一樹と絵馬はセットなので、いつでもどこからでも連れ込めるのは強いよね。。。 追手を掛けるすべもなし。 沙羅は、攫って飛び去れるけ…
香苗が正妻力強すぎるんよ... がんばれ沙羅ちゃん 柚葉もその強運でなんかしろw
人間を坊主頭(ハゲ)にする趣味のおとん女郎w また香苗と絵馬世界行き。そろそろ女神様が怒るかも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