270話 子龍の爆買い
異界の花畑から石の階段に戻ると、周囲の空気は、夏の暑さを取り戻した。
スマホの時刻は、まだ午前10時を過ぎたところだ。
集合時間は17時なので、まだ7時間以上もある。
「これからどうする。事前提出した計画では、札幌伏見稲荷に行く予定にしているけど」
一樹が班員を見渡すと、視線が香苗に集中した。
札幌伏見稲荷を希望したのは、香苗である。
「行動計画は、佐竹先生に納得してもらうために出しただけです。本当の用事は、終わりました。御利益を得る目的は、果たしています」
「確かに、庭の神・ミンタラコロカムイの御利益は得たが」
香苗は神話を再現して、神刀で庭の神を斬った。
斬られた庭の神は、神話のとおり散らばって、塗り潰しの絵馬・大根に宿った。
――ミンタラコロカムイは、あれで良いのかなぁ。
心情を推し量れない一樹は、生物学の観点から考えてみた。
植物が実を成らすのは、動物に食べさせて、種を広げるためだ。
広がっていくことが植物にとっての本望だとすれば、新たな世界に広がったことは、庭の神にとっては良いことなのかもしれない。
塗り潰しの絵馬に宿った後、野菜の大根を1本出しており、協力の姿勢も見せている。
神話によれば酒好きなので、定期的に酒を供えておけば、満足度は上がるかもしれない。
「まあ良いか。それなら、次の目的地に行くか」
「お土産巡りですね!」
はつらつとした柚葉の声が、旧参道の山道に響いた。
「そうなるな。タクシーを呼びながら、幌西自転車公園まで戻るか」
「時間、結構ありますよね。沢山回れそうです」
「程々にしておけよ。さっきと同じタクシー会社で良いよな……」
一樹はホテルで掛けたタクシー会社の電話番号に、再び連絡を取った。
柚葉がリストアップした店は数多あって、行き先には困らない。
札幌伏見稲荷の後、お土産巡りで埋まる行動計画が通ったのは、佐竹を言いくるめたからだ。
『神社の参拝は、何時間掛かるか分かりません。ですから残り時間は、お土産巡りで埋めます』
これを普通の生徒が提出していれば、佐竹はタイムスケジュールがおかしいと言っただろう。
だが陰陽師の班が「参拝に時間を掛けることで、御利益が得られ易くなります」と説明すれば、担任も「そうか」と応じる。
それは学校教育法第50条において、高等学校が以下のように定められているからだ。
『中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すことを目的とする』
つまり高校は、生徒の進路に応じた教育を施すことを目的としている。
進路が陰陽師という生徒が、『神社に参拝して御利益を得る』と行動計画を出した場合、教師は支持するのが正しい行動になる。
すべての教師が学校教育法を理解しているわけではないが、花咲高校は偏差値が高くて、教師の水準も高い。行動計画に目的を添えれば、今回のように通るのだ。
かくして一樹達の班は、修学旅行で長い自由時間を得たのだった。
「タクシーが来ましたよ」
幌西自転車公園で乗車した一行は、札幌市の中心部へと舞い戻った。
降り立ったのは、観光客向けの大型土産店と物産店が連なる繁華街の一角だ。
踏み込んだ店内はとても広く、天井まで積み上げられた棚には、北海道各地の名産品が所狭しと並んでいた。
一樹がよく知る有名なお土産。
ジャガイモやメロン、ラベンダーや牛乳を使ったお菓子。
冷蔵コーナーには、ジンギスカンや海鮮の燻製、チーズの詰め合わせまで揃っている。
「冷蔵で配送できるんですね」
柚葉の両手の指が、わきわきと握られた。
そして店員を見つけて、声を掛ける。
「すみませーん。配送をお願いしたいんですけど」
「はい、大丈夫ですよ。配送料は、別に掛かります。よろしければ、こちらの伝票に送り先を記入して下さい」
店員は慣れた手付きで、ラミネート加工された料金表を出し、配送伝票とボールペンを柚葉に渡した。
料金表に書かれたサイズを眺めた柚葉は、渡された1枚の伝票と店員を交互に見ながら訴える。
「沢山送りたいんですけど、何枚くらい書いたら良いですか」
「沢山ですか?」
「はい、沢山です!」
キョトンとしている店員の様子を窺うに、全く伝わっていない。
見守っていた一樹は呆れながら、助け船を出した。
