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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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244話 刑部姫

 姫路城がある姫山から、強烈な神気が放たれていた。

 それは刑部姫に腕試しを挑むことになるまでは、発せられていなかったものだ。

 大天守から見渡すと、神気に気圧された人々が続々と、姫路城の敷地外に逃れていた。


「観光客だけではなく、城の管理職員も逃げていきますね」

「小太郎ですら、備前門で二の足を踏んだ。それが広がれば、逃げるのも無理もない」


 人々は警告するまでもなく、城の外に移動していく。

 人的被害を最小に抑えるために、刑部姫が配慮したのだろう。

 なにしろ姫山は刑部姫の神域であり、観光客は参拝者に準じるのだ。


 ――国宝や世界遺産に登録されている姫路城の安全は、確保されていないが。


 長壁神社と命名されたような建物だから、刑部姫は愛着が湧かないのかもしれない。

 そもそも姫路城は、明治、昭和、平成と幾度も大修理を繰り返している。

 壊れたら勝手に修理しろとでも、思っているのかもしれない。


「A級陰陽師として、B級の二人に指示する」


 一樹は、後ろを付いてくる沙羅と凪紗に告げた。


「姫路城の損害は、気にしなくて良い。久瀬の救出、すなわち人命を最優先として、作戦を行う。俺が全責任を持ち、陰陽師協会に結果を報告した後、必要に応じて協会から公式発表する」

