255話 残った2人
六月中旬の放課後。
梅雨前線が南の空に居座り、花咲市の空はどんよりとした灰色に覆われていた。
道端には、午前に降った雨の名残が水たまりとなっている。
花咲市の空気は湿り気を帯びており、草木の青い匂いが微かに漂っていた。
「もう6月半ばか」
窓を眺めた一樹の嫌そうな声が、同好会室に響いた。
自転車通学の一樹達にとって、雨が多い季節は面倒だ。
人々からの注目が大きいために、傘差し運転でケチを付けられないようレインコートを着るが、わざわざ制服の上から着込むのは手間だ。
一樹が稼いでいる額を考えれば、登下校の送迎に運転手を雇っても良いかもしれない。
花咲グループの会長となった小太郎は、運転手付きの黒塗りの車で登下校をしている。
だが幼少期に貧困生活を経験した一樹は、大金を稼ぐようになった今までも「お金が勿体ない」の精神で、自転車に乗っている。
一樹の溜息を耳にした小太郎が、モニターを覗き込んでいた顔を上げた。
「陰陽師国家試験、迫ってきたな」
「そうだな。4月の入学から8月の試験まで、もう半分以上が過ぎたな」
雨の憂鬱さについて想像していた一樹は、勘違いした小太郎の話に乗って、後輩達に受けさせる国家試験を思い浮かべた。
国家試験は、一次が7月1日から7月23日、二次が8月1日、三次が8月4日に行われる。
上の7人を除いた後輩達にとって、分水嶺は二次試験だ。
4月に入学して、8月に試験があるのだから、6月は試験までの期間が半分過ぎている。
「陰陽師国家試験は、同好会の活動実績だからなぁ」
「まあ、そうだな」
野球部における夏の甲子園、吹奏楽部における全日本吹奏楽コンクールのように、陰陽同好会にとって活動実績を示せるのが陰陽師国家試験だ。
一樹達の陰陽同好会は、高校に隣接するR棟を使えるなど、施設面で優遇を受けている。
魔王の調伏に従事した一樹達の学年は文句を言われないだろうが、一樹達が一年生の時に挙げた実績は、その後に入学する後輩達には適用されない。
周囲の生徒達に不満を抱かれないためには、優遇に見合う結果を出さなければならない。
例年500人台しか合格者が出ない陰陽師の国家資格は、弁護士よりも合格する難易度が高い。それに後輩達が何人も合格すれば、ほかの部活の生徒達も、納得せざるを得ない。
それによって一樹は、気兼ねなく高校生活を送れるわけだ。
「元から学んでいた奴等を除き、5人合格すれば良くて、10人合格すれば上々だったかな」
「一応、そういうことになる」
昨年はA級陰陽師の一樹が、素人だった香苗と柚葉の2人を合格させた。
つまり指導者1人に付き素人2人の合格が、昨年の結果だ。
だが今年は有資格者の先輩が5人居るといっても、沙羅達はA級陰陽師ではない。
B級以下にA級と同じ結果を求めるのは無茶であり、指導者1人につき素人1人の合格として、5人が合格すれば充分な結果が出たと考えられる。
5人以上が合格すれば、同好会を立ち上げた一樹と小太郎は、協会で面目が立つ。
「賀茂、お前は何人の合格を目指しているんだ」
「最低10人で、多いほうが良い」
「現状で陰陽同好会の合格者は、どう考えても10人を下回りそうにないと思うが?」
石橋を叩いて渡るにも限度があるだろうと、小太郎は呆れ気味に答えた。
後輩達から合格者を増やすために、一樹は手を尽くした。
講師となる妖狐の招聘、鬼太郎や大根を用いての試験対策、後輩達が式神を使役する補助。
一樹は賀茂家の末である自覚を持ち、安倍晴明の師匠であった賀茂家の育成が随一と自負する。外野から眺める者達に対して、賀茂家を舐めるなという思いが働いたことは否めない。
一樹の目論見通り、侮られない結果になったが、それを突き抜けて呆れられるに至った。
「それでも上の7人を除くと、現時点で俺が絶対に受かると確信しているのは、花音くらいだ」
「賀茂の懸念は杞憂だ。おゆう班の7人は、受かると思うぞ」
「そうかもしれないけどな」
小太郎の予想に、一樹は渋々頷いた。
火行護法神の世界を体験した7人は、直後にG級上位の鬼太郎での試験も突破した。
霊符作成に関しても、妖狐のおゆうからまじないを教わっている。
陰陽師に成った後に殉職するものは枚挙に暇がないが、弟子を案じたおゆうは自費で矛を贈り、一樹を言いくるめて式神も持たせた。
その後も、おゆうが模擬戦を熱心に指導している。絶対に死なない保証は出来ないが、陰陽師に成った後の7人の死亡率は、平均以下になりそうに思われた。
――陰陽師の教育は、徒弟制のほうが優れているわけか。
遥か昔より、陰陽師の育成方法は、師匠に弟子が付く徒弟制だ。
同好会に入会した後輩196人のうち、上位7人を除く全員に武器を与え、式神を使役する機会も設けて、一樹は公平性に配慮した。
講師に関しても、おゆうより、大人数を教える春のほうが、妖狐として優れている。
