27話 アフターケア
「地獄へ道連れにされなかったのは、幸いでした」
絡新婦の巣を襲撃してから、3日が経った。
大学附属病院に運ばれた沙羅は、右手の肘から先と、左足の膝から先を失ったものの、一命は取り留めた。
普通の人間であれば死んでいただろうが、沙羅は鬼神と大天狗の子孫だ。
一樹が与えた莫大な神気を取り込んで、生命力に変えられた結果として、命を繋ぐ事が出来た。
「片手と片足が残っただけでも、良かったと思いたいです」
右手と左足は、A級下位の妖力を持つ絡新婦の妖毒に冒されていた。
絡新婦が妖力を変じて作る神経毒は、獲物を麻痺させたり、殺したりする効果がある。その毒は、妖力が強いほど毒の効果が高くて、獲物は呪力が低いほど抵抗できない。
A級下位の絡新婦が生み出す毒の力は、五鬼童が持ち込んだ仙薬の効果を上回り、C級上位だった沙羅の抵抗力を軽々と突破して、右手と左足を侵食した。
一樹が到着して解毒した時点で、既に切断は不可避だった。
右手と左足の欠損について、沙羅はもっと悪い状況を想像して、それよりはマシだと考えようとしていた。
両手を失うだとか、脊椎を損傷して身体が動かなくなるだとか、地獄に落ちるだとかに比べればマシだと考えて、心を保とうとしていた。
決して割り切ったり、受け入れたりは出来ていない。
15歳の少女にとっては、あまりに過酷な状態だろう。
15歳未満には陰陽師の資格を与えない協会の方針について、一樹は正しさを痛感した。もう少し幼ければ、沙羅のように考える事すら出来ないだろう。
返す言葉に悩んだ一樹は、一先ず現状の沙羅を肯定する事にした。
「身体の状態について色々考えるだろうが、それでも沙羅は俺の役に立つ。俺が作る陰陽師事務所の事務員とか、色々と考えている。俺には秘密があるから、金を積まれても絶対に裏切らない人間が欲しいと思っていた」
五鬼童は、役行者との約束を1300年以上も守り続けてきた一族だ。
そんな五鬼童家の沙羅は、『助けて頂けましたら、延びた命で、最大限にお支払いします』と、一樹に約束している。
一樹の莫大な力は、傍に居れば居るほど違和感を覚える類いだが、今の沙羅であれば死んでも口を割らないだろう。
「延びた分の命で、A級妖怪から救出した依頼料を払ってくれる話だったよな。だったら残りの人生は、俺が貰えるはずだ。高校に入れば事務所を作るから、俺を手伝ってくれ」
一樹が同情で口にしている事は、精神的に参っている沙羅にも理解できた。
五体満足であれば、延命分で納得できるだけの貢献を行えた。だが利き腕と片足を失っては、陰陽師に期待される仕事で貢献できない。
陰陽師の知識が必要な電話番などは、国家試験に落ちるレベルでも、慣れれば出来るだろう。会計などの事務仕事であれば、両手がある一般人の方が有利なはずだ。
故に沙羅は、自身が手伝うどころか、一樹の足手纏いになる不安を抱いた。
「最大限のお支払いはしますが、一樹さんの事務所の事務仕事でA級の緊急依頼料を支払えるほど貢献できるとは思えません。ですが、ご連絡せずに勝手に死ぬ事は無いとお約束します」
つまり連絡してから命を絶つ事は、否定していないわけだ。
巨大な負の感情に捕らわれる沙羅に、一樹は思わず溜息を吐いた。
「分かった。それなら内心を2つ話す。それで納得できるか試してくれ」
「お伺いします。寝ているしか出来ないので、時間だけは有りますから」
一樹は沙羅を死なせないために、渋々と、立派ならざる言葉を口にした。
「俺は陰陽師の仕事で稼げるようになったから、身に余る大金は求めていない。それよりも、同学年の可愛い女の子が恩を返してくれる事に期待している。ぜひ払ってくれ、というのが1つ」
1つ目の吐露に対して、沙羅は軽蔑も失望もせず、むしろ失った手足を残念そうに眺めてから尋ねた。
「お役に立てれば良いのですけれど。それで、2つ目は何でしょうか」
やはり根本的な解決を要する。
一樹は沙羅が命を絶たないように、可能性を示した。
「もう1つ、俺は式神使いだ。怪我を直せそうな妖怪を探して、使役する。今のうちに沙羅を先物買いして、式神で治療して、後で得をしたいと企んでいる。以上だ」
一樹が説明を終えると、言葉の意味を反芻した沙羅が、恐る恐る口を開く。
「そんな妖怪、いましたっけ」
人体の治癒は、とても難しい。
西洋では『天使ラジエルの書』に治癒護符の作り方が記されており、日本では『休息万命急急如律令』と書かれた御札などには咳止めの効果があるが、人体の再生は出来ない。
カラドリオスという神鳥は多少の病を治せるが、傷に関しては不可能だ。
だが一樹には、アテがあった。
「ダメ元で、試してみても良いだろう。失敗しても、うちの事務所で引き取る計画に変更は無い。それで、どうだ。限定1品限りの沙羅は、俺に売って貰えるか」
今の沙羅が五鬼童に残っても、動ける双子の紫苑を見て辛い思いをするだけだ。それならば一樹の事務所で引き取った方が良い。
恩義を返すという目的意識を持てるし、誰かに必要だと求められたのならば、自分の存在意義を肯定できる。
はたして沙羅は、少し間を置いてから答えた。
「今のところ商品に欠損がありますけれど、それでもよろしければ、お売りするに吝かではございません。生憎と取扱説明書が無いので、その都度ご説明になりますが、それでもよろしいでしょうか」
「それで良い。買った」
「それでは、お売りしますね。お買い上げ、ありがとうございます。父と母に説明しますので、何日かお時間を下さい。父も入院していますし、お互いに動けないですから」
今回の作戦では、沢山の死傷者が出ている。
討伐目標と定めた母蜘蛛2体と、子蜘蛛6体を討伐して、依頼には成功した。
それと引き替えに受けた陰陽師の被害は、大元の依頼受託者である春日弥生と、春日家長男の一義が、陰陽師を引退するレベルの後遺症を負っている。
沙羅の父である義輔も、ランクが下がる後遺症こそ負わなかったものの、現在も重傷で入院中だ。
その他は中程度以下の負傷で、参加した陰陽師は大打撃を受けている。
一樹が参戦しなければ、東側は全滅していた。
西側は義一郎だけであれば逃げ切れたが、自衛隊は壊滅していただろう。
結論として、今回の依頼は見積もり間違いで、報酬に全く見合わなかった。
依頼料を20億円にしたのは、春日家の大失態である。
結果から算出するのであれば、金額は1桁上にして、複数のA級陰陽師を投入すべきだった。現場で総指揮を執ったのは五鬼童当主であり、春日家だけに責を負わせる話でもないが。
「回復できる妖怪を捕まえてくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
一樹が受けた追加依頼は、沙羅を助ける事である。
現状で「助けた」と称すには微妙であり、一樹は仕事の完遂を目指した。
























