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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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241話 使役の動機

 久瀬の行き先に見当が付いた翌日の火曜日。

 学校を公欠にした一樹と小太郎は、沙羅と凪紗を連れて、姫路城に向かった。

 小太郎と一緒なので、移動手段は、花咲家の車だ。

 車は3列シートのミニバンで、2列目に一樹と小太郎、3列目に沙羅と凪紗が座っている。

 ゆったりとしており、電車で移動するよりも楽で、内緒話も可能だ。


「小太郎、これを渡しておく」


 一樹が差し出したのは、一見すると何の変哲もないボールペンだった。


「それは何だ?」

「証拠用のペン型カメラで、フル充電すれば2時間撮影できる。発見時の状況とか、証拠が必要になる可能性もあるだろう。俺も、同じ物を持っている」


 一樹がペン型カメラを導入したのは、温羅を調伏した後だ。

 桃太郎伝説の原典となった温羅は、大和国が吉備国を征服した際に抵抗した鬼神だ。

 だが温羅の伝承は正しく伝わっておらず、一般市民からは、畑の作物を盗んだ鬼程度じゃないのと思われる始末だった。

 極論すると、A級の鬼神を倒しているのに、F級の報酬では割に合わない。

 証拠の必要を感じた一樹は、市販品で良さそうな物を調達したのだった。


 小太郎にペン型カメラを渡した一樹は、次いで凪紗に謝罪した。


「学校を休ませて、すまないな」


 一樹自身は、同好会の副会長で、春達を招聘して後輩を指導させた立場だ。

 小太郎は、同好会の会長で、花咲学園の理事長でもある。

 沙羅は、絡新婦の母体から救出して治療したことにより、一樹のおかげで終わったはずの人生を送れていると思っている。

 一樹が「学校を休んで手伝ってほしい」と言えば、助けられた自分の存在意義を感じて喜ぶ。


 そんな3人と異なり、凪紗は期間限定の学生アルバイトでしかない。

 バイト代は破格だが、学校を休ませるのは、学生バイトに対する要求が強すぎる。


「いいえ。将来の職業は、陰陽師ですし」

「そう言ってくれると助かる」


 凪紗の目的が『勉学に励み、将来は医学部に進学して、医者になる』なら、一樹の要求は酷い。

 だが陰陽師に成るなら、複数のA級陰陽師と共に鬼神のところへ行くのは、学校で授業を受けるよりも将来のためになる。

 要求が重い事実に変わりはないが、凪紗が得をするのであれば、罪悪感を持たなくて済む。


「思っていた以上に、凪紗に頼むことになっているな」

「未だ、温羅と刑部姫の2回だけですが」

「5月だから、月1のペースだぞ」


 4月に入学した凪紗に、5月の時点で、2回も手伝ってもらっている。

 そのペースで鬼神と相対するのは、一樹の感覚でも多すぎた。

 A級の案件は、A級陰陽師にしか対応できないので、致し方がない部分もあるが。


「昨日の夕方からではなく、今日の移動で良かったのですか」

「力で押し通せるB級以下の相手なら、直ぐに行ったかもしれない。だけど今回の相手は、領域を持つ土地神だ。夜は視界が悪いし、体調を整えていったほうが良い」

「そうですか」


 凪紗は、納得ではなく、理解を示した。

 それは凪紗であれば、夜でも問題なく活動できるような態度だった。


 ――相手が鬼神なら、先祖返りが強い凪紗も、同じくらい夜目が利くか。


 一樹の式神である牛太郎も鬼神で、小太郎の犬神も人間の5倍は見える。

 やって、やれないこともない。

 急いだほうが良いのは、時間が経つと、行方不明である久瀬の生存率が下がるからだ。


「久瀬が土曜日の昼に着いていたとして、今日の正午には、72時間が経つな」


 発災時、救出が72時間を過ぎるか否かで、生存率が大きく変わるとされる。

 それは人間が、3日間水を飲まなければ、死んでしまうからだ。

 妖怪に監禁されて動けない場合、72時間ほどが一つの山場だ。

 だからといって、万全ならざる状態で鬼神に突撃するのは危険だ。必要な状況もあるだろうが、自業自得である今回は該当しないというのが、一樹の考えだ。


「刑部姫は、強いはずだ。凪紗も知っているだろうが、今回の刑部姫について、改めて説明する」


 刑部姫は、『延喜式』(927年)で「刑部明神おさかべみょうじん」と記される土地神だ。

 姫路城が建設された標高45.6メートルの姫山には、建設前から刑部神社があって、刑部明神が祀られていた。

 刑部神社は、姫路城が造られる際に、移転させられている。

 その際、天狗が書状で、八天堂の建設を求めた。

 姫路城を大規模に造り替えた大名の池田輝政も、天守閣が完成する1608年頃に病で倒れて、「八天堂を建立して、大八天狗を祀るように」と求める書状を受け取っている。

 坊主が祈祷すると、30歳ほどの姿をした刑部姫が現れて、二丈(6メートルほど)になって、坊主を蹴り殺した。そのため池田輝政は、城内の鬼門に八天堂を建立した。

 由来を考えれば、漢字が「刑部姫」、読みが「おさかべひめ」となるのが正しい。


