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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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258話 蓬莱の主・何仙姑

 目の前にそびえる宮殿は、まさに仙境の名にふさわしい壮麗な建築だった。

 朱塗りの柱が連なる回廊は、優美な唐草模様の彫刻が施されている。

 屋根の先端には龍と鳳凰の飾りがあり、光を受けて燦然と輝いていた。


 宮殿の門は純白の玉石で造られ、その中央には流麗な筆致で「蓬莱宮」と記された巨大な扁額が掲げられている。

 空には白雲がたなびき、ゆるやかに流れる霧が、現世ならざる光景を浮かび上がらせる。


「それでは宮殿の主の元へご案内します」


 荘厳な宮殿に目を奪われていた一樹は、夢乃に告げられて我に返った。


「宮殿の主は、誰なんだ」


 夢乃はゆっくりと振り返り、涼やかな微笑みを浮かべながら答えた。


 「中国の八仙、何仙姑かせんこ様です」


 一樹は思わず息を呑んだ。


「それは、とんでもない大物だな」


 八仙とは、中国道教において伝説的な存在とされる八人の仙人だ。

 何仙姑は元々人間で、中国の唐で武則天(在位690年~705年)の時代に広州で生まれて、14から15歳の頃に仙人から夢でお告げを受けて、雲母の粉を食べて不死となった。

 その後、八仙の李鉄拐と藍采和に会って仙人になる方法を学び、やがて仙人となった。

 八仙は、出身や特徴によって、貧、富、低身分、権力者、老、若、男、女を代表する。


 貧の李鉄拐りてっかいは、魂が抜け出る間に弟子が遺体を焼いてしまい、乞食の死体に入ることになった。

 富の漢鐘離かんしょうりは、裕福な家の出で、道教では高位の神としても崇拝される。

 低身分の藍采和らんさいわは、市井の芸人だった。

 権力者の曹国舅そうこっきゅうは、宋の皇帝の義理の兄弟だった。

 老の張果老ちょうかろうは、八仙の最年長で、後ろ向きでロバに乗る独特の姿で知られる。

 若の韓湘子かんしょうしは、八仙の最年少で、儒学者・韓愈(824年没)の甥とされる。

 男の呂洞賓ろどうひんは、儒学の教養があって剣術に優れ、文武両道の理想的な男性だ。

 女の何仙姑は、八仙で唯一の女仙である。


 日本における七福神のような存在で、人間社会の各階層を包括することから、幅広い人々に支持されている。

 その中で何仙姑は、世の女性たちの守護者ともされ、七福神における弁才天と考えても良い。


 ――つまり何仙姑に会うのは、弁才天に会うのにも等しい。


 一樹は緊張したが、夢乃は何事もないように歩き出した。


「参りましょう」


 二人が宮殿の門をくぐると、足元の石畳が柔らかな光を帯び、まるで足を進めるたびに道が歓迎するかのように、淡く輝きを放った。

 回廊を進むにつれ、風が微かに香る。

 かすかに甘く、どこか神秘的な香りが鼻をくすぐる。

 それは蓮の花の香りだと、一樹はすぐに気づいた。


 ふと横を見ると、透き通るような湖が広がっていた。

 湖面には蓮の花が咲き誇り、金色の鯉が優雅に泳いでいる。

 時折、水面を跳ねる鯉が光を反射し、煌めく波紋を広げていた。


「蓬莱は、中国から東の海にあるが、なぜ中国の八仙である何仙姑が蓬莱に」


 思わず呟くと、夢乃が小さく笑った。


「八仙過海はご存じですか?」

「大まかには」


 八仙の物語は、中国の唐代より伝わる。

 ある日、八仙が西王母の蟠桃会から帰る途中で、東海を渡ることになった。

 八仙は、それぞれ自分の法器を舟に変えて、海を渡ろうとした。

 貧の李鉄拐は杖、富の漢鐘離は扇子、低身分の藍采和は花籠、権力者の曹国舅は玉板、老の張果老は魚鼓、若の韓湘子は笛、男の呂洞賓は剣、女の何仙姑は蓮の花を乗り物にした。

