・発売記念SS、ほぼら火【第5巻、本日発売!】
※今話は、書籍版 第5巻の発売記念SSです。
「幽霊巡視船の使用にお骨折り頂きまして、ありがとうございました」
文化祭の終了後、一樹は協力してくれた陰陽長官の九条に、連絡を取った。
お礼を伝えたのは、文化祭で無茶をした自覚があったが故だ。
幽霊巡視船を会場にした件では、ノリと勢いで突っ走った感が否めない。
端から見て、一樹達はお祭り騒ぎだった。
そして参加者も、明らかにお祭り騒ぎだった。
結果として花咲高校の周辺では、道路の路肩に車がギッシリと詰まっていたし、花咲港にも人が溢れ返っていた。
周辺の建物の窓と屋上にも、異様な数の人が群れていた。
花咲一族が発展させてきた花咲市では、花咲家の当主を含む集団がお祭り騒ぎをしたところで、文句を言ってくる地元民は居ない。
だが陰陽庁が、色々と手伝ってくれたのも事実だ。
そのため陰陽庁には、お礼くらい伝えておこうと思った次第である。
――別に、長官に面と向かって話したかったわけではないけど。
相川家にある一樹の事務所のパソコンには、ウェブ会議用のアプリケーションが入っている。
登録者グループのチャット機能、画像やデータの共有機能、音声と文字のボイスチャット機能、ウェブカメラとマイクを用いた会議機能などが入っており、一樹はYouTuborとしてコラボ相手と連絡を取る際などに多用している。
陰陽庁も登録済みで、一樹が連絡を取ると、担当者ではなく長官が現れたのだ。
『実に豪快な文化祭だったね』
「まあ、繊細ではなかったと思います」
豪快とは、『気持が良いほど、力強く大きい感じであること』だ。
30階建てのオフィスビルに比肩する、全長117メートルの幽霊巡視船を使役して、「ここが文化祭の会場です」と言い張って客を呼び込めば、それは豪快さも極まるだろう。
豪快、豪胆、豪気といった言葉は、止め処なく溢れてくる。
その一方で、繊細さに関しては、微塵も感じ取れない。
あのような所業で繊細を主張すれば、流石に繊細な人々が怒るだろう。
そもそも魔王が支配する地域に、正面から堂々と乗り込んでいく陰陽師は、豪快に決まっている。
A級陰陽師は、土木作業を行う際の大型重機のような存在だ。
繰り上げの元A級陰陽師にして、現陰陽長官の九条は、それを身に染みて知っているのだろう。一樹の控えめすぎる自己評価を聞き流して、用件を述べた。
『それで豪快な君に、豪快に解決してほしい話があってね』
「はあ」
『村上海賊船団の生き残りが出たそうだ。荒ラ獅子魔王が現れたタイミングでは頼み難かったが、文化祭は良い契機になった』
「村上海賊でしたら、幽霊巡視船と引き替えに請け負った範囲ですね」
どんな無茶を言われるかと身構えた一樹は、九条の依頼内容に安堵した。
幽霊は、古来より陰陽師が調伏あるいは使役してきた。
そのため陰陽師の一樹が、幽霊巡視船を使役することは、社会的に認められる。
だが遺族や、国民感情への配慮は必要だ。
『遺族は、幽霊船員の扱いを気にする』
『国民も、血税で建造した巡視船だという認識がある』
それらについて、『村上海賊を除霊して、瀬戸内海の安全を確保するため』という建前を以て、政府が公認してくれている。
A級陰陽師が瀬戸内海の霊障を祓ってくれるのは、政府に大きな利がある。
そのため遺族に「海の安全を確保すべく、任務を頑張っている」とか、「未練があって幽霊になったが、その未練を晴らすことに繋がる」と、説得してくれる。
政府の公認があると、幽霊巡視船員の納得度も大きく上がる。
調伏とは無関係な文化祭でも『政府の公認がある以上、これは国民に親しみを持たせるキャンペーンだ』と納得してくれて、積極的に手伝ってくれるわけだ。
お祭り騒ぎに来た来校者の行列を上手く誘導してくれたり、尽きた食材を調達してくれたりと、幽霊巡視船員も大活躍だった。
その交換条件として、一樹も瀬戸内海の霊障は祓っている。
陰陽長官は依頼のタイミングを気にしたが、瀬戸内海の霊障であれば、一樹は最初から引き受けるつもりだった。
「特に問題ありませんので、すぐに対応できます」
『それは助かるよ。この動画を見てくれ』
そう言った陰陽長官が、チャット欄にURLを貼った。
それをクリックしたところ、一樹のパソコンのモニターに動画が流れ始めた。
映像には、海に四つの小さな島が浮かんでいる。
そのうち一つの島に対して、撮影しているカメラがズームで拡大した。
すると、海賊姿の亡霊達が、焚き火を囲んで踊りながら、ゲラゲラと笑っている姿が映った。
焚き火の周りに座り、仲間の踊りを見て笑っている亡霊の何人かは、傍に槍や刀も置いている。そして極めつけに、『上』という村上海賊の文字が入った、のぼり旗を立てていた。
海賊は沢山いるが、『上』という旗を立てる海賊ならば、村上海賊である。
「これは、どこの映像でしょうか」
『岡山県の南側にある濃地諸島だ。北から順にイサロ濃地島、細濃地島、太濃地島、上濃地島で、すべて無人島だ。その亡霊達は、太濃地島で確認された』
