245話 花咲の浜
花咲学園は、三方を海に囲まれた陸地に建てられている。
一方は、波が穏やかな入り江だ。文化祭では、幽霊巡視船で飲食店を出店した。
残る二方は、波が荒いために手付かずで、自然の砂浜が広がっている。夏は海水浴も可能だが、5月では流石に早過ぎる。
そんな花咲学園から徒歩5分の砂浜に、放課後の同好会員が集まっていた。
『本日からは、式神を使っての模擬戦も行います』
拡声器を手にした春が、参集した1年生達に呼び掛けた。
――妖狐は、機械が苦手じゃなかったかな。
一樹は失礼なことを思ったが、呼び掛ける対象は、海鼠を使役した148人だ。
肉声では届かない規模なので、流石に春も拡声器を用いていた。
「ついに海鼠のお披露目ですね」
蒼依は気分良さげだったが、それは海鼠の使役に、蒼依の神域の杉が使われたからだ。
蒼依が祖母から相続した山の木々は、大量の神気を帯びている。それは蒼依が神域を作る練習を繰り返したからで、杉の木も大量の神気を帯びていた。
その杉を削って作った角材で殴れば、霊体を神気で殴るようなものだ。
山姥が植えた杉が、一樹に伐採され、人々を襲う海鼠の調伏に利用された。
後輩達は、陰陽師となって全国各地で沢山の人を救うことになる。
それは蒼依にとって救いであり、清々しいことでもあった。
「海鼠の使役は4日前で、本当は月曜日に練習開始の予定だったから、少し待たせてしまったな」
「トラブル、ありましたからね」
トラブルとは、もちろん久瀬の件だ。
一樹が姫路城に行ったため、式神の練習を予定していた後輩達に、塗り潰しの絵馬・大根を使った守護護符を持たせられなくなった。
「同好会で怪我を続発させたら、設立した俺と小太郎の体制作りが悪かったと思われる。だから、ある程度の安全対策は必要だ。昨日までは、それが準備できていなかった」
一樹の絵馬で護符を描けば、後輩達は呪力を消費せず、金銭も消費しない。
それに対して、普通に霊符を描かせた場合は呪力を消費して、式神の訓練どころではなくなる。
それでは一樹が代わりに描けば良いのかといえば、香苗と柚葉の二枚であれば片手間で済むが、148人分は大変だ。そもそも後輩達は、一樹の弟子でもない。
結論として、一樹が戻ってくるまで待て、ということになっていた。
「でも海鼠だけと戦って、本当の訓練になるのでしょうか」
「蒼依が言ったとおり、海鼠以外とも戦ったほうが良いとは思う」
「そうですよね。色々な妖怪や怨霊がいますから、海鼠に馴れすぎると危ないかもしれません」
全員の式神が海鼠になったのは、148人もの後輩達が式神を獲得するのに、一々付き合ってはいられないからだ。
海鼠が大量発生する現場に連れて行き、工場で大量生産される規格品を持たせるように、一律で持たせるしかなかった。
「だからといって、自前で使役させると、大変なことになる」
自前で赴いた久瀬は、とんでもない結果をもたらした。
女性の霊を使役しようとして、場所を誤って神域に入り、邪に術を使おうとして神罰を受けた。そして救出のために、A級陰陽師2名とB級陰陽師2名が神域に突入することになった。
見習いが式神を使役する際は、引率が必要だ。
「同じ式神を使うなら、使役の上手さには差が出る。上手い奴の使役は、参考になると思うぞ」
同じ式神を使役する者達で訓練することには、メリットとデメリットがある。
納得した蒼依は後輩達を見渡して、一カ所に目を留めた。
「おゆう班も参加するのですね」
「よく見分けられたな」
陰陽同好会に入会した1年生は、196人。
現在は5月で、一樹達は未だ、全員の顔と名前が一致していない。
それどころか一樹は、卒業までの2年間に、半数を覚えられる自信も無かった。
「持っている武器が違いますから」
蒼依は、後輩達が持っている武器の違いで、見分けを付けたらしい。
海鼠を使役した148人は、今回の模擬戦でも、杉を使った角材を持参した。
おゆう班の7人は、師匠から贈られた矛を持ってきた。
樹齢500年以上の木を柄として、呪力の伝導率が高い青銅製の矛先が、取り付けられている。下級陰陽師の活動であれば、概ね網羅できる良品だ。
「花音も、矛を持ってきたのか」
おゆう班は全員参加しており、その中には花音も含まれる。
