263話 修学旅行開始
生徒達が待ちかねた修学旅行の初日となった。
集合地点の花咲高校からバスで空港へ向かい、飛行機で新千歳空港に向かう。
2年生300人と、引率の教師20名で、320人による大移動だ。
人数が多いため、10クラスを3つのグループに分けてのフライトとなった。
なお出発が遅いグループは、北海道から帰る時間も遅くて、滞在時間は変わらない。
一樹達のグループは、1組から3組までの90人と引率の教師達で、約100名が搭乗した。
「おおっ、初めて飛行機に乗った!」
一樹の1つ前の席で、窓から雲を眺めた北村がはしゃいでいる。
搭乗したのはエアバスA320で、146席ある。
一般席は1列6席で、23列連なっていた。
修学旅行の1班6人で1列ごとに座っており、ちょうど一樹の1つ前の列が、北村の班だった。
「北村、飛行機に乗ったことがなかったのか。活動的なのに、意外だな」
「パイロットに怨霊が取り憑くと、飛行機が落ちるからな。今回は安心だけど!」
怨霊がパイロットに取り憑けば、飛行機を落とせるかもしれない。
大抵のパイロットは護符を持っているだろうが、怨霊のほうが強ければ防げない。
ただし今回は一樹が同行しており、強い怨霊は感知できるので、大丈夫だろうというわけだ。
「世界には、幽霊飛行機も存在する。イギリスでは、戦闘機の幽霊が目撃されたらしい」
第二次大戦中、イギリスの戦闘機隊とドイツの爆撃機編隊が遭遇した際、SE5aという第一次大戦中のイギリス軍機が、ドイツの爆撃編隊に突っ込んでいったらしい。
そしてドイツの爆撃機とイギリスの戦闘機が乱戦になったところで、SE5aは消えたそうだ。
イギリスとドイツが、それぞれ自国のパイロット達に聴取したところ、どちらも大勢のパイロットが目撃したと証言した。
塗装、マーキング、パイロットのスカーフの色まで一致していた。
もちろんイギリス軍は、そんなものを飛ばした認識はない。
また別の場所では、赤色のフォッカー三葉機が、両国の大勢のパイロットに目撃された。
それは第一次世界大戦で、参加各国で最大の80機を撃墜したドイツ撃墜王マンフレート・アルブレヒト・フォン・リヒトホーフェンが最期に乗っていた機体だった。
彼は第一次大戦中に銃撃を受けて死亡し、機体も不時着している。
「幽霊飛行機なんてあるのか?」
「幽霊船があるなら、幽霊飛行機だってあるだろう」
「あんまり聞かないけど?」
「歴史が浅くて、無音で空を飛んでいるから、目撃されないんじゃないか」
一樹自身も見たことがないが、存在は確信している。
その理由は、幽霊巡視船を使役しているからだ。
使役している『みやこ型巡視船』には、7メートル型高速警備救難艇2隻や、複合型ゴムボートも搭載されていて、それらを個別に使える。
ならばヘリコプター搭載型の幽霊巡視船を使役した場合は、それも使えるだろう。
すると飛行機を搭載している空母を使役すれば、飛行機だって使える。
使役方法まで思い付くのだから、存在に関しては今更だ。
「空は手に負えないし、仕事で乗っているわけでもないから、依存し過ぎるなよ」
「大丈夫だろ。だって対処しなかったら、賀茂も落ちるからな」
「俺にだって、どうにもならないことはある」
北村の言い様に、一樹はチベットスナギツネの表情を浮かべた。
そして気を紛らわせるべく、飛行機の小さな窓から見える景色を眺めた。
飛行機の下には、羊毛のような雲の絨毯が、満遍なく敷き詰められている。
それらは陽光に照らされて、海のようにどこまでも広がっていた。
あの雲に飛び乗れば、高反発のクッションのようにふわふわと跳ねるのか、それとも低反発ベッドのように身体が沈み込むのか。
そんな有り得ない妄想をしながら、一樹は空の時間を過ごした。
◇◇◇◇◇◇
新千歳空港に降り立った一樹達は、広いターミナルを抜けて、端のほうに集められた。
そこで教師達が、クラス別、さらに班別に整列させていく。
「お前ら、これからクラスごとにバスで移動になる。班員が揃ったら、班長が報告しろ」
担任は大変だと思いながら、一樹は6人揃っていることを佐竹に報告した。
やがて制服姿の高校生達がぞろぞろと移動し、ターミナルの外へ出る。
空港の駐車場には、大型観光バスが何台も並んでいる。そして観光バスのフロントガラス内側には、ラミネートされた紙に『花咲高校2年3組』と書かれた紙が置かれていた。
乗り込んだ生徒達から、歓声が上がる。
「おおっ、かなり良いんじゃないか」
