271話 翼に斑点を持つ巨鳥
「修学旅行で立ち寄った土産物屋の1店舗で、1時間半も使うなよな」
札幌市の土産物店で買い物をした後、一樹達は札幌場外市場に移動した。
札幌場外市場は、札幌駅からタクシーで15分。
中央卸売市場の隣に位置し、鮮魚店、青果店、乾物店、塩干物の店が軒を連ね、観光客向けの飲食店も充実している。目的は、もちろん昼食だ。
「札幌伏見稲荷が何時間掛かるか分からないから、空き時間でお土産巡りをする予定でしたよね。予定通りだと思いますけれど」
「1店しか行っていないから、巡れていないだろう」
「午後にも、別のお店に行きますから、巡れますよね」
「午後にも同じことをするつもりなのか」
一樹のツッコミが、柚葉に突き刺さった。
「俺も、講師用と後輩用のお土産を配送できたけどな」
「それなら10分くらいは、賀茂さんが原因ですよね?」
「俺は柚葉の隣で、自分の伝票を書いただけだ。俺が居なくても、柚葉が掛けた時間は減らない」
柚葉の買い物は、目に留まった商品を手当たりに大量注文する形だった。
一樹が陰陽師の資格証を提示していなければ、どこかの仕入れ業者だと思われたかもしれない。
それに比べて一樹は、ささやかだったと自負している。
買い物に付き合った一樹が呆れてみせると、柚葉は抗弁する。
「姉妹は沢山居ますから、好みも違うんですよ」
「手当たり次第に贈れば、どれかは好みに合うだろうということか?」
「そういうことです!」
ほかにも予定を入れていれば、柚葉も時間配分を考えただろう。
すると現状は、一樹が時間に余裕を持たせすぎたことに、問題があったのかもしれない。
――陰陽師協会って、余裕を持たせることが是だからなぁ。
妖怪の調伏では、等級が低い相手と戦うことが推奨されている。
B級下位の柚葉なら、C級以下の妖怪を相手にするようにと勧められる。それに加えて一樹は、知能を使う相手だと柚葉では危ういと考えて、さらに安全策を採らせる。
普段から余裕が大きいほど良いと考えて行動しており、今回も同様に余裕を持たせた。
その結果が、現状である。
「参拝が早く終わった場合の予定も、しっかりと組んでおくべきだった」
一樹は反省しつつ、10店舗以上も立ち並ぶ食事処の一つに入った。
料理の写真と文字の巨大な看板、観光バスすらも留まっている大きな駐車場、沢山の人の入り。ネットで調べた口コミ情報で、大人気があった海鮮食堂だ。
案内された席に置かれたメニュー表には、大きくて色鮮やかな海鮮丼の写真が載っている。
「……ぼたんえび丼、うにかにいくら丼、焼きタラバガニ、12種の海鮮丼、お刺身尽くし」
「どれも美味しそうですね」
どれも美味しそうだが、その中でも一樹の関心を惹いたのは、12種の海鮮丼だった。
写真に映る魚介類は、いくら、うに、マグロ、サーモン、ホッキ貝、つぶ貝、アワビ、ホタテ、牡丹海老、タコ、イカ、タラバガニだ。
見事な赤色が、視界に焼き付いた。
さらに追加メニューの『追いいくら』を頼むと、追加でいくらを持ってきてくれるという。
余らせたご飯で、ミニいくら丼まで食べられる。
「この海鮮丼、美味しそうですね」
「そうだな。この海鮮丼と、蟹汁と、追いいくらにするか」
「良いですね。いかにも北海道っていう感じですよね」
「確かに、マグロとアワビ以外は、北海道が主な産地かもしれないな」
だとすれば新鮮だろう。
6人が決めたところで店員を呼び、昼食を注文する。
それから待つこと十数分、一樹と柚葉の目の前に、海鮮丼が運ばれてきた。
同時に蒼依達のメニューも届いたので、店側が運ぶタイミングを合わせたのかもしれない。
「大きくて色艶が良いな」
