261話 修学旅行のしおり【&書籍7巻、予約開始】
6月上旬の湿り気を帯びた風が、窓から教室に吹き込んでくる。
今朝は小雨がぱらついたが、昼下がりの今は晴れており、柔らかい陽光も射し込んでいた。
そんな程良く心地良い空間で、担任の佐竹が資料を配りながら声を上げた。
「お前ら、これを後ろの席に回せ。修学旅行の行程表だ」
修学旅行という単語が、生徒達の睡魔を吹き飛ばす。
一樹も脳を覚醒させて、修学旅行に思いを馳せた。
――そういえば、そんな時期だな。
高校の修学旅行は、概ね二年生で行われる。
花咲高校も同様で、二年生300人全員が、四泊五日で北海道に赴く予定だ。
最前列の生徒達は、佐竹から渡された資料を手に取ると、一部ずつ後方へ回していく。
一樹も、前の席に座る小太郎から手渡された紙を受け取り、ざっと眺めた。
一日目、花咲市出発、北海道到着。登別の熊牧場。
二日目、富良野ラベンダー畑、硫黄山、屈斜路湖。
三日目、小樽運河、オルゴール堂、ガラス工芸。
四日目、札幌市周辺で班別行動。
五日目、北海道出発、花咲市到着。解散。
「四泊五日は長いのかな?」
「国内の修学旅行は、三泊四日が多いみたいです」
事前に調べていたのか、右隣に座る蒼依が一樹の問いに答えた。
1日長い行程表には、観光地や歴史的な建造物が、幾つも記されている。
「先生。そもそも修学旅行の行き先が北海道なのは、どうしてですか?」
率直に聞いたのは、柚葉だった。
高校によっては、いくつかの候補地からアンケートを募って、行き先を決めるところもある。
問われた佐竹は、腕を組みながら、どこか誇らしげに告げる。
「お前達に選ばせると、沖縄で海水浴とか言いかねないだろう」
「……それは、どうでしょうね」
即答できなかった柚葉は、自供したようなものだ。
その反応を踏まえた佐竹は、キッパリと言い切る。
「それなら学校で行き先を決めて、修学目的の歴史・文化・自然を体験させたほうが学びになる。遊びに行きたいなら、個人で行けば良いんだ」
「うぐっ」
バカンスの感覚を抱いていたらしき柚葉は、喉の奥から呻き声を漏らした。
話を聞いていた一樹も、佐竹の言い分は妥当だと認めざるを得なかった。
佐竹が強気になる理由は、さらにあった。
「修学旅行の旅費は、学校側が出すんだぞ」
高校が生徒の旅費を負担する話は、一樹も寡聞にして知らない。
関心を向ける生徒達の前で、佐竹は演説を始めた。
「修学旅行の旅費は、公立でも家庭の負担だ。文部科学省は、修学旅行の費用を補助しているが、対象は生活保護世帯と住民税非課税世帯だけだ。花咲高校は、全国でも特別に手厚いんだ」
国の制度を知らない一樹達は、素直に聞き入った。
なぜ花咲高校は、修学旅行の旅費を負担しているのか。
それは花咲高校の設立目的が、花咲家による地元への還元だからだ。
さらに通学する生徒達の多くが、最終的に花咲グループへ就職することも理由に挙がる。
呻いている柚葉に代わり、2年生でも引き続きクラス委員長を務めている北村が尋ねる。
「竹さん。旅費って、どれくらい掛かるんすか」
「花咲学園から空港までと、北海道で各地を巡る貸し切りのバス代。北海道との往復の飛行機代。4泊分の宿泊費。個人で行っても、それなりに掛かるぞ」
「1人10万円くらい?」
「おっ、北村、なかなか良い線かもしれんぞ」
「マジか、高けぇ!」
確かに安くはないが、高校時代に恩を売ることで就職先の有力候補になり、就職後には意欲的に働いてくれるのだから、悪い投資ではない。
保護者や地元住民の歓心も買えて、グループに都合の良い政治家を、市や県議会に送り込める。学費を納めている生徒を修学旅行に連れて行くのだから、買収にもならない。
よく分からない海外の慈善事業に寄付するよりも、よほど効果的だ。
――人材確保の投資なら、ホテルや旅館の質も良いかな。
一樹が抱いている修学旅行における旅館のイメージは、大部屋に8人ほどの生徒を詰め込んで、宿泊費を浮かせるスタイルだ。
仲介する旅行会社の利益になるので、容赦なく詰め込まれる。
だが、花咲グループが目的意識を持って行うなら、より良い旅行になるかもしれない。
それに今年は、花咲グループの理事長である小太郎が参加する。
質が低ければ二度と依頼が来なくなるので、旅行会社も下手なことは出来ない。
「念のために伝えておくが、4日目の札幌市内での班別行動は、各自で出すことになるからな」
佐竹は修学旅行について、全額負担ではないと注意喚起した。
そのことについて、北村が確認を取る。
「班別行動って、班で自由に行動するんですよね?」
