237話 式神の使役
幽霊巡視船は、阿多田島の北側にある港に乗り付けた。
乗船タラップが出たことを確認した一樹は、船内放送で呼び掛けた。
『一年生は、全員下船して、道沿いに島の南へ向かえ。各自、守護護符を忘れず、島内では犬神の分霊と一緒に行動しろ。夕方6時までには、幽霊巡視船に戻れ』
一樹が指示を出すと、148人の後輩達は、ゾロゾロと下船を始めた。
後輩達に持たせる守護護符は、一樹の式神である塗り潰しの絵馬・大根で描かせたものだ。
描いた後輩達の技量は拙いが、内包しているエネルギーは大きいので、効果は充分だ。
そして小太郎の犬神も、分霊となって後輩達に憑いた。
基本的には見守りをして、危なくなったら助けてくれる予定だ。
――ちゃんと言うことを聞くかな。
犬神は強いので、参戦されたら後輩達が使役する前に、怨霊を倒してしまう。
一樹が使役している八咫烏であれば、確実に遊び回る。一樹が親の立場だとすれば、八咫烏達は保育園児だ。どうなるのかは、火を見るより明らかであろう。
一樹は犬神が、八咫烏達よりも賢くて、我慢強いことを願った。
「小太郎は、船内で待機していてくれ。生徒達には、お春先生達と沙羅が付いてく」
「賀茂はどうする?」
「俺は、阿多田神社に行って、海鼠払いの術を弱めてくる」
「どうするんだ。一部を壊すのか」
「壊したら、直すのが手間だろう。ちゃんと考えてある」
神社を壊すのは手っ取り早いが、海鼠を調伏し尽くす目処は立たない。
なぜなら数千匹で何度も襲来する海鼠は、比叡山の鉄鼠と同じで、瀬戸内海の穢れや怨念を集めて復活しているのだと考えられる。
鉄鼠は900年以上に亘り、誰も祓い切れなかった。
一樹には、鉄鼠を一纏めにする案は有ったが、海鼠を一纏めにする案は無い。
すると、将来の海鼠発生を抑えるためには、改めて神社を建立しなければならなくなる。
だから神社を壊すことは、一樹には出来ない。
どうするつもりだと、怪訝な表情を浮かべる小太郎に説明せず、一樹は一人で神社に向かった。
港から南に向かい、数件の崩れた古民家を通り過ぎていく。
後輩達は一樹よりも先行しており、海鼠が現れる南側に向かっている。
もっとも、南の端に辿り着く必要はない。海鼠は南側から上陸するが、島中を荒らし回るので、島内に居れば必ず遭遇できるからだ。
一樹は森に入り、石の階段を上り、程々に手入れされている神社へと踏み入った。
『PL200、カメラを切れ』
式神である幽霊巡視船の映像を切った一樹は、神社の前で、右手を伸ばした。
そして水仙に、妖糸で皮膚を切るように念じる。
「……さて、祓えない穢れを浴びたら、どうなるかな」
妖糸が煌めき、一樹の皮膚が切れて、血が流れ始めた。
一樹の血に染み込んでいる穢れが、ポタポタと神社に降り掛かる。
蒼依達を連れて来なかったのは、この行為を見せたくなかったからだ。
見せれば、当然ながら疑念を抱かれる。
だが一樹は、説明したくない。
一樹の穢れが神社に降り掛かり、僅かにあった神気を塗り潰していく。代わりに放たれたのは、おぞましい怨念と呪詛が渦巻く、穢れた気だった。
「小泊村の茂左衛門、お前の行為は泥棒だ。それに魚を食べて、殺生もしているのだろう。ならば霊魂があの世に行けば、黒縄地獄というところに辿り着く」
黒縄地獄は、殺生と盗みを行った者が堕ちる地獄だ。
熱鉄の縄で縛られ、熱鉄の斧で切り裂かれ、釜で煮られる。
だから茂左衛門は、盗みと断じられたのが無念で、魂が現世に留まったのだろう。
父親が神職であれば、地獄について子供の頃に聞いたはずだと、一樹は予想する。
一樹は、阿多田神社が発する穢れに、自身の念を乗せた。
『茂左衛門、お前は魚泥棒だ。俺の口を塞がなければ、泥棒だと言われ続けて、黒縄地獄に落ちるかもしれないぞ』
妖怪を調伏するには、相手を知ることが大切だと一樹は考える。
茂左衛門に関して、一樹は相応に知った。
島を充分に荒らし回り、当時の島民が死に絶えて、鼠神社で祀られても成仏できなかったのは、地獄行きが嫌だったからと考えれば腑に落ちる。
神職である父親が茂左衛門を嗾けたのも、息子が地獄落ちするのが哀れで、根気負けした島民が許して判決を変えることを期待したのだとすれば、理解は可能だ。
『島に居る陰陽師は、茂左衛門が魚泥棒であることを知っている。さあ、口封じに来い』
呪詛を放った一樹は、神社でスマホのグループチャットを眺め始めた。
しばらく待っていると、島内に散った後輩達から、沢山の海鼠が現れたと報告が上がった。
