・みさき鴉【第6巻、予約開始】
今話は、第6巻 予約開始の記念SSです。
例年に増して、秋の深まりが遅い10月下旬。
空は高く澄み渡り、乾いた風が街路樹の葉をさらっていく。
日中の日差しはまだ柔らかく残るものの、朝晩は肌寒さを感じるほど冷え込み、歩く人々の装いもすっかり秋の色を帯びている。
「文化祭と五鬼王退治をしているうちに、すっかり秋になったな」
「クワッ」
一樹の肩に乗る朱雀が、短く相槌を打った。
一樹達がすれ違った人々は、薄手のジャケットやカーディガンを羽織り、紅葉で色付き始めた並木道を歩いている。
人々の服装は、花咲市ですれ違う人々に比べてお洒落だ。
なぜなら今日の一樹は、神奈川県を訪れている。
神奈川県の中心部にある陰陽師協会。
そこで一樹は、要請を出した支部の幹部職員と面会した。
「神奈川県には、みさき鴉という妖怪が出まして……」
協会の幹部職員は、退職した元中級陰陽師が務めることも多い。
それは退職後の陰陽師に、肩書きや収入を与えるためだ。
もちろん彼らは現場経験が豊富で、妖怪に関する知識も深く、地域の関係者との繋がりも強い。
また元中級であれば、現役の中級以下の陰陽師に対して、きちんと物申せる。
そのため協会の幹部職員として、不足のない仕事が出来る。
「みさき鴉は、亡者の供物を横取りするカラスでしたか?」
「はい。ほかにも、親より先に亡くなった幼子が賽の河原で石積みをしていると、みさき鴉がやってきて、積み上げた石を壊すそうです」
「それは、けしからん奴等ですね」
神奈川県には、古くからカラスにまつわる伝承が多く残っている。
鎌倉や小田原といった歴史的な土地では、神仏の使いとされる烏天狗の伝承や、戦国時代に戦場を駆けた軍勢を導いた霊鳥の話が語り継がれている。
神奈川県の鎌倉市から小田原市にかけては、寺院や霊場が点在する地域であり、こうした妖怪に対する風習も色濃く残っていた。
みさき鴉もまた、そうした伝承のひとつに名を連ねる存在だ。
「賽の河原で幼子が積んだ石を崩すのは、本来は鬼の役割です。みさき鴉は、鬼の行いを見て、それを真似たのではないかと推察されています」
「なるほど」
「神奈川県には、みさき鴉が墓を荒らさぬよう、墓地に赤や青の御幣を立てる『みさきよけ』の風習があります。ですが、近年では守られず、荒らされます」
「カラスって、群れ単位で、変なことを覚えるからなぁ」
「「「「「クワッ?」」」」」
一樹が連れてきた式神の八咫烏に視線を向けると、朱雀達は揃って「心当たりはございません」と首を傾げた。
その行動自体が異様に揃っており、むしろ「変なことを覚える証拠」のようなものだが、当人達にはまるで自覚がないらしい。
「それで、みさき鴉がどのような問題を起こしたのですか」
幹部職員は深く息を吐きながら、書類の束を机に広げた。
そこには、一般市民からの苦情や報告がぎっしりと詰まっているようだった。
「煙鬼が増えたせいか、大発生しています。神奈川県には、魔王領の包囲に参加している静岡県民も多く居ます。彼らの士気が下がり、周囲にも波及するのです」
説明を聞いた一樹は、眉間に皺を寄せた。
「煙鬼の犠牲になった子供が、いつまでも賽の河原で苦しむと思えば、助けたいでしょうね。それが出来なければ、無力感で士気も下がるか」
「みさき鴉は、あの世を行き来できる妖怪です。霊的な存在なので、普通の『カラスよけ』に効果は有りません」
一樹は顎に手を当てながら考え込んだ。
「みさき鴉が現われる墓では、『みさきよけ』は、試されましたか?」
「はい。ですが、御幣を設置していない墓に移動しました。すべての墓に設置した場合、祓えの弱い墓に行くでしょう。イタチごっことなり、解決しないかと」
「まあ、そうでしょうね」
しばらく考えた後、一樹は軽く手を叩いた。
「それじゃあお前達の出番だな。変なカラスを、西に追い散らしてくれ」
「「「「「クワッ!」」」」」
一樹の指示を受けると、八咫烏達は一斉に羽ばたいて、窓から飛び出した。
