251話 後輩からの相談
灰色の空から、ザアザアと雨が降り続いていた。
どんよりとした雲は分厚く、雨はしばらく降り続きそうだ。
梅雨を思わせる大雨に、一樹は同好会室で深い溜息を吐いた。
「6月になってしまったなぁ」
「6月になると、何か問題があるのですか?」
蒼依に問われた一樹は、渋い表情を浮かべた。
「1年の時に比べて、あまり陰陽師として活動出来ていない気がする」
「そうでしょうか」
一樹の訴えに、蒼依は首を傾げた。
「A級だと、温羅を倒したくらいだぞ」
2年生の4月から5月にかけて、一樹はA級の鬼神である温羅を倒している。
温羅は岡山県支部が手に負えないと報告した相手で、本部の判断で一樹が任された。
「それって、凄いことですよね」
「世間一般では、充分なのだろうけどな」
協会は陰陽師に対して、等級が下の相手と戦えと勧めている。
一樹はA級陰陽師なので、B級以下と戦うことが推奨される。
つまり一樹は、推奨を超える敵を倒している。
常任理事の一樹は仕事をしたと言えるし、五鬼童家に国家試験を任せて、一樹は支部から要請があった鬼退治をしたという役割分担にも成った。
だが一樹の目的は、今世で魂に染み込んだ穢れを浄化することだ。
穢れの浄化という最優先目標で考えれば、高校2年生の出だしは、成果が出なかった。
一樹がガッカリしているのを見かねてか、柚葉が明るい声を上げた。
「わたしの呪力は、B級に上がりましたよ!」
「そうだな。柚葉の呪力は上がったな」
温羅にトドメを刺した柚葉は、呪力がB級下位に上がった。
そんな柚葉を動員できる一樹も、総合力を増したことになる。
「まだ八咫烏1羽よりも弱いが」
「……うぐっ」
一樹が使役している八咫烏達は、1羽でB級中位の力を持っている。
八咫烏達は飛行できて、五行の術で遠距離攻撃も可能だ。戦場に八咫烏達を連れて行ける場合、柚葉が活躍できる余地は少ない。
「でも、わたしは陰陽師の国家資格を持っていますし!」
「確かに、それは大きい」
柚葉は人語を話せて、正規の国家資格も持っているので、単独行動が可能だ。
但し、柚葉の単独行動を想定すると、一樹の脳裏には様々な不安が過ぎる。
B級に上がった場合の柚葉が相対する相手には、出会った当初の水仙のような妖怪も存在する。相手は真っ当に戦わず、様々に罠を仕掛けてくるだろう。
それを突破する力が、柚葉にはあるだろうか。
「柚葉をB級陰陽師に推薦するのは、不安だ」
「えーっ、どうしてですかっ」
「水仙とかは、逃げられないところに誘い込んで、有利な地形で不意打ちしてくるだろう。何も考えずに進んでいったら、相手がC級でも危機に陥りそうな気がする」
「そんなことは……」
柚葉は、火行の世界で大蛇の経験も積んでいるが、得た経験値には偏りが大きい。
龍神の娘である柚葉は、そもそも力押しのタイプだ。元から強い種族なので、堂々と直進して、敵を食い破る。
――蛇も、身体が小さければ毒を持つが、大きければ力で締め付けるからな。
S級の母龍くらい強ければ、力押しだけでも問題は無い。
だがB級下位の柚葉では、C級上位を相手に力押しで充分だとは言えない。
「B級陰陽師は、都道府県の統括にも成れる。だが今の柚葉では、呪力、知識、技量が不充分だ。力押しで行くなら、せめてB級中位には上がらないとな」
「はあっ」
評価を聞いた柚葉は、ガックリと肩を落とした。
一樹が指摘したのは、「調子に乗せると危ない」と考えたからだ。
油断して死んだら、基本的には終わりだ。柚葉が死後にA級まで上がって、どこかに祀られれば復活は叶うだろうが、千年後に復活されても一樹の寿命は尽きている。
「温羅を倒した成果は、協会への貢献と報酬のほかには、柚葉の呪力だけだった」
もちろん2年生になってから力を上げたのは、柚葉だけではない。
香苗は火行を継承しており、沙羅と凪紗も刑部姫から学んで、技量を向上させた。