 しかし渡海の最中、東海龍王の後継者である花竜太子が何仙姑の美しさに魅了され、彼女を龍宮へと連れ去ってしまう。

 これを知った七仙人は、何仙姑を救出するため龍宮に向かった。

 当初の七仙人は、交渉による解決を試みた。だが、花竜太子が何仙姑の解放を拒否したために、七仙と東海龍王軍との間で戦いが始まった。


 李鉄拐は、鉄の杖を振るい、地を打つと地震を起こし、空を打つと雷を呼び寄せた。

 鍾離権は、扇子で炎を生み出し、強風を起こし、龍族の攻撃を跳ね返した。

 藍采和は、花籠から様々な花を取り出して投げ、敵を睡眠や幻覚に陥らせた。

 曹国舅は、玉板を打ち鳴らして強力な音波を発し、光を放って敵の目を眩ませた。

 張果老は、魚鼓を叩いて轟音を発し、敵の耳をつんざき、水中の生物を混乱させた。

 韓湘子は、笛を奏でて、音色で敵を眠らせたり、敵の心を乱したりした。

 呂洞賓は、霊気を帯びた剣で龍族の放つ力を切り裂き、光で敵の術を打ち消した。


 七仙の法器は、龍宮の軍勢を圧倒した。単独では七仙に太刀打ちできないと悟った東海龍王は、南海・北海・西海の龍王に援軍を求める。

 四海の龍王が結集すると、膨大な水軍を率いて七仙に対抗を始めた。龍王達は風雨を操り、巨大な波濤を起こし、海中から様々な水族を召喚して戦った。

 七仙は神通力、四海龍王は自然の力を行使し、衝突は天地を揺るがす規模となった。

 この異常事態を察知した最高神の玉皇上帝(泰山府君の祖父)は、これ以上の混乱を避けるため介入し、天界の勅命として、両者に戦いの停止を命じた。

 玉皇上帝の力の前には、七仙と四海龍王も従わざるを得なかった。

 玉皇上帝は双方の言い分を聞いた後、花竜太子に何仙姑を解放するよう命じ、また七仙と龍王の両者に和解を求めた。

 こうして何仙姑は解放され、七仙と龍宮との争いは収まって、秩序が回復した。

 八仙過海は、八仙と龍王という強大な力を持つ存在でさえ、天界の法には従わねばならないことを伝えている。


「戦いの後、玉皇上帝の決定により、何仙姑様が東海の調停役に任じられました」

「被害者に調停をさせるのか」

「何仙姑様のご意思なら七仙は応じますし、被害者なので龍王様方も応じざるを得ません」


 孫の泰山府君(閻魔大王)も理不尽なら、祖父の玉皇上帝も大概だと、一樹は内心で呆れた。


「蓬莱にある金銀財宝は、花竜太子からの慰謝料のような気がしてきた」


 唐代から現代に至るまで、金銀財宝を積んで海に沈んだ船は、山のように存在する。

 それどころか、海底にある熱水噴出孔の周辺では、地下の熱水に溶け込んだ金属成分が冷たい海水と接触して沈殿して、金や銀の鉱床を形成している。

 日本の周辺海域では、沖縄トラフや伊豆・小笠原海域に海底熱水鉱床が確認されている。

 現代人は採掘できないが、東海龍王と配下の軍勢であれば採り放題だ。

 一樹は微妙な表情を浮かべながら、夢乃の後ろを追った。


 やがて回廊の先に、宮殿の本殿と思われる壮麗な建物が見えてきた。

 扉の前には、左右に一対の白虎の石像が鎮座し、その目はまるで生きているかのような鋭い光を宿していた。

 夢乃が立ち止まり、そっと扉に手を添える。


「こちらでございます」


 扉が、静かに音もなく開いていく。

 開かれた扉の奥には、広大な玉座の間が広がっていた。

 天井は高く、天蓋からは細やかな金糸の刺繍が施された白絹の幕が垂れ、かすかに揺れている。

 床は磨き上げられた翡翠でできており、まるで湖の水面のように淡く光を反射していた。


 室内にはかすかな香が漂っていた。

 それは蓮の花の甘い香りであり、どこか神秘的な気配を感じさせるものだった。

