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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第10巻

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265話 登別の妖怪

 登別温泉ホテルの特別室に荷物を置いた一樹と小太郎は、本館の宴会場に移動した。

 歩く度に、柔らかく沈む絨毯の上を歩いて行くと、やがて重厚な木製の扉の前にたどり着いた。扉を開くと、柔らかな照明に満たされた広々とした宴会場が広がっている。

 会場には、6人掛けのテーブル席が3列で連なっており、合計102席が並んでいた。


「3列なのは、1組から3組までのクラス別。6席は、班ごとに座れという意味かな」

「そのようだな。あっちに、相川達が座っている」


 小太郎が指差したほうを向いた一樹は、そちらに蒼依達が座っている姿を見出した。

 先方も一樹達を見つけて視線を合わせ、柚葉が分かり易く手を伸ばして振って見せる。

 小太郎と共に歩んでいくと、テーブル席には料理が並んでいた。


「待ちかねていました!」


 北海道の食事に期待を寄せていた柚葉が、一樹達が席に着くより早く箸を手に伸ばす。


「はしたないですよ」

「えー、どうしてですかぁ?」


 香苗に窘められるも、柚葉はまったく意に介さず、前菜に口をつけ始めた。

 前菜は、内浦湾で獲れたホタテと、北寄貝のカルパッチョだった。薄紅色の貝柱に、搾りたてのレモンと細かなディルが光を受けて、艶やかにきらめいている。

 隣は、アスパラガスの冷製スープ。

 青みを帯びた滑らかな表面と、ほのかに立つ香りが6月の北海道らしい爽やかさを運んでくる。

 さらに、エゾシカのロースト。

 表面には香ばしい焼き目があって、切り口には肉汁が滲む。ローズマリーと山わさびの香りが立ち上っていた。

 柚葉が待ちきれずに箸を伸ばしたのも、無理はない。


「鹿のお料理は、珍しいですよね」

「確かに、あまり見かけないな」


 蒼依に賛同しながら席に着いた一樹は、自身も箸を取った。

 鹿肉のほかには、メインと思わしき石狩風の海鮮鍋が、卓上で湯気を立てていた。

 鮭とタラに加えて、牡蠣や帆立が贅沢に沈み、味噌の香りが漂ってくる。

 テーブル中央には、リンゴのスパークリングジュースやお茶のガラス瓶もズラリと並んでいる。それらは照明の光を反射して、キラリと輝いた。


「これが高校生の修学旅行か。中学の時とは、随分と違うな」


 裏事情を知りながら嘯いた一樹は、しげしげとエゾシカのローストを眺めた。


「エゾシカって、生息数が増えているんだっけ?」

「バスに乗っていたとき、飛び出し注意の看板が沢山ありましたよね」


 だから積極的に狩られているのだろうか。

 一樹に蒼依が相槌を打ったところ、向かいの席から香苗が訂正した。


「登別市でエゾシカの肉が出されることには、理由があります」

「理由って、何だ?」


 一樹は鹿肉を摘まもうとした箸を止めて、香苗に聞き返す。


「かつて登別市には、アイヌに伝わるキナポソインカラという妖怪が居ました」

「生憎と聞いたことが無いな。アイヌの伝承には、それほど詳しくない」

「わたしも、深くは知りません。たまたま、狐にも関係する伝承なのです。キナポソインカラは、アイヌ語で……」


 キナポソインカラは、アイヌ語だ。

 キナは、木、または草木。

 ポは、小さいもの、子ども、子孫などを意味する接尾語。

 ソは、場所を示す接尾語になることもある。

 インカラは、見る、見守る、注視するという動詞。

 それらを繋げた名称のキナポソインカラは、草から透かし見る青い瞳の妖怪だった。

 鹿などの動物を遠ざけて、狩りを失敗させ、人々を餓えさせたという。


 かつてのアイヌは、農耕ではなく狩猟の肉が主食だった。

 そして食べた肉類の筆頭には、まさにエゾシカが入る。

 アイヌでは、山菜や海藻と一緒に煮込んだオハウという料理が代表的な食事で、肉の汁物ならカムオハウ、魚の汁物ならチェプオハウと呼んだ。

 肉類では、エゾシカのほかにもヒグマ、エゾリス、エゾタヌキ、ウサギなどを食べたが、やはりキナポソインカラが遠ざけた。


「その妖怪は、どうして人々を餓えさせたんだ」

「分かりません。飢え死にした人々から、気や怨念でも吸いたかったのか」

「それなら自然の摂理だな」


 妖怪が気を吸うのは、生命活動の維持に必要な行為だ。

 ライオンが草食動物を狩る行為と同様なので、妖怪の行為が悪行だとは言えない。

 もちろん草食動物が抵抗するように、人間も抵抗するが。