「分かりました」


 沙羅が代表して返事をした後、一同は備前丸(本丸)の広場に出た。

 刑部姫と向かい合った沙羅と凪紗は、それぞれが羽団扇を取り出した。

 羽団扇は、大天狗や力の強い天狗しか持てず、それ1本で様々な術を自由自在に扱える。

 それも力の証明ではないかと一樹は思ったが、それだけで認められるほど甘くはなかった。


「その羽団扇は、普段から持ち歩いておるのかえ」


 刑部姫は目を細めて、見定めるように問う。

 右手に錫杖を持ち、左手で2本の羽団扇を重ねて持つ沙羅は、警戒しながら浅く頷いた。


「普段は1本ですが」

「面倒であろう。わざわざ持ち歩かずとも、好きに喚び出せば良い」


 刑部姫は、手にしていた扇子を軽く振った。

 すると扇子が、天狗の羽団扇に化ける。

 目を見張って驚いた一樹達の前で、さらに振られた羽団扇が掻き消えた。

 刑部姫は、何事もなかったかのように虚空から羽団扇を取り出してみせる。


「私達の羽団扇は、現世の風切羽を集めて作ったのですが」


 刑部姫のような顕現ではなく、蒼依の天沼矛のように呪力で生み出しているわけでもない。

 だが刑部姫は、その常識が間違っているかの態度で、再び羽団扇を出し入れしてみせた。


「出来ました」


 刑部姫を見ていた凪紗の手元から、羽団扇が消え失せた。

 そして消えた羽団扇を出してみせる。


「自分の呪力に溶け込ませて持ち歩き、呪力を使って出すのですね」

「……ほう」


 刑部姫は、自身の羽団扇を扇子に化けさせて、口元を隠した。

 次いで、沙羅を注視する。

 刑部姫に見詰められた沙羅は、凪紗の仕草と説明を元に、自身の羽団扇に念を送った。

 すると沙羅の羽団扇も、虚空に消え失せた。

 だが消した羽団扇を、出せるのか。

 一樹が見守る中、沙羅も虚空から羽団扇を取り出せた。


「最初の娘は、才覚。次の娘は、羽団扇の力に助けられたの」


 刑部姫の慧眼は、一目で本質を見破った。

 沙羅と凪紗の羽団扇は、素材となった風切羽11枚のうち、2枚が異なる。

 沙羅の羽団扇には、薬師如来の力を宿す金文の霊鳥と、虚空蔵菩薩の力を宿す白鷹を使った。

 凪紗の羽団扇は、五鬼童家が自前で狩った鵺2頭で、大鬼相当だった。


 虚空蔵菩薩は、かつて地蔵菩薩と合祀されていたこともある、

 地蔵は、地(大地)と蔵(恵みを与える宝)。

 虚空蔵は、虚空(宇宙)と蔵(恵みを与える宝)。

 虚空蔵菩薩の力を宿す羽団扇であれば、虚空から取り出すことに力を貸せる。

 加えて虚空蔵菩薩は、技芸上達の御利益も持つ。


「一体化を成せたのであれば、自分の力に重ねられよう」


 刑部姫は、口元を隠していた扇子を扇いで、広場につむじ風を起こした。

 そして扇子を消すと、何も持たない手を扇ぐ。

 すると手元から、つむじ風が巻き起こり、広場を吹き抜けていった。


 ――羽団扇を手にしていなくても、持っているのと同じことが出来るのか。


 やってみろと言わんばかりに、刑部姫が視線で二人を促す。

 すると手元の羽団扇を消した凪紗が模倣し、一回で風を起こした。

 凪紗が手を振る度に、炎が巻き起こり、水が噴き出し、木矢や石礫が飛び出していく。


「朱雀達の力か」


 11枚の風切羽には、五行の八咫烏、地脈の力を溜める大森山の怪鳥、敵の呪力を吸う生血鳥、猛毒の斑猫喰、剛力と鷲への変身能力を持つ天津鰐が、共通して用いられている。

 凪紗は、それらの術を身に付けたことになる。


「天狗の羽団扇が、様々な術を使えると伝わるのは、それぞれに籠められた力が異なるからじゃ。実際に使えるのは、1本につき11種類である」

「知りませんでした」

「その割に、遺漏が無いの」


 沙羅も、羽団扇を消しながら火を出せていた。

 説明が事実であれば、沙羅の羽団扇は、薬師如来と虚空蔵菩薩の御利益を持つことになる。

 沙羅に学校を休ませた一樹は、虚空蔵菩薩が技芸上達のほかに、成績向上や記憶力増進の御利益もあったと思い浮かべた。


「ようやく、試すに値するようになったの。相応の力を見せてみよ」


 羽団扇を扱えるようになるまでは、論外であったらしい。

 扇子を出した刑部姫が、沙羅と凪紗に構えた。

 沙羅と凪紗も、それぞれ錫杖と薙刀を両手で構えて、向かい合う。


「五鬼童沙羅です」

「五鬼童凪紗です」

「日本八天狗の一狗となった、大峰山前鬼坊の子孫か。いつでも来い」


 刑部姫と睨み合いながら、凪紗は呼吸を整えた。

 次第に呼吸が小さくなっていき、やがて止まった瞬間、縮地で瞬時に飛び掛かった。

 大地を蹴り飛ばし、背に風を受け、爆発的な速度で襲い掛かり、薙刀を振り抜いた。


 だが刑部姫の姿は、振るわれた薙刀の先には居なかった。

 凪紗の攻撃を避けるように、上空へと飛び上がったのだ。

 澄み渡った青空に、刑部姫が広げた黒翼が際立っている。


『天狗火』


 沙羅が放った術が、巨大な火の玉と化して、上空の刑部姫に襲い掛かった。

 刑部姫は素早く躱したが、天狗火は飛び回って、刑部姫を追いかける。

 火の玉が追ってくるのを確認した刑部姫は、迎撃の術を放った。


『鬼火』


 鬼神である刑部姫が生み出した鬼火が、沙羅の天狗火と衝突して、互いに打ち消し合った。

 その隙に沙羅と凪紗は、黒翼と金翼を広げて、上空に舞い上がっていた。

 二人と刑部姫は、上空で睨み合いとなる。


「どうして神域で、鬼火を出せるのですか」


 凪紗が攻撃する隙を作るためなのか、沙羅が刑部姫に話し掛けた。

 鬼火は、意識が消えた浮遊霊の霊魂で、神域には存在しない。


「自らの霊魂で、生み出せよう。呪力を使って、擬似的に作れば良い」


 刑部姫は、手本を見せるように鬼火を生み出した。

 その鬼火が、次第に人の姿に変わっていき、やがて刑部姫の姿を模した。

 炎を纏った刑部姫の霊は、その力を見せつけるように、沙羅に襲い掛かっていく。


『天狗火』


 刑部姫の鬼火に迫られた沙羅は、模倣して鬼火を出したりはせず、天狗火で迎え撃った。

 その瞬間、凪紗が鳥のように飛んで、刑部姫に襲い掛かった。

 羽団扇に力を宿す11羽は、いずれも高い飛行能力を持つ。

 地上の縮地よりも、素早く迫った凪紗は、頭上から薙刀を振り下ろした。


「中々に速い」


 凪紗の速度を評価しつつ、刑部姫は扇子を振るって、薙刀の攻撃を横に受け流した。

 打ち合った瞬間、凪紗は身体から霊魂を出すように、術を放った。


『鬼火』


 凪紗の術を見た刑部姫が、驚きに目を見張った。

 それが一瞬の隙を突いて、鬼火が刑部姫の身体に触れる。

 互いに武器を打ち合うという、とても避けがたい距離からの攻撃に対して、刑部姫は全身から神気を放って鬼火を打ち消した。

 神気で凪紗を押し出した刑部姫は、いつでも鬼火を放てる構えのまま、距離を取った。

 そして攻撃を受けた身体を見下ろす。

 刑部姫の十二単は、凪紗の鬼火で焦げていた。


「……二重に不意を突かれたの」


 不意の一つは、沙羅が神域で避けた鬼火を、凪紗が一発勝負で出したことだ。

 そのため刑部姫は驚いて、行動が一瞬遅れた。


「身体から霊魂を出すように放つ鬼火と、手から生み出す天狗火では、速さも異なりますから」

「良い判断だが、それだけでは神気を突破できぬ」


 A級以上の力を持つ刑部姫に対して、B級の凪紗は呪力が足りない。

 だが呪力不足を補う霊物を、凪紗は身に付けていた。蒼依姫命の管玉である。


「妾を傷付けたのであれば、及第であろう」


 腕試しの終了を宣言すると、刑部姫は空から降りて来た。

 それを追って沙羅と凪紗も、一樹が待つ備前丸に降りていく。

 軽やかに着地した3狗が揃うと、刑部姫が扇子で口元を覆いながら告げる。


「あの阿呆、連れて行くが良い」


 許しを得た一樹は、姿勢を正して頭を下げた。

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― 新着の感想 ―
自分の家臣が自分の領地で無理やり犯されそうになったってのに生きて返してくれるなんて… めちゃ優しいな刑部姫…
天狗の庇護をしてるだけあるのか、天狗の血脈には修行付けてあげてる感も有るしで優しげですね(これが天狗の羽団扇の本領か。この情報だけで五鬼童に恩売れるなw) それにしても、普通に対応すれば穏便に済ませれ…
鬼神にしては優しかったですね 天狗の子だから鬼子母神的な面が出たのかな
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