・白い八咫烏【第8巻、予約開始】
今話は、第8巻 予約開始の記念SSです。
二年生への進級が間近に迫った3月。
青ヶ島への遠征を計画した一樹が帰宅すると、事務所のパソコンにメッセージが入っていた。
「誰かなぁ」
一樹がオンライン会議の連絡先を交換している相手は、それほど多くはない。
陰陽師協会、陰陽庁、海上保安庁、配信者の数人くらいだ。
そもそも事務所の連絡先を公開しておらず、協会と知り合い以外の依頼を受けていない。
それで新たな連絡先が、増えるはずもない。
首を傾げながら、アイコンをクリックしたところ、上役がメッセージを入れていた。
「宇賀様か」
メッセージの内容は、『帰ったら連絡を頂戴』だ。
厄介ごとの予感がした一樹は、溜息を吐いた。
――仕事、受けなさすぎだからなぁ。
あまり依頼を受けない一樹は、ほぼ手透きの状態だ。
『名前を聞いた依頼人の誰もが納得する、二大宗家の賀茂家出身』
『陸海空の全状況に対応できる、万能型のA級陰陽師』
宇賀から見れば、何度でも切れる、とびきりの手札に見えるのかもしれない。
いつから自分は協会専属だったのかと首を傾げつつ、一樹は通話を繋げた。
『ごきげんよう。学校帰りかしら?』
「はい、先ほど帰ってきたところです。宇賀様は、どちらかに出張中ですか」
『ええ、いつものことよ』
モニターに映った宇賀は、見慣れぬ会議室に居た。
少なくとも、奈良県御所市に置かれている協会本部ではない。
無常鬼でも追っているのかと考えた一樹の表情を見て、宇賀は苦笑した。
『違う違う、そっちじゃないわよ。お見合いの世話人ってやつ』
宇賀の説明を聞いた一樹は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
「……と、仰られますと?」
『陰陽大家って、高呪力者同士で結婚しないと、呪力を保てないでしょう。でも最近は、親が言っても、なかなかまとまらないの』
「昭和の高度成長期くらいからは、そうらしいですね」
国立社会保障・人口問題研究所の『出生動向基本調査』では、次のように示している。
1960年前半、お見合い結婚が約6割。
1965年半ば、恋愛結婚とお見合い結婚が同率。
1970年後半、恋愛結婚がお見合い結婚を大きく上回る。
理由は、高度経済成長期の動向だ。
農村から都市部に人口が移動して、親の監視が届かなくなったこと。
子供が親から独立して暮らして、親が制御できなくなったこと。
職場で男女が、自由に交流する機会が増えたこと。
それらによって、恋愛結婚とお見合い結婚の比率が逆転した。
60年前の出来事にして、宇賀の基準では最近の話である。
「それで宇賀様が、仲人役に奔走しておられるのですか?」
『対等な陰陽大家同士だと、下手に出られないでしょう。それで代わりに、どうかしらと聞いてあげているの』
「宇賀様のご紹介だと、スムーズに話が進みそうですね」
『まあね。貴方の祖父母を引き合わせたのも、わたしなのだけれど? って言ったら、大抵の相手が黙るわよ』
「それは何も言えなくなります」
陰陽大家の当主でも、陰陽師協会の創設メンバーである宇賀には敵わないらしい。
『それに駄目そうなのは、紹介しないから』
宇賀は、予知能力を持つ人魚だ。
その斡旋であれば、両人は末永く幸せになるだろう。
それにお見合いをしたからといって、必ず結婚しなければいけないわけではない。
宇賀は仲介して、機会を与えているだけだ。両者には、断る自由がある。
それなら良いかと、一樹は頷いた。
『それじゃあ、本題に入っても良いかしら』
「お願いします」
『用件は、埼玉県支部からの調伏依頼よ。埼玉県入間市に、三本足の白いカラスの霊が出たんですって』
「三本足の白いカラスですか」
三本足のカラスと言われた一樹は、真っ先に八咫烏を思い浮かべた。