彼らの黒い羽が夕日を浴びて鈍く輝きながら、素早く空へと舞い上がっていく。
「お呼び立てしておきながら、おかしな事を申しますが、五羽で大丈夫ですか?」
支部の幹部職員が、不安げに問う。
「丸腰の人間が1000人居る土地に、五頭のティラノサウルスを解き放ったら、どうなると思いますか」
「……みんな、逃げるでしょうね」
実際、その比喩は誇張でもなんでもなかった。
八咫烏達はすぐさま神奈川県の各地に散り、みさき鴉の群れを見つけると、容赦なく襲いかかった。
まず、木行を操る青龍が羽ばたきながら鋭い木矢を降らせた。
突如として天から降り注ぐ矢の雨に、みさき鴉達は混乱を来し、鳴きながら四方八方へと逃げ惑う。
「カアアアッ!?」
しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。
火行の朱雀が続けざまに空を旋回しながら、周囲に炎の渦を撒き散らす。
逃げ場を失ったみさき鴉達は、慌てて炎を避けるものの、恐怖でまともに飛べず、次々とぶつかり合いながら墜落していった。
そこへ金行の白虎が鋭い金属片を風に乗せて飛ばす。
キラリと光る金属の破片が高速で空を裂き、みさき鴉を掠めるたびに、墓荒らしの妖怪達は墜落していった。
「カアアアッ!」
みさき鴉達には、反撃する術などない。ただひたすら逃げるのみ。
しかし、逃げた先に待っていたのは水行の玄武だった。
空中で羽ばたいたかと思うと、巨大な水流が巻き起こり、まるで濁流のようにみさき鴉を飲み込んだ。
水をまともに浴びたカラス達は、ボロ雑巾のようにぐっしょり濡れ、羽ばたくことすらままならず、そのまま地面に叩きつけられた。
「カ、カアッ……」
最後の仕上げとばかりに、土行の黄竜が地面の砂や小石を巻き上げ、砂嵐を作り出した。
目を開けることすらできなくなったみさき鴉達は、ただただ訳も分からぬまま、めちゃくちゃな方向へと飛び去っていく。
戦いというよりは、一方的な天災だった。
みさき鴉達は、ボロボロになった羽を引きずって、神奈川県の空から逃げる。
八咫烏達は悠々と上空で旋回しながら、それを見送った。
「クワッ、クワッ、クワッ」
まるで「様式美で、雄叫びを上げてみました」と言わんばかりの適当な鳴き声が、大空に響き渡った。
その日以降、神奈川県では、みさき鴉が目撃されなくなったのであった。
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★2025年5月20日(火)、第6巻が発売になります!
・書籍版
次第に強い思いを籠めた声色の歌が紡がれて、菜々花の言霊が響き始めた。
江戸時代の人々が、しんしんと雪が降り続ける冬の世界をゆっくりと歩き出す。今日は寒いねと、今にも人々の声が聞こえてきそうだった。
琴里が、歌の変化に琴の音色を合わせて、雪を小降りにした。
すると人々の小さな笑顔が溢れた。
・共通特典『由良の浜姫』
『一筆まいらせ候、この者ども、体よくうまそうなれど、私と遊ばず逃げ候、口惜しいことこの上なし。そちらに到着の折は、一人残らず召し上がり下さるよう、お願い申し上げます』
・電子特典『金成太郎』
「まてまて、これは柚葉のためでもあるんだぞ」
「どういうことですかっ」
「龍神様にお会いするとき、役に立っているのか聞かれるかもしれない。そのとき、妖怪を誘き寄せる囮役をしてもらいましたと言うのと、何の役にも立ちませんと言うのと、どっちが良いんだ」
「うぐぐ……」
・TO特典『太兵衛蟹』
カボエネに指示された一樹は、美悠と交代で鍋の蓋を抑えた。
するとビール塗れの蟹が、「出せこの野郎」とばかりに、内側から蓋を押し上げようとする。
だが所詮は、全長15センチメートルの蟹である。10倍以上の身長を持つ人間に勝てるはずもなく、蟹は鍋に押し込まれた。
一樹が侮ったところ、鍋の中で抵抗する蟹が、蓋を数ミリ持ち上げた。
「うわっ、こいつ強い」
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