268話 班別行動開始
修学旅行4日目の朝食は、ビュッフェだった。
札幌市内のホテルで、クラスごとに時間を変えて、優雅に好きな物を食べる。
一樹が選んだのは、純和食だ。
ご飯、豆腐とわかめの白味噌汁、鮭の塩焼き、納豆、冷奴、切り干し大根、きゅうりの浅漬け、温泉玉子、味付け海苔。
ほかにも色々とあって目移りしたが、こんなところだろうと切り上げる。
すると、すれ違った佐竹がトレーを一瞥して、妙に納得した。
「やっぱり賀茂は、和食なんだな」
佐竹のほうは、典型的な洋食だった。
トレーにはトースト、バター、目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、サラダ、コーヒーが乗っており、いかにもホテルの朝食といった選択だ。
「別に、洋食も嫌いなわけではありませんよ。学校給食では、パンが出ることも多いですし」
「そうだったな。和食しか食べなかったら、大変だな」
「はい、本当に」
一樹は家が貧乏だった頃、学校給食に随分と助けられた記憶がある。
蒼依との生活、鹿野での香苗との生活によって、記憶は上書きされて久しいが。
「和洋関係なく、食べたい物を食べますが、和食のほうが身体に馴染んでいる感じでしょうか」
「陰陽師だからなぁ」
「それは関係ない……わけでもないか。すべての陰陽師が和食派では、ありませんけどね」
班で確保した席に戻った一樹が目にしたのは、和洋で3対3に分かれた朝食だった。
陰陽師だからといって、和食を食べなければならないという決まりは無い。
慌ただしい朝食が過ぎ去り、生徒達は9時前にホテルから出発した。
「お前ら、17時までに戻って来いよ。同じホテルだからな。遅れるなよ」
引率の担任は大変だと、一樹が他人事のように眺めていたところ、名指しされた。
「賀茂。お前らは班別行動で、最初に稲荷社へ参拝するんだよな?」
「事前に提出した行動計画の通りです」
「神供すると言うから酒を持ってくることを認めたが、ちゃんと真っ直ぐ行って供えろよ」
「はい。預かって下さって、ありがとうございます」
本当は認めたくないという表情を浮かべる佐竹から、事前に預けていた日本酒を受け取った。
神供用に調達したもので、立派な木箱に入っており、1本20万円という高級品だ。
それを手提げ袋に入れて、出発の準備を整えた一樹達は、2台のタクシーを呼んだ。
高校は、計画立案と実行の経験を積ませるために、公共交通機関を使わせたいのかもしれない。そこでタクシーを使うと、時刻表を調べたり、予定を修正したりする経験などが身に付かない。
だが一樹達は、道中で話し掛けられることも予見されるし、中には重い話もあるかもしれない。それらをあしらう経験を積ませることまでは、流石に学校側も企図していない。
事前に提出した行動計画でも、一樹達がタクシーを呼ぶことに、反対はされなかった。
「行き先は札幌伏見稲荷だから、香苗が先頭に乗って先導、後ろのタクシーに付いてきてもらう。先頭のタクシーは、香苗のほかに俺と蒼依で」
振り分けを指示した一樹に対して、小太郎が無言で呆れた表情を浮かべた。
小太郎が言わんとすることは、一樹にも分かる。
だが、一樹が言った以外の乗り方をしたほうが、もっと面倒になる。
諸事情に鑑みて、見なかったことにした一樹は、足早にタクシーへと乗り込んだ。
「中央区南14条西18丁目にある、幌西自転車公園までお願いします」
「南14条西18丁目ですね。分かりました」
香苗に場所を伝えられたタクシーの運転手が、静かに走り出した。
札幌市は、碁盤目のような造りになっている。
見通しの良い直線道路が伸びており、交差点の標識には『南14西17』といった記号のような地名が続いている。
それは南14条西17丁目という意味で、『○○町』という地名よりも、遥かに分かり易い。
100万人を大きく上回る人間が居住する市内を走って行く。