ただし、普通の八咫烏は黒い。
「それはアルビノですかね」
『アルビノの八咫烏って、全体で何羽くらい居るのかしらね』
アルビノのカラスは、数万羽に1羽くらいとされる。
八咫烏の全体数が少ないので、ほぼ居ないと考えられる。
「それでは金行が強くて、白色になっている。とかですかね」
『順当に考えれば、そちらでしょうね』
宇賀はオンライン会議のチャット欄に、データファイルを載せた。
それを一樹が開くと、伝承が載っていた。
白い三本足のカラスは、埼玉県に伝わる妖怪だ。
昔、偽物の太陽に化けて日照りを引き起こし、人々を大いに困らせていた。
そこで平安時代に権勢を振るった『源平藤橘』の四姓が一つ、敏達天皇の子孫である『橘氏』の橘諸方(左大臣・橘諸兄の子)が赴いて、弓で射落とした。
すると偽物の太陽に化けていたのは、三本足の真っ白なカラスであったという。
このカラスを弓で退治したことに由来する射魔から、埼玉県入間市の地名が生まれている。
「埼玉県入間市という地名の由来は、この妖怪なのですか?」
『ええ。ほかにも、関連する地名はあるわよ』
矢が落ちた場所は、『飯能市矢颪』という地名になった。
太陽を討ったことから、『日討』(川越市日東)という地名も生まれた。
それを祀った地は、『日祭』(坂戸市入西)と呼ばれている。
細かく挙げていけば、さらにいくつかある。
「そこまで広範囲の地名になるなら、大物の妖怪だったのですね」
『そうみたいね。退治した橘諸方の母は、大化の改新を行った中臣鎌足の孫娘だから、結構な呪力持ちだったのではないかしら』
「退治した側も、なかなかの大物ですね」
中臣鎌足は、三尾である藤原良房の六代前にして、藤原氏の始祖だ。
稲荷神から『鎌槍』という武具を授かった人物でもある。
その孫娘が、敏達天皇の子孫である橘氏へ嫁入りして生まれた子供なのだから、血統的に呪力の低かろうはずがない。
そして一樹は、埼玉県支部が自分に依頼した理由に思い至った。
八咫烏を5羽も使役している陰陽師は、一樹のほかに居ない。
――俺を八咫烏の専門家だと思われている気がしてきた。
専門家とは、技術や芸術などの職域で精通し、専門的な知識と能力を持つ人のことだ。
そして一樹は、八咫烏を育て、陰陽師として妖怪調伏に使役している。
すると定義や実態に鑑みて、一樹は、八咫烏の専門家で間違いないかもしれない。
テレビのテロップに『八咫烏の専門家』と付けられる姿を想像した一樹は、唖然とした。
「対応するのは構いませんが、空に対応できる陰陽師は、本当に少ないのですね」
『支部の陰陽師だと、強さが釣り合わないのよ。それじゃあ、よろしく』
予知能力を持つ人魚の御墨付が、出てしまった。
こうして一樹は、埼玉県入間市へ赴くこととなった。
◇◇◇◇◇◇
週末、一樹は埼玉県入間市の入間市駅に降り立った。
埼玉県の南西部に位置する入間市は、いわゆるベッドタウンだ。
武蔵野台地と丘陵地に囲まれた自然豊かな土地で、都心まで通える範囲にある。
農業産出額は、19億円。
農業経営体数348経営体のうち、半数近い172経営体が、狭山茶を生産している。
市のホームページでも、『全国手もみ茶品評会で入間市が産地賞20連覇!!』などと強くアピールしているほどの力の入れ様だ。
そのため日照りにされては迷惑千万なのである。
「はぁ。まったく、迷惑な奴だな」
「「カアッ?」」
一樹の両肩に留まった朱雀と白虎が、首を傾げた。
「白い八咫烏の霊の話だ。とりあえず西の加治丘陵に向かおう」
「「クワッ」」
朱雀と白虎は、相槌を打つように鳴き返す。
なお八咫烏達の理解度について、一樹はあまり期待していない。
とりあえず頷いたからヨシと判断して、市内を歩き始めた。
都内のように高い建物は見当たらず、遠方には山も見える。
春の陽気に包まれた街並みは穏やかで、のどかな田舎町の空気が感じられた。
