267話 小樽観光
屈斜路湖畔のホテルに宿泊した一樹達は、3日目の修学旅行先である小樽市に向かった。
小樽市は、初日に泊まった登別市よりも西にある。
2日目に6時間東進したので、小樽市への移動にも同程度の西進が必要だ。
「北海道の広さを体験させることが目的なら、もう充分に分かったから、勘弁してほしいな」
東西に500キロメートルもあると調べた一樹は、ウンザリとした表情で呟いた。
高額のバスを借り切って、少しでも交付金を使いたい意図があることは、一樹も把握している。そして建前のほうも分かったが、何時間も景色を見ていると、流石に見飽きる。
バスに同乗している周囲の生徒達も、トランプとスマホで遊び耽っていた。
「高速移動できる式神が居たら、使役したくなるな」
「そういう妖怪は、居るのですか?」
「残念ながら、思い浮かばない」
蒼依への返答とは裏腹に、一樹には思い当たりがあった。
真っ先に思い付いたのが、火車という空を飛べる妖怪だ。
もっとも火車は、死者を奪って地獄に連れて行く存在である。
それが目の前に現れたら、冤罪で地獄に堕とされた一樹には、破壊衝動が生まれるだろう。
とても使役できそうにない。
「朱雀達は小さいし、人間が乗れるサイズの鳥は、おかしいのが多いからな」
「羽団扇を作るために、風切羽を探しに行きましたよね」
通路を挟んだ向かいの席で、沙羅が微笑みを返した。
「大きい鳥も居たけど、どれにも乗りたくないな」
思い当たったのは、巨大化した声良鶏の怪鳥や、如来を運んだ金文の霊鳥だ。
声良鶏は、秋田県の北部で飼育されている、ブランドのニワトリだ。それに乗って飛ぶA級陰陽師は、世間からどう見られるだろうか。
薬師如来を運んだ霊鳥に関しても、薬師如来が冤罪の結審を行った存在なので、拒否感がある。
物理的に乗れることと、自分が乗りたいかは、別問題だ。
選り好みの結果として、一樹には良さそうな妖怪に、心当たりが無かった。
「数千年後だったら、宇宙船の船幽霊を使役できるかもしれないけどな」
「宇宙船の船幽霊ですか?」
「船幽霊は多いから、宇宙船の船幽霊も発生しそうな気がする」
現代では、宇宙船の幽霊は確認されていない。
だが大海で難破した船と、宇宙で難破した宇宙船は、難破する場所が異なるだけだ。
おそらく発生するし、発生すれば使役できると一樹は考える。
そして大気圏内を航行可能であれば、飛行機よりも速そうに思える。
「問題は、数千年後でないと建造されないことだな」
あいにくと現在の問題を解決することには、まったく寄与しなさそうだった。
「その頃には、陰陽師はどうなっているのでしょうか」
「怨霊は発生するし、物理的な攻撃も効かないから、居るんじゃないか」
明治時代、「近代兵器で妖怪を退治する時代に入った」と言われて、陰陽寮が廃止された。
だが怨霊は倒せず、野に下った各地の陰陽師に強く要請して、脅威に対抗した。
近未来に同じことが再現された場合、宇賀が存命であれば、人間に対して呆れるだろう。
そんなことを考えながら、バスに揺られること数時間。
一樹達が乗ったバスは、目的地である小樽市に入った。
「主様、到着しましたよ」
「はあ、やっと着いたか」
到着したのは、観光地として有名な小樽運河だった。
沿って植えられた並木や、石造りの倉庫群が、整然と並んでいる。
バスから降り立った生徒達は、身体を大きく伸ばして、解放感に浸る。
「三日目は、小樽観光だ。いいか、集合時間の5分前までにバスへ戻れよ」
「はーい、分かりました」
佐竹の注意喚起を適当に聞き流しながら、生徒達が四方八方へと散り始めた。
一樹達も運河沿いに、整備された遊歩道を歩き始めた。
やはり目を引くのは、運河沿いに並んでいるレンガ造りの建物だった。
日本から出ない一樹にとって建物は、木造の民家か、鉄筋コンクリート製のビルだ。
レンガ造りの家は、どこか異国情緒を抱かせる。
「ヨーロッパみたいな景色ですね」
「同じことを思った。レンガ造りって、どこの国かな?」
一樹が尋ねた相手は、沙羅だった。
江戸時代における日本国内の知識であれば、香苗のほうが詳しいかもしれない。
だが国外になると、偏差値の高い卿華女学院から来た沙羅のほうが幅広く知っている。
「赤レンガは、イギリス住宅や、デンマークのコペンハーゲンですね。運河沿いでしたら、オランダのアムステルダムです。ほかには、ドイツの北部でしょうか」