「呪力が大きく上がった子ですよね」
「そうだ。今のところ呪力はE級だけど、式神がD級だ」
三次試験で負けても、式神の福がE級上位の妖怪を倒せば、花音はD級に昇格できる。
そんな花音の対戦相手には、上位グループから、海犬を使役する九鬼隆士を呼んだ。
その一方で、強制退会となった久瀬を除いた33人は、式神を持たないので見学となっている。
『式神を持たぬ者は、見学して頂きます。なぜ見学になるのか、おゆう、説明してください』
『それは式神を使役している側が、一方的に勝つからです』
説明役を振られたおゆうは、自分が持つ拡声器で、対戦が成立しない理由を語り出した。
『F級の小鬼は、成人男性の6倍ほどの握力を持つチンパンジーと、同程度と見なされます』
『そのように考えられていますね』
『はい。海鼠はG級中位ですから、成人男性の0.6倍ほどで、素手でも勝てるかもしれません』
『そうですね。倒せるかもしれませんね』
海鼠は霊体なので、物理攻撃は効かず、呪力が勝敗を決する。
1年生達は、G級上位からF級下位の呪力を持っているので、拳に気を籠めて殴り付ければ、海鼠を倒せるかもしれない。
だが使役された海鼠は、単なる怨霊ではなく、陰陽師が操る式神だ。
『ですが海鼠は、式神です』
『というと?』
『使役者は、G級上位の呪力で2回、F級下位の呪力で5回、海鼠を復活させられます。ですから対戦相手は、成人男性の0.6倍の力を持つ海鼠と、2連戦から5連戦もさせられます』
『それは大変ですね』
しかも相手は自分の身体が傷付くことを恐れず、相打ち覚悟で襲って来る。
武器を片手に突進してくる相手を、2回から5回ほど防がなければならないわけだ。
『海鼠を倒しても、術者は無傷で残っています。そもそも術者は、海鼠が相手と戦っている間は、何もしないのですか。私でしたら、戦闘中に相手の頭を角材で殴れと教えます』
『敵と戦う場合、それが正解でしょう』
海鼠に足元から襲い掛からせて、相手の上半身に角材を振り回せば、海鼠に当てる心配も無い。
頭を何度も角材で殴られて、人間は耐えられるだろうか。
術者と式神に連携されると、0.6倍ではなく1.6倍の敵と、2連戦から5連戦となる。
『対戦者同士で取っ組み合いとなり、互いを押さえたとします。すると残っている海鼠が、相手の顔などを一方的に攻撃できます。眼球って、柔らかそうですよね』
『実戦では、充分に有り得ますね』
妖狐達の話を聞いた1年生達は、そこまでやるのかと、一様に戦慄している。
だがおゆうは、隼人達に言い聞かせるように言葉を続けた。
『敵は、殺せる瞬間に、容赦なく殺しなさい。さもなくば、皆や仲間が死ぬか、捕まって酷い目に遭います。良いですね』
火行護法神の世界では、おゆうが殺されたことで弟子6人が死に、花音も追い回された。
そんな大蛇退治を思い浮かべたのか、おゆうは真摯に訴えた。
それに対して隼人達も、矛を握り締める手に力を入れながら、硬い表情で頷き返した。
――おゆう班は、心構えでも陰陽師に合格だな。
後輩達の大半は、本気で引いている。
だが陰陽師に成れば、いずれ妖怪や怨霊との戦いは不可避だ。
なにしろ大人しく成仏してくれない霊が居るから、陰陽師が呼ばれるのである。
『結構です。おゆうが説明してくれたように、式神の有無は大きな差となります。敢えて戦わせて、式神の必要性を痛感させるのも手ですが、一方的だとトラウマになりますでしょう』
春がクスクスと笑い掛けると、式神を使役しなかった33人は青ざめた。
だが春達が教えなければ、式神という身を守る術を持たない33人は、実戦に出てから大怪我をしたり、命を落としたりすることになったかもしれない。
春達は講師として、式神の有無による差を教えただけだ。
『それでは模擬戦を始めます。2人組になって、距離を取って下さい。各自、周りから充分に距離を取ったら、始め。相手が右手を挙げたら、模擬戦は終了でございます』
海鼠を使役した148人と、隼人達6人は、偶数だ。
おゆう班の7人目である花音は、海犬を使役する隆士と組むことになっている。
指示された後輩達は、対戦相手と2人組になりながら、砂浜に広がっていった。




























