235話 前入り
翌週の金曜日、昼休み終了後。
この日の午後は、同好会の課外活動として、公欠扱いになっている。
学校から御墨付を得た一樹は、同好会の1年生182人中148人を引き連れて、花咲駅から広島駅へと移動した。
目的地は、広島湾に浮かぶ阿多田島。
花咲市からは遠いので、前日に広島県入りして、土曜日の朝から活動する予定だ。
「残念ながら、1つのホテルに160人は、泊まれませんでした」
「急な話でございましたからね」
自分が手配すると言った一樹は、手配が万全ではなかったことを謝した。
なるべく分散させずに行動したほうが、合流の手間が省ける。
だが一週間前に、1つの宿泊施設で百数十人分の予約を取ることは、出来なかった。
部屋が物理的に空いていないのだから、どうしようもない。
それでも宿泊場所を3ヵ所に分ければ泊まれたので、一樹達は3グループに分かれて、広島市のホテル3ヵ所にチェックインした。
引率者は、A級の一樹と小太郎、B級の沙羅、妖狐3人。それも3つに分けており、一樹は春と一緒になった。
現在は、ホテル内の日本料理店で、明日の打ち合せを兼ねて夕食を摂っている。
食前酒を引き寄せながら、春は気にも留めない様子で話した。
「泊まれるのであれば、それで充分でございましょう」
「恐縮です」
御年数百歳の二尾である春は、相応に修行を積んできた。
数百年前に行った修行の旅では、野宿も少なからずあったことは、想像に難くない。
すると小鬼以下の力しか持たず、下っ端にもほどがある者達がホテルに泊まるのは、分不相応に思えるのかもしれない。
だが妖怪の使役前に英気を養い、体調を万全にすることは、とても大切だ。
安倍晴也がキヨを使役したときは、万全ならざる状態で、致命的に判断を誤っている。
自分の引率で後輩に死人を出したくない一樹は、余裕を以て現地に前入りして、しっかりとしたホテルに泊まっている。
春が食前酒を飲み終わると、先附が運ばれてきた。
先附は、銀杏豆腐、 叩きオクラ、いくら、菊花出汁、山葵。一度に運んでこないところも、高級さが感じ取れた。
「今回の参加者は148人でしたが、あと3人居れば、1年生300人の過半数でした。過半数が参加した課外学習となったので、ちょっと惜しかったです」
「上位の7人や、おゆう班の7人を誘えば、達成できたのではありませんか」
「上位の7人には、G級の怨霊など不要でしょう。おゆう先生の班も、優遇されていると嫉妬されては困るでしょうから、やむを得ません」
先に機会を得た隼人達を不参加にすることで、182人との釣り合いが取れる。
なお今回連れてきた後輩達は、周囲の席には座っていない。
「皆には、別々に食事をさせるのですね」
「はい。ホテル内には、ほかにもレストランや中華料理店などがあります。宴会場を取れないこともなかったのですが、3グループに分かれていますし、各自に好きな物を食べてもらいます」
全員が同じホテルであれば、宴会場を取って、翌日の予定や注意事項を話したかもしれない。
だが3ヵ所に分散しているので、夕食は各自とした。
大多数は、レストランや中華、鉄板焼きなどに行っている。
鹿野の経験や、春との会食から日本食を選んだ一樹は、前菜の盛合わせを食した後、相次いで運ばれてきた座付椀、刺身、合肴に舌鼓を打った。
「花咲高校から出立する時、あの者達に、変わった角材を持たせておりましたね」
「名無しの女神様の神域がある山に植えられていた、若い杉の木です。伐採から、間もないので、最下級の怨霊には効果があるでしょう」
それは蒼依の祖母である山姥が、電柱用として沢山植えさせられたと愚痴っていた杉だ。
神域内に山ほど植えられており、一樹が蒼依に頼んだところ、快く提供してくれた。