「あるいは人に怨みを持っていたか。動物霊だったのかもしれません」

「その場合も分かる。親を狩られた子とか、子を狩られた親とかに、恨むなとは言えない」


 狩る側と狩られる側が、逆だった可能性もある。

 人間が抵抗するのだから、動物だって抵抗するだろう。

 いずれにせよキナポソインカラは、人から動物を遠ざけて、人間を餓えさせた。


 一樹は、豊かな食材が並んだテーブルを眺めた。

 現代では、狩猟を妨害されても、食材の選択肢が数多ある。

 だが海に面さない地域に住む、昔のアイヌにとっては、深刻な事態だったはずだ。

 キナポソインカラとアイヌ、どちらも悪いとは言えない。

 一樹は人間の陰陽師なので、調伏の依頼があれば、基本的には人間側として調伏するが。


「それで、どうなったんだ」

「白狐が弓で射って、調伏しました。それ以降、登別では狩猟に困らなくなったそうです。鹿肉が並ぶのは、豊かな食事の象徴ですね」

「白狐か。北海道に伏見稲荷を勧請した甲斐が、あったのかな」

「どうでしょうね」


 白狐に弓で射られたのは、稲荷社を勧請する前かもしれない。

 結局、妖狐に助けられたことには変わりないが。

 めでたしめでたしと結論付けた一樹は、料理に手を付けた。

 エゾシカのローストを口に運ぶと、軟らかい肉から、肉汁が溢れてきた。食用の家畜と異なり、野趣のある香りはあったが、山わさびが後味を締めている。


「エゾシカは農作物に被害を出しているそうだけど、観光客用のジビエにも使われているのなら、良い面もあるのかな」

「でも鹿は、小鬼の食料になって、鬼の数を増やしたりもしますよね」

「そういう迷惑な部分もあったな」


 北海道でも、広大な土地が妖怪の領域になっている。

 そこに生息しているエゾシカは狩れず、鬼の食料になってしまう。


「北海道も、妖怪の領域は広いですよね」

「そうだな。奥のほうには、何が棲んでいるのか分からない」


 そんなことを話しながら、土鍋ご飯と石狩味噌椀を平らげる。

 するとスタッフが足音を忍ばせながら、食器を下げに来た。

 そして代わりに、白い陶器の皿を置いていった。


「デザートまで出るのか」

「たくさん出てきますね」


 新しい皿の中央には、淡いクリーム色のババロアが鎮座していた。

 その上からは、鮮やかな紫色のソースが、細い糸のように流されている。

 小さくカットされた夕張メロンの果肉や、赤ルバーブのコンポートが、彩りを添えていた。


「とても良いですね!」


 柚葉が目を輝かせて、フォークを手に取った。


「柚葉を見ていると、龍が生け贄を求める伝承に、納得感があるな」


 一樹もフォークを取り、ババロアに刃先を入れた。

 口に含むと、濃厚な牛乳の風味が口の中に広がっていく。


「とりあえず柚葉は、修学旅行での目的を達成できて良かったな」

「まだ始まったばかりですよ。明日も楽しみですね」


 やがて食事を終えると、生徒達は寄り道せずに部屋へと戻った。

 女子が居る西館には立ち入り禁止で、教師の佐竹達が交代で見張っている。初日から朝まで廊下で正座は、流石に一樹も御免蒙りたい。

 ほかの生徒達は大浴場に行くようだったが、特別室には、温泉露天風呂が付いている。

 一樹と小太郎は、交代でそちらに入ることにした。


「ああ贅沢だ」


 高級ホテルには個人でも泊まれるが、修学旅行で泊まることが、贅沢感を際立たせた。

 温泉に入りながら外を見下ろすと、遠方に青白い怪火が見えた。


「狐の嫁入りか」


 北海道の空知郡上砂川町には、狐の嫁入りに関する伝承がある。

 七月頃、青白い怪火が現れて、がやがやと賑やかに話している声が聞こえてきたという。

 人々は、狐の嫁入りを婚礼の行列だと伝えている。

 北海道にも妖怪は沢山居るのだと思いながら、一樹は露天風呂に浸かった。

本作は今話にて、100万字を突破しました。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

引き続き、お楽しみ頂けたら幸いです。

(書籍版もご愛顧のほど、よろしくお願いします!)

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― 新着の感想 ―
道民的にはキツネといえばエキノコックス。 シマエナガの妖怪もいるのかな?
>「これが高校生の修学旅行か。中学の時とは、随分と違うな」 これは小太郎効果かもw 柚葉楽しそうだなぁ。 100万字突破おめでとうございます!
更新嬉しっ!
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