239話 行方不明の後輩
「先輩、式神使役のこと、ありがとうございました。これ食べて下さい!」
「菓子か。せっかくだから、もらっておこう」
後輩達に海鼠を使役させて、2日後の月曜日。
昼食後の教室で、一樹は後輩から菓子折を渡された。
「12個目ですね」
後輩を見送った沙羅が、一樹から受け取った菓子折を買い物袋に入れて、教室の端に纏める。
幸いなことに、教室の一番後ろの窓際は、沙羅の席だ。沙羅の前は香苗の席で、同好会の物品であれば、香苗も同好会員なので怒らないだろう。
ちなみに中身は、三本詰めで数万円もする高級羊羹だった。
「それって、賀茂さんが交通費とか宿泊費を請求しなかった代わりですか?」
香苗の一つ前の席に座る柚葉が、放課後には進出していそうな菓子折を眺めながら尋ねた。
「いや、違うぞ。海鼠は、広島県が定期的に出す依頼を、引き受ける形にした」
「10年に1度、清祓いをしているんでしたっけ?」
「そうだけど、今回は10年に1度の祓いではなく、こちらから誘き寄せて削る方法を提案した。使役で分霊が減るかもしれないという話もした」
元々、陰陽師協会の広島県支部が委託を受けており、儀式で祓っている。
そこに割り込んだ形になるが、一樹は鉄鼠を調伏した実績があるA級陰陽師だ。
江戸時代から解決できていない広島県も、協会の広島県支部も、ダメだと拒否するわけがない。
なぜなら海鼠の狙いは、阿多田島と島民だからだ。
海鼠が阿多田島を制圧した後は、島民が避難した広島県に、来る可能性がある。
それを防ぐために清祓いをしており、延々と支出が発生するので、県は解決したい。
県の決裁が通るのは遅いが、内容的に通らないわけがない。
決裁を待っていたら霊障被害が拡大するので、先に祓っても通るのが慣例だ。
そのために、予算も組まれている。
「1年生の旅費や宿泊費も、調伏の必要経費だ。だから純粋に、引率の御礼だな。2年生の同好会室と、妖狐の講師室で、分けることにする」
「みんな、気を遣ってきますね」
「そうだな。だけど菓子折を準備する時間なんて、無かったはずだけどなぁ」
一樹達が花咲市に戻ったのは、日曜日の午後だった。
市内の店には行けるだろうが、花咲市には、1本1万円の高級羊羹三本詰めは売っていない。
一樹が怪訝な表情を浮かべると、沙羅が予想を述べた。
「実家の親が、あらかじめ用意していたのだと思います。お礼の手紙も入っていますし、便箋にも気を遣っていますし、しっかりしていますね」
「手紙の文面も、例文を用意していたのかな」
「はい。ちゃんと阿多田島の体験を踏まえた内容に直したと思いますけど」
「疲れているだろうに、丁寧だな」
そんな物を渡されると、一樹も無下には出来なくなる。
後輩達が陰陽師に成る場合、高校生活の2年間だけではなく、陰陽師として活動する数十年間は関係が続く。
A級陰陽師の一樹や小太郎は、B級不在の支部に統括を配置したり、支部の人員を調整したり、魔王戦などで各地の陰陽師に役割を振る常任理事だ。
各地の陰陽師の生存率すら変わるので、常任理事が一般の陰陽師に与える影響は、絶大である。
だからこそ親は、子供のために手を尽くしているのだろうと、一樹は考えた。
「放課後にも増えるだろうし、明日以降も続きそうだな」
「しばらくは、続くと思います」
同好会の後輩達は、一年生だけのSNSグループも作っている。
そこでも情報共有をしているので、菓子折の話は、直ぐに全体へ広まるだろう。
すると元々は考えていなかった後輩の一部も、影響を受けて持ってきそうだ。
手っ取り早いのは花咲市の菓子折だが、それを小太郎も居る集団に持ってくるのは悪手なので、おそらく出身県のものを親に用意してもらうことになる。
日本各地のお土産が、同好会室に積み上げられていく光景が、一樹の目に浮かんだ。
「沙羅、お菓子を分配する前に、誰が、いつ、何をくれたかリストを作ってくれ。手紙もファイルに綴って、纏めてくれ」
「分かりました」
数が多くて覚えきれないと確信した一樹は、沙羅に記録を頼んだ。
沙羅は、菓子折を受け取る資格がある引率者の一人にして、一樹の事務所員でもある。
任された沙羅は、付箋に番号を書いて、菓子折の包装紙に貼り付けていった。そしてノートに、付箋の番号と渡された日時の記録を付けていく。
その作業を見守っていると、引率者の1人であった小太郎が、昼食から戻ってきた。
「小太郎、菓子折が増えたぞ」
気軽に声を掛けた一樹に対して、小太郎の反応は深刻だった。