「ああ、オランダだ。そんな印象がある」
古いレンガ造りの建築物は、年月を経て落ち着いた色合いになり、深みを帯びていた。
壁面には緑の蔦が絡んでいるところもあって、古都の歴史を感じさせる。
運河の水面は穏やかで、ゆるやかな流れが空の色を映し込み、時折通り過ぎる観光船が、波紋を広げていった。
「観光船もあるのか」
「乗りますか?」
「いや、歩いたほうが、自由に動けるんじゃないか」
一樹が班員を見渡しながら確認すると、観光船に乗りたいという希望は出なかった。
運河沿いに整備された石畳を進んでいくと、細長く延びる水路の両岸には、黒塗りのクラシックな街灯が等間隔に立ち並んでいた。
それもまた、異国情緒を強めている。
視線を上げると、青空の下に伸びる倉庫の屋根と、運河の向こう側に見える低い丘陵が重なり、自然と人の営みが調和した景観を作り上げていた。
高層ビルが建っておらず、遠くまで良く見渡せる。
その山を見て、一樹はホッと息を吐いた。
「ちゃんと日本らしさもあるな」
「あちらに何かあるのですか」
「あれは小樽市の赤岩山で、白龍神社が建立されている」
「白龍ですか」
運河沿いを歩く一同が、一斉に柚葉を見た。
「えっ、知りませんよ」
柚葉は無関係だとアピールしたが、一樹が覚えているのは白龍だからではない。
小樽運河沿いを歩きながら、一樹は理由を説明し始める。
「政府がやらかした話だ。政府とまで言って良いのかは、微妙だけど……」
小樽市の赤岩にある洞窟には、昔から白龍が棲むと伝えられていた。
漁師が洞窟に入ったところ、白龍に吹き飛ばされたという話も残る。
1876年7月30日。
薩摩藩士の出で、当時の北海道開拓長官だった36歳の黒田清隆が、迷信の打破を理由として、赤岩に向かって開拓使船の玄武丸に積まれた大砲を撃ち込んだ。
だが大砲は外れて、祝津村(現・小樽市祝津)に住んでいた漁師・斎藤清之介の家を直撃して、娘の多津与を死亡させた。
自分が砲撃を命じたはずの黒田は、船長に罰金100円を科した。船の監督にも20円を科して、それを遺族の埋葬費として支払わせて片付けた。
なお20円は、当時の小学校校長の月給で、もちろん斎藤清之介は納得していない。
その出来事は、黒田長官大砲事件と呼ばれる。
「事件を起こした黒田は、日本の第二代内閣総理大臣だ」
「総理が撃ったのですか?」
「大砲を撃って民間人を死なせたのは、事実だ。総理への就任は、12年後の1888年だから、総理になる前の話だけど。ほかにも隠蔽はある」
黒田長官大砲事件から2年後の1878年3月の夜。
黒田の妻である清が、23歳の若さで死亡した。
このことについて、泥酔して帰宅した黒田が、妻に対して出迎えが遅いと逆上して斬り殺したという新聞記事が載る。
初代総理の伊藤博文と、二度の総理を務めた大隈重信は、法に則った処罰を求めた。
黒田も辞表を提出したが、明治維新の三傑とされる薩摩藩士の大久保利通が庇った。
当時の実質的な内閣総理大臣だった大久保利通は、腹心であった大警視(警視総監)の川路利良を連れて、清の墓を開け、身を乗り出して棺桶の中を見ただけで、病死だと結論付けている。
5月に大久保利通が暗殺されると、黒田は薩摩閥の最有力者となり、立場を保った。
「黒田は、大砲事件を起こす前までは、有能な面もあったそうだ」
黒田は薩長同盟の際に、薩摩の使者となって、長州で同盟の必要性を説き、維新の三傑とされる西郷隆盛と木戸孝允との対面を実現させた。
戊辰戦争では大活躍して、旧幕府軍との最後の戦いで総指揮官となった。敵を追い詰めた後は、後に大臣を歴任する榎本武揚らを助命するために奔走した。
富国強兵のために、西欧の先進技術や知識を導入すべく、多数の外国人を招聘した。北海道に建っているクラーク像のクラーク博士を日本に招聘したのも、黒田である。
「おかしくなったのは、白龍が棲む赤岩に向かって、大砲を撃ち込んだ後だな」
「神罰でしょうか?」
一樹達の視線が、柚葉に集中した。
柚葉は、とても運が良い。
相対した温羅は、運悪く柚葉の不知火に当たって、調伏された。
本人が意図しなくとも、罰が当たることもあるのではないか。
そんなことを考えながら、一樹は過去に黒田らが開拓した小樽の観光に戻った。


