「タクシーで移動したほうが早いけど、土地を知るには、歩くのが一番だな」
しばらく歩いた一樹は、やがて呪力を纏い、小走りになった。
頑張って肩に乗っていた朱雀と白虎は、諦めて頭上へと舞い上がる。
そのまま数分ほど駆けていくと、やがて一樹は、入間の茶畑に到着した。
今の季節は、茶樹の新芽が膨らみ始める頃合いだ。
だが茶畑は葉が黄ばみ、枯れていた。
「土に影響が出るのか」
一樹は膝をつき、変色した土を手に取った。
指先で揉むと、土がぱさぱさと崩れる。
鼻を近づけると、かすかに金属臭がした。
「これは金行の影響だろうな」
農作物に悪影響を及ぼすのは、一般的には土行だと思われがちだ。
だが鉱物や金属の金行でも、悪影響は起きる。
銅、ニッケル、亜鉛、マンガンなどの重金属元素が土壌中に過剰に存在すると、農作物の生育が阻害されるのだ。
伝承の白い八咫烏が農作物に悪影響を及ぼしたのは、金行の力を振るったことで説明が付く。
あとは偽物の太陽になったという伝承だが、八咫烏の専門家だと思われている一樹には、大いに心当たりがあった。
「お前らって、何でも掴んで運ぶよな」
空を舞う朱雀の足に、行きがけで拾ったと思わしき小鬼が、ぶら下がっていた。
「ギャッ、ギャッ!」
小鬼は小刀を振り回しており、その刃が陽光に反射して、キラリと輝いた。
それで太陽の誤認は、達成である。
「朱雀、白虎。白い八咫烏の霊を見つけて、2羽で狩ってこい」
「「クワッ!」」
バサリと翼を広げた朱雀と白虎が、入間市の空に舞い上がった。
一樹が連れてきた朱雀は火行で、白虎は金行の八咫烏だ。
相手は白い八咫烏の霊で、金行だと推定される。
朱雀が戦う場合は、五行思想で、相剋の火剋金となる。
火は、金を溶かす。火行が金行と相対すると、圧倒的に優位なのだ。
白虎が戦う場合は、金行同士なので、不利が無い。
一樹が呪力を供給するので、消耗戦になれば白虎の勝ちとなる。
高らかに舞い上がった朱雀は、掴んでいた小鬼を投げ捨てると、飛行を始めた。
「ギャッ、ギャッ、ギャーーッ!?」
放り投げられた小鬼は、万有引力の法則に従って、茶畑へと落ちていく。
静かになった茶畑の上空では、2羽が小さくなっていった。
「頼むぞー」
折れた茶樹を見なかったことにして、一樹は2羽に声援を送った。
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★2026年4月15日(水)、第8巻が発売となります!
・第8巻『温羅伝説』
『千年、待っていた。全て受け取れ』
その言葉とともに、小狐の魂が静かに香苗の身体へと溶け込んでいく。
まるで長い眠りにつくかのように、穏やかに消えていった。
・共通特典『霞谷の妖物』
「怪しい女共だ」
「然り。日の入り後に山道を歩く女とは、如何にも怪しい」
身長三メートル近い大男が二人、法師の格好に手燭を持って佇んでいるほうが、余程怪しい。
陽鞠は周囲を見渡して、人通りが無いことを苦々しく思いながら訴えた。
「私達は、稲荷山への参拝の帰りです!」
・電子特典『獅鬼』
『我と汝は、陰陽の理に基づき顕現する。我が魂を籠めし白虎の矢よ、我らが敵を引き摺り出せ』
「グワアアアアアッ」
一樹が放つ呪に、白虎の呪力が共鳴する。
そして呪力を膨れ上がらせた矢が、一樹の手から放たれた。
・TO特典『馬入川の大スズキ』
「う、うっ、うおおおおおっ!」
釣り人の身体が大きく引っ張られたと同時に、馬入川から大スズキが跳ね上がった。
高らかに舞い上がった大スズキの大きさは、成人男性に匹敵している。
それは通常一メートルとされる一般的なスズキとは、明らかに隔絶した巨大魚だった。
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