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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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250話 石積みの穴

 琴、三味線、篠笛の三重奏が、屋敷の内外に響き渡る。

 もっとも音源は、スマホである。

 それでも宴会っぽく仕立てられたのか、屋敷には衣冠を纏った立派な髭の男と、彼に引き連れられた100人ほどの婚礼を祝う人々が、集っていた。


 ――総数が目減りしているのは、過去に祓われてきたからかな。


 伝承では200から300人だとされていたが、500年以上も昔の応仁年間だ。

 それ以降、陰陽師が1体も調伏していないとは思えない。

 地道に削り続けた結果、総数が減ったのだろう。


「いやあ、屋敷を貸して頂いて、実に有り難い!」


 一樹の隣には、集団を引き連れてきた髭の男が座っていた。


 ――こいつが、核かな。


 髭の男は、講師の妖狐用にと少量用意されていた御神酒を笑顔で飲んでいる。

 そして春が、冷笑を浮かべながら、減っていく酒を見守っていた。


「……ははは、それにしても婚礼とは、おめでとうございます」

「はっはっは、ありがとうございます。我が息子ながら、まことに天晴れ。あのような器量よしの花嫁は、私も見たことがありません!」


 髭の男が視線を向けた先には、14歳から15歳ほどの新婦がお行儀良く座っている。

 伝承にあったとおり、細身で色白、顔立ちも整った娘であった。

 なお応仁年間の頃は、色白で肌がきめ細やか、髪が長くて艶がある、口は小さくて紅いなどが、美女の条件だとされた。

 屋敷に入ってきた花嫁は、美女とされる条件に合致している。

 もっとも相手は、人に化ける妖怪だ。

 人間が美しいと思う姿に化けただけで、正体はネズミの妖怪である。


「あなたは立派な衣冠をしておられますが、実はかなり身分の高い方なのですか」


 一樹が尋ねると、髭の男は満面の笑みを浮かべた。


「ええ。我らの遠い祖先が、名高き神にお仕えしたと聞いております。嘘か誠かは知りませんが、我らには多少の呪力がありますので、誠かもしれませんな」

「名高き神ですか。それは凄いですね」


 ネズミが仕えた名高き神とは何だったかと、一樹は目まぐるしく思考した。

 第一候補は、諏訪の父にして、国津神の主宰神である大国主神だ。

 古事記には、大国主神が火攻めに遭った際、ネズミが地下に招いて助けたと記される。

 そのため大国主神を祀っている京都市の大豊神社では、境内末社に狛犬ならぬ狛ネズミが鎮座することとなった。

 大国主神の神使は、神々の先導役でもある海蛇だとされる。

 だが大国主神と習合された大黒天は、白ネズミを神使としている。


 ――多少の呪力や力があるのは、それ故か。


 化鼠達の力を不思議に思っていた一樹は、髭の男から説明を聞いて、納得した。

 もっとも神話時代の話であり、普通のネズミと混血していけば、大した力は残らない。程々で落ち着いたのが、現状なのであろう。


「勿体ないかなぁ」

「何がですかな?」

「いえ、失礼。無関係なことを考えておりました」


 化鼠の能力を知った一樹は、僅かに惜しむ感情を抱いていた。

 前回断った24人には、海鼠よりも能力の低いネズミの霊を持たせるつもりだった。

 だが戦闘力は海鼠のほうが高くとも、人に化けられる化鼠は使い勝手が良い。

 海鼠と化鼠は優劣を付けがたく、一概に差を付けられなかった。


「まあ、今更か」

「よく分かりませんが、今日は目出度い日。ささ、飲んで下され」

「ありがとうございます。それでは一献」


 相手を油断させるために、一樹は相手が勧めた酒を飲んだ。

 一樹は地蔵菩薩の万病熱病平癒という修法を持っており、酔っておかしくなる心配はない。

 勧めた飲み物を口にするのを見て、髭の男の笑みが深まった。


「皆様、大分盛り上がってきたようですな」


 その声で一樹が周囲を見渡せば、後輩達もお酌を受けている。

 男子生徒は、花嫁の世話をしていた侍女達から。

 女子生徒は、花婿の友人と思わしき眉目秀麗な青年達から。

 相手がネズミの霊であることは言い含めているが、伝承に則して演技を続けているのか、男子は着物姿の侍女に対して、阿呆な真似をしていた。


「よいではないか、よいではないか」

「お代官様、お戯れを」


 発生していたのは、時代劇などで演じられる典型的なシーンである。

 着物姿の女性が逃げて、悪代官が追いかけていく。

 そして悪代官役の男子が、侍女を捕まえた。


「がっはっは、このオレを手こずらせおって」

「あー、れーっ」


 彼らは盛り上がっており、興奮が収まる気配は微塵もない。

 侍女も笑みを浮かべながら、男子を煽っている。


「まっ、回るーっ」


 男子に掴まれた帯が引っ張られ、侍女がクルクルと回り始めた。

 帯が解かれると、着物がはだけてしまう。

 男子生徒の邪な視線が、着物がはだけていく侍女へと集中したその時、不意に屋敷の明かりが、一つ残らず消えた。

 途端に、大人数が屋敷中で暴れる騒音が鳴り響く。


「心霊現象だ。落ち着け、霊符に意識を集中させて身を守れっ!」


 指示に従える者が、はたしてどのくらい残っているだろうか。

 一樹は後輩達に持たせている式神・大根に気を送り、強制的に守護護符の効果を発動させた。