ビル群が建ち並んでおり、人通りが多くて、老若男女が溢れていた。
明治時代から見れば、信じ難いほど発展したであろう大通りを抜けると、やがて一樹が既視感を覚える田舎の風景に入った。
「段々と、田舎に入ってきたかな」
かすれた歩道の白線。
工事痕と思わしき、色の異なる道路のアスファルト。
まだ大きなマンションも点在しているが、民家も増えてくる。
中心街と比べれば当たり前だが、費用対効果が下がると、相応にコストを掛けられなくなる。
誰も使わない道に何十億円も費やすほうが間違っているので、あるべき姿ではあるが、要するに相応の田舎ということだ。
やがてタクシーが道路脇に停車したので、料金を払ってゾロゾロと降りる。
そこが班別行動で、最初の目的地にしていた場所だった。
「普通の公園だな」
一樹の視界に映ったのは、赤青黄色のカラフルなすべり台だった。
車道に囲まれた、広い三角の区画。
区画は歩道で囲まれており、歩道の内側には低い石の縁が設けられている。
歩道に沿って街路樹が等間隔に並んでおり、区画の内部には芝生の島が4つある。
それらの島を囲うようにアスファルトの自転車道が巡らされており、鉄棒、ブランコ、無数のベンチ、水飲み場、トイレなども設置されていた。
「少し訂正すると、かなり立派な公園だな」
「利用している人も、沢山居ますね」
公園内には、未就学児を連れた母親が何人も居た。
補助輪付きの自転車に乗っている子供と、見守る母親らしき女性。
ベンチに座って談笑する若い女性達と、すぐ傍にあるベビーカー。
そして周囲は、民家やマンション。
幌西自転車公園は、閑静な住宅街にある立派な公園という印象だった。
「南西にあるのが、標高531メートルの藻岩山です。藻岩山の山麓には、札幌伏見稲荷が建立されています」
「駅から6キロメートルくらいだよな。参拝するには、程々に良い位置なのかな」
後続のタクシーから降りた小太郎達が来たところで、香苗が園外の歩道沿いに建つ、古い石碑を指差した。
『北海道総本宮 伏見稲荷神社』
街路樹の半分ほどの高さがある石碑には、そう刻まれている。
石碑は古くて、どんなに新しいと見積もっても昭和期だ。
手入れされているとすれば、もっと古いかもしれない。
「ここが昔の参道の入口だったそうです」
「それで石碑が建っているのか。札幌市の区画整理で、参道が変わったのかな」
「はい。ここから南西に向かいます」
南西に視線を向けると、遠くに樹木が生い茂った場所があって、古い石の階段が見えた。
そちらに向かって香苗が歩き出したので、一樹達は後ろに付いていく。
札幌伏見稲荷神社は、明治17年に京都伏見稲荷大社から分霊を受けて創建された神社で、敷地には27基の朱塗りの鳥居が連なる参道があるそうだ。
2区画進んだところで、落ち葉が積もった、古い石の階段に辿り着いた。
階段の片隅には、小さな石碑がある。
『伏見開基五十年記念碑』
香苗は周囲を見渡して、納得したように頷いた。
「ここです」
「札幌伏見稲荷には、まだ到着していないようだが」
小太郎が指摘したとおり、現在地は、札幌伏見稲荷がある伏見2丁目ではない。
その手前にある1丁目ですらなく、さらに手前にある森の前だ。
一見すると、昔使われていた石の階段しかないように見える。
だが一樹は、豊川稲荷にあった結界を思い浮かべた。
「人払いの結界かな」
「ええ。狐は、稲荷神の神使です。人間に阿る必要はありませんので」
「それはそうだな」
神を祀る神社で、神と神使の間に割って入れるわけがない。
香苗が階段を上り始めたので、それに付いて行く。
すると一樹の肌に触れる空気が、微妙に変化した。
6月末の暑さではなく、春先のような穏やかな風が、肌を撫でていった。
「着きました」
階段を上りきると、そこには色鮮やかな花畑が広がっていた。


