遭遇したならば、戦闘は行われている。
猫ほどの大きさの海鼠は、猫ほどの俊敏性を予想できる。
歯が鋭くて、噛み裂く力も強いはずで、群れて襲ってくると厄介だ。
だが後輩達は、攻撃を防ぐ、強力な守護護符を持っている。
一樹が使役する塗り潰しの絵馬・大根は、A級中位の呪力だ。大根の呪力を200で割っても、C級下位になる。海鼠が消滅するまで噛み続けたところで、守りは突破できない。
そして過剰な集中攻撃に対しては、傍に控えている犬神の介入も期待できる。
極めつけに、怪我をしても仙術で治療を施せる元正が、付いてきている。
万全の支援がある状態で、神域の木で作った角材を命中させれば、海鼠は弱る。
弱ったところを優位な呪力で使役すれば、今回の目的は達成だ。
そして陰陽師を引退するときに、使役していた海鼠を祓えば、後始末が完了する。
G級程度の怨霊であれば、何も難しいことはない。
『PL200、切っていたカメラを元に戻せ』
海鼠を呼び込んだ一樹は、巡視船のカメラを戻した。
そして神社の石段に腰掛けて、神社の穢れはそのままに、水仙を召喚する。
「水仙。神社の周りに妖糸を張り巡らせて、こっちに来た海鼠は狩ってくれ」
一樹の影から現れた水仙は、面倒そうに眉を顰めた。
「G級って、不味そうだよね」
「霊体を消滅させるだけにして、食べなくて良いぞ」
「はいはい。ゴミ掃除みたいで、面倒だね」
水仙は不満を口にしつつも、その場から妖糸を投げ付けた。
すると鼠一匹逃がさない蜘蛛の巣が、神社の周囲に張り巡らされていった。
「まるで、A級妖怪が生み出す領域みたいだな」
「地脈から力を得ていないから、全然違うと思うよ。ボクは未だB級上位だし、A級になっても、すぐに領域を生み出せるわけでもないからね」
A級下位の牛太郎や、A級中位の幽霊巡視船は、神域を作れない。
蒼依が神域を生み出せるのは、龍神と、龍神の娘でA級中位の香林に指導を受けたからだ。
水仙は要領が良さそうだが、それでも相応には時間が掛かりそうだった。
「水仙は、A級下位に上がって受肉で復活するのが目的だろうが、俺が陰陽師である間は、式神契約を続けようと思っている。対価は、その分だけ力が上がることだ」
「呪力が使い放題だし、上がる速度も凄いから、今のところ不満は無いけど」
「それは助かる」
後輩達が式神を使役するにあたり、一樹は自身の式神達の行く末に、思いを馳せた。
一樹が使役している式神のうち、女神の蒼依と、神使の八咫烏は、確固たる立場を持つ。
相川家の山に居た、椿の神霊である牛太郎も、神域の川辺に戻せる。
信君や鎌鼬は、神社を建立して祀れば、そこまで荒ぶることはないはずだ。鎌鼬は、二柱の兄達が粗暴だが、下の妹が抑えるので、大したことにはならない。
かつて怨霊化した幽霊巡視船は、充分に活躍しており、無念が晴れて成仏できるはずだ。
大根は、立派な絵を描けば満足するので、絵画の御利益を持つ香苗に譲れば、従うだろう。
弱い小鬼程度の鬼太郎は、奈良県の山に返しても、大した影響は無い。
――香苗は、一先ず置いて、問題は水仙だな。
一樹が使役している中で、善にも悪にも成り得るのが、水仙だ。
その上、水仙を解放する時の力は、A級に達していると考えられる。A級妖怪は、協会のA級陰陽師ですら、容易には手を出せない相手だ。
一樹は水仙の使役者として、後始末に慎重であらねばならないと考えた。
「受肉するなら、金も必要だろう。それは式神として働いた対価として、充分に渡す」
「それは有り難いね」
「あとは身分だが、陰陽師協会と相談だな。魔王の調伏で貢献したと話せば、雪女や猩々のような人間側の妖怪扱いで、なんとか成りそうな気はする」
「もらえるなら、もらっておくよ」
妖怪の水仙は、気を得る必要もあるが、人間よりも気が大きい妖怪を食べて賄える。
それにA級になって領域を作れば、土地から気を得られる。
水仙の地元である青森県に山を買って、水仙名義にして渡せば、落ち着くかもしれない。無理に押し付けると反発するであろうから、渡すにしても慎重を期すが。
「ほかに要望があれば、言ってみてくれ。お互いに、得になる結果が良いからな」
「絡新婦にとって一番の目的は、女神様が許さないからねぇ」
「……それ以外で、何かあれば言ってみてくれ」
「思い付いたら、言ってみるよ」
一樹が自身の式神に気を遣っている間、後輩達が続々と、新たな式神を使役していった。




