「沙羅や香苗も力を上げたけど、俺は陰陽師として、成長できていないんだよなぁ」
「後輩が入ってきて、少し忙しかったですからね」
「そうかもしれないな」
陰陽師には、妖怪の調伏と、後進の育成という二つの役目がある。
当代で妖怪を半分に減らしても、後進を全く育成しなければ、次代以降で人類の負けだ。
陰陽師にとって後進の育成は、妖怪調伏に劣らぬ重要事項だ。
賀茂家の末でA級陰陽師の一樹には、世間から相応の成果が期待される。
「後進の育成は、陰陽師としての信頼と名声が上がるから、有意義な期間だったと考えるか」
「そうですね」
現状について、一樹はプラス思考で再認識した。
全国に陰陽師の後輩が居れば、現地の情報を集める際、様々な裏付けを取れるようになる。
穢れを直接祓うことには繋がらなくても、情報の精度と安全性が増す。
「入会した後輩196人のうち、中級以上が7人、おゆう班7人、海鼠の使役が148人、化鼠の使役が24人、無しが9人、退会が1人。こちらで式神を持たせたのは、179人か」
「大人数ですね」
徒弟制で1年に2人ずつを教えた場合、90年近く掛かる。
質はG級だが、量としては途方もない。
「179人に関しては、元下級の師匠に教わったよりも良い結果かな」
「良い結果になったと思いますよ。元下級の師匠が連れて行っても、弟子を死なせてしまいます」
A級が定席になっている五鬼童家の沙羅が、蒼依の隣で肯定した。
海鼠や化鼠は、数百や数千という数で襲ってくる。
倒しきる前に護符の効果が切れて、噛み殺されることは、目に見えている。
「安全に使役できるのは、お墓に居るG級の力を持った人間の霊ですけれど、それは戦力としてアテにできません」
「同じG級なのに?」
沙羅の説明に、柚葉が首を傾げた。
すると沙羅は柚葉に向き直り、問い掛けた。
「お墓の霊って、生前に未練を残して死んで、成仏できていない人達ですよね?」
「そうですね」
「病院で亡くなられるのは、どんな人達ですか?」
「それは、寝たきりだった老人とか、死にかけていた重病人とか……」
「その人達に、呪力を与えるから戦えと言った場合、戦えると思いますか?」
「あっ!」
沙羅に問われた柚葉は、墓場の霊を戦力化することが難しいと理解した。
楽に実現できて、効果的であれば、誰でもやっている。
やっていないのは、相応の障害があるからだ。
「現役を引退した師匠は、危険な現場には行きません。それに、弟子に式神を持たせなくても怒られませんが、死なせると大問題です。ですから下級の弟子は、実用的な式神を持てません」
式神を得た179人は、元下級の師匠に教わるよりも、確実に良い成果を得たらしい。
「それなら良かった。元下級に教わるほうが良かったと言われたら、立つ瀬が無いからな」
ネズミが嫌だと断った9人は式神を持っていないが、一樹は機会を与えたと認識する。
「下に対しては、充分だな。上の7人も、凪紗と茉莉花達は良いとして……」
上の7人のうち、刑部姫の所に連れて行った凪紗と、香苗の指導を受けられる茉莉花達3人は、各々が実家に留まるよりも、良い結果になっている。
「残る小倉達季、九鬼夢乃、九鬼隆士の三人は、どうしたものかなぁ」
「一樹さんは、三人に指導してあげたいのですか?」
「高校の同好会として考えた場合、入会した後輩を放置するのは、どうかと思った」
だが三人とも専門の技術を持っており、中途半端な口出しがプラスになるとは限らない。
相手から来るのであれば構わないが、一樹から行動を起こすことは躊躇われた。
そして、そんな風に思っていたからだろうか、一樹達の同好会室がノックされた。
「……どうぞ」
フラグを立ててしまったのだろうかと感じながら、一樹は相手が厄介でないことを願った。
はたして入室したのは、海犬を使役する九鬼隆士だった。


























