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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第10巻

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269話 ミンタラコロカムイ

「ここは、どこだ?」


 一樹の視界いっぱいに、色鮮やかな花畑が広がっていた。

 どれだけ広がっているかといえば、視線の彼方に森が見えており、その森に至るまでが花畑だ。

 遠くには山が見えており、天空は澄んだ青空で、白い雲も浮かんでいる。


 森までは、数百メートル。山までは、数キロメートル。

 背後を振り返れば、登ってきた石の階段は消えており、あったはずの札幌市も消え失せて、前方と同様に花畑が広がっていた。

 辛うじて1ヵ所だけ、花畑の中に社が建っている。


「どういうことでしょうか」


 一樹と同様に、蒼依達も困惑している。

 皆の視線を受けた香苗は、落ち着いた口調で語った。


「ここは異界です。塗り潰しの絵馬に描かれた世界が、近いかもしれません。時間は、過ぎていきますけれど」

「……異界」


 異界と聞いて一樹が思い浮かべたのは、式神の召喚術だった。

 式神の召喚は、大別して3つある。


 1つ目、鬼神・神霊を、呪力と術で使役する陰陽道系。

 2つ目、異界より喚び出す護法神。(神社の稲荷、寺の金剛力士等)

 3つ目、紙や木片に、自分や誰かの呪力を籠める道教呪術系。


 そのうち2つ目にあたる異界について、どんなところだろうと考えたことはあった。

 それに対する答えの一つが、この空間であるらしい。


 ――護法神が、普段在る世界の一つか。


 札幌の稲荷社を訪れた認識があることから、ここが異界の一つであると考えること自体は、それほど困難ではない。

 もっとも、拭い去れない違和感は存在する。

 妖狐が各地の稲荷社に張った結界にしては、強すぎることだ。


 塗り潰しの絵馬も同規模以上の空間を生み出せるが、使役にはA級中位の呪力を要する。

 A級上位の豊川りんであれば可能だが、豊川稲荷で生み出すのが精々だろう。


「豊川稲荷に張られていた結界の先よりも、凄くないか」

「豊川稲荷は、人払いの結界を施した上で現世に作っていましたけれど、こちらは異界ですよね」


 A級に定席を持つ五鬼童家の沙羅が、家の常識を以て、一樹の違和感に賛同した。


 この異界には、視界いっぱいに、色とりどりの花がある。

 赤、青、紫、黄、緑、白。

 六色が、厚みのある層を成しており、地表を覆っている。

 それらは、一樹達が訪問したラベンダー畑のように人工的に並んで植えられているのではなく、バラバラに入り交じっており、それぞれが生命として力強く咲いている。

 足の踏み場すら無いほどで、踏んで良いのかと躊躇う。


「それで、この花畑は何なんだ」

「ミンタラコロカムイという、アイヌに伝わる庭の神です。その昔……」


 その話は、北海道の日高地方に伝わる。

 その昔……赤、青、紫、黄色に彩られた着物を着た、酒好きの神が居た。

 神は、他所の神に供えられる酒を見ては飲みたいと考えたが、誰も自分に酒を供えない。

 そのため神は恨んで、アイヌの集落を泥の海にしようとした。

 だが別の神に露見して、人の住処に近い場所へ連れて行かれ、身体を刀で斬り刻まれる。

 その身体は人の世界にばらまかれたが、そこから赤、青、紫、黄、緑、白の六色からなる草花が生えるようになった。

 以降、人々から庭の神として崇められて、酒を供えられるようになったという。


 なおミンタラコロカムイというアイヌ語は、次の意味がある。

 ミンタラは、『遊ぶ庭』や『遊び場』。

 コロは、『持つ』や、『~のある』。

 カムイは、『神』など。

 ミンタラコロカムイは、それらのニュアンスを含む、庭の神となる。


「酒を供えないから泥の海に沈めようとしたなんて、厄介な神だな」


 若干呆れながらも、神話ではよくある話だと一樹は納得した。


「神々の争いの果てに生み出された異界なら、人の力を越えた空間でも有り得るか」

「そうなのですか?」

「バラバラの草花にされたミンタラコロカムイが、地脈の力を使って、異界の神域を維持しているのかもしれない。確かに、塗り潰しの絵馬に似ている部分もあるな」


 一樹と蒼依が話し合っている中、香苗は一樹が持ってきた手提げ袋から木箱を取り出して、神供用の酒を花畑の中にある社に持っていった。

 木箱から一升瓶を出した香苗は、それを社に捧げる。

