240話 後輩の捜索
一樹は小太郎と共に、1年4組の担任が運転する車で、久瀬のアパートに赴いた。
久瀬が暮らすアパートは、花咲高校まで自転車で5分ほどの距離にあった。
学生向けの2Kで、2部屋とキッチンスペース、ほかにバスとトイレがある部屋だ。
「こんな近くに、よくアパートを借りられたな」
今年の花咲高校は、県外からの進学者が多かった。
単純に196人を47都道府県で割れば、4人が県内で、192人が県外になる。
192人前後の進学者は、実家から通えないので、アパートなどを借りることになった。そして選ぶ基準には、花咲高校への移動距離がある。
通学時間が5分と、1時間5分とでは、朝起きる時間が1時間も変わる。帰宅時間も同様なので、勉強や部活に費やせる時間が、1日2時間も変わる。
空き物件は、基本的に学校に近いところから埋まっていくわけだ。
5分のアパートを確保できたことに、一樹は感心した。
「花咲学園には、大学もある。大学の卒業生と入れ替わりだったら、部屋を取れる。大学は、全学部を合わせて7000人。1学年1750人だ」
花咲学園は、花咲家が地元のために開校した学校で、グループで働く人材の育成も行っている。
そのため学費や学食が、採算が合っていないと思えるほど安い。
さらに奨学金も、受け取った年数だけグループで働けば、返済不要になる制度がある。奨学金にアルバイトを掛け合わせれば、実家に進学費用を出されなくても、大学を卒業できる。
そのため花咲大学には、県外からの進学者が、少なからずいる。
小太郎の説明を聞いた一樹は、納得した。
「それなら空きが出るか」
アパートで待っていた久瀬の母親は、担任と話をしている。
担任が話しているのは、一樹が校長室で耳にした、同級生からの聴き取り内容だ。
『同好会が企画した海鼠の使役を断り、自分で女性の霊を探しに行った』
高校生の久瀬が、学校ではなく保護者の監督下にある休日に、自分の意思で出かけた。
それを伝えて、学校には責任が無いことを言い含めているわけだ。
説明を担任に委ねた一樹と小太郎は、久瀬のパソコンを立ち上げ、検索履歴を調べようとして、パスワードで詰まっていた。
合い鍵を持っていた母親も、流石にパスワードまでは知らなかった。
「パスワードのメモ、パソコンの傍にでも貼っていないのか」
「そんなもの、普通は貼っていない」
一樹の愚痴を、小太郎が切って捨てた。
一樹達では、スマホの位置情報を調べることも出来ない。
そのため久瀬の父親が、警察署に行方不明者の捜索願を出しに行っている。
但し警察による行方不明者の捜索には、優先順位がある。
陰陽師事務所を開設する一樹は、警察による霊障の取り扱いに関して、多少の知識があった。
「警察が優先的に捜すのは『特異行方不明者』だ。霊障は、それに該当しないから、対応が遅い」
「特異行方不明者というのは、何だ?」
「特異行方不明者は、凶悪犯被害者、福祉犯被害者、事故遭遇者、自殺企図者、自傷他害の恐れがある者、自救無能力者のことだ。霊障は、警察の優先対象になっていない」
凶悪犯被害者は、誘拐や連れ去りの被害者。
福祉犯被害者は、児童買春や児童ポルノ禁止法違反の被害者。
自殺企図者は、自殺を試みて死ぬかもしれない者。
自傷他害は、自分を傷付けたり、他人を害したりする者。
自救無能力者は、概ね13歳以下の者。
自分の意思で出かけた高校生の久瀬は、どれにも該当しない。
もちろん霊障も危険だが、霊を祓えない警察には、解決能力が無い。
そのため警察は、霊障を捜索の優先対象にしておらず、ほかの特異行方不明者を優先する。
「仕方がない。ゴミ箱を漁るか」
「どうしてゴミ箱なんだ」
「デスクトップは持ち運べないから、パソコンで出した情報は、紙に印刷するだろう。持っていかなかった紙があれば、それかもしれない」
「そういうことか」
他人の家のゴミ箱を漁るのは嫌だが、やむを得ざる状況だ。
一樹は顔をしかめながらゴミ箱を漁り、捨てるときに破られたと思わしき紙を引っ張り出した。
そして破られた紙を机に乗せて、繋ぎ合わせていく。
すると紙には、お菊という霊に関する記述があった。
「お菊について、書かれているようだ」
「お菊というと、皿を1枚、2枚と数えて、1枚足りないと泣く皿屋敷の霊か」
「その皿屋敷のようだ」
お菊とは、『播州皿屋敷』(江戸後期)に記される霊である。