「そうだ。自分達で計画して行動するのも、修学旅行における学びの一つだ。札幌市内だったら、どこに行っても良いが、交通費や入場費は各自で負担だ。よく考えて計画を練れよ」
「うい、了解です」
「よしお前ら、一班六人の班を作れ。作ったら班で予定を相談して、一週間以内に俺へ提出しろ。計画が破綻していないか、おかしなところへ行かないか確認するからな」
宣言した佐竹は、「早く班を作れ」と言わんばかりに、生徒達に両手を振った。
急き立てる佐竹の様子を見た一樹は、前の席に座る小太郎に声を掛ける。
「小太郎、俺達で班を作るぞ。俺と小太郎、蒼依、沙羅、香苗、柚葉で良いよな」
「ああ、それで良い」
問われた小太郎は、短く頷いて即答した。
陰陽同好会のメンバーが6人なので、6人で組むのが一番速い。
佐竹が6人で組むよう指示したこと自体、一樹達を6人で組ませるためではないかと思えた。
問題児はまとめておくほうが、管理は楽だ。
自分が教師だったとしても、魔王を倒しに行くような連中をバラバラに行動させたくはない。
――遺憾だ。
不本意な評価に対して、一樹は内心で遺憾の意を示した。
もっとも、佐竹の意表を突くために班を変えようとまでは思わない。
なぜなら考え方の異なる生徒と組むと、意見調整が大変になるからだ。
例えばクラス委員長の北村は、文化祭でメイド喫茶の案が出た際に「負担は男女平等にすべき」と言われて、「だったら男子も、メイドの格好をすれば解決だな!」と宣った。
同じ班になった場合、どんな計画を立てられるのか、知れたものではない。一樹は修学旅行で、道民のウケなど取りたくないのだ。
早々に班を作った一樹が教室を眺めたところ、北村が宣言した。
「あぶれた奴、俺が組むぞ」
北村の発言に、一樹は感心した。
自由に組んで良いと言われた場合、大抵は仲の良いメンバーで班を組む。
するとあぶれる人間が出るわけだが、それを見越して、北村は最初に調整役へ回ったのだ。
あらかじめ残った人間と組むと宣言しておけば、北村と組もうと思って残っていたかもしれず、あぶれた人間にはならない。
――あれで感性も、真っ当だったらなぁ。
北村の残念なところは、男子にメイド服を着させようとした点であろう。
人間、誰しも欠点があるのかもしれない。
なお一樹達のクラスは30人で、男女が半々の15人ずつ。
一樹の知る限り、クラス内で交際しているカップルは一組存在するが、「二人で一緒の班に」という気配は無い。
修学旅行の班行動で、カップルのデートに残りの班員が付き合わされるのは、流石に酷だ。
男子は、最初に一樹と小太郎が抜けて、13人。
女子は、蒼依、沙羅、香苗、柚葉が抜けて、11人。
結局クラスは、同性で班を作っていった。
その結果、男子6人が2班、女子6人が1班となり、北村と女子5人が余った。
「それじゃあ俺は、お前らと一緒な。札幌市内で行きたい場所はあるか?」
当然の如く女子5人と組んだ北村は、リーダーシップを発揮して、女子達を仕切り始めた。
あまりにも勇者な行動に対して、ほかの男子達は唖然とするほかなかった。
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★2025年12月15日(月)、第7巻が発売になります!
第6巻の売り上げ次第でしたが、出させて頂けることになりました。
第7巻を刊行できるのは、皆様のおかげです。
香苗の巻、出したかったです。本当にありがとうございます。
・書籍版
『その世界に行かれるのですね』
小白の声が響く中、一樹と香苗は、何かが描かれた絵馬に引き込まれていった。
・共通特典『七歩蛇』
紫苑の要請に応じた沙羅は、紫苑が放つ護気に自分の気を混ぜて、自分の比率を高めた。
みるみるうちに、紫苑が生み出していた護気が、沙羅の護気へと入れ替わっていく。
・電子特典『猪笹王』
白羽の矢が立ったのは、現地に行ったことがあり、運転免許証を所持し、一樹とも顔見知りで、一番下の立場である風花だった。
・TO特典『蝦が池の大蝦』
その妖怪は、阿波伝説物語(1911年)に記される。
徳島県の海部郡浅川村と川東村の間には、蝦が池(現・海陽町の海老ヶ池)という池がある。
昔、大風雨が起きて、雷や地鳴りが凄まじかったことがあった。
それは土佐に棲んでいた大蝦が、大鯨に追われて池に逃げ込んだためなのだという。
UPできるロゴ入りの書影(表紙)が未だですが、出来次第載せます!
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