 その間にも、ドンッと音を立ててテーブルがひっくり返り、料理が四方に投げ出される。酒瓶が床で砕け、床に液体が撒き散らされた。

 ネズミ達と、混乱した後輩達のどちらが引っ張ったのか、カーテンが引き裂かれる音もした。

 タンスが引き倒され、窓ガラスが割れて、屋敷のあらゆるものが破壊されていく。


「蒼依、猫太郎だ」

「はい、猫太郎っ!」


 蒼依の指示が発せられた刹那、全身に鳥肌が立つ強烈な気が吹き荒れた。


「なぁーん」


 暗闇に、大鬼に匹敵する大妖の呻り声が鳴り響いた。

 呻り声と共に妖気が放たれ、空気を振動させながら、屋敷中を威圧していく。


「ギイイイッ!?」


 屋敷の方々から、ネズミの悲鳴が上がった。

 恐怖と混乱の気配が蔓延し、雪崩を打つように恐慌状態へと陥っていく。


「なぁーん」

「ギイイイッ」


 一樹の隣から、理性を保ったネズミの命令が飛んだ。

 髭の男が撤退を命じたのだと察した一樹は、即座に指示を出す。


「水仙、髭の男を追え。猫太郎と鎌鼬三柱は、ネズミの霊を追え。巣穴に追い詰めて、逃がすな」


 一樹が召喚したのは、絡新婦と鎌鼬だった。

 水仙は山中での行動に支障がなく、妖糸で標的の周囲を封鎖できる。

 鎌鼬はつむじ風に乗って飛んでいけるし、小柄なのでネズミの巣穴にも入り込める。

 猫太郎を合わせて5体の大鬼が、強風を巻き起こしながら飛び出していった。


『狐火』


 いくつもの炎が浮かび上がり、暗闇を照らす。

 それらは、術を放った春の元から離れて、提灯に明かりを灯していった。

 照らし出された宴会の跡地には、壊された家具と汚れた床、食べ物の残骸が残されていた。

 ネズミ達が居なくなって冷静さを取り戻した後輩達は、荒れ果てた屋敷に呆然と佇む。


「お前ら、怪我は無いか」


 一樹が話し掛けると、後輩達が仲間と視線を交わしながら頷いた。


「はい、大丈夫です」

「それなら、今の状況を言ってみろ」


 一樹が返事をした男子に尋ねると、男子は思い出しながら言葉を紡ぐ。


「賀茂先輩がネズミの霊達を誘い込んで、予定通りに宴会をしました。俺達も知らない振りをして、飲み物を飲んで……あれ、くそっ、あいつら騙しやがって」

「何を騙されたんだ」

「術だと思います。頭がふわっとして、引っ掛けられていました」

「術に関しては、ちゃんと霊符で守っていた。単に相手の色香で引っ掛かったんだろう」


 一樹が突っ込むと、女子の冷たい視線が悪代官に突き刺さった。

 相手のほうが遥かに年上で、手練手管では大きく上回る。

 使役した後、式神に上手く騙されないか、一樹の脳裏に不安が過ぎった。


「お前が使役するネズミの霊、オスにしたほうが良いかもしれないな」

「えーっ、いや……」

「沢山居るから、マシそうなのを見繕うしかないな。とりあえず、あの侍女は駄目だ」

「マジっすか」


 ションボリした後輩を見て、一樹は侍女の使役を禁止したことが正解だったと確信した。


「さて、下手人を使役に行くぞ。全員、例の木材を持て。後片付けは、その後だ」


 後片付けの話をすると、後輩達は嫌そうな表情を浮かべる。

 だが式神を獲得するという利益を享受するのは、他ならぬ後輩達だ。

 一樹は構わず、水仙達の呪力を追って、怪異の巣へと向かった。


 怪異の巣は、伝承通りの場所にあった。

 屋敷から多少離れた、石が小高く積み重なる場所の下にある穴である。

 先行して追い込んだ水仙から、報告が上がった。


「殆どが逃げ込んだよ。あとは、山に散っちゃった」

「そうか。髭の男は、こっちに入ったんだよな」

「当然。ボクが居るからね」


 一樹は水仙に、髭の男を追えと命じた。

 ネズミの霊100体と髭の男が別々に逃げれば、水仙は髭の男を追う。

 水仙が居るのならば、ほかの霊が一体も居なくても、髭の男だけは巣穴に居ることになる。


「あの男が集団の核だから、調伏しておこう。あとは巣を祓って、屋敷には予定通り、地蔵菩薩の木像を埋めておくか」

「容赦ないねぇ」

「俺が去った後に再結集して屋敷を襲われると、終わりが無いからな。まずは使役だ。1匹ずつ、引き摺り出してくれ」


 水仙は妖糸を用いて、ネズミの霊を巣穴から引き摺り出した。

 そこには神気を纏った木材を構えた後輩が居て、傍には大鬼級の妖怪が並んでいる。そのうち1体は、化鼠の霊が恐怖を抱く猫又の大妖、猫太郎だ。

 ガクガクと震える化鼠の霊に対して、一樹は厳かに告げた。


「我々は、陰陽師だ。お前達は、俺の屋敷を襲った。本来ならば調伏するところだが、式神契約が成立した者だけは、調伏しないでやろう」


 使役されて力を蓄える機会を得るか、祓われるかの二択である。

 引き摺り出された化鼠達は、一も二もなく頷いた。

 これによって陰陽同好会の1年生は、希望した全員が、式神を持つこととなった。

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― 新着の感想 ―
>「なぁーん」 >暗闇に、大鬼に匹敵する大妖の呻り声が鳴り響いた。 可愛い呻り声w 誑かされた後輩はドンマイ! >「我々は、陰陽師だ。お前達は、俺の屋敷を襲った。本来ならば調伏するところだが、式神…
ちょっと可愛い化け鼠でした
誑かされた男子は仕方ないね。 でもオスのネズミでも美女に化けれるのでは? まあ本人が納得するならいいか。
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