「新鮮ですね」
木製の盆に乗せられた丼には、12種類の海の幸が丼をはみ出して盛り付けられていた。
いくらの粒は煌めいており、うには黄金色の艶を放っている。
サーモンは、今捌いたのかというほど赤くて瑞々しく、油が輝いている。
ホッキ貝やつぶ貝も淡い光沢を纏っており、ホタテやタラバガニの脚肉も厚みがあって、産地ならではの贅沢な盛り付けだった。
蟹汁にも、しっかりと具が入っている。
「それじゃあ食べるか」
「いただきまーす」
一樹は添えられたレンゲを手に取り、いくらの部分を掬って口に運んだ。
プルプルと揺れていたいくらが、口の中で弾けて濃厚な旨味を広げていく。
続いて箸を付けたサーモンは、油が口の中でとろけた。
ホッキ貝には甘みがあり、ツブ貝はコリコリとした歯応えが強く感じられた。
アワビは柔らかく、磯の香りが鼻を抜けていく。
ホタテは厚みがあり、噛むと甘い汁が滲み出た。
蟹汁は白味噌で、贅沢に使った蟹の出汁がしっかりと利いている。
「産地の海産物は、格が違うな」
「これも、お土産にしたいですね」
柚葉も満足そうに食している。
「さっき、冷凍いくらを配送していなかったか」
「サーモンも頼もうかと思いまして」
「数百人分のサーモンを送るとか、量が多すぎるだろ。だけど女子が食べる量だったら、それほどでもないのか?」
柚葉の体型は、普通の女子高生だ。
姉の香林には、蒼依の昇神と神域作りを手伝ってもらったが、そちらも見目麗しい女性だった。
二人が姉妹の標準体型だとすれば、とても大食漢には見えない。
但し柚葉の姉妹は、蛇神から昇神した龍神の娘達だ。
食事量は、人間が基準ではない。
蛇は食い溜めをするし、龍には大食いのイメージもある。
「もしかして、結構食べるほうだったりするのか」
「そんなことはないですよ。普通です」
柚葉の普通は、どこの界隈にとっての普通だろうか。
安心材料は、学校での柚葉の食事量が普通であること。
不安材料は、姉妹が多くて金が掛かると耳にした記憶があること。
そんなことを考えながら箸を進めて、半分ほど片付けたところで、小太郎のスマホが鳴った。
着信画面に目を落とし、小太郎が通話を始める。
花咲グループの会長は大変だと思いつつ、一樹は柚葉との会話を止めて、食事に集中した。
そんな食事は、小太郎が席を外して店外に出て、犬神を解き放ったことで終わりを迎えた。
◇◇◇◇◇◇
午後2時半。
一樹達を乗せたタクシーが、札幌市の北側に位置する石狩市内の海浜公園に到着した。
公園の入口にはパトカー3台が停まっており、その先に警察官達の姿が見えた。ほかにも成人男性が居て、格好から北海道陰陽師協会の陰陽師と推察された。
彼らが囲んでいるのは、北村班の北村を除く5人と、5人の傍に立つ引率の佐竹と教頭、そして傍に居る犬神だ。
「バウッ」
タクシーを降りた小太郎は、尻尾を振る犬神と人だかりに向かって、歩み寄っていった。
「A級陰陽師の花咲小太郎です。修学旅行を行っている花咲学園の理事長でもあります」
「北海道警察本部、警備部妖怪対策係の警部、三浦です」
「北海道のD級陰陽師、渡辺です」
警部の三浦は、30代前半。引き締まった長身で、冷徹な雰囲気を纏っていた。
D級陰陽師の渡辺は、20代後半。黒の狩衣に茶色の袴姿で、鋭い眼光を放っている。
自己紹介した3人のうち警察官の三浦が、小太郎の後ろに視線を向けた。
「あちらは賀茂A級陰陽師と、陰陽師事務所の所員です。事件解決に協力してくれます」
小太郎が関係者だと説明すると、三浦は頷いて渡辺に視線を向けた。
渡辺は一樹達を一瞥した後、小太郎に向かって話し始める。