「太濃地島は、どこかで聞いたことがあるような」
『ほぼら火が出るところだよ』
「ああ、道理で聞き覚えがあると思いました」
ほぼら火は、岡山県児島郡下津井町(現・倉敷市)に伝わる船幽霊、怪火だ。
濃地諸島の太濃地島では、台風で発生した洪水により、死者の霊が流れ着く。
そのホボラ(亡霊)が、ボーッと燃えることもあるので、ほぼら火と呼ばれる。
――海賊船を吹き飛ばした時に、海に投げ出された連中かな。
無人島の太濃地島では、島外から流れ着く形でしか、亡霊は発生しない。
最近になってから流された村上海賊の亡霊といえば、一樹の幽霊巡視船に吹き飛ばされた連中が最有力候補であろう。
「それでは対応しますね」
彼らが太濃地島を占拠している原因は、おそらく一樹にある。
その点について、言葉を呑み込んだ一樹は、粛々と瀬戸内海に赴いた。
◇◇◇◇◇◇
太濃地島は、高梁川河口南東側沖にある無人島群の一つだ。
周辺海域は優れた漁場であり、濃地諸島を構成する四島の一つであるイサロ濃地島は、「漁る」の方言から名付けられた。
もっとも人が住むには狭すぎて、島の周囲は一キロメートルも無い。
標高も低くて二八メートルから、高くても四三メートル程度だ。
村上海賊の亡霊が人の身体を持っていたら、食べ物が無くて、早々に島から出ていっただろう。
現地に到着した一樹は、本州と太濃地島の間に幽霊巡視船を浮かべながら、幽霊巡視船員に話を聞いていた。
『瀬戸内海は、昔は陸地だったそうです』
「昔とは、いつ頃のことですか」
『氷河期の頃です。その頃は、太濃地島も小高い丘でした』
およそ7万年前から1万年前の氷河期では、海が凍って海面が130メートルほど低くなった。
そのため水深の浅い瀬戸内海は平地で、現在の島は小高い丘などだった。
「だったら植生とかも、変わらないですね」
『1万年くらいでは、大差ないでしょう』
日本の最南端にある小笠原諸島は、植物の半分が固有種だ。
鳥、昆虫、魚にも数多の固有種が確認され、世界自然遺産に登録されている。
それほどの遠方故に、辿り着くまでには、船で片道24時間も掛かるが。
なお小笠原諸島の海開きは1月1日で、実質いつでも泳げる。
地域もアジアではなく、オセアニアに属している。
それに対して濃地諸島は、本州から1キロメートル以内の沖合にあって、固有種も居なかった。
濃地諸島で珍しいと言える存在は、村上海賊の怨霊くらいである。
絶滅が危惧されても、保護はされないであろう。
「えー、それでは今より、村上海賊の残党を調伏します」
宣言した一樹は、海賊達に伝えるべく、マイクを手に取った。
『こちらは陰陽師です。あなたがたは、完全に包囲されています』
幽霊巡視船一隻で包囲しているとは言い難いが、繊細さの真逆を走る一樹は、気にせず告げる。
『諦めて、成仏して下さい。以上』
島の海賊達に通告する拡声器からの音声は、そこで途切れた。
そして船内には、一仕事を終えた表情の一樹が、堂々とした態度で座っている。
船内のモニターには、困惑した表情の海賊達が映っていたが、無理もない話だ。
おそらく海賊達は、最初の調伏では射程10キロメートルという幽霊巡視船からの砲撃で、何が行われたのか、まったく分からなかったのだろう。
拡声器自体、数百年前の海賊達には理解できないはずだ。
海賊達は、意味が分からない様子で、焚き火を囲みながら戸惑っている。
そんな海賊達の困惑は、操舵室にいる幽霊巡視船員にも伝播した。
『今の警告には、何の意味があったのでしょうか』
「とりあえず一声、掛けておこうかと思いまして」
『一声掛けると、何か変わるのですか』
「九条長官にも、文化祭に協力してくれたお礼を伝えました。一言でも成仏するように言うのと、まったく言わずに殲滅するのとでは、少しは印象が違うかと」
『……はあ』
幽霊巡視船員の表情は、どう見ても納得しているようには読み取れなかった。
だが村上海賊の怨霊が納得する対案を出せと言われると、非常に難解だ。
もしも「太濃地島に、お前の墓を建ててやる」と言えば、それは脅迫だ。
あるいは「生前の未練を晴らしてやろう」と言えば、海賊行為の宣言になる。
そもそも海賊の怨霊には、話など通じそうにない。
一言だけでも成仏するようにと声を掛けたのは、もしかすると良いことだったのかもしれない。混乱気味の幽霊巡視船員達は、あながち否定が出来ずに戸惑った。
おかしな弁明と共に準備を整えた一樹は、船員達に指示を出した。
「それじゃあ、砲撃を開始して下さい。目標、村上海賊の怨霊達」
『四〇ミリ砲二門、砲撃準備。目標、太濃地島の怨霊集団』
射撃統制システムと連動した四〇ミリ機関砲の砲口が、太濃地島を向いた。
「撃て」
直後、瀬戸内海に砲撃音が鳴り響いて、島を土煙で覆い尽くした。
こうして、ほぼら火は吹き飛ばされて、瀬戸内海の平和は取り戻された。
