 そして正面、光を受けてほんのり輝く女性が、静かに座していた。


 ――蓬莱には、主が居たのか。


 彼女の姿は、人間離れしていた。

 肌は、俗世の穢れを知らぬが如く、淡雪のように白い。

 背には金糸で縫い取られた蓮の花が浮かぶ絹の衣を纏い、髪は夜の闇のごとく漆黒で、緩やかに結い上げられている。

 かすかに微笑む唇は、優雅でありながらも威厳に満ちている。

 何よりも印象的だったのは、その瞳だ。

 琥珀色の瞳は、悠久を眺めるように静謐でいながら、深い知性と力を秘めている。


 一樹が一歩踏み込むと、何仙姑の視線が、ゆっくりと向けられた。

 その瞬間、一樹の全身が引き締まり、粛然とした気配に包まれる。


 ――神性による威圧感か。


 仙人は沢山居るが、龍王達と争う八仙ともなれば、やはり生半可な力ではない。

 一樹は静かに膝を折り、深々と頭を垂れた。


「陰陽師の賀茂一樹と申します。蓬莱宮を訪れる機会を賜り、誠に光栄に存じます」


 一樹の声が、静寂に満ちた玉座の間に広がった。

 何仙姑は、淡い琥珀色の瞳を細める。

 それが笑みなのか、それとも何かを試す眼差しなのか、一樹には判別がつかなかった。

 そして、何仙姑はゆるやかに口を開いた。


「よく参ったの」


 その声は、水面に落ちた一滴の露のように澄んでいた。

 それでいて、広がる波紋のように、周囲の空間に静かに響き渡る。

 一樹は息を整え、さらに深く頭を下げる。


「九鬼の娘に、煩いを払う力添えを申し出たとのことだが?」


 何仙姑の声は、澄んで柔らかだったが、発した言葉には明確な刺があった。

 一樹は刺を避け、慎重に言葉を選びながら答える。


「はい。何仙姑様に拝謁する栄誉に賜るとは、思いもよりませんでしたが」


 一樹はゆっくりと顔を上げ、相手の表情を窺う。

 何仙姑は、微かに首を傾げた後、静かに微笑んだ。


「そのような帰趨もあろう」


 何仙姑の声音には、泰然自若とした余裕が感じられた。


「恐れ入ります。しかし人の身で、何仙姑様にお喜び頂けるようなことが成し得ますでしょうか」


 何仙姑は静かに目を閉じ、一拍置いてから言葉を紡いだ。


「其方の呪力は、人の身にしては、飛び抜けておるの」


 何仙姑は、再び瞳を開くと、軽やかに手を動かした。

 その仕草に合わせるように、羽衣がわずかに揺らぎ、光を煌めかせる。


「委細は、九鬼の娘に聞くが良い。妾は迷惑しておる故、解決すれば礼の品を渡そうぞ」


 その一言が告げられた瞬間、空気がふっと緩んだように感じた。

 しかし投げかけられた言葉は、軽くない。

 何仙姑が迷惑する何かに、一樹が対処しなければならないのだ。無論、東海で力を振るうことを制限された八仙に出来ないだけで、さほど大事ではない可能性もあるが。


「恐悦至極に存じます」


 ここまで話が進んで、いまさら断る選択肢は無い。

 一樹は深く一礼しながら、慎重に言葉を選んで応じた。

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― 新着の感想 ―
私は酔八仙で覚えてた。偉大なり、ジャッキー・チェン
過去に四海龍王を圧して武具を強請りとった斉天大聖が八仙側につくのでそっちが勝ちそうな気もする八仙東遊記でしょうかね
神仙の困り事を解決すれば徳が積めそうだし、一樹自身の目的にも有意義そうですね。 それはそれとして難度がわからないから不安にもなる。
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