「本日13時頃。石狩海浜公園に、翼に斑点がある巨鳥が出現。修学旅行中の生徒1名を捕らえて飛び去りました。妖怪被害と判断されたことから、道警本部の妖怪対策係が対応となり、北海道陰陽師協会に連絡が入って、私も駆け付けて情報収集をしているところです」
「状況は、電話で聞いていた通りですね。現地の陰陽師として、妖怪に心当たりはありますか」
小太郎は短く礼を述べて、話の続きを促した。
「石狩川の河口に現れて、翼に斑点を持つ巨鳥。その特徴で真っ先に思い当たるのが、ケソラプという妖怪です。ケソラプとは……」
ケソラプとは、アイヌに伝わる妖怪の名だ。
アイヌ語では、ケソが斑点、ラプが翼の意味を持つ。
その名の通りケソラプは、クジャクのオスのような斑点を持っており、大きさは人間を上回る。そして、人間の姿にも化けられる。
気に入った人間を殺して魂を奪い、鳥に姿を変えて、自分と結婚させようとする話が伝わる。
昔、石狩川の中流に住む男と、河口に住む男が居た。
彼らは、長い友人付き合いをしていた。
そんな2人が老人になった頃、河口に住む男の長男が、行方不明になった。
そこで中流に住む男は、自分の息子に探しに行かせた。
中流に住む男の息子は、上流側へと向かう。
そして途中で、大きなエゾマツで出会った男に宿を貸してもらった。
しかし宿を貸してくれた男は、一言も話さなかった。
口が利けないのかと納得して、気にせず宿で眠っていると、夢にエゾマツの神の妻が現れる。
エゾマツの神の妻は、宿を貸している男こそが行方不明になった男であり、彼はケソラプという魔鳥に連れ去られ、このエゾマツの木の下に来たのだと伝えた。
ケソラプは男を餓死させ、魂を奪うことを目的としていた。
そのためエゾマツの神の妻は、木の枝を曲げて家を作り、食料を与えていた。そしてケソラプを退治するため、中流に住む男の息子に暗示を掛けて、呼び寄せたのだと告げる。
中流に住む男の息子は、ケソラプを毒矢で倒すようにと、矢と弓を渡された。
中流に住む男の息子は、やがて様子を見に来たケソラプを射抜いた。
それから攫われた男を無事に返し、自分も家に帰ったところ、夢に黒い着物を纏い、黒い被り物をした女が現れる。
女は酷く怒った顔をしながら、中流に住む男の息子に訴えた。
『私は、神の国で伴侶を見つけられず、人の国で彼を見出したのです。私は死なぬ身体ですから、もう一度、あの若者を奪うつもりです』
これに驚いた中流に住む男の息子は父親に話し、父親は村人を集めて、神々に訴えた。
その後、中流に住む男の息子の夢に再び女が現れた。
神々に阻止されて、河口に住む男の長男を奪えなくなったのだと、恨み言を告げたという。
「ケソラプは、鳳凰にも例えられています。人を災いから守って、幸運をもたらす存在であると。その羽根は、最高の御守りになると伝えられていますが……」
脱線しそうになった渡辺は、頭を振って話を戻した。
「ケソラプはオスとメスが居て、異性の人間を奪おうとする伝承がいくつもあります。石狩川に現れた翼に斑点を持つ巨鳥は、ケソラプの可能性が高いと考えています」
D級陰陽師である渡辺は、これからどうするかと小太郎に視線で問う。
本来であれば、専門家として呼ばれた渡辺が、対応にあたる流れだった。
だがここにはA級陰陽師が居て、陰陽師には不文律もある。
小太郎は、北村班の傍に居た犬神に声を掛けた。
「皎、北村と妖怪の臭いと気は、嗅ぎ取ったな?」
「バウッ」
堂々と吠え返した犬神に向かって、小太郎は指示を出す。
「北村を探せ」
「バウワウッ!」
吠えた犬神は、百体ほどに増えながら、周囲へ散っていった。


