「椅子が広いし、洗面台まである」
座席数は4席が9列連なった36席で、45席の大型バスに比べて、間取りが広かった。
ハイグレードワイドシート、大型モニター2台、トイレと洗面台、冷蔵庫、カラオケなどがあって、修学旅行用に使われるバスよりもワンランク上に思われた。
「わぁ、座席ふかふか」
「お菓子持ってきたけど、食べてもいいかな?」
「お前ら、早く奥から詰めていけ」
途中で詰まっている生徒達を押し込み、最後に佐竹が乗り込んで、人数確認が行われる。
そして佐竹が添乗員と話し合った後、バスはゆっくりと駐車場を後にした。
発車すると、添乗員がマイクを取って明るい声で話し始めた。
『皆さん、こんにちは。本日から4泊5日の北海道修学旅行を担当させていただきます、添乗員の山本です。これから登別温泉の近くにあるクマ牧場まで、1時間半ほどの道のりになります』
テンションの高い生徒達から、おーと歓声が上がった。
なぜクマ牧場なのかは不明だが、気にしている人間は居ない。
『この後、道央自動車道に入ります。車窓から見えるのは北海道らしい景色で、今は牧草地が広がっています。運が良ければ、牛や馬も見えるかもしれませんよ』
添乗員の言葉に、窓際の生徒達が一斉に外を覗き込んだ。
まだ6月、緑は濃すぎず、瑞々しい色合いで視界いっぱいに広がっている。
空はどこまでも高く、白い雲が浮かぶだけだった。
「流石は、北海道。広大だ」
自然であれば、花咲市も田舎のほうにある。
それでも平地の広さであれば、北海道は花咲市の比ではない。
バスは空港を離れ、高速道路へと入った。
車窓からは、白樺林や点在する農家が見える。
時折、道路脇をエゾシカ注意の標識が過ぎていった。
「エゾシカって、道路に撒かれた融雪剤の塩を舐めるらしいぞ」
「そうなのですね。それで道路に出てくるのでしょうか」
「そうなんじゃないか。小鬼も、人間じゃなく鹿を襲えば良いのになぁ」
そう呟いた一樹は、花咲市では狩り尽くされた小鬼から、朱雀達を思い浮かべた。
もう立派な八咫烏なので、世話をしなくても勝手に餌を獲る。
カラスの性成熟は2年から3年なので、もしかすると来年には、つがいを作るかもしれない。
そうなったら遠方には動員し難いとか、蒼依の山が大量の八咫烏の住処になるとか思いながら、添乗員の話を適当に聞き流していった。
そして1時間半後。
バスは緩やかに速度を落とし、駐車場に入って停車した。
『皆さん、お待たせしました。最初の目的地、登別クマ牧場に到着です!』
添乗員の声に、バスの中が一気に沸き立った。
窓の外には、観光客で賑わう入口と、大きな熊の看板が出迎えていた。
バスを降りた一樹達は、硫黄を含んだ湿った風を浴びながら、クマ牧場に入る。
売店や観光案内の横を抜けていくと、目の前に広大なコンクリート製の囲いが現れた。
見下ろすと、地面に深く掘り下げられた広いエリアの中を、沢山のヒグマが闊歩している。
囲いは頑丈なコンクリートで作られており、安全そうだった。
「やはりデカいな」
「本州のツキノワグマと比べたら、倍くらいは違うというからなぁ」
ヒグマ達は、鋭い嗅覚で、大勢の人間が来たことに気付いた。
そして立ち上がり、前足をバシバシと叩き始める。
「あれって、餌を催促しているんでしょうか?」
柚葉が興味深そうに観察する中、ほかのヒグマ達も前足を打ち合わせる。
そして手を引き寄せる動作で、餌をねだった。
「最初に教えたの、誰だろうな」
「知らん」
近くに設置された案内看板には、『おやつ販売所』と書かれている。
やがて催促に負けたクラスの何人かが、無人販売所に寄って、有料の餌を購入した。
「おらっ!」
ヒグマの口元に餌が飛ぶと、ヒグマは素早く首をひねって咥えた。
次々と餌が投げ込まれるが、顔の近くに飛んだ餌は、概ね口でキャッチされる。
ヒグマ達は餌が足りないぞと言わんばかりに、バシバシと前足を叩いて催促を繰り返した。
「あの巨体に小さな餌だと、とても足りそうにないな」
「満腹になって催促しなくならないように、調整されているのかもしれませんね」
沙羅は冷静に、経営者の観点で予想した。
純真な高校生達は、動物の催促に次々と負けて、新たな餌を貢がされている。
相手に騙されないことや、財布の中身は計画的に使うように学ばせることが、修学旅行でクマ牧場に連れてきた目的なのではないか。
そんな風に思わせる初日のイベントだった。


























