233話 二次試験の練習
5月、ゴールデンウィーク明けの放課後。
陰陽同好会があるR棟の3階に移動した一樹は、新設された機械を目撃した。
それは陰陽師の国家試験で、守護護符の能力確認に用いられる圧力機だった。
台数は2台で、鰹節が山積みになった段ボール箱も置かれている。
そして周囲には、先に到着した1年生達が群れていた。
「小太郎、あれは一体どうしたんだ」
遠目に眺めた一樹は、同好会まで一緒に歩いてきた小太郎に尋ねた。
小太郎は同級生だが、花咲学園の理事長も兼ねている。
小太郎が知らないままに圧力機が設置されることは、常識的に考えれば有り得ない。
「霊符の耐久テストに必要だろうから、手配しておいた」
一樹が予想したとおり、設置させたのは小太郎だった。
陰陽師協会が使用しているプレス機は、300キログラムから50トンを設定できて、3分以上の圧力を任意に掛けられる良品だ。
かつて一樹は、壊して弁償したことがあって、手痛い出費だった。
それなりに値は張るが、それなり以上に金持ちの小太郎にとっては、消耗品なのかもしれない。
「確かに、有れば便利だな。使って良いのか」
「良いが、賀茂は壊すから、使うなよ」
「……自重する」
渋々と諦めた一樹は、周囲を見渡した。
そして自分達の様子を窺う後輩達に、声を掛ける。
「誰か、守護護符を使って、性能を試してみてくれ」
一樹が同意を取り付ける流れを聞いていた後輩達は、喜びを露わにした。
普段の後輩達は、一樹の絵馬を使って、守護護符の作成練習をしている。
それは一樹の呪力を使うため、自分達の呪力消費は無いが、持ち帰りも出来ない。
だが守護護符の作成方法を習った後輩達は、自分達の呪力で、自作もしている。そして作成した守護護符は、御守りとして持っている。
耐久テストに使えば消費してしまうが、二次試験の練習は必須だ。
いそいそと守護護符を取り出した後輩達が、一樹達の下に集まってきた。
「先輩、お願いします」
「隼人か。流石、決断が早いな」
最初に並んだのは、おゆう班のリーダーである隼人だった。
おゆう班は、火行護法神の世界に入っていた分だけ経験が多くて、格上との戦闘も経験した。
元々は補欠合格組だったが、今では同好会員達の中でも、上のほうにいる。
そんな隼人達に触発されたのか、ほかの後輩達も負けじと、集まってきた。
「試したい奴は、列を作って並べ。試すのは、1枚ずつだ」
人数制限をしなかったために、十数人が並ぶことになった。
隼人から守護護符を受け取った一樹は、段ボール箱から鰹節1本を引き抜いて、先端をパキッと折った。
その欠片を守護護符に入れると、鰹節をプレス機に置く。
「試験では、最初の圧力が300キログラムと決まっている。小鬼の握力と同じで、お前達が現場に出た時、小鬼の攻撃に守護護符が耐えてくれるかどうかの目安になる」
「そういう理由があったんですね」
「言っておくが、あくまで目安だぞ。小鬼には個体差があって、強い小鬼も居る」
陰陽師が死ぬ理由の大半は、想定外の妖怪が出た時だ。
F級だと聞いて現場に赴くと、怨念が増してE級に上がっていたという想定外も有り得るので、可能な限り格下と戦ったほうが良い。
F級陰陽師の場合、G級のお祓いでは生計が成り立たないので、遵守が難しいこともある。
だから殉職者が多くなるのかもしれないと思いつつ、一樹は圧力機のレバーに手を掛けた。
「それでは開始する」
レバーを引いたところ、圧力機の板が、鰹節に迫っていった。
そして鰹節に触れると、傍の守護護符が光り、迫っていた圧力機の板が押し留められる。
「おおっ、防いでいる」
数十人に見守られる中、隼人の守護護符は、健闘を続けた。
そして33秒後に、パキッという音が聞こえて、表面が割れた。
ああっと残念がる声が上がり、一樹の解説に関心が向く。
「二次試験で、絶対に合格できるラインは、300キログラムに3枚で60秒以上耐えることだ。1分間、同格の小鬼を一方的に攻撃できるなら、勝てるだろうという判断になる」
「つまり1枚で20秒以上なら、合格ですか」
「お前達が身に付けているのは、一番良い護符なのだろう。それを3時間で、6枚描けるようになるのが、二次試験で絶対に合格できるラインだ。まあ隼人は、合格するだろうが」
「おおっ、本当ですか」
「60秒に達しなくても、合格するからな。60秒は、絶対に合格するラインだ」
なお陰陽師協会には、陰陽師を一定数以上に保つために、毎年500人以上を合格させるという目標値がある。