 池田輝政は、姫路城内に鎮守として、『長壁神社』も建立した。

 だが、1613年に50歳で病死して、嫡男も1616年に33歳の若さで病死している。


「刑部姫を呼ぶ時は、漢字の間違いなんて起きないが、念のために注意してくれ」

「名前を間違えたら、失礼ですからね」

「そういうことだ。間違えると強く祟られて、病死してしまう」


 そんな刑部姫は、姫路城の天守閣の主だとされており、歌舞伎や戯曲でも描かれる。


 『諸国百物語』(1677年)では、次のように記される。

 姫路城の五重目に、夜な夜な火を灯す者が居た。

 そこで城主の秀勝が見に行く者を募り、18歳の武士が天守に赴いて、証拠として堤灯に火を灯してくることになった。

 武士が見に行ったところ、そこには数え年で17から18歳ほどの十二単を着た女性がおり、「主の命ならば許そう」と、堤灯に火を灯し、さらに証拠として櫛を与えた。

 堤灯の火は、秀勝が消そうとしても消えなかったが、18歳の武士が消すと消えた。


 その後、秀勝が天守に上ると、秀勝がいつも呼ぶ座頭に会った。

 座頭が「琴の爪箱の蓋が取れない」と言い、秀勝が取ろうとすると、爪箱が手足にくっついて離れなかった。

 そして座頭は、みるみるうちに一丈(3メートル)の鬼神となり、「我はこの城の主なり、我を尊ばないならば、今引き殺してやる」と言った。

 秀勝が降参すると、天守に居たはずが、いつの間にか御座に居たという。


「姫路城で十二単を着た女性と会って、堤灯に火をもらう話は、『老媼茶話』(1742年)にも記されている」

「刑部姫は、人の姿で17から18歳と、30歳ほど。鬼神の姿で、一丈(3メートル)と二丈(6メートル)で、一致していませんね」

「変幻自在なのだろう。『甲子夜話』(1841年成立)によると、天守閣の上層に居て、そこに人が入ることを嫌い、年に一度だけ老婆の姿で城主に対面するという。姿は、アテにならない」


 刑部姫を端的に述べれば、「天狗から昇神した土地神で、鬼神。性格は、荒い」となる。

 天狗で鬼神といえば、沙羅や凪紗の先祖である前鬼、日本八天狗の大峰山前鬼坊が有名だ。

 前鬼という例があるので、刑部姫が同様に天狗で鬼神であっても、何ら不思議はない。


「相手の正体は理解しました。強さは、どれくらいでしょう」

「姫山に領域を持つ土地神だから、最低でもA級下位だろう。それが1000年前の時点だから、力を蓄えていって、A級中位には上がっているかもしれない」


 一樹の予想は、低く見積もっての話だ。

 土地神として力を蓄えた存在には、赤城山に陣取っていた柚葉の母龍も名を連ねる。龍神の力は現在、S級中位に達している。

 姫山の標高が低くて、大した地脈ではないことが、救いだろうか。

 もちろん一樹は、刑部姫を調伏しに行くわけではない。


「俺達の目的は、久瀬を連れ帰ることだ。久瀬は使役のために、姫路城のお菊井戸に行ったと考えられる。単なる勘違いだから、穏便に済めば良い」

「そうですね」


 納得した凪紗は、続いて疑問を呈した。


「でも、どうして姫路城まで使役に行ったのでしょう。人の霊を使役するだけなら、墓場に行けば同等の霊が、沢山居ると思います」


 凪紗が尋ねたのは、誰もが理解しつつも、あえて言及しなかった点だ。

 お菊は、数え年で16歳と伝わり、久瀬と同い年くらいである。

 姫路城主の忠臣であった衣笠元信が妾にして、鉄山の家に送り込めば女中になり、鉄山の三男である小五郎からは簡単に情報を聞き出せた。

 鉄山の家臣である町坪弾四郎が懸想して、リスクを負ってまで皿を隠して妾になるよう迫り、「自分のものにならぬくらいであれば」と殺してしまうほどの美少女だった。


 使役に行った動機は、明白であろう。

 何をするのか、どこまでするのかはさておき、動機自体を想像出来ない男は居ない。

 担任と久瀬の母親との話し合いでも、その点にだけは、一切触れられなかった。


「……小太郎、どうしてだと思う?」


 凪紗は、地位・名誉・財産を併せ持った名家のお嬢様で、相手から違和感を抱かれるので人付き合いが浅く、浮き世離れしている。

 純粋無垢に問われた一樹は、説明しかねて、逃げを打った。

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― 新着の感想 ―
凪紗からしたら、命懸けの仕事に関連してくる式神をそういう理由で選んだとは思い付かないか(それはそれとして、説明を小太郎に投げるなw)まぁ一応晴也が似た様な理由から成功してるが、それは例外に近い感じだか…
A級霊を使役できたのは晴也の例があるけど、あれは婚姻という形に落とし込める余地があったからだしね。 刑部姫は自分の領域に執着して離れたがらない土地神であり鬼神でもある。 清姫の怨霊みたいな、格下とか関…
著名な強い霊がくるとは思っていましたが、土地神を引き当てるとは……(なお勘違い) 案外、嫁探しに来たと本音でぶつかり合えば行けたりしませんかね……。 どう転んでも面白い、展開が楽しみです。
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