「賀茂、問題が発生した。ちょっと来てくれ」
「分かった。ちょっと行ってくる」
蒼依達に一声掛けた一樹は、席を立った。
次の授業が始まりそうだったが、それどころではない雰囲気だ。
一樹は小太郎に付いて歩きながら、人通りの無くなった廊下を歩いて行く。
「何があったんだ」
「同好会に所属する、久瀬亮太という1年4組の生徒が、行方不明だ」
「182人のうち、不参加だった34人の1人で合っているか」
「そうだ」
小太郎の肯定を聞いた一樹は、一先ず安堵した。
陰陽同好会の1年生196人のうち、上位の凪紗達7人と、おゆう班の7人は把握している。
残る182人のうち、海鼠の使役に参加したのが148人で、不参加が34人だ。
148人の誰かが行方不明であれば、怨霊である海鼠を使役した後のトラブルだと考えられる。すると、一樹の責任問題になりかねない。
一方で、使役していない34人の誰かであれば、海鼠が原因ではない。
小太郎に付いて校長室に入った一樹は、校長室にある応接用の椅子に座った。
椅子には校長と、久瀬が所属する1年4組の担任と思わしき30代の女性教師が座っている。
一樹が席に座ると、小太郎が説明を始めた。
「久瀬亮太は、県外から進学していて、1人暮らしだそうだ」
小太郎が確認するように顔を向けると、教師が生徒の個人情報ファイルを開きながら頷いた。
「そうです。今朝、登校しておらず、本人にも連絡が付かなかったので、保護者に連絡しました。保護者も分からず、久瀬君のアパートに確認に行きましたが、不在でした」
「学校をサボって、遊びに行ったとかでは、ないのですよね」
可能性を口にした一樹自身、それは無さそうだと思った。
花咲高校の偏差値は、とても高い。
それに加えて今年の一年生は、陰陽同好会のせいで受験倍率が跳ね上がっている。
サボって遊び回るような人間は、花咲高校に合格できていない。
「花咲市と周辺には居ない。アパートに犬神を送って、呪力を覚えさせて、市内を探させた」
犬神には、魔王領の煙鬼を残らず見つけ出して殲滅した実績がある。
市内と周辺に居ないことは、ほぼ間違いない。
続いて担任が、小太郎の話を肯定する情報を出した。
「クラスの生徒達に聴き取りをしたところ、鼠は嫌だと言っていて、自分で霊を探したそうです。そして、女性の霊を見つけたと言っていました」
「女性の霊を見つけたと言っていたのですか」
「久瀬君は、クラスの生徒達が鼠の霊を使役に行くのに合わせて、女性の霊を使役に行くと言っていたそうです」
話を聞いた一樹は、思わず溜息を吐いた。
そして自分が呼ばれた理由も、理解する。
「小太郎、一応確認するが、協会が久瀬に斡旋した師匠は?」
「支部経由で確認は取ったが、顔合わせすらしていない」
「はぁ、そうだろうな」
協会は師匠を斡旋して、陰陽師に成れる可能性を与えるが、それを本人が望まないのであれば、師弟関係を強制したりはしない。
協会が斡旋した師匠は、元下級陰陽師で、F級からE級の実力だ。
対する同好会の講師は、二尾で気狐の春で、C級からB級の実力だ。
徒弟制の師匠と、大学の講義形式で大人数に話す講師は、まったく異なる存在だ。
だが久瀬は、春に教わろうとするだろうし、斡旋した師匠も、自分に聞けとは言わないだろう。
「久瀬は、海鼠を使役するのが嫌で、代わりに女性の霊を見つけた。そして休日に、自分1人で使役に行った。そういう理解で良いか」
「そういうことだろう」
「土曜日に幽霊を使役に行って、月曜日に戻っていないのなら、霊に捕われたか、殺されている。捕まえて扱き使おうとするのだから、反撃を受けることだってある」
小太郎の肯定を受けて、一樹は呆れ果てた。
「小太郎。高校生が、休日に自分の意思でどこかに行った場合、それは本人の責任だよな」
「それはそうだが、陰陽同好会の1年生が、霊の使役に行って行方不明になった。責任は無くても、指導が悪いと思われかねないし、見捨てたと噂になるのも迷惑だろう」
立場上、放置することは出来ない。
それを理解した一樹は、舌打ちをした。
「探す条件として、そいつを強制退会してくれ。名目は、『講師の指導を拒み、自分で式神を探しに行って、迷惑を掛けた』だ。それを許すと、会が成り立たない」
「そうだな。校長先生、それでお願いします」
「畏まりました。花咲理事長」
捜索する条件を出した後、一樹は不承不承、後輩の捜索を行うことにした。
