たが、指導者の熱心さと生徒の学習意欲において、講義形式よりも徒弟制のほうが勝っていた。
学校での少人数教育、塾、家庭教師など、生徒が少なくなるほど教師の目が行き届く。
長年に渡って受け継がれてきたことは、受け継いだ代々で洗練していき、効率的になっているのだと一樹は学んだ。
「海鼠を使役した148人、化鼠を使役した24人、使役していない9人。あいつらも去年は一次試験に通っているし、賀茂がG級上位の鬼太郎で再確認済みだ。今年も一次には通るだろう」
「そうだな。基本的に通ると思う」
一樹が奥歯に物が挟まったような言い方をすると、柚葉が割って入った。
「基本的にって、どういう意味ですか」
「一次試験に使うために準備した霊が、途中でF級下位に上がる場合もある」
「そんなこと、あるんですか?」
「例えば俺が試験官の一人を担うと申告して、申告時にはG級上位だった鬼太郎が、試験前に昇格した場合だな」
一次試験で使われる霊は、G級下位からG級上位の間とされている。
だが用意した時点ではG級上位だったのに、試験を行うまでに霊がF級下位に昇格することは、有り得ない話ではない。
「使役している式神の昇格は、術者が完全に制御できるものじゃない」
「昇格してしまった場合は、どうなるんですか」
「その試験は有効だとして、落ちた者は不合格にしているそうだ」
「えー、差が有り過ぎませんか」
G級下位とF級下位の霊では、試験の難易度に10倍の差がある。
柚葉の指摘に肯定の頷きを返しつつ、協会の常任理事でもある一樹は弁明した。
「47都道府県の各支部に、G級の霊を使役する試験官を7月中に複数配置し続けるのは大変だ。外した場合、代わりの試験官を用意できない」
「うーん」
柚葉は花咲高校を受験している。
同じ試験で、受験生によって10倍の難易度というのは、不公平に感じたのだろう。
不満げな声を上げる柚葉に対して、一樹は別方向からの説明を試みた。
「一次試験は、霊が見えるか、触れられるかだ」
「そうですね。わたしも触りました」
一樹の立ち会いで霊に触った柚葉は、相手の霊体をボロボロと崩していた。
そのため試験官が困惑して、一樹が説明する羽目になっている。
「F級下位の霊に触れられなければ、陰陽師に成って現場に出た時、敵に攻撃が通らなくて死ぬ。翌年も受験できるから、その年は修行不足として落としたほうが良い」
「うーん、そうかもしれません」
「だから花音以外は、絶対に大丈夫とは限らない」
柚葉が不承不承に納得したところで、一樹は話を戻した。
上の7人と花音を除いた後輩達の呪力は、高くてF級下位だ。
試験官が隠形に秀でた霊を使役していないとは限らず、同格でも力が通じないことはある。
「一次試験で定められるG級の霊ではないと、物言いする事は可能だが、慣習的には許容範囲だ」
「F級下位の霊で試験に落ちた時は、そのままにするんですね」
「そういうことだ。昨年は一次試験に受かっているから、一次試験で落ちるのはどうかと思うが、A級陰陽師がごねて結果を覆すほどではない」
一樹は10人以上の後輩が受かれば良いと思っており、合格者数は賀茂家の名声にも関わるが、そのために実力不足の後輩が合格して、後に殉職することを是とはしていない。
すると沙羅から、提案があった。
「試験官は、何人も居ます。一次試験は、受験してもらう日程を分散させますか?」
「そうだな。それなら予定外の試験官に当たってしまって、まとめて落ちるのは避けられそうだ。春先生に伝えて、各自で行かせれば、勝手にバラバラになるか」
「試験の立ち会いは、どうしましょうか」
「今年は、受験者が多くて無理だ。希望者は、講師の春先生達に頼めば良い」
柚葉の時には立ち会った一樹だが、流石に百人以上には付き合いきれない。
そもそも一樹にとって後輩達は、柚葉のように師弟関係ではなくて、同好会の後輩に過ぎない。
「妖狐から教わっていない7人のうち、今年受ける松園冬香、九鬼夢乃、九鬼隆士、小倉達季は、俺達が立ち会いでも良いが」
「九条の分家の冬香は、本家の茉莉花が世話をすると思います」
「そうだな。それと隆士には、俺が聞いておくとして……」
隆士に海坊主を使役させた一樹は、同好会の中では一番親しい有資格者だ。
そちらの面倒は見ることにして、残り2人に思いを巡らせる。
「九鬼夢乃と小倉達季は、放任になっているかもしれない。長身な老人の死神を浮かび上がらせた達季は、いくらなんでも怪しすぎるとして、夢乃には希望を聞いてみるか」
一樹は同好会の後輩達に対して、なるべく公平を心掛けている。
その心掛けに反して、九鬼夢乃と小倉達季の2人に対しては、ほぼ何もしていない。
そのように考えた一樹は、同好会の一員である夢乃にも、指導の希望を聞くことにした。




