 それからパンパンと手を打ち合わせ、二拝二拍手一拝を始めたので、一樹達も倣った。


 すると花畑は、鮮やかに色を変えた。

 赤や黄は熟れた果実のように濃く、青や紫は雪解けの川面を思わせる涼しげな色に変わる。

 緑は若葉の芯までみずみずしく、白は輝いて光を反射した。


「行き先を決める時、札幌伏見稲荷では、ちょっとした御利益もありますと、言いましたよね」

「確かに、そう言っていたな」

「御利益とは、この庭の神の力を、塗り潰しの絵馬・大根に移植することです。そうすることで赤、青、紫、黄、緑、白の6色で描ける植物を作れるようになります」

「どうして、そんなことが分かるんだ」

「実際に、力を借りた妖狐が居ますので。北海道で妖狐が飢饉を救う話、沢山ありますよね」

「ああ、そういう繋がりがあるのか」


 道理で北海道の妖狐には、人々の飢饉を救う話が多いわけである。

 そんな風に得心した一樹は、6色で描ける植物について思い浮かべた。


「赤、青、紫、黄、緑、白で描ける農作物って、何があったかな」


 生憎と一樹は、料理が得意ではない。

 鹿野の経験で米は炊けるし、汁物も作れる。

 だが自分だけで食べる料理など適当で、得意など烏滸がましいにも程がある。

 それに江戸時代の一地方で採れる野菜は、種類も少なかった。

 周囲の女性陣に視線を向けると、蒼依、沙羅、柚葉が相次いで答えた。


「主食だけでも、稲、小麦、トウモロコシ、豆が6色で描けそうですね」

「野菜も、ニンジン、紫芋、カボチャ、大根、白菜、キャベツ、レタス、ほうれん草、キュウリ、小松菜は、6色に入るかもしれません」

「果物も、沢山ありますよ。リンゴ、ブドウ、イチゴ、バナナ、キウイ、スイカ、メロン、梨、桃、ブルーベリー……ブルーベリーアイス、美味しかったですよね!」


 挙げられた農作物だけでも、鹿野で暮らしていたよりも遥かに豊かな食生活になる。

 庭には家庭菜園も存在するので、庭の植物から逸脱はしていないのかもしれない。

 はたして、どれだけの規模を出せるのか。

 その答えは、目の前に広がる花畑が、如実に示している。

 それは個人の感覚では、あまりに多すぎた。

 小太郎も、正気かという表情を浮かべている。


「呪力消費は、どれくらいだ」

「自生する植物に必要なものは、絵馬の世界で賄えるのではありませんか。そうでなくとも、妖狐が扱えた程度に軽いですよ」

「とんでもない御利益だな。俺だと、上手く使い切れないかもしれない」

「御利益があるからといって、使い切る必要は無いでしょう。絵馬を出して下さい」


 香苗に要求された一樹は、塗り潰しの絵馬・大根を顕現させた。

 すると香苗のほうは、神刀・小狐丸を出す。

 火行護法神を継承した際に引き継いだ、製鉄と鍛冶の神である天目一箇神が作刀させた神刀だ。それを香苗は、無造作に薙いだ。

 すると神刀は、花には掠りもしていないのに、周囲の花々を高らかに舞い上げた。


 ――神話の再現か。


 舞い上がった花々は、神話の如くバラバラに散らばって、一樹の絵馬にも吸い込まれていく。

 一樹が呪力で拒否すれば弾けるだろうが、香苗の話を聞く限り、受け入れるメリットは大きい。

 事前に聞いていた、神の御利益そのものだ。

 見逃した結果、庭の神の分霊は植物が大地に根付くように、絵馬の世界に溶け込んでいった。


「酒好きだそうですので、たまにお酒を絵馬へ入れれば、良いと思います」

「俺が想像していた御利益とは、随分と違ったな」

「御利益の殆どは、怨霊との戦いとは無関係ですよ」


 御利益とは、神仏の力によって受けられる恵み、幸運、または恩恵のことだ。

 新年に初詣で無病息災を祈ったり、受験生が学業成就を祈ったりすることは、怨霊との戦いとは無関係な例の典型であろう。

 日本人の大多数は、戦いとは無関係な参拝をしている。


「そうかもしれないけどな」


 一樹は、ミンタラコロカムイの一部を取り込んだ塗り潰しの絵馬に念じる。

 すると絵馬の表面に、白と緑の野菜が浮かんできた。

 我ながら安直だと思いつつ、一樹はそれを顕現させる。

 微細な呪力と引き替えに、立派な大根が落ちてきた。

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― 新着の感想 ―
簡単な儀式?だから、神の御利益はもっとショボいのをイメージしてたが、戦闘に関係無いとはいえ凄い力だな。
お酒と交換にシーズンを問わず新鮮な野菜が貰えるとか最高じゃないですか やってる事が農家の物々交換なんだよなぁ
大根といえば「ふんどし!」(混乱)
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