「柚葉、龍神様の社に送るんだよな。何百人分の予定だ」
「ええとですね。300人分くらいは送りたいです」
「冷蔵庫とか冷凍庫は、ちゃんと足りるのか?」
「大丈夫ですよ。アレを冷凍保存していた冷凍庫、空いてきているそうですから」
「ああ、アレか」
アレとは、かつて毛野国の信仰を二つに分けて龍神と争っていた、ムカデ神の眷属達である。
柚葉の姉妹達は、同格の力を持つムカデ神の眷属を食べて取り込むと、力が倍加する。
中禅寺湖の周辺地域で残党狩りが行われて、1年余り。
かつて活用された数多の冷凍庫は、柚葉の分を除いて、大半が不要になったと推察された。
困惑する店員に対して、一樹は陰陽師の資格証を提示した。
「学生服を着ていますが、陰陽師です。神社に、巫女さんや関係者が沢山いらっしゃいますので、大量に配送したいのです」
食い入るようにA級陰陽師の資格証を見詰める店員に対して、柚葉が追従した。
「そういうことでーす」
「次の注文からは、柚葉が自分の資格証を出して言えよ」
「えっ、どうしてですか」
「A級とC級だと、C級のほうが、穏便に話が進むだろう」
柚葉が横目で店員の顔を見ると、店員は半笑いの表情で、ゆっくりと頷いた。
もっとも北海道は、獅子鬼の被害を直接受けていない。
本人や家族が怨霊に憑かれていなければ、店員の立場を忘れて助けを求めてくるほどでもない。
店員は、芸能人のお忍びくらいの扱いで接してきた。
「沢山入れるのなら、工場から来た段ボール箱を使うほうが良いかも。何個購入されますか」
「それじゃあ、1箱6個入りのチーズケーキが50箱と……」
「わー、待って、待って。そんなに在庫は無いですから、工場に連絡して、準備が出来たら配送でも大丈夫ですか!?」
「良いですよ。それなら、沢山注文しても大丈夫ですか?」
柚葉の言葉を聞いた一樹は、先ほどの50箱が沢山ではなかったのかと戦慄した。
店員のほうも、表情を強張らせている。
だが子龍には、人間の常識など通用しなかった。
「チーズケーキは、100箱にします」
「ひゃくっ」
「それと、この冷凍のラム肉ですけど、賞味期限ってどれくらいですか」
「だいたい半年ですけど」
「それならラム肉は、300袋で!」
「さんびゃくっ!?」
ラム肉とは、生後1年未満の子羊の肉のことだ。
豚肉や牛肉よりも低カロリーかつ低糖質で、甘味があり、脂身が少なめで美味しいとされる。
子羊は、成長すれば毛やミルク、繁殖などで様々な利益をもたらす。それを子羊の間に食すのは贅沢な行為で、遊牧民は主に祝祭や宴会などで食している。
店員は判断を仰ぐように、一樹に視線を送った。
「柚葉もC級陰陽師として、人を襲った怨霊を調伏して、報酬をもらったからな。ちゃんと働いたお金で買うのは、何も問題は無いな。それだけ商品があるのかは、分からないけど」
「そ、そうですね。それだけの量は、問屋さんに連絡しないと、一度には入ってこないです。送り先と、ご連絡先を伺って、準備が出来たら送らせて頂きます」
「そうですか。分かりました。次に……」
柚葉の注文量は、仕入れ業者に匹敵していた。
店頭に並んだ商品を見ながら、気に入った品を大量注文していった。
支払い能力があることは、同行者にA級陰陽師の一樹が居る時点で、確定している。
応対しているのが店長であったら、売り上げに小躍りして喜んだだろう。
だが生憎と、胸元の名札には店長とは書かれていなかった。
すると仕事が一気に増えて、大変なだけである。
「みんな、自由にまわってくれ。柚葉は、少し時間が掛かりそうだ」
柚葉の買い物を見守っていた班員は、それぞれの表情を浮かべながら散っていった。
「ほたてとか、いくらの醤油漬けも良さそうですね!」
「もう好きに買え。手持ちの現金が足りなかったら、俺がカードで立て替える」
「良いんですか? ほたてといくら、全部下さい!」
「ひゃあっ!?」
一樹は未成年だが、自分の事務所で作ったクレジットカードは持っている。
昨年度に数百億円の利益を出した事務所のカードは、店ごと買える黒色だ。
お土産を勧めた張本人として、子龍の群れに贈る食べ物の爆買いに付き合うことにした一樹は、諦観の表情を浮かべながら、子龍の快進撃を眺めた。


