そのため60秒以上は絶対に合格できるラインとした上で、500人以上が合格するように、合格ラインを調整している。
一樹が、隼人は合格するだろうと言ったのは、それ故だ。
守護護符の性能で考えれば、隼人はF級中位の力が有る。
ただし、隼人の呪力自体はF級下位。指導者のおゆうに影響された結果、守護護符に描く妖狐の入魂が並より上手いというのが、一樹の評価だった。
「模試でA判定が出たからといって、油断するなよ。本番で体調不良でも、追試は無いぞ」
「気を付けます」
苛烈だった花咲高校の高校受験を思い出したのか、隼人は神妙に答えた。
「次、紗紀か」
「はい、お願いしまーす」
紗紀も、おゆう班の一員だ。
火行護法神の世界を体験した後、おゆう班は、G級上位である鬼太郎との腕相撲を行った。
そこで負けた者は居なかったので、おゆう班の6人はG級上位からF級下位の呪力がある。
さらに、おゆうから学んだ符呪を使えるため、自分の呪力より一つ上にあたるF級下位から中位の霊符を作成できる。
潰れた鰹節を隼人に押し付けた一樹は、新たな鰹節を引き抜いて、紗紀から受け取った守護護符に欠片を入れた。
「さて、どうなるかな」
一樹がレバーを引くと、圧力機の板がゴオオオッと、鰹節に迫っていった。
そして隼人の守護護符と同様に、鰹節を守って圧力に耐え始めた。
「600キログラムに耐えられれば、100位以内に入って、三次試験に進めると言われている。三次試験に進めば、そこで負けても、最初からE級陰陽師だ」
600キログラムは、ギネスブックに載るゴリラの握力だ。小鬼と同格とされるチンパンジーよりも格上で、小魔くらいの力と見なされる。
1トンならD級で、大抵は50位以内、
3トンならC級で、例年なら5位以内。
A級常連の五鬼童家、妖狐の護法神、龍神の守りなどの力が加わると、10トン級だ。
先祖返りで天才の凪紗は、30トンの記録を出したが、それはB級上位の統括陰陽師以上だ。
B級上位の実力で、妖狐の血も引く九条長官でも、試験会場という環境では、凪紗ほどの霊符は作成できないだろう。
守護護符の性能は、その辺りが常識の範疇に収まる。
「紗紀は、19秒か」
「ああっ、惜しいっ」
20秒が3枚で絶対に合格するところ、紗紀の守護護符は19秒の記録だった。
紗紀のみならず、おゆう班の面々や、後ろに並ぶ1年生達も、残念そうな表情を浮かべる。
「去年なら19秒でも受かったと思うが、今年の合格ラインは60秒かもしれない。一番良い霊符で試したと考えて、評価はB判定だな。引き続き、おゆう先生から教われ」
「分かりました」
紗紀に説明した一樹は、列を伸ばしている後輩達を眺めた後、小太郎に尋ねた。
「3枚60秒でA判定、50秒以上でB判定、40秒以上でC判定とでも貼っておくか?」
一樹としても、同じことを一々説明していられない。
列が長くなっていくのをみた小太郎も、貼り紙に賛同した。
「R棟の管理室に指示しておく。Dは35秒、Eは30秒以上、30秒未満は不合格で良いか?」
「良いんじゃないか。それと端のほうに、あくまで目安ですと書いておいてくれ」
「分かった。それと、後は勝手にやらせて良い。そのために廊下に設置させたからな」
「それで大丈夫なのか。誰か、ふざけて使いそうだが」
一樹が懸念したのは、圧力機と鰹節が置きっ放しになっていることだ。
R棟の3階に入れるのは、カードキーを持った人間だけだ。職員や清掃する委託業者を除けば、陰陽同好会の会員だけで、部外者は入ってこられない。
だが後輩達は、高校1年生だ。
そこに圧力機があって、勝手に使って良いとなれば、当事者がふざける懸念がある。
鰹節以外に、文房具や空き缶などを潰してみたいと思う程度は、まだマシなほうだ。
人間を使って、守護護符の性能を確認したいなどと思われたら、事故が起こり得る。
圧力機で腕を潰す大怪我などをされれば、花咲高校が管理責任を問われかねない。
「監視カメラを設置している。大馬鹿が、陰陽師に成る前に見つかるなら、構わない。調伏で死ぬよりマシだろう」
「了解した。お前ら、気を付けろよ。俺達は、協会の常任理事だ。圧力機でふざける大馬鹿には、協会が斡旋する仕事を相応にするよう、指示するぞ。現実問題として、任せられないからな」
小太郎の評価と、一樹の警告を聞いた1年生の後輩達は、コクコクと頷いた。
こうして花咲高校では、二次試験に向けた練習がはじまった。
 
