蒼依は、自分の家にある財物について、複雑な心情を持っている。
例えば納屋は、『祖母が、父を含む獲物を解体した場所』で、『両親との思い出もある』ために、蒼依自身では手を付けられない。
だから山姥を追い払って、囮に使われていた蒼依も止めた一樹が、調伏者として自由に使って、記憶を塗り替えてくれれば嬉しいと思っている。
八咫烏達がねぐらに使い、出入口から雨風が浸入して傷んでも、蒼依は一向に構わない。
一樹の事務所も、祖母が住んでいた一階の記憶を塗り替えてくれるので、歓迎している。
蒼依の心情を理解する一樹は、山姥が植えた杉の木を欲しいと言い、蒼依も喜んで譲った。
これで杉の木は、『山姥が植えた木』から、『一樹が後輩達の支援に使った木』になる。
「かの魔王を調伏せし女神の名にし負う、霊験あらたかな神域に生えし木を譲るとは、豪気なことでございますね」
「電柱の成り損ないだった邪魔物です。怨霊を調伏する優れ物となり、あれらも嬉しいでしょう」
木の気持ちを勝手に代弁した一樹は、合肴の次に出てきた焼物の魚に箸を伸ばした。
この後は酢肴で、それからようやく御飯、香の物、長藻汁が出る。さらに水菓子があり、何とも長いので、鉄板焼きに走っていった後輩達の気持ちが分からなくもない。
「弟子達に矛を贈ったおゆうが、プンスカと怒りそうですね」
「柄の材質は同等でも、加工の手間だけ耐久に差がありますし、呪物として優れた青銅製の矛先も付いているので、あちらが上ですよ」
「自分で加工を手配して、矛も付ければ、性能は並ぶでしょう。数万円で、済みます」
「仰るとおりですが、私は師匠ではないので、そこまで手を貸す気は有りません」
一樹の弟子は、今のところ柚葉と香苗だけだ。
二人には滑石製の勾玉を贈り、凪紗にも勝たせており、自身がやり過ぎると自覚している。
後輩が一人ならばともかく、移動すると修学旅行に間違われる大集団は、流石に手に余る。
「既に賀茂様は、充分に手を貸しておられますが」
「ちゃんと線引きをしていますよ。もしも弟子だったら、好き嫌いをせず鼠の怨霊を使役しろと、師匠命令を出していました」
凪紗達と、おゆう班を除くと、式神を持たないのは182人。
そのうち34人が、今回は不参加だった。
後輩達が弟子であったならば、一樹は陰陽師を舐めるなと言ったかもしれない。
――選り好みをしていたら、死ぬ可能性が高まる。
沙羅は片手片足を失ったし、五鬼童当主は頸椎損傷になった。
花咲の前当主や、静岡県の次期統括は、殉職している。
それよりも遥かに下の力量で、好き嫌いが出来る立場なのか。そのように死者の名前や殉職率を出して、弟子に式神を持たせたかもしれない。
「保護者付きで、安全に式神を使役できるという絶好の機会です。それを逃すような判断力では、この先が思いやられます」
「おゆうの弟子達が、平安時代の人の霊を使役したのと、比べたのかもしれませんね」
「それは、有り得そうな話です」
おゆう班のうち6人は、武装した平安時代の人間の霊を使役している。
「人間の霊は、様々なことが出来ます。階段を上って扉を開けろとか、現場を撮影しろと言えて、投入しても使役者は安全です。羨む気持ちは、分からなくもありません」
頭が良い分だけ、扱いには慎重を期す。
隼人達と平安時代の霊を繋ぐのは、大蛇に倒された仲間意識だ。
それによって先方は、積極的な協力の意思を示しており、呪力消費も少なくてすむ。
おゆうは師匠として、優れた指導をしている。
「人語を解さない妖鼠には、傷付く前提で特攻させられるという、利点がございます。道具には、それぞれに合った使い道がございます」
春の説明に頷きながら、一樹は食後のお茶に手を伸ばした。
