永正年間(1504年~1521年)、姫路城の第9代城主である小寺則職の執権であった青山鉄山は、城の乗っ取りを図り、花見での城主毒殺を企んでいた。
一方、小寺則職の忠臣であった衣笠元信は、妾である16歳のお菊を鉄山の屋敷に女中として送り込み、動向を探った。
お菊は、陰謀に気付いて幽閉されていた鉄山の三男・小五郎と親しくなり、情報を聞き出した。そして毒殺は、見事に阻止される。
だが鉄山と通じていた置塩城の執権、浦上村宗が援軍を送り、姫路城は鉄山に押領された。
姫路城を押領した鉄山は、小寺家伝来の「こもがえの具足皿」と呼ばれる10枚揃えの皿を持ち出して宴をした。
そして宴の後、お菊が片付ける際に、なぜか1枚足りなかった。
それは鉄山の家臣で、お菊に懸想する町坪弾四郎が、隠したからだった。
内通を疑っていた鉄山は、皿の紛失を名目として、お菊を手討ちにしようとした。だが、弾四郎が宥めて身柄を引き受け、お菊に対して妾になるよう求めた。
お菊は受け入れず、弾四郎は屋敷の裏庭の松に縛り、青竹でお菊を責め続けた。
それでも応じないお菊に対して、ついに弾四郎は斬り捨てて、井戸に捨ててしまった。
それから夜になると、井戸から「1枚、2枚、3枚……」と、悲しそうに皿を数える声が聞こえるようになったという。
「皿屋敷は、日本三大怪談に数えられて、歌舞伎や浄瑠璃でも演じられている。久瀬が自分で情報を調べられても、不思議ではない」
よく分からない霊は、実力が不明瞭で危険だ。
一樹や小太郎であれば、式神をけしかけて押し切れるが、久瀬は式神を使役していない。
そのため、迂闊に怨霊の下へは行けないが、お菊であれば由来が明らかだ。
元は普通の人間で、しくしくと井戸の底で泣いているだけの霊である。
「500年以上前の霊だったら、相当強くなっていないか」
小太郎が連想したのは、香苗が使役しているナナカマスの菜々花や、琴姫の琴里だった。
前者は三百数十年、後者は八百数十年を永らえた霊で、使役した時点でD級。
久瀬は、昨年の国家試験で一次には受かるも、呪力に応じて元下級陰陽師の師匠を斡旋された。現時点で、G級上位からF級下位ほどの呪力者。
500年以上を永らえた霊がD級と考えれば、久瀬は使役できる力を持ち合わせていない。
「いや、お菊の無念は晴れているから、怨みは募っていないはずだ」
「姫路城は奪還されて、鉄山も滅ぼされたのだったか?」
「そうだ。お菊を殺した弾四郎も、お菊の妹2人に討ち取られている。それに姫路市には、お菊を祀るお菊神社もある」
成仏できていないが、妹達の手で無念が晴らされており、神社に祀られて鎮魂されているので、怨みが募って力が増したりもしない。
菜々花や琴里とは、置かれた環境が異なるわけだ。
妹達が頑張ってくれた手前、暴れたりはしないが、無念で成仏も出来ないのだろう。
「すると強さは、墓場の霊と変わらないくらいか?」
「そうなる。国家試験の試験官が一次試験で使うような、墓場に漂う普通の霊と、同程度だろう。久瀬でも使役可能だ」
海鼠を使役する講習を聞いた久瀬であれば、同程度の別の霊の使役は可能だ。
歌舞伎や浄瑠璃の関係者は怒るかもしれないが、彼らは遺族ではない。
芸能の利益と、陰陽師の公益性で比べると、使役は認められるかもしれない。
一樹としても、久瀬が陰陽師に成るのであれば、お菊を使役しても構わないと考える。
「問題は、お菊が危険な霊ではないにもかかわらず、久瀬が戻ってきていないことだ」
「そうだな。話を聞く限り、おかしいな」
「俺が考える最悪のパターンは、使役しに行って、ほかの霊に襲われたことだ」
それは墓場などに行くと、わりと頻繁に発生するアクシデントだ。
不可避の事態で、陰陽師の死亡率を引き上げている。
「破り捨てた紙には、姫路城内の『お菊井戸』が印刷されていた」
「お菊が投げ捨てられたのは、屋敷の井戸ではなかったか」
「そのとおりだ。姫路城には、お菊は居ない」
危険な目に遭えば、自分の身を守るために、詳しく調べようと思うようになる。
調伏経験がない久瀬が調べたから、詰めが甘かったのだろうと一樹は判断した。
「姫路城には、ほかの霊が居る。それと遭遇したのではないか」
「どんな霊だ?」
「姫路城を手に入れた青山鉄山を悩ました怪異、天狗の刑部姫。鬼神だ」
姫路城に居る刑部姫は、自分のナワバリ意識が強い霊として有名だ。
伝承を思い起こした一樹は、久瀬が帰ってこられない原因について、おおよそ確信